第63話 ▼推測と仮説(アレン視点)
翌朝早朝。アレンはフォクセルと共にとある場所へと足を運んだ。
王都近郊の一角。3年前、この場所には地下の研究所へと続く古い水路への入り口があった。しかし、現状、見た所ではその入り口は今は完全に塞がれているらしい。念の為、アレンはその周辺を一通り見て回ったが、おかしなものは何も見つからなかった。アレンはフォクセルを伴い早々にその場所を後にする。
続いて、昨夜謎の鎧の軍勢に襲われた場所へと再び足を運んでみた。
しかし、その場所はどこにでもある普通の街の通りであり、取り分けおかしなものは見当たらない。
「ふーむ……」
アレンは頭を捻った。
東の海上で引き揚げた燃える人間。
レイズは恐らく、それに3年前、王都地下で見た囚人を使った実験を重ね、再びこの国へと足を運んだのだろう。
アレンもまたレイズ同様、東の海上で見たものが3年前の件に何か関係があるのではと踏んだのだったが、現状からするに見当違いだったのだろうか。
――しかし。アレンにはどうしても腑に落ちない点があった。
それは昨日遭遇したあの鎧の騎士。
昨夜の鎧は3年前の件とは一見無関係なもののように見えるものの、それらには一つの共通点がある。
2つに共通するもの。炎という共通点。
やはりどうにもキナ臭い。
この件にはまだ何か裏ががあるように思えてならなかった。
続いてアレンは昨夜リリが言っていた西の街外れにあるという古い廃屋へと足を運んでみる事にする。
「西の街外れにある廃屋」という事以外、詳しい場所は分からなかったが、しばらくの散策ののち、恐らくはリリの話に該当するであろう場所をアレン達は見つける事が出来た。
もともとは廃屋だったと思われるその場所。
そこは今や焼け落ち無残な瓦礫と化している。
恐らくはリリが戦ったという鎧の騎士の炎に焼かれ、焼け落ちたのだと思われた。無駄足かとは思ったが、アレンは一応、一通りその場所を見てみることにする。
骨組みと焦げた残骸だけが残る廃屋跡地の瓦礫をとりあえず手当たり次第にひっくり返してみた。だが、取り分けこれと言ったものは何も出てきはしない。
やはり無駄足だったかと、腰を上げた所で「アレン」とフォクセルが短く呼ぶ声が聞こえた。
「どうした?フォクセル?」
アレンは瓦礫を掻き分け、反対側を探索してしたフォクセルの元へと歩み寄る。
「これを」
いつもの様に短く言ってフォクセルは見つけたそれを指差した。
「これは……」
フォクセルが瓦礫の中から見つけたもの。
それは焼け焦げた床に描かれた術式。そして弧を描く様にして途中で途切れた線のようなもの。それを見るに恐らくはこれは……
「魔法陣の断片……?」
それは床に描かれた魔方陣だったものの断片だった。
何故こんな所にこんな物が……それを見たアレンは首を傾げる。
リリは確か、ここは古い廃屋で通報を受けてこの場所に来たと言っていた。つまりここには誰も住んでは居なかった筈なのだが。誰も知らぬ間にここに魔術師でも住んでいたのだろうか。そんな事が頭に浮かんだが、どうも話はそう簡単ではなさそうだった。
アレンは床に描かれた魔法陣の断片を見て思う。
リリはここであの鎧の騎士と戦ったと言っていた。
そんな場所に偶然にも魔法陣があった。
焼け落ちた床には僅かな断片しか残っておらず、その全容は分からないが、どうにもこれは引っかかる。
その後しばらく、その魔方陣の辺りを中心に探索を続けてみたものの、これ以上は何も出て来そうにはなかった。アレンは再びフォクセルを連れその場所を後にした。
***
王都への道を引き返しながらアレンは考えを巡らせる。
昨夜見たあの鎧の騎士。
あれは恐らくはどこからか何者かが半自動的に操っていた物だと思われた。
裏に何者かがいるのは間違いない。
そいつは一体何者なのか?
そいつの目的はなんだ?
