第65話 真実へ

 王都の北側。ヘイト・ディスティの屋敷――

 屋敷内はしんと静まり返っていた。どうやら屋敷内は空のようで人の気配は全くしない。一行は難なく屋敷内へと侵入する事が出来た。屋敷は思っていた以上に広かった為、手分けして中を捜索する。

 すると、しばらくもしないうちに、いつものようにフォクセルが短くアレンを呼んだ。フォクセルの元へと駆け付ければ、彼は真っ直ぐに一角の壁を指差した。


「この壁がどうかしたのか?」

 

 問い掛けたのはアレン。フォクセルは何も答えず、ただその場所を指差し示す。

 フォクセル以外は頭にはてなを浮かべ首を傾げたが、そんな一行を退かしてレイズがその壁の正面と進み出る。そのままレイズはフレイを引き抜き、硬い壁へと剣を振り下ろした。

 瞬間。バチバチと辺りに火花が散る。壁面に巨大な魔法陣が出現した。

 飛び散る火花の中、レイズは弾き返されそうになるフレイに力を込めた。

 やがて、まるでフレイによって断ち切られるかのようにその巨大な魔法陣は姿を消す。

 そこに現れたのは屋敷の内装とは異なる黒く重厚な金属の扉。

 魔法によって守られていたいかにも怪しげな重い扉を開いた。


 その先には広い空間が存在した。

 屋敷の内装とは異なる、無機質で冷たい石の壁。そこに置かれた見た事もない何かの装置のような物。そして――


「…………っ!!??」


 部屋へと踏み入れた瞬間、一行は目を見張った。

 その室内には床から壁面、果ては天井に至るまで。文字や記号、数式の羅列のような物が部屋全体に渡って描かれていたのだった。まさしく不気味で異質な空間だ。その薄気味の悪さに私は思わず後退りそうになる。


「これは……っ」


 異常で異様な空気の中、レイズが声を上げた。

 そこにあったのは、剣を携えた銀色に輝く甲冑。昨夜夜中に寝込みを襲って来たあの不気味な鎧だった。


「どうやら大当たりのようだな」

 

 アレンは言った。

 まさしくその通り。どうやらアレンの予想は見事に的中したようだった。


「おやおや、こんな所にお客様とは」


 突然、背後から声が降りかかった。

 そこにいたのは短髪で黒髪の一人の男。黒縁の眼鏡を掛け、服装は白衣。如何にもな学者、又は研究者といった風貌の男である。


「あんたがヘイト・ディスティか?」

「ええ、そうですよ」


 ヘイト・ディスティが本人がいつの間にか背後に立っていた。


「お前は……っ」

「おや?」


 ヘイトを見た瞬間、レイズは驚いた声を上げた。それに対し、ヘイトもまた何かに気付いたかのように声を上げる。


「なんだ、レイズ。知り合いなのか?」

「こいつ……見覚えがある。3年前、王都の地下研究所にいた奴だ」


 アレンの問いにレイズはそう答えた。

 この男は確か、3年前、王都の地下研究所で囚人を使って実験をしていた白衣の者。まさにその人物だった。


「やはり貴方は!前国王を殺害し、劫火の剣・フレイを持ち去ったというローゼル少尉ではありませんか!」


 レイズを見るなり、ヘイトは歓喜と驚きに満ちた表情を浮かべた。


「まさかこの国に戻って来られるとは!もう二度と戻っては来られないのかと思ってましたが!」

「………」

「一体どういう風の吹き回しで?それにその剣……確か以前の貴方には扱えなかった筈では?どうやってその剣を扱えるようになったのですか?」

「そんな話はどうだっていいんだよ」


 レイズに対し、意気揚々と問いを重ねるヘイトをアレンはぴしゃりと跳ね除けた。そして、バツが悪そうにグッと押し黙ったレイズをまるで庇うかのようにアレンはずいっと前へと進み出る。


「おや、貴方は?」

「この動く鎧を作ったのはあんたか?」

「ええ、そうですよ。素晴らしいでしょう?」

「ああ、全くもってその通りだな」


 自画自賛するヘイトに対し、アレンはにしては珍しくそれを肯定する。


「それで。一体誰からこれの作り方を習ったんだ?」

「習った?いえいえ。これは僕が生み出した魔法術の結晶。僕の最高傑作ですよ!」

「それはどうだか。――“彼ら”とは何者だ?」


 アレンは真っ直ぐにヘイトを見据えた。


「おや、“彼ら”の存在を御存知なのですか?」

「まあな」

「“彼ら”は本当に素晴らしい技術を齎してくれました!“彼ら”の助力があったからこそ、僕の長年の研究は完成したというもの!」

「だから、そんな事はどうだっていいんだよ」


 又もや自画自賛を語り始めそうだったヘイトを切り捨て、アレンは続ける。


「“彼ら”とやらについて、知ってる事を洗いざらい吐いて貰おうか?」


 何故だろうか。私は内心驚いていた。

 いつもは適当な事を言ってはへらへらと笑ってばかりのアレン。

 しかし、今のアレンの様子からはいつもの余裕を感じられない。

 アレンの瞳には本当に極僅かだが、いつもは全く感じられない必死さのようなものが感じられたのだ。


「ふふふ……」


 そんな様子のアレンに対し、ヘイトは不敵に笑ってみせる。


「“彼ら”はもうここには居ません。“彼ら”を探しても無駄ですよ」


 ヘイトは続ける。


「僕も“彼ら”について調べようと試みた事がありました。けれど、“彼ら”の存在は全てに置いて謎。“彼ら”の素性については全く調べる事が出来ませんでした」

「つまり、結局のところ“彼ら”については何も知らないんだな」

「ええ。残念ながら」


 けれど、と。ヘイトはこう口にする。


「“彼ら”は言っていました。――歴史は繰り返す。やがて舞台の幕は上がる、と」

「歴史は繰り返す。やがて舞台の幕は上がる……?」


 一体どういう意味だろうか?

 ヘイトの言葉を聞いたアレンはそれきり、急に口を閉ざしてしまった。

 私にはアレンのその瞳が僅かにだが揺れているように見えたのだった。


「この鎧を操っていたのはお前なのか?」


 口を閉ざしたアレンに代わり、今度はレイズがヘイトを問い質す。


「いえいえ、とんでもない」


 しかし、ヘイトはそれを否定した。


「僕はの目的はあくまで軍事利用出来る魔法技術の開発。僕はただ長年の研究を完成させ、その技術を“提供”しただけですよ」

「その相手は誰だ?」

「さて?答える必要は感じませんね」


 ヘイトはそう言って掛けた眼鏡をくいっと上げる。


「とはいえ、せっかくここまで辿り着いたのですから、どうぞたっぷり僕の研究成果を堪能していってください」


 その言葉を合図にしたかのように、突然部屋の中に光が現れる。

 部屋全体に描かれた文字や記号の更にその下。数多の文字記号の羅列に埋め尽くされていた巨大な魔法陣が光り始めた。そして――。


 ガシャリ……


 部屋の奥に陳列されていた鎧が、まるで命を吹き込まれたかのように動き出した。


「結局こうなるのかよ」


 レイズはフレイを構え、盛大に舌打ちしたのだった。



 ***



 部屋の奥に陳列されていた鎧の騎士達が動き出す。

 レイズはフレイを構え、フォクセルもまた応戦体制を取る。

 ラックは自身の背中へと私を庇って。

 アレンは真っ直ぐにヘイトを見据えた。


 不敵笑うヘイト・ディスティ。

 展開した複数の鎧。

 戦闘が今まさに始まるかと思われた。しかし。


「なん、だと……っ!?」


 私はラックの背中越しに見た。

 血飛沫が飛び、視界が赤く染まる。

 ヘイトの背後。ヘイトを守るように展開していた鎧の一体が彼を背後から斬りつけたのである。


「ぐはっ……」


 床へとヘイト・ディスティは崩れ落ちた。


「そんな、どうして……!?」


 私は唖然とした。

 何故、鎧がそんな事を?考える暇も無く、鎧の騎士は手にした剣を真下へと向ける。


「馬鹿な……こんな事、出来る筈が……っ」


 そして、溢れ出す鮮血の中、起き上がろうともがくヘイトへと鎧の騎士は手にした剣を突き刺した。流れ出した血が床を赤く染める。やがてヘイト・ディスティはそのまま息絶えた。


「どうなってるんだ!?」

「鎧の騎士がヘイトを殺した!?」


 レイズとラックが共に動揺した声を上げる。

 ヘイトの血に濡れた剣を手に不気味に佇む鎧の騎士。

 それらを前に一行は動揺を隠し切れなかった。

 ガシャリ……と鎧の騎士が一歩前へと前進する。それに吊られるように他の騎士達もまたゆっくりと前進を始めた。動揺と困惑が満ちる中、アレン一行は四方から徐々に鎧の騎士達に追い詰められていく。

 

「全員扉の向こうへダッシュだ!」


 じわりじわりと迫り来る脅威の中、アレンが唐突に閉ざしていたその口を開いた。

 その号令を受け、一行は弾かれように入って来た扉へと向かい床を蹴る。

 正面に立つ鎧の騎士をレイズとフォクセルが蹴散らして。ラックと私が扉から出たの合図に先に外へと出たアレンが重く重厚な扉を閉ざした。

 ガンッガンッと扉の内側から鎧の騎士達が剣を叩きつける音が響く。

 一瞬の判断。アレンの気転。的確な指示により、私達はなんとか鎧の騎士達との戦闘を避ける事が出来たのだった。



***



「一体どうなってるんだ!?」


 誰にでもなくレイズがそうぶちまける。

 ヘイト・ディスティの邸内・応接間。

 襲って来た鎧の騎士達を閉じ込め、重厚な扉を硬く閉ざして一行はひとまず応接間へと移動した。

 アレンの的確な指示により、なんとか鎧との戦闘を避ける事は出来た。

 しかし、今現在の状況をここにいる誰一人正確には理解出来ずにいた。


 物的証拠、それからヘイト自身の供述。

 これらの状況からして、ヘイトが鎧の騎士の件に関わっていたのは間違いなく、ヘイト・ディスティこそが彼らを操っている張本人だと思われた。

 しかし現状。ヘイト・ディスティは殺された。

 だがそれでも尚、未だに鎧の騎士は止まることなく動き続けている。

 事態の黒幕がヘイトではないとするならば、一体、誰があの鎧を操っているというのか。

 静まり返った応接間に困惑に満ちた空気が漂う。そんな空気の中を振り払うようにラックが閉ざしていた口を開いた。


「確かヘイトはあくまで技術を“提供した”って言ってたね」


 そういえば……確かにヘイトは鎧の騎士に殺される前、そんな事を言っていた。


「という事はその提供した相手が鎧を操ってる張本人ってこと?」

「恐らくな」


 ラックの言葉にどっかりとソファーに腰掛けたアレンが頷く。


「だがヘイト・ディスティは死んだ。他にどうやってやってその張本人を探せってんだっ」


 レイズは吐き捨てた。まさにレイズのいう通りである。

 唯一の手掛かりであった筈のヘイト・ディスティが殺されてしまった今、黒幕を探す手掛かりは失われてしまった。他に手掛かりになりそうなものがない以上、一体どうやって黒幕の正体を探し出せというのか。


「アレン!」

「船長!あれ!」

 

 フォクセルが突然アレンを呼んだ。それに続いて、ラックが慌ててその原因を指差し示す。

 ラックが指差した先は窓の外。

 何事かと窓へと駆け寄り外を見る。そこから見えた光景に私は目を見張った。

 すっかり日が落ち、夜を迎えた窓の外。雲は無く空は快晴。その遠くの夜空が赤く染まっている。視線の先では轟々と黒い煙が立ち上っていた。

 ――王都の方角だ。それを見たレイズは弾かれたように応接間を出る。


「行くぞ!」


 アレンが号令をかけ、私達もまた応接間を出てヘイト・ディスティの邸を出る。レイズの後を追うように一行は王都へと向かって駆け出した。



 ***



「そんな……どうして……?」


 暗い街道を駆けて王都へと辿り着く。その光景を前に私は愕然とした。


 王都の街は燃えていた。

 至る所から火の手が上がり、濛々と黒煙が立ち昇る。夜空は不気味な赤に染まっていた。美しい外観の建物は焼けて崩れ落ち、燃え上がる炎が王都を瞬く間にに飲み込んでいく。

 辺りには銃声と悲鳴が響き渡り、炎に包まれた街中をパニックを起こした人々が行き場を失い逃げ惑っている。

 そんな王都に蠢く影。月に照らされた白銀の鎧。炎に包まれた王都の街は鎧の騎士達で溢れていたのだった。


「鎧がこんなに沢山……」


 一体どうして……?


 あまりの光景に圧倒され私はその場に立ち尽くす。


「こいつら一体どこからこんなに湧いて出たんだ!?」


 王都のその惨状にさすがのアレンもたじろいだ。

 轟々と燃え盛る猛火の中、私は視界の端に一体の鎧の騎士の姿を捉える。

 鎧の騎士は不気味に輝く剣を手に、今まさに逃げ惑う人達に向かい大剣を振り上げた。それを見るや、レイズはフレイを引き抜き飛び出していく。


「レイズさん!」

「下がってハル!」


 しかし、飛び出したレイズに気を取られていると背中からラックに呼び掛けられた。その声に背後を振り返れば、別の鎧の騎士が大剣を片手にこちらへと向かって突進して来ていた。

 重い金属音が鳴り響く。繰り出された重い一撃をラックが間一髪受け止めた。


「一体何がどうなってるの……?」


 状況に圧倒されながらもラックに庇われ、なんとか襲って来た鎧の騎士を蹴散らす。

 同じく鎧の騎士を倒し、怯える男女を助けたレイズ。レイズはすぐさま踵を返し、猛火に包まれる王都の街をその中心部へと向かって駆け出した。


「レイズを追うぞ!」


 レイズの姿を見たアレンが残った面子に号令をかける。私達はレイズの後を追い街の中心部へと向かっていった。

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