第30話 東の空へと昇る光
「掛かれー!!」
突如、号令が響いた。
前方、そして左右からこれまでで1番の海軍隊がぞろぞろと姿を表す。
あっと言う間に彼らは展開した。そして、そこに頭からつま先まで極彩色に染まり、ラック達の攻撃に晒されながらも未だにしぶとく追い掛けて来ていた後方の団体が追いつく。完全に周囲を取り囲まれてしまった。
四方を取り巻いた海軍兵。その中央に私とアレン、レイズとラックがまたしても背中合わせの形となる。
すると、展開した海軍兵の間から誰かが進み出て来た。
「いやいや見事だったよ、アレン・ヴァンドールくん」
それは中央広場で盛大な目潰しを喰らったザガン中佐だった。
それはどうも、とアレンはいつもの調子でザガン中佐に言う。
「まさか我々をここまでコケにしてくれるとは。いやはや恐れ入った」
至って冷静に淡々と述べる口調とは裏腹にザガン中佐のこめかみには青筋が浮き上がっている。どうやら相当お怒りらしい。
ザガン中佐は片手を上げた。それを合図にザガン中佐の後方に展開する海軍兵達が一斉に銃を構える。
「君を生かしておいたのはどうやら間違いだったようだ。さあ、ホープ・ブルーをこちらに渡したまえ」
今度の今度こそ、恐らくは絶対絶命だった。
周囲には海軍の厚い壁。
前方には引き金に指が掛けられ、合図さえあればいつでも撃てると主張してくる銃口が多数こちらに向けられている。
逃げ場などもはやどこにもない。
かと言って素直にホープ・ブルーを渡したところで行き着く結末はきっと変わらない。
「……」
さすがのアレンもこの状況には押し黙った。
ラックは自分の背中へと銃口に晒される私を庇う。
クロート号へとあと少しという所で待ち伏せを喰らってしまった私達。
ラックの背中越しに見たザガン中佐の勝った、と言わんばかりのあの顔がどうしようもなく憎たらしかった。
そんな状況下。
ふ……とアレンが笑った。
「ご苦労だったな、フォクセル」
「ぐわぁあ!!??」
悲鳴と共に銃を構えていた筈の海軍兵が突如として一斉に倒れた。
「何事だ!!??」
突然倒れた周囲の兵達に驚き、ザガン中佐は自身の背後を振り返る。
そこには黒髪長髪。全身黒ずくめのフォクセル・フォールドが立っていた。
「な、貴様……一体いつの間にそこに!!??」
突然背後に現れ、自身を囲んでいた部下達を一瞬にして倒したフォクセルにザガン中佐は驚き後ずさる。
貴様!と別の隊員達がフォクセルに斬りかかった。
フォクセルはそれを一切無駄の無い動きで交わす。そして、がら空きとなった男の横腹にきつい一撃を叩き込んだ。
一見すると女性のようにも見えるほどに細身の彼。そんなフォクセルが自分よりも遥かにガタイのいい鍛え上げられた兵達を顔色一つ変えずに次々と殴り倒していく。
レイズは剣、ラックは銃。
フォクセルはてっきり、越しに刺した日本刀と思われる刀を使うのかと思っていたが。まさかの素手。
その容姿のせいか、なんとなく虚弱な感じなのかと勝手に思っていたがまさかだった。
一体どこにあんな力が……。また一つ謎が深まった。
「奴等からホープ・ブルーを取り返せ!!」
ザガン中佐の号令を皮切りに残された海軍兵達が一斉に襲い掛かって来た。辺りは一気に戦場と化す。
そんな中、非戦闘要員の私はというと……。
四方八方から繰り出される海軍の攻撃に晒されながらもラックに庇われなんとか生きていた。
いや、でもこんなの死ぬって。
一歩間違えたら本当に死んでしまう。
それに何よりラックがとても戦い辛そうだった。やはり戦闘どころか自分の身一つ満足に守れない私を庇いながらの戦闘はかなりラックの負担になっている。
ラックに申し訳も出来ない。そして、自分では何も出来ない事実がとても情けなかった。いつもそうだ。いつだって誰かに助けて貰って守って貰っている。
