第64話 合流

 薄暗い牢屋に灯されたランプが揺れる。

 憲兵により逮捕され連行された私達は地下にある牢へと拘束されていた。


 なんでも話によれば、朝早くに空き家を出たアレンはフォクセルを連れディーレフトの街中を散策していたらしい。

 しかし、それが何故か、本当に何故かその後貴族街にあるという貴族の屋敷にどういう訳か無断で侵入。そこで、先程まで大量に両手に抱えていた戦利品こと、大量の宝石の類を手に入れ、これまた何故かアレンはその屋敷の貴族に対しこう言ったという。


「よく聞け!紳士淑女諸君!その名を聞けば誰もが恐れおののき震え上がる。東の海を荒らし回る悪名高きイケメン紳士な大海賊とは何を隠そう、この俺!アレン・ヴァンドール様の事だ!」……と。


 何故強盗に入った家で名乗った?

 てか、イケメン紳士とか自分で言うか?正直盛り過ぎだと思うのだが。

 というか、一見人が良さそうなアレンが実はそんな大悪党だったとは……色々な意味で衝撃を受けた。

 ここからは私の想像だが、恐らくはその後その貴族はアレンとフォクセルが屋敷を出てすぐさま通報。そして、私とラックと無事に合流した所でちょうど憲兵に発見され、4人まとめて逮捕された。恐らく、現状はそんなところであると思われた。


「はぁー……」


 あまりの急展開に思わず盛大にため息を吐いてしまう。

 どうしていつもいつもこんな目に遭ってばかりなんだ……

 アレンの手癖が悪い事は知っていたが、まさかこれ程とは。

 しかも、調度合流した所で憲兵に捕まるだなんて……もはや完全なるとばちりである。

 暗い空間、そして嵌め込まれた重厚な鉄格子。冷たい床の感触にずーんと気分は重く沈んでいく。そんな寂れた床をしばらく見詰めていると、何やら牢屋の外が急に騒がしくなった。


「……!行けません!この様なところへ来られては!」

「良い、下がっていてくれ」


 制止する兵士に対して凛とした声がそう告げる。

 コツコツと足音が近付いて来て、誰かが牢屋の前へとやって来た。


「アレン・ヴァンドールだな?」


 牢屋の前へとやって来た人物はそう尋ねた。


「どちら様かな?」

「私の名はケイル・サーティン。ディーレフト国国王である」

「これはこれは、誰かと思えば国王様とは。こんな所までわざわざ何の用だ?」


 ケイル・サーティン。ディーレフト国国王とその人物は名乗った。

 私は顔を上げ改めてその人物を見る。

 歳は恐らく若いと思われ、髪は白に近いような灰色の長髪。瞳は深い藍色でその眼差しは凛とした雰囲気を醸し出している。白いローブを纏ったケイル国王は毅然とした態度のまま、アレンを真っ直ぐに見据えた。


「何故またこの国へ来た?一体何が目的だ?」

「また?どういう意味かな?俺がこの国に来たのはつい昨日の筈だが?」


 首を傾げるアレンに対し国王は更にこう続ける。


「東海を荒らし回る悪名高き海賊、アレン・ヴァンドール。君の事は色々と調べさせて貰った」

「ほう」

「君は3年前のあの日、忌まわしきあの場所にいた」

「ほう、なるほど。国王陛下は3年前の出来事をご存知なのか」

「勿論知っている」

「なら、当然今巷を騒がせている謎の鎧の騎士、亡霊騎士の話も当然ご存知なんだろう?」

「ああ。その騎士の正体を私も探っているのだ」


 アレンの問いに国王は頷いた。


「けど、その口ぶりじゃ未だに奴らが一体何者なのか、正体は掴めていないってところかな?」


 国王はそれには答えない。

 沈黙は恐らく肯定という意味だと思われた。


「何故またこの国へ戻って来た?」

「成り行き上、とでも言っておきましょうか」


 国王に対してアレンは全く物怖じせずにそう述べる。


「3年前のあの事件からこの国はようやく平和を取り戻した。海賊風情がこれ以上この国の事情に首を突っ込むな」

「さて。それはどうかな?別に俺はあんたが何に関わってようが国がどうなろうが知ったこっちゃないが。けど、どうやらあいつはそうもいかないみたいでね」


 あいつ、その言葉にケイル国王の表情が僅かに強張ったように見えた。


「かつて“劫火の英雄”と謳われたロイ・ローゼルの息子。レイズ・ローゼル、か……」


 その時。突然、牢屋の外で大きな音が響いた。


「侵入者だ!」


 発せられたその声にその場は一気に騒然となる。

 続いて破裂音が響き、煙幕のようなものが辺りに巻き上がった。


「陛下お下がりください!」


 ケイル国王を庇うように護衛の兵士が前へと出る。その兵士の側面に何者かがキツイ一撃を喰らわせた。抵抗する暇もなく、護衛の兵士は床へと崩れ落ちていく。

 捲き上る煙幕で視界が遮られる中、大ぶりの布で顔を覆った人物が姿を現した。


「何者だ?こいつらの仲間か?」


 兵士の問いには答えず、その人物は次々に護衛の兵士達を蹴散らしていく。そんな戦闘の最中、顔を覆った布の僅かな隙間から煌めく金髪が見えた。


 まさか、あれは――


「レイズ・ローゼル……なのか?」


 ケイル国王の言葉にその人物は動きを止めた。


(本当に、レイズさんなの……?)


 動きを止めたその一瞬の隙に兵士が剣を振り下ろす。

 その人物は寸前で剣撃を交わしたが顔を覆っていた布が外れた。そしてそれはひらりと舞い地に落ちる。その下から現れたのは金髪に碧眼。渦中の人物、レイズ・ローゼルの姿だった。


「おおー!レイズ、いい所に!」


 現れたレイズの姿を見て、アレンは牢屋の中から満面の笑みで嬉しそうに手を振った。まるで待ち合わせの場所に恋人が現れでもしたかのように。そして彼はこう口にする。


「早くここから出してくれ!」

「黙れこの馬鹿が!」


 そんなアレンをレイズはぴしゃりと一喝した。


「君がレイズ・ローゼルか?」


 ケイル国王の問いに対しレイズは否定も肯定もしない。

 それを肯定ととったケイル国王は真っ直ぐにレイズを見据えたまま問いを重ねた。


「何故、再びこの国へ戻った?」

「………」

「3年前のあの忌まわしいあの事件……それらの責任を全て君に押し付けた私への復讐か?」


 レイズは無言のままフレイを抜き、向かって来る兵士との間に障壁を敷いた。そのまま、レイズは牢の鍵を壊す。硬く閉ざされていた牢屋の扉が開いた。


「早く出ろ!」


 レイズは早口にまくし立てた。

 駆け出したレイズに続くように私達は牢屋の外へと出る。

 突然のレイズの登場により、私達はなんとかその場から逃げる事が出来たのだった。



 ***



「いやー助かった、さすがはレイズ。ナイスタイミングだったな」

「黙れっこの大馬鹿が!」


 満面の笑みを浮かべるアレンに対して、レイズはそう一喝する。


「つか、お前らなんであんな所で捕まってんだよ!?」

「貴族様の屋敷に侵入して色々と拝借したらちょっとな」

「っとに阿保だなアンタは!」


 へらへらといつもの調子でそう述べるアレンに対しレイズはまたも呆れ混じりに吐き捨てる。そんなレイズをアレンはまあまあと体良く宥めた。


「まあ、何はともあれこうして無事に合流出来たんだからいいじゃないか」

「そういう問題じゃねぇだろうがっ」


 全くもってその通りである。

 鋭いツッコミを入れるレイズに私も激しく同意する。


 しかし、ここで私はある事に気付いた。

 確かにアレンの言う通り、ディーレフトへと着いた途端、いきなり姿を消したレイズとこうして無事に合流する事が出来た事実は事実であって。この広い国の中で1人単独行動を取っていたレイズと他に合流する方法があっただろうか?

