第56話 ▼黒衣との対峙
王都 地下研究所――
色彩の無い閉塞的な空間。並べられた怪しげな装置が一同に稼働しチカチカと点滅を繰り返す。その一端に繋がれたのは意識の無いランク・ナイン。
床に描かれた魔法陣が怪しく輝き、赤い光で空間を照らす。
中心に立つのは黒い甲胄を纏う者。彼は古く美しいその剣を手に巨大な魔法陣へと手を翳した。
「ランクっ!!」
地下牢を出たレイズはアレン・ヴァンドールと名乗った男と共に再び王都地下研究所へと踏み込んだ。
暗影のような黒衣が揺れる。そこにあったのは、黒い甲胄を身に纏ったディーレフト国国王リチャード・トゥエルブ。そして巨大な装置に繋がれたランク・ナインの姿だった。
「レイズ・ローゼル……何故ここに?」
「……貴方を止めに来た」
眼前に立つ彼の姿をレイズは真っ直ぐに見据える。
信じたくなどなかった。アレンの話を聞いても尚、まだどこかで何かの間違いであって欲しいと願っている自分がいた。
しかし、真実とは残酷なもの。これが現実だ。
「止めに来ただと?一体何を言っている?」
「貴方がここにいる事が全ての証拠だ。……ランクを離せ」
「この者は罪を犯した罪人だ」
「罪を犯した?子供を助けた事が罪になるのか!?」
国王の口から淡々と述べられたその言葉にレイズは堪らず声を荒げた。
目の前では今、仲間が理不尽な理由で拘束され実験の材料にされようとしている。そんな事は例え一国の国王と言えど、決して許される事ではない。
「ランクを離せ」
睨み合う両者。一触即発の只ならぬ緊張感が辺りに張り詰めた。
「おいおい」
そんな張り詰めた空気の中、まるで緊張感の無い呆れ混じりの声が響く。
「ちょっと待て待て。話飛ばし過ぎ。まあまあそう焦るなって」
そう言って話に割り込んで来たのは何故か後をついて来た男、アレン・ヴァンドール。アレンは今にも国王に飛び掛かりそうだったレイズを制しずいっと前へと進み出る。
「お前、何を……っ」
「まーたそんなに眉間に皺寄せちゃって。そんなんじゃすぐに老けるぞ?」
「こんな時に何言って……っ」
まるで状況を理解していないかのような呑気な物言いをするアレンに対しレイズは反論をしようとした。けれどもアレンはそれをも制し、レイズに対し落ち着くようにと促し利かす。
「……何者だ?」
明らかに場違いな空気を醸し出すアレンに国王は不審感を露わにした。
「どうもぉ国王陛下。謁見賜り拝謁至極、ってな」
「一体何なんだお前は……?」
恭しくこうべを垂れるかのような仕草を取ったアレン。そんな飄々としたアレンを前にして国王は僅かに動揺をみせる。
「その剣、あんたには抜けなかったんだろ?」
「………」
「アンタはフレイに選ばれなかった」
アレンは淡々と言葉を続ける。
「全く、フレイを使う為にこーんな研究所まで作っちゃって。随分と大掛かりな事だ。どうだろうか国王様?この辺でそろそろ終わりにしないか?あいつと違ってフレイの正当な持ち主ではないアンタにはその剣は使いこなせないよ」
それに――
「その身体、そろそろ“限界”なんだろ?」
「……貴様、一体何者だ?」
「ロイの友人」
黒衣を纏う国王の問いにアレンは一言、そう答えた。
「一体なぜこんな事を……!?」
割り込んだアレンを押し退けてレイズは堪らず国王を問い質した。
「敵の脅威に晒されたこの国を守る為だ」
「その為なら無実の人間を犠牲にしても構わないっていうのか!?」
「ならば英雄亡き今、誰が国を救えるというのだ?英雄と謳われたロイ・ローゼルはもう居ない。私以外の誰に、貴様にこの国が救えるというのか?」
「……っ」
国王の言葉にレイズはぐっと押し黙る。
「なるほど、実に御立派。心優しき陛下らしい実に寛大なお考えだな」
しかし、口を閉ざしたレイズとは裏腹にアレンを国王を鼻で笑った。
けれども嘲笑はすぐに消え、途端にその顔つきが変わる。
「ロイを殺したのもあんたか?」
「ロイ・ローゼルを殺したのは私ではない」
「はっ、どうだか」
国王の言葉をアレンは一笑する。
「大方、ロイの持つその剣の力が欲しくてロイを殺したんだろうが」
「……なんとでも言うがいい。貴様らは知り過ぎた。ここから生きて出す訳にはいかない」