だが、自身の非力さを嘆いている場合ではなかった。
状況は劣勢。いくらラック達が強くてもやはり数の力には勝てないのか。
そんな戦闘の最中、海軍兵の斬撃を避けたアレンの懐からホープ・ブルーが溢れ落ちた。
「く……っ」
それを拾い上げようとしたアレンに向かい更に兵士が斬り掛かっていく。
あれは果たして偶然だったのだろうか。
アレンに切り掛った兵士の足がホープ・ブルーを蹴った。ホープ・ブルーは戦闘の中心へと滑り込む。
そこで複数の兵士達と応戦していたレイズ。レイズが薙ぎ払った一振りにより、周囲を取り囲んでいた兵達が勢い良く吹っ飛んだ。
それは絶妙な角度でホープ・ブルーにヒットし、ホープ・ブルーは宙高く投げ出された。
高く舞い上がったホープ・ブルー。
戦闘の最中、誰もがその行方を視線で追う。
それはまるで吸い寄せられるかのように綺麗な放物線を描いて。そして、まるで狙い定めたかのように私の手の中へと落ちて来た。
ホープ・ブルーが手に触れたその瞬間。
眩い光が辺りを包んだ。その光に目が眩む。
周囲を照らすように発光した光はやがて一筋の線となり空へと昇る。光は遥か遠く、東の空を差した。
その場にいた誰もが動きを止めた。
ホープ・ブルーはほんの数秒間、赤い光を放った。そして、その光は徐々に細くなりやがて消えていった。
何が起こったのか全く理解出来なかった。
突然の出来事にホープ・ブルーを手にしたまま呆然と立ち尽くす私。そして周囲の者達。
「その娘からホープ・ブルーを奪い取れ!!」
そんな沈黙を破ったのは意外にもザガン中佐だった。
私と同じように唖然と立ち尽くしていた海軍兵達がザガン中佐の号令に一斉にホープ・ブルー目掛けて突進して来る。
銃声が鳴った。いつの間にかショットガンを取り出していたラックが突進して来た兵達に向かって散弾を放ったのだ。
「ハルは船長と一緒に先に行って!」
そう行ってラックは僅かに開けた空間へと私の背中を押し出した。
「こっちだ!ハル!」
「は、はい!」
私はアレンに腕を引かれ、周囲を取り囲んでいた海軍の壁を抜けて再び駆け出した。
キンッキンッと金属がぶつかる音を聞きながらアレンの後に続いて走る。
今のは一体何だったのだろうか。
未だに先程の光景が頭から離れない。
「ハル、君は一体……?」
隣を走るアレンもまた先程の光景が信じられないといった様子で私を見詰める。その問いには私自身も答える事が出来なかった。
その時、ふっと、不意にアレンが笑った。
その時のアレン船長の表情。
それはいつもの様な演技かがったものではなく、見たこともない優しい顔をして。
唐突過ぎるその行動に私は思わず面喰らってしまう。
けれどもそれは本当にほんの一瞬で、途端にアレンはいつも調子に戻った。
「まあ、それはとりあえず後回しだ!今はとにかく走れ!もうすぐだ!」
「は、はい!」
そうだ、とにかく今は考え事をしている場合ではない。せっかくラック達が稼いでくれた時間を無駄にする訳にはいかないのだ。
さっきの出来事は一体なんだったのか。考えている余裕は今はない。
とにかく今は一刻も早くクロート号に戻らなくては。
そう思い直し更にスピードを上げようとしてはたと気付く。
船は港、つまりザガン中佐達が待ち伏せていた先に停泊していた筈だ。しかし、今向かっているのは何故かそれとは全く別の方向である。
「……て、アレン船長、これって一体どこに向かってるんですか!?」
気付くのがかなり遅かったが、これでは船に戻れないのではないか。
「ん?ああ、そういえばそうだったな」
それを聞いてアレンは何かを思い出したかのように言う。
「そういえば、ハルには言ってなかったな。このまま港にはいかない。フォーカード岬に向かうんだ」
