第57話 ▼変異
「ああぁぁあぁああああぁあっっ」
痛烈な悲鳴が研究所内に響き渡る。
「これは……一体どういう事だ……?」
国王の異常な様子を前にしてレイズは動揺を隠し切れずにいた。
「……やり過ぎたんだ」
「一体何が起きたんだ!?」
「とうとう限界を迎えたんだよ。まあ、嘘偽りで塗り固めてあれだけの無茶をすれば無理もない。フレイの強大な力に対して、身体の方が耐え切れず制御し切れなくなったんだ」
そして、恐らくは――
アレンは国王の様子を注視する。
本来ならば、あの剣の力に耐え切れずそのまま絶命して終わる筈なのだが、しかしどうやらこの様子だと――
炎に包まれても尚、直立したまま震え続ける国王の身体。
その身体から明らかに“フレイの物ではない”不気味な『赤い光』が溢れ出している。光はバチバチと火花を散らし、皮膚は焼かれて溶け落ちて、落ちたそれがみるみるうちに黒く膨張し変形していく。
「……始まったか」
「何だ……これは……」
眼前の光景に圧倒されレイズは茫然と立ち尽くした。
赤々と燃え盛る炎が消えその中から現れたもの。
その姿は大きく、膨張し黒ずんだ皮膚がドロドロと床へと流れ落ちている。
亀裂のように無尽に走る隙間からは赤く熱を帯びた内組織が見え、それが脈打つように光っていた。
その姿には足と呼べる物は無く、かわって腕は引きずる程に異常に長く垂れ下がっている。
目のような窪みの中は赤く踊り、まるで内に炎を宿しているかのようで。
その姿はまさに異形。まるで怪物のようだった。
「ーーーーーーッッ」
怪物が天地を揺らす程の凄まじい奇声を発した。
「剣を取れ!取り込まれるぞ!!」
アレンは慌てて叫んだが、一拍遅く。
アレンが叫んだ瞬間、それは剣の上に倒れ込むようにして覆い被さった。
重い地響きが反響する。研究所全体がグラグラと揺れた。
のそりと重い上体を起こしたその怪物の身体には鞘の無いフレイが刺さるかのようにして取り込まれていた。
「ーーーーーーッッ」
怪物がまた悲鳴にも似た獣のような奇声を発した。
そして目の前の物を薙ぎ払うかのように長く垂れた腕を振るった。
振るわれたその腕は残っていた騎士達を薙ぎ払い、飛び散った炎が研究所内を焼いていく。
「あれは一体何なんだ……?」
その異様な姿を前にしてレイズは僅かに後退る。
目の前で起こるそれがとても現実だとは思えなかった。
「これはかなりまずい事になったな」
「一体、何がどうなってるんだ!?」
「何って見ての通りだよ」
突然の事態に動揺を隠し切れないレイズ。そんなレイズに対しアレンは深くため息を吐く。
「あれは……あの怪物は陛下なのか!?」
「もちろん」
「どうして陛下があんな姿になったんだ!?」
「だからさっき言っただろ?とうとう“限界”を迎えたんだって」
「限界って何なんだよ!?分かるように説明しろ!!」
「はぁー……全く。お前、軍人の癖に本当に魔法に関する知識が無いんだな」
困惑するレイズとは対照的にアレンは呆れたようにそう言って。変異を遂げ異形と化した元国王へとその視線を向けて述べる。
「とにかくだ、あれはもう国王であって国王じゃない。あいつに果たして自我があるのかは分からないが、恐らくは今あいつを支配してるのはフレイ、言ってしまえば力への執着だ」
「どうやったら陛下を元の姿に戻せるんだ!?」
「手遅れだよ。もう元に戻す事は出来ない」
「なんだって!?」
「自分で力を制御出来なくなった結果がこれなんだ。そうなってしまった場合、もはや止める方法はただ一つ。力尽くで止めるしかない」
周囲の物を焼き払いながらその怪物はのそりのそりと移動を開始した。
「どうやらこの様子だとあれは外に出ようとしてるみたいだな」
「なんだと!?」
「さーて、どうする?あれをここから出したりなんかしたら街なんか簡単に壊滅させられちまうぞ?」