猛々しい足音と共に群青色が押し寄せた。
フレイを構えた国王の背後から直属の騎士部隊が姿を現し瞬く間に周囲に展開する。
「お決まりの台詞にお決まりの展開だな」
そう吐き捨てたアレンと共にレイズもまた剣を構えた。
国王の手にしたフレイが赤々と燃え上がり、黒い影が大きく揺れる。
戦闘の火蓋が切って落とされた。
展開した騎士勢が一斉に襲い掛かって来る。
相手は衛兵を含めた国王直下の精鋭揃い。それに加えてこの人数。かなりの苦戦が予想された。
レイズは剣を抜き、切り掛かって来た騎士に応戦する。
1人を振り払い、もう一方の斬撃を防ぐ。そんな緊迫した戦闘の最中。
「うおっちょっ……危なっ」
背後から気の抜けるような悲鳴が聞こえた。
見ればアレンは向かって来る騎士の攻撃を避けて逃げるばかりで一向に応戦しようとはしない。
「何やってんだ!?」
「何って見れば分かるだろ!必死に回避してるんだよ!」
「応戦しろ!何か武器は持ってないのか!?」
「俺はこういうのは向いてないの!無益な戦闘はしたくないんだよ!」
「好き嫌いを言ってる場合かっ!」
勝手な自論を述べながらもアレンはまたしても斬撃を交わす。
繰り出された重い一撃をレイズもまた弾き返した。
こんな男に背中を預けて戦うのはあまりにも危険過ぎる。
「………」
展開する戦闘の最中、国王は不意に手にしたフレイを天高く翳した。そしてそのまま国王はフレイを振り下ろした。フレイから放たれた炎が閃光を描き、アレンと、そして対峙していた騎士部隊へと襲い掛かる。
「陛下っ何を……っ!?」
思いも寄らぬ国王の行動に騎士はたじろぎ動きを止めた。それを見遣るや否や、アレンは素早く身を翻し床へとダイブするように身体を伏せる。
「ぎゃああぁあっ熱いッ熱いッ」
放たれた斬撃の直撃を受け、騎士の身体を炎が焼く。
「陛下!?何をなさるのですか!?」
味方である筈の騎士を手に掛けた国王に対し兵は恐怖し狼狽する。
「奴らを仕留めろ」
だが、国王は平然として。怖気づく騎士に淡々と告げる。
「おいおい、お前の国の国王様、自分とこの兵に対してちょっと容赦なさ過ぎるんじゃないのか?」
彼らのやり取りを横目に見て、呆れと動揺混じりにアレンが呟く。
困惑する騎士達同様、驚愕を示したレイズには返す言葉すら見当たらなかった。
国王の命を受け、依然として騎士達は刃を翳し向かって来る。
しかし、それに気を取られていては国王の放つ斬撃を喰らい、彼ら諸共焼き殺されてしまう。戦局はかなりこちらが不利だ。
「おいおい、仮にも軍人なんだろ?なんとかしろよこの状況!?」
「分かってるっ」
分かってはいる。しかし――
アレンにそう返したものの、レイズの中には未だ葛藤が燻っていた。
「まさかお前、この後に及んでもまだ迷ってるんじゃないだろうな?」
そんなレイズの戸惑いをまるで見透かしたかのようにアレンはぴしゃりと指摘する。
「手を抜いてどうにか出来るとでも思ってるのか?ここまで来たらもういい加減腹を決めろ」
「……っ」
手にした剣を強く握る。
戦況は依然不利なまま。国王は敵味方を問わず炎を放ち続け、迷っている間にさえ、どんどんと周囲を焼き尽くしていく。
すると、飛び交う炎が突然止んだ。
斬撃を放ち続けていた国王の手が突然緩んだのだ。
「まだだ……っまだ足りない……っ」
苦しげにそう吐き出して、国王はその手を床に描かれた魔法陣へと翳す。
魔法陣が赤い光を帯びて輝き出した。その光に連動するかのようにして並べられた怪しげな装置が唸るように一斉に稼働し始める。
「ぐわぁあああッッ」
同時にランクから凄まじい悲鳴が上がった。
ランクの身体から光が溢れ出し、それが稼働する装置へと徐々に充填されていく。
「ランク!!」
苦しむランクの姿を目の当たりにしてレイズは叫んだ。狼狽する足は止まり、剣を持つ手が途端に止まる。
「……ったく」
動揺を隠しきれないレイズの様子を見てアレンは盛大に舌打ちをかました。そして勢い良く床を蹴る。国王からの距離を保ちつつ、迂回するようにしてランクが拘束された装置の方へと騎士を交わして走り抜けていく。