「フォーカード岬?」
「あそこはいいぞ、なんたって夕暮れ時には絶景の夕日が望めるとかいう“絶景スポット”らしいからな」
「それって一体どういう事……」
「オイ、何だったんだよさっきのは!?」
聞き掛けた言葉をいつの間にか追い付いていたレイズが遮った。
「まさかハルがあんな力を秘めてたなんて知らなかったよ」
続けざま、今度はこれまたいつの間にやら追い付いていたラックが感心したかのようにそう述べる。
「ラック!レイズさん!」
「おー、やっと追い付いたか!海軍はどうなった?」
追い付いた2人の姿を見て、先頭走っていたアレンは後ろを振り返る。それに習って私も後ろを振り返った。
そしてぎょっとした。海軍達はまだ諦めず後を追って来ていた。
「あいつらほんとにしつこ過ぎるんだよ!」
「ちょっと数が多過ぎてね、全部倒すのは無理だったよ」
悪態を吐くレイズとそれに苦笑を添えるラック。
「それなら――」
それを聞き何を思ったのか、アレンはごそごそと自身の懐に手を入れる。そして、急に立ち止まった。
「おーい、ザガン中佐ー!」
かと思うと、突然大声でザガン中佐を呼び始めた。
「オイ、何してんだよヴァンドール!!」
アレンのその不可解な行動に私もラックもレイズも思わず足を止めてしまう。
「おーい、アンダー・ザガン中佐ー!!」
そんな事には一切お構い無しにアレンはザガン中佐の名前を呼び続ける。
それに坂の少し下の方から駆けて来ていたザガン中佐が反応したのが見えた。
それを見やり、アレンはおもむろに自身の懐に突っ込んでいた手を引き抜いた。
その手にはホープ・ブルーのネックレスが。
アレンの次の行動。アレンはその手にしたホープ・ブルーのネックレスをオーバーな仕草をして振りかぶる。
まさか。
その行動に誰もが呆気に取られたのもつかの間。
アレンはその手にしたホープ・ブルーを――思い切りぶん投げた。
「「「はぁああーー!!??」」」
私とレイズ、そして海軍団体一行の声が見事にハモった。
当然ながら宙に放り投げられたネックレスを追い、海軍御一行はたった今駆けて来た坂を下っていく。
「……投げた。ホープ・ブルーを投げた……」
「アンタ、一体何考えてんだよ!?」
あまりにも不可解なアレンの行動にぽかんと開いた口が塞がらない私とラック。
アレンの正気を疑うレイズ。
そんな事にも一切構わず、アレンは坂を下って行く海軍達を満足気に見送った。
「アレン。早くしないと」
そこに聞きなれない声が響いた。いつの間にかアレンの傍らにはフォクセルの姿があった。
「おっと、そうだったな」
フォクセルのその言葉を聞いたアレンはまるで何事もなかったかのように踵を返す。
……て、ホープ・ブルーは!!??
「アンタ正気か!?なんでホープ・ブルーをぶん投げてんだよ!!」
あれだけの苦労をして手に入れて、やっとの思いで取り返したホープ・ブルーをあろう事かぶん投げるという蛮行をやってのけたアレンに対しレイズが掴み掛からんばかりに噛み付く。
「いいんだよ。あれは必要無い」
そう至って冷静に答え、アレンは再び懐に手を入れる。そしてある物を取り出してレイズに見せた。
「これさえあれば。あれはザガン中佐にくれてやろう」
アレンが取り出して見せたのは紛れもない、ホープ・ブルーの宝石だった。
そう、さっきアレンが思い切りぶん投げたのはホープ・ブルーの周りにあしらわれた装飾の鎖だったのである。
一体いつの間に取り外したんだ。疑問に思わざるを得ないがここはとりあえず黙っておく。
「さて、そろそろ急がないとほんとにまずい。少々時間オーバーだ」
アレンはそう言って再びホープ・ブルーを懐へと戻したのだった。
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