何の為に鎧を操り、そして何故、アレン達を襲撃したのか。
アレンは昨夜見た鎧の騎士の事を詳細に思い返す。
鎧のあの動き、それらは一見、ある程度統制がされているかのようだった。
それはまるで術者からすれば自分の手足のように動く忠実な兵士のようで。そんな物がもし自由自在に扱えるのだとしたら……そこまで考えてアレンはある事に思い至る。
「……ちょっと待てよ」
もしも、あの騎士の数が昨日のような数十体程度ではなく、何千、何万といたとしたら……
ディーレフトはロイ・ローゼルという軍事の要である英雄を失い、そして絶大な力を齎す劫火の剣・フレイを失った。
3年前、ディーレフトは戦争状態にあった2国と講和条約、そして不可侵条約を結びはしたが、ディーレフトは軍を放棄した訳ではない。
新しい軍事の要、英雄ロイ・ローゼル、劫火の剣・フレイに代わる新たな力。
――それがあの鎧の騎士という可能性はありはしないだろうか。
「これは結構いい線いってるんじゃないのか?」
目的の仮説としてはそう悪くはない。
しかし、それを遂行するには1つ重要な欠点がある。
それはそれだけの数の鎧を操る為には絶大な魔力を要するという事。
何かを操るという魔法自体はそれ程高等な術ではないものの、それだけの質と量とを操るならばかなりの魔力が必要な筈だ。
それだけの術を操る者。
それだけの術者が現れた、もしくは――作り出した。
3年前のあの技術を用いて。
「まさか……!」
唐突にそれが頭に浮かぶ。
3年前はそれ程気には止めはしなかったが、今になりようやくその存在の大きさに気付いた。
国王の裏にいたその者の存在。
高等な魔法技術を齎した、“彼ら”。
“彼ら”とは一体何者なのか。
今回の件にもその“彼ら”が関わっているのだとしたら。
アレンは腕を組み、眉根を寄せる。
今回のこの件にはまだ深い謎があるように思えた。
その後、アレンはフォクセルを連れしばらく街を散策した。
目的は勿論、仮説の裏付けとなる情報の収集の為である。
極短時間とはいえ、そこで得た情報はなかなか興味深いものだった。
まず、一番欲しい情報としては3年前の国王の件にも絡んでいた“彼ら”に関する情報である。
しかし、その“彼ら”に関しては地下研究所にあったファイルにさえその痕跡を一切残してはいなかった。つまり“彼ら”に関しては全くの謎。
“彼ら”の正体を探り出すのは現段階ではほぼ不可能だと思われた。
“彼ら”が何者であるにしろ、手掛かりが何一つないのでは探りようがない訳で、ひとまずは“彼ら”の事は置いておく事とする。
とにかく、謎の鎧の騎士の件に“彼ら”が関わっているのだとしたら、まずはその協力者を探ってみるしかないとアレンは踏んだ。
その協力者として一番疑わしい人物を上げるとするならば、それは現国王ケイル・サーティンである。
ケイルは、前国王の遠縁に当たる人物で思想家と言われている。
ケイルは国王に即位したのち、内政改革を行い、腐敗した政府の一新を図った。それからワンスモールに対し暫定政府を撤廃ののち首都を返還。長らく戦争状態にあったワンスモール、そして東はツービークとも互いに講和条約、不可侵条約を結んだ。
自国ディーレフトでは、戦争で疲弊した国を立て直す為、ケイル国王は戦時特例を撤廃。税を引き下げ経済を回した。その甲斐あってディーレフトは今やかつての豊かで美しい国を取り戻しつつある。
街で一通り話を聞いてみはしたが、誰からもケイル国王に関する悪い噂は聞こえて来なかった。しかし、かと言ってまだ完全な白とは言えない。
だが、思想家であり、国の為に尽力するケイル国王は言わば戦争とは無縁の人物。仮説の黒幕としてその可能性は低いと言えなくもない。
「……と、するならば」
他に疑わしい人物を上げるとするならば、その人物像は恐らくそれなりの資金と土地を持つ者であると推測出来る。
そう言えば、街での情報収集の最中こんな話を聞いた。
「ケイル国王に対して支持する者がいる一方、内政改革により失脚した貴族や諸侯の中には国王に不満を持つ者もいる」と。
ふと硬い石畳から顔を上げる。考え事に夢中になり過ぎて気付かなかったが、いつの間にかアレン達は王都の中心部まで来てしまっていた。
「ちょうどいい」
それを見たアレンは不敵に笑った。
そんなアレンに対し、フォクセルは首を傾げアレンの顔をまじまじと見る。
アレンは笑みを湛えたまま、王都中枢にある貴族街へと足を向けた。
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