第25話 難解な地図と呪われた宝石


「どういう事だよヴァンドールっ!!」


 レイズの声がクロート号の船長室に響く。


『明日の朝までにこの地図が示す場所を解明してみたまえよ。そうすれば少なくとも、今この場で君が最後を迎える事はない』


 ザガン中佐はとんでもない事を言ってのけた。

 当然、そんなとんでも要求を受け入れる義理も理由もない訳で。当然、アレンはその要求を断ろうとした。だが、周囲には銃を構えた海軍兵。ザガン中佐が合図をすれば彼らはいつでも引き金を引ける。

 どこにも逃げ場のない状況。まさに風前の灯火。

 断れば即死のこの状況にアレンは突き付けられた要求を呑むより他に選択肢がなかった。


 そして現状。明日の朝までに地図の謎を解明する為、私達はクロート号の船室、アレンの船長室へと押し込められていた。無論、他の乗組員達は皆人質に取られ、牢へと閉じ込められている。しかし、私とラック、それからレイズとフォクセルの4人だけはアレンと共に船長室の中にいた。

 アレンがザガン中佐に上手い事言ったのだ。つまり、地図の謎を解明する為のアレン船長のアシスタントとかなんとか。とにかく察するにそんな具合に。


「地図って一体なんなんだよ!?そんな話なんか聞いてねぇぞ!!」


 レイズは苛立ちをぶちまけるかのようにアレンを問い質した。

 私も含め、アレンを除いたこの場にいる全員がそんな地図の存在など全くもって知らされていなかったのだった。


「そんな事、今はどうでもいいだろ。今はこの地図をなんとかして解読しないと俺達皆んな明日の朝には海の藻屑にされちまうんだぞ」

「どうでもよかねぇよ!だいたいあんたはいつもいつもそうやって……っ」


 しかし、怒り心頭のレイズとは対照的に例の地図を穴が空くほど見つめながらアレンは淡々とした口調でそう答える。

 そんなアレンの態度にますます苛立ちを募らせたレイズは掴み掛からんばかりに身を乗り出した。アレンとレイズ、またいつもの喧嘩まがいの言い争いが始まりそうになった。


「はいはい、2人共落ち着いて。今は喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょうが」


 そんな折、ラックが2人の間に割り込むかの様にして仲裁に入る。

 ラックの最もな意見に取り乱しかけたレイズだったが、ここはぐっと堪えて口を噤む。それを見てラックは改めてアレンの方へと向き直った。


「それで船長。この地図は一体なんなの?」

「この地図は、その昔、ある洞窟から発見された物だ。

 詳細は不明。誰が何の目的で残したのか、そしてこの地図が一体何処を指し示すのか。今まで何人もの学者達がその謎の解明に当たったと聞くが、それでもこの地図は誰にも解明する事は出来なかった。

 だが、この地図はかなり古い物で歴史的に貴重な価値のある物としてずっと厳重に保管されていたんだ」


 そんな地図を数週間前に厳重保管されていたある場所から拝借して来たのだとアレンは説明した。


「で、そんな訳の分からない古い地図とホープ・ブルーと一体どんな関係があるってんだよ?」


 アレンの説明にレイズが不機嫌丸出しで問い質す。


「まあ聞け。この地図の説明をするには、まずホープ・ブルーの話をしなくちゃならん」

「そいつは呪われた宝石だろ。持ち主に不吉な死を齎すって曰く付きの!それはもう知ってるよ」

「ああ、だが、それはあくまでもホープ・ブルーの“呪われた宝石”としての話だ」

「どういうこと?」


 アレンの言葉にラックと私は首を傾げた。

 アレンは話を続ける。


「ホープ・ブルー。持ち主に不幸を齎し死に追いやるという不吉な宝石。世間じゃ“呪われた宝石”として知られてるが、ホープ・ブルーにはまた別に異名がありこう呼ばれている。――“祈りを聞き届ける魔石”ってな」

「“祈りを聞き届ける魔石”?」

「つまり、このホープ・ブルーには持つ者の祈りを聞き、それを叶える力があるって事だよ」

「ちょっと待てよ、それは矛盾してねぇか?」


 そこまで話を聞いたレイズがアレンの話に待ったをかける。


「“持つ者を呪う宝石”が“持つ者の祈りを叶える”っておかしいだろ?」

「確かに、こいつは持ち主を呪う。

 だが、それはこいつのもともとの持ち主がこの宝石に呪いを掛けたからだ」


 アレンは再び語り始めた。


 ――かつて、ホープ・ブルーはある場所に祀られていた。そして、人々はそれを信仰の対象としていた。

 ある時、1人の信者がホープ・ブルーに祈りを捧げると石は赤い光を発した。

 それを見た人々はこの石には不思議な力があると考え、そしてその者はその石に選ばれし者として石と共に人々から崇められるようになった。それがホープ・ブルーの最初の持ち主とされている。

 やがて、その者が祈りを捧げるとホープ・ブルーはまるでその祈りに応えるかのように赤い光を発し、人々に幸福と栄光をもたらした|――


「だがある時、それを誰かが盗み出した」


 アレンは続ける。


「そしてホープ・ブルーの持ち主はこの宝石に呪いを掛けた。私欲に塗れ、大罪を犯した者に死の呪いをってな。

 それ以来、この宝石は持ち主を次々に呪い殺し、所有者を転々と渡り歩いている。

 だがこれは本来、信仰の対象とされて来たいわば呪いなんかとは無縁の石。だからこの石を元あった場所に戻せば、その呪いは解け、ホープ・ブルーが持つ本来の力が戻る筈なんだ」

「つまり、持つ者の祈りを聞き届けてくれるってこと?」

「そういう事だ」

「そして、そのもともとホープ・ブルーがあったとされる場所をこの地図が示す、と……」


 ラックと私の問いにアレンは頷いた。

 しかし、それにまたしてもレイズが反論を呈す。


「けど、こんな呪われた宝石、どうやって元あった場所に戻すっていうんだよ?戻す前に持ち主は皆んな死んじまうだろうが。

 それにこんな訳の分からねぇ地図を残したところで、どうやってそこに石を戻しに行くっていうんだよ」


 確かに。レイズの言う事はもっともである。

 本来のホープ・ブルーがそういった物ではなかったとはいえ、今は死の呪いが掛けられている。ホープ・ブルーを元あった場所に戻す前に呪いに殺されてしまったのでは全くもって意味がない。それに肝心の地図が全く理解出来る代物でないならば尚更である。

 そんなレイズのもっともな疑問にはアレンも肩をすくめてみせた。


「さあな。呪いとやらを