「そんな事はさせないっ」
「あいつを止めるつもりか?勇敢だな。何か手はあるのか?」
「とにかく奴を止める!」
言ってレイズは剣を手に取り立ち上がった。
「作戦は無しか。全く、そういう無鉄砲な所はほんと誰かさんにそっくりだな」
それに続き、アレンもまたレイズ同様に立ち上がる。
「手を貸そう。どのみちこのままじゃ、俺もここと一緒に焼かれて終わりだからな」
但し、とここでアレンは一つの条件を提示する。
「ただし、これも貸しだぞ?」
「分かったよ、食い逃げ犯」
「俺の名前はアレン・ヴァンドールだ、脱走兵」
***
「おーい!こっちだこっち!こっちだよーっと!」
崩壊へ向かう地下研究所内。
アレンは怪物の前へと躍り出てそれに向かって大きく手を振る。
その声に出口へと向かって移動していた怪物はアレンの方へと向きを変えた。
視界にアレンを捉えるや、怪物は長く垂れた腕を豪快に振るう。
それをひらりと交わしつつ、アレンは出口とは向かって逆方向へと走り出した。
逃げるアレンを追い掛けるようにして怪物はまたのそりのそりと移動を開始する。
やはり、そうか。
吊られた怪物の様子を見て、アレンは自身の読みが的中していた事を確信する。
この怪物はもはや国王だった時の知性を失い、ただ目の前の物を破壊ながら進んでいる。そして、視界に捉えた動く物をただただ動物的に追い掛けて来る。
「うぉおおぉぉっ!!」
怪物がアレンに気を取られている隙に素早く移動したレイズはその背後から斬りかかった。
しかし、怪物の黒い皮膚は厚く刃が全く通らない。剣は分厚い皮膚に弾き返された。見ればレイズの手にした剣は激しく刃こぼれを起こしていた。こんな状態ではもはや使い物になりそうにない。
レイズはガラクタと化した剣を捨て、倒れた騎士から武器を拝借する。そして再び、怪物の横腹に鋭い一撃を叩き込んだ。
しかし、またしても結果は同じ。止めるどころか、全くダメージすら与えられていない。
こんな化け物と一体どう戦えというのだ。
圧倒的な力量差を前に絶望的な気持ちが湧き上がって来る。
しかし、レイズは欠けた剣を捨て、手近にあった剣を再び拾い怪物へと突進する。
こいつをここから出す訳にはいかないのだ。
なんとしてもこの怪物を止めてみせる。
「うぉらああっ!!」
レイズは果敢に何度も怪物へと切り掛かった。
怪物がまた長い腕を振るった。
アレンはまたしてもそれを交わしたが、その腕は背後にそびえた壁を深く抉った。
抉られた壁は石片となりアレンへと無数に降り注ぐ。
そのまま怪物は身体を捻るかのようにして背後から攻撃を仕掛け続けていたレイズへと長い腕を振り抜けた。
「ぐっ……」
振り抜けた腕が直撃する。
レイズは放られた長い腕によって容赦無く薙ぎ払われた。
「ぐは……っ」
その勢いのまま身体は壁へと叩き付けられる。
手からは砕かれた剣が落ち、身体は床へと無残に滑り落ちた。
怪物がゆっくりと向きを変えた。
のそりとのそりと重い身体を引き摺りながら、倒れたレイズの方へと向い進んでいく。
全身の激しい痛みに耐え、レイズはなんとか立ち上がった。
しかし、もはや足は萎え剣を持つ手が上がらない。
迫り来る怪物を前にして立っているだけで精一杯だった。
重い地響きと共に目の前へと迫る怪物。
その姿は大きく、膨張し黒ずんだ皮膚はまるで固まった溶岩のように硬い。
目のような窪みの中が赤く踊り、揺れる姿はまさに怪物。恐怖以外の何者でもなかった。
その怪物の腹の辺り。
突き刺さったフレイが目に映る。
(フレイ……)
あれほど憧れた、尊敬していた父親の剣。
それも今や無残にも怪物の一部となりつつある。
結局、自分は最後まで何者である事も出来ず、国を守る事も出来なかった……
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