第2話 廃村


 七年後




「ここか……襲撃にあった村は」


 アイザックは一帯を見回し、小声でつぶやく。


 路上には荷台や農具などが無造作に捨てられ、慌ただしい騒動のあとが見受けられる。家屋はみな扉が開いたままだが、直接壊されたような形跡はない。ただ入念に調べてみると、いくつかは焦げた跡のようなものが見つかった。


「松明でも持って対抗したのか……? 馬鹿なことを。皮膚がいくらか燃えたところで"彼ら"には大した効き目はないのに」


 そうこうしてしばらく痕跡を探していると、不意に小さな物音が聞こえた。振り向くと建物の裏から、いくつかの人影が現れる。無論、生存者などではない。


 彼らは一様に白濁した眼で、青白い肌をしていた。衣服はところどころ破けていて、そこから骨の突き出た惨たらしい傷跡や、ケロイド状に爛れた皮膚が垣間見える。


 明らかに死んでいた。死んでいながら、動いていた。生命の流れに逆らいながら、なおもこの世に留まるもの。


 彼らのようなものは『不死者アンデッド』と呼ばれている。


「……お前らは襲ったほうじゃないな。まだ腐敗臭が薄い。ここで殺された者たちか」


 アイザックはすん、と鼻をならして言う。まるで彼らに呼びかけるように。


 次の瞬間、そのアンデッド――数体のゾンビがこちらに飛び掛かってきた。

 本来ならとっくに死後硬直が起こっているはずだが、彼らの動きはそれを感じさせない。


 アイザックはその突撃を素早くかわす。すぐそばにあった小屋の柱を掴み、さながら軽業師のように腕一本で屋根に飛び乗った。


ゾンビたちは小屋の壁にぶつかって、そのまま壁を掻きむしったり齧ったりしている。本能に知性が追い付いていないから、すぐ頭上にいる彼を襲うことができないのだ。


 その間にアイザックは小声で呪文を呟く。体内の魔力が収束し、てのひらから白い光をあふれる。それは回復魔法が発動する際の反応だった。


 回復魔法には傷を癒す以外にもアンデッドを遺体に還す力がある。それは今ほどアンデッドが脅威でなかった時代から知られていた。


しかしアイザックは普通にヒールを唱えるわけではない。背負っていた長い杖を取り出し、光る指先でそっと撫でる。光は杖に吸い込まれていき、固着エンチャントされる。回復魔法の性質を持った、その光が。


 突然、アイザックの足を何かが掴む。下でもがいていたゾンビのうち一体が、他の者を踏み台にして偶然にも屋根まで上ってきていたのだ。しかし彼は足が引きずられそうになったところで、素早く体重移動を図って逆に小屋から飛び降りた。


 そしてそのまま、掴まれていたゾンビの額を杖で叩く。


 次の瞬間、その頭は破裂した。火炎魔法のような、爆風を伴うものではない。しかし眩い光と激しい衝撃波は、どこかそれに似通ったものがあった。

 攻撃を受けたゾンビは頭とともに上半身の一部を持っていかれ、そのまま崩れ落ちる。


 アイザックのほうは衝撃を利用して少し離れたところに着地した。上着には爆発によって骸の一部が付着していたが、すぐ灰に変わって払い落される。


「まずは一体」


 他のゾンビたちは倒れた仲間のほうを見ようともせず、再びアイザックに襲い掛かる。しかし今度はアイザック自身も彼らの中に飛び込んだ。

杖の先端を一番前のゾンビに叩き込み、追撃をかわしながら二番手を杖の末端で刺し貫く。それぞれの攻撃された部位が白光とともに破裂し、そのまま吹き飛ぶ。


「二体目――三体目っと」


 次のゾンビはすでに懐にまで迫っていたが、これには裏拳を叩き込んだ。

 その拳もまた回復魔法の白い光に包まれており、もろに受けたそのゾンビはもんどりうって倒れる。続けざまに回し蹴り、杖による殴打でもう二体を撃退する。


「四体目――五体目――六体目。そして――」


 バウッと吠えて飛び掛かる小さな影。それは人ではない。犬のアンデッドだった。

 鋭い犬歯の並んだが今まさにアイザックの顔を捉えようとしていた。


 しかし彼はあえて避けようとはせず、片腕を口の中に叩き込む。死した猛犬はかまわずそれに噛り付くが、同時に腕が白く輝き魔法を解き放たれる。

 内部からの衝撃により、犬は完全な灰と化して爆散する。


 そしてそのあとにぽとりと首輪だけが地面に落ちた。恐らくは飼い犬だったろうが、逃げる際に忘れられてしまっていたらしい。

 非難はできない。今の世のアンデッドは他の何よりも恐ろしい脅威だ。人間だけではなく、この犬のような動物。――そして魔物すらも死にながら彷徨うようになってしまったのだから。


「ふう、これで全部だな……」


 アイザックは自分の腕を確認する。犬の歯に引き裂かれて服のそではボロボロだが、傷自体はない。回復魔法が敵を倒すとともに自分を治癒したからだ。


 朽ちた村の広場に、さっきまで敵だった灰が積もる。しかし一陣の風が吹くとそれもすぐに飛ばされてしまった。戦いが終わればすぐに静寂がやってくる。アイザックはそんな時、いつも一抹の寂寞感を覚えていた。


 かつて英雄と呼ばれた師から学んだ対アンデッド用戦術回復魔法。しかしその師匠の姿を、もう幾年も見ていない。


 彼は消えたのだ。アイザックの修行も半ばのまま、ある日忽然といなくなった。

 それ以来彼はアンデッド退治で生計を立てながら、ルカの行方を捜している。


「……おっと、集中集中」


 半人前で放り出されたとはいえ、仕事で手は抜かない。

 彼は再び、村の中で地道に痕跡探しを続行した。

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