第29話 再幕・大疾走劇(後編)
まだまだ極彩色に染まる街中を疾走していく私とレイズとアレン船長。
そういえばさっき、レイズは「急がないと置いて行かれる」と言っていた。
あれは一体どういう意味だったのか。
それについてレイズに問い掛けようとしたその時。突然、左足に衝撃が走った。
「痛っ……!?」
驚いて自分の左足に目を向ける。見れば左足は鮮やかな緑色に染まっていた。
慌てて周囲に視線を巡らす。見るとそこには、いかにも悪ガキといった感じの子供が数人、ゴムパッチンのような物で道行く人にカラーボールを当てまくっているのが目に入った。どうやら私の左足はそのカラーボールに見事命中してしまったようだった。
(な、なんて事をしてくれたんだーっ!?)
内心そう叫びたかった。
こんな異常事態の中、1着しかない自分の唯一の持ち物、制服を守る為に、必死に降り注ぐカラーボールを避けながら走り、奇跡的に1発も当たる事なく、ここまで街を走り抜けて来たというのに。
なんたる事、なんたる不覚。というか、痛い。物凄く痛い。
ゴムパッチンで威力を増したせいか、思った以上の左足の痛みに一瞬足を止めてしまった。
「ハル!!」
アレンが私の名前を叫んだ。
はっとして顔を上げたその時にはもう、目の前には剣を振り上げた海軍兵の姿があった。
今度は目を閉じる暇もなかった。死の瞬間、周りの景色がスローに見えるとよく言ったりするが、まさにその通りで。スローモーションのように自身へと向かいゆっくりと剣が振り下ろされていく。この距離。レイズの炎の剣を持ってしてももう間に合わない。
殺される。
そう思った刹那。
何かがひらりと舞い降りた。
風に舞う深緑のマント。真紅の髪。よく見慣れたその姿。
銃声が響いた。
剣を振り上げていた海軍の男が倒れる。
「全く、俺の妹を斬ろうとするなんて」
ほんの一瞬の出来事。
よく見慣れた後ろ姿に私は泣きそうになりながらその人物の名前を呼ぶ。
「ラック……っ」
今まさに剣を振り下ろそうとしていた海軍兵と私の間に、間一髪ラックが割って入ったのだった。
「ハル、大丈夫?」
ラックは振り返り私の元へと片膝をつく。
あまりの恐怖に腰が抜けてしまった私はコクコクと何度も頷いた。
「ラック、どうしてここに?」
「ハルが心配だったからね。レイズの後を追って来たんだよ」
そう答えたラックの背後からは全く怯む気配を見せない海軍隊が迫って来る。
「全くせっかちだなあ」
そう言ってラックは立ち上がった。
「ちょっと待っててね。すぐ片付けるから」
私にそう言ったラックはいつもと変わらない。
いつもと同じように穏やかな口調。顔は勿論笑顔である。笑顔な筈なのに。なぜだろう、その笑顔が今はなんだか少し怖い。
立ち上がり、海軍へと向き直ったラックはベルトからもう1つの銃を抜く。
両手で二丁の銃を構えたラックは迫り来る海軍隊を的確に撃ち抜いていった。西部劇のガンマンさながらの鮮やかな銃さばきに思わず見惚れてしまいそうになる。
「うーん……さすがにちょっと数が多いな」
突出した兵士を漏らさず撃ち抜いていたラックだったが、やはりその数は多い。
ラックは撃つのをやめるとベルトへと銃を戻した。そして、おもむろに自身の羽織っているマントの中へと両手を入れるような仕草を取る。
「「げっ……」」
すぐ近くからアレンとレイズの引き攣った声が聞こえた。
ラックはごそごそをマントの中を探る様にして、そして何かを取り出した。
取り出された何か。一体どこからそんな物出したのか。ラックがマントの中から取り出したのは結構な大きさのあるショットガンだった。
手品の如く取り出されたそれを見て私は空いた口が塞がらない。
ラックは細身だ。その身体に似合わずマントは少し大きめだなと出会った時から思ってはいたが……一体どういう仕様になっているのか。
唖然とする私をよそにラックは取り出したそれを構える。その姿を見てはっとした。
ショットガンというと確かいわゆる散弾銃だった筈だ。いわゆる一定範囲に弾が散開する銃だった筈なのだが……まさか。
「あの、ラック……?」
割合的に言えば向かって来る海軍が大多数とはいえ、付近には何も知らずに依然としてカラーボールを投げ付け合っている住民がいる。
絶対当たるって、それ!
「あの、ラックさん……?」
ショットガンを構えたラックの顔はいつもと変わらず穏やかな笑顔。
一瞬だけ、いつもより口端が吊り上がったように見えたのは気のせいだったと願いたい。
ラックは何の躊躇いもなくショットガンをぶっ放した。
ラックによって放たれたショットガンは勢い良く海軍の壁を崩していく。それどころか、その銃はかなりの威力があるらしく、海軍隊を街諸共を撃ち砕く。石片と薬莢がばらばらと辺りに散乱した。
どうしよう……真面目に怖い。
一頻り撃ち終えたのち、ラックはふーっと息を吐いた。
「さすがにこれ以上は住民に当たりそうだね」
ラックは構えていたショットガンを下ろした。
どう見ても無造作に撃ちまくっているようにしか見えなかったが、ちゃんと住民を外して的を狙っていたらしかった。
そんな事が果たして可能なのか、そこはもはやつっこむまい。
ラックにその意識があった事にとりあえずは安堵しつつ、ドカドカと早鐘を打つ心臓をなんとか宥める。
「ラック!急がないともう時間がない!!」
いつの間にか私とラックから少々の距離を取ったところにレイズと共に移動していたアレンが叫ぶ。
「分かってる!」
アレンにそう返し、ラックはまた出した時とは逆の動作でショットガンを自身のマントの中へと包み込むようにして入れた。
どういう仕組みになっているのか本当に謎だが、結構な大きさのあるショットガンは見事にラックのマントの中へと消えていった。まさにマジックを見ている気分だった。
「ハル、まだ走れるよね?」
色々な意味で腰が抜けていた私だったが、頷いてラックの手を借り立ち上がる。
私は再び極彩色へと染まりつつある街を走り出した。
***
街の中心部から外れたせいか、徐々にカラーボールを投げる住民は減り、街も徐々にその彩りを無くしていく。
そんな通常の街並みを取り戻しつつある通りを走りながら思う。
ラックのあのマントの中は一体どうなっているんだろうと。
「あのマントの中、ほんとにどうなってるんだろ……」
「ああ、あれか」
どうやら疑問が口に出てしまっていたらしい。横を走っていたレイズにばっちりと拾われてしまった。
「知ってるんですか?」
走りながら私は堪らずレイズに尋ねた。
「あいつのマントはな……」
すると、レイズは何故か急に声を潜める。
「俺もどうなってるかよくは知らねぇが、恐らくは……」
「恐らくは?」
「恐らくはそう……四○元○ケットみたいになってるんじゃないかと思ってる」
「なんか次元超えたね!!??てか、それ字伏せてもたぶんダメなやつだからね!!??」
予想外の返答に盛大にツッコミを入れずにはいられなかった。
てか、なんでそんな単語知ってるんだ。
色々な意味でますます謎が深まった中、一向はようやく見覚えのある場所へとたどり着く。数百メートル先には青い海が広がっている。そこは今朝到着した港だった。
ようやく戻って来た。
その安堵感で気が抜け掛けたが、それにはまだ早過ぎた。
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