 というか、そもそも、強盗に入った輩がわざわざ名乗り、挙句の果てに「早く通報しろ」だなどと言うはどう考えてもおかし過ぎる。

 自身の名前をわざと大仰に名乗り、騒ぎを起こす事でそこにレイズが現れる――確信があった訳ではないだろうが、レイズの性格上、その可能性は完全には否定出来ない。

 そう考えれば、それはまるで、全てはレイズとの合流を図る為に最初から計算されていたかのようだった。


「ヘイト・ディスティ」


 唐突にアレンは聞いた事のない名前を口にした。


「元軍事開発担当の研究者だそうだ」

「その研究者がどうしたの?」

「ちょうど、お宅にお邪魔した貴族様が教えてくれたんだよ」


 尋ねたラックに対して、アレンは事のいきさつを淡々と語り始めた。

 アレンの話によれば、どうもこういう事なのだそうだ。

 現国王ケイル・サーティンの即位後、王制は対立していた。

 それは大幅な内政改革に始まり、その一番の原因となっていたのが、軍事費。国防費の問題である。戦争は終わり、講和条約、不可侵条約が締結された事によりケイル国王は国防費の削減を提案した。

 しかし、それに対して一部から反発の声が上がる。

 条約が締結されたとはいえ、国を守る為の国防費を削減するべきではないと。

 目下、他国の侵略に懸念を示す者達がそれに対し反対色を示していた。


 そんな諸侯らにある話を持ち掛けた男がいた。

 男は新たな軍事技術の開発と称して、反対する諸侯や貴族らを説き、開発資金と開発への協力を内々に求めたという。

 その男こそ、元軍事開発担当の研究者、ヘイト・ディスティであった。


「……という訳らしい」


 アレンはそのまま話を続ける。


「その貴族様の他にも、ケイル国王に不満を抱いてる面子は様々。その中には大きな貿易商会を持っている貴族様もいるらしい」

「貿易商会?」

「ああ。貴族様の名前は偉大だからな。――当然、その積荷は検問には掛からない」

「その積荷の中身ってまさか……」


 何かに気付いた様子のラックにアレンは頷く。


「まあ、確かめた訳じゃないが、あの鎧が国内で製造された物じゃないとするなら、その可能性は否定出来ない」

「じゃあそのヘイト・ディスティって研究者の所に行けば、例の亡霊騎士について何か分かるかもしれないってこと?」

「そういう事」


 問い掛けたラックに対しアレンは「ご名答!」と笑みを向けた。


「だからこれからその研究者の所に行って、色々とお答え願おうって事だ。そうだろ、レイズ?」

「はぁ!?……ちょっと待て!なんで勝手に決めてんだよ!」


 自身に話が振られるとは思っていなかったレイズ。レイズは驚きながらもアレンに対し意を唱えた。


「これは俺の問題だ!お前らには関係ない事だろうが!」

「関係ない?違うな、関係大有りだ」

「はぁ?」


 そう述べるアレンに向かい、レイズは訳が分からないと首を傾げる。


「俺達は鎧の騎士、噂の亡霊騎士に殺されそうになったんだよ」

「なっ……」

「大方お前もその亡霊騎士を探してるんだろ?」

「それは……」

「全く、こんな得体の知れない鎧が徘徊する街にいたんじゃ、おちおち安心して眠れやしない」


 そう言ってアレンは大袈裟な仕草でため息を吐いてみせる。


「だから安眠の障害を取り除きに行く。なに、お前はお前の目的を果たせばいい。別に邪魔なんかしないさ。俺は俺のしたい事をする」

「……勝手にしろ」


 にっかりと笑い掛けたアレン。

 レイズは短くそう言ってそっぽを向いてしまった。


 どうやらとりあえず話がまとまったようなので。

 アレン一行はそのまま元軍事開発担当の研究者、ヘイト・ディスティの屋敷へと向かう事となった。

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