だが、そんなアレンの行く手を遮るかのように炎の壁が立ち塞がった。
「く……っ」
アレンは駆けていた足を止め、立ち塞がる高い壁に後退る。
(このままではランクが……っ)
レイズはアレンとランクとを交互に見る。
そして、目の前の国王へと改めてその視線を向けた。
もはや迷っている場合ではない。このままではこの場にいる者全員がフレイによって焼き尽くされてしまう。
決断の時、レイズは意を決した。
そして一直線に国王との間合いへと走り込む。
重い金属音が鳴り響いた。
斬り掛かったレイズの一撃を国王は受け止め対峙する。
鬩ぎ合う両者。振り降ろさせさえしなければフレイは斬撃を放てない筈。
だが、その間にもレイズの剣はフレイの炎に晒されてどんどんと赤く熱を帯びていく。
「ぐわああぁああッッ」
ランクの悲鳴が再び響く。
ほんの一瞬、レイズはそれに僅かに気を取られてしまった。
その瞬間、金属音が弾けた。
(しまった……っ)
レイズの剣はフレイによって押し切られた。そこにすかさず赤い斬撃が放たれる。
なんとか体制を立て直し、放たれた斬撃とは逆方向へとレイズは床を蹴って飛ぶ。
赤い閃光が僅かに長い髪を掠めた。放たれた斬撃をなんとか交わし、レイズは再び国王から一定の距離を取る。
(どうすればいい……?)
冷や汗が身体を伝い流れ落ちていく。このままでは国王に近付く事はおろか、苦しむランクが繋がれた装置にさえも辿り着けない。
(一体どうすれば……っ)
国王と対峙し苦戦するレイズを見兼ねたアレンは深く大きなため息を一つ。
「……ったく、俺は戦闘は専門外だって言ってるだろっ」
アレンは僅かに後ろへと下がると助走を付けて加速する。そしてそのまま勢い良く炎の中へと飛び込んだ。一瞬感じた熱を超え、すぐに向こう側へと抜けて出る。炎の壁は思っていたよりも薄く、アレンはすぐに体制を立て直し、ランクが拘束された装置の元へと再び走り出した。
「よせ!それに触れるな!」
壁を抜けたアレンを見て、国王は再びフレイを構える。
その隙をレイズは見逃さなかった。床を蹴って跳躍し一気に国王との距離を詰める。金属音が再び弾け、その注意を自身へ向ける形に持っていく。
「全く、どいつもこいつもっ」
アレンは盛大に愚痴りながらも向かって来る騎士達を交わし走る。
「っとに、人使いが荒いんだよ!!」
そしてそのまま、装置を死守していた兵を蹴って剣を奪い取り――「やめろ!」と叫ぶ制止を背にアレンはその剣を力任せに装置に叩き込んだ。
異常を知らせる警報と共に怪しげな装置は停止する。
拘束が解け外へと吐き出されたランクは乱れた呼吸を整えるように大きく身体を揺らした。
憔悴しきってはいるが、身体に外傷は見られない。
どうやら間一髪、救出に間に合ったようだった。
「貴様ら……よくも……っ」
国王は怒りに震えた。
競り合っていたレイズを振り払い、アレン達の方へと大きく振りかぶり閃光を放つ。間一髪、アレンとランクはそれぞれ装置の陰へと身を隠しなんとかその一撃をやり過ごした。
国王の手にしたフレイがまるで彼の怒りに反応するかのようにより一層赤く燃え上がる。
「消え失せろ!」
一瞬、光に目が眩んだ。
瞬間、国王を中心に炎を孕んだ衝撃波が周囲に放たれる。
「くっ……」
回避すらも間に合わず、レイズの身体は数メートル先へと吹き飛ばされた。
けれども、すぐさま体勢を立て直し、手にした剣を再び握る。
その視線の先で国王の身体は炎に包まれ赤々と揺れていた。
燃えるフレイが再び構えられる。
第二波が来る。そう思われた。
カラン……
しかし、国王は突然動きを止めた。
その手からフレイが床へと零れ落ちる。
「……あぁ……あぁああぁああぁっ」
その途端、国王は痛烈な悲鳴を上げた。
身体は異常な程に震え出し、狂ったように叫び出す。
フレイの炎が不気味に揺らいだ。紅蓮が激しく渦巻いて、まるで逆流するかのように瞬く間に彼の身体を飲み込んでいく。
「……おいおい、ここでこれかよ」
その光景を目の当たりにしてアレンは思わず息を呑んだ。
恐れていた事態が発生した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます