アンデッドだらけの世界ですがヒーラーになったので喰いっぱぐれはなさそうです

ゾウノスケ

第1話 きっかけはその日に


 アイザックが魔法を使えるようになったのは、ちょうど七歳になった頃だった。


 指先に小さな火の玉が現れ、弾けろと念じるとそれは中庭の木に当たって焦げ目を作った。

 周りで見ていた子どもたちが、そろって歓声を上げる。なにせこの孤児院では、それほど早く魔法を使えるようになった子は初めてだからだ。


「すげえぜアイザック!」

「ほんと、大したもんだわ!」

「や、まぐれだよまぐれ」


 はしゃいでいる友達たちに照れ笑いを返す。褒められるのは純粋にうれしい。もっと頑張ろうという気になれる。


 アイザックは勉強も運動も、同年代の誰より優れていた。単に要領が良いというのもあったが、成果を認めてくれる人や競争相手がいることが純粋に努力のきっかけになっていた。


 ただ、頭の端っこでは何となく「これは別に特別なことじゃないな」という実感もあった。少し年上なら自分と同じことができる人は普通にいるし、どんなことでも大人にはかなわない。きっとこの孤児院を出たら自分と同じぐらい優れた人間はごろごろいて、そこでは自分は埋もれてしまうだろう。


「なあアイザックは大人になったら何になるんだ? お前ならなんでもできるだろ」

「やっぱり冒険者とかじゃない? 魔王っていうのが倒されたらしいけど、まだまだ魔物がいなくなるわけじゃないし」

「あー、そうだな。冒険者。目指してみようかな」


 適当に言葉を返すと、そのままみんなで将来の夢についての話題が広がる。

 才能が半端だからと言って、別に卑屈になるわけじゃない。冒険者なんて到底無理だろうが、本人としてはただそれなりに生活できれば満足なのだ。




 アイザックは少年期の暮らしをそんな感じに切り抜けていた。


 ある日、孤児院に来客が来た。黒いコートを来た背の高い紳士だ。

 名前はルカ。別に今日初めて来たというわけでもなく、ある意味常連のお客様だ。


「やあみんな。今日も元気にしてたかな?」

「ルカ! おかえり!」

「ルカさん、お土産は?」

「こらこら、みんな慌てないで。ちゃんと持ってきたから」


 年少の子たちが一斉に彼の手やコートのすそを引っ張る。ルカはこの孤児院に度々訪れては、街でしか手に入らないようなお菓子や果物を持ってきてくれる。ここの支援者というか、まあ普通の良い人だった。


 アイザックはあまり食べ物に興味がなかったが、ルカのことは好きだった。彼は博識で、自分の知らない噂話や都会の事情を教えてくれるからだ。


 ルカのお土産でお茶会をしたあと、アイザックは彼に誘われて外へ散歩に出かけた。


「アイザック、君は冒険者を目指すらしいね」

「え? ああ、そういえば前にみんなとそんな話したかな」

「もし本当に冒険者になるつもりなら、治癒師(ヒーラー)を目指してみないか?」


 道すがら、彼はそんな話を切り出してきた。

 正直なところ、アイザックは突然何を言い出すんだと思った。


「それって『ヒール』――回復魔法を使うやつのことだろ? あんまり興味ないな」

「何故だい? 戦いに身を置くなら誰もが必要とする役割だ」

「それはそうかもしれないけど……」


 端的に、興味がなかった。

 アイザックにとってヒーラーとは、世の中に必要でも自分にとっては何の魅力もない存在だ。彼でなくても、子どもの頃はみんな勇猛な戦士や摩訶不思議な魔法使いのほうに惹かれるだろう。


 自分より少し先を歩いていたルカは、そのまま表情を見せずにこう言った。


「実はね、あと数年もしたら戦士も魔術師も世の中から消えてしまうんだ」

「……へ?」

「彼らには全く手に負えない化け物が出てきて、居場所を奪われてしまう。唯一残っていられるのはヒーラーだけだろう」

「な、何言ってるんだよルカ」


 声のトーンが、どこか普段の彼と違うような気がして思わず足を止める。それに合わせて、ルカも立ち止まった。


「魔王もいなくなったのに、他の化け物が現れて誰も敵わなくなるだって? 冗談だろ。だいたいそれならヒーラーだって戦えないじゃないか」

「そうだ。それが問題なんだ」


 ルカが振り返って少し身をかがめる。アイザックと目線を合わせ、ひどく真剣な表情で語った。


「ヒーラーは戦いを強いられる。けれど癒しに特化した彼らには戦いの手本がない。これから、今すぐにでもそれを用意しなくちゃいけないんだ。僕は君に、戦うヒーラーとしての第一号になって欲しい」

「戦うヒーラー……?」

「そうだ。もし君がそれを受け入れてくれるなら、すぐにでもそのための修行をする用意がある」


 アイザックはあまりにもルカが真意な目でそんなことを言ってくるので、ひどく戸惑った。


 だが同時に、身震いするような歓喜も抱いた。この人は自分を必要としてくれている。ならばそれに応えずしてなんとしよう。


「……1つだけ、聞かせてくれないか?」

「なんだい?」

「ルカ、あんたは何者なんだ? 俺はただ金持ちで物知りな慈善家だと思っていた。でもそれだけじゃないんだろ?」


 ルカは静かに立ち上がる。暮れかけの太陽を背にするその姿には、もはやいつもの素朴な印象はない。歴戦の経験者、今のなお戦いに臨む者の姿だった。


「僕は元魔王討伐遠征班――勇者パーティの一員。おそらく事実上、世界最高のヒーラーということになるだろう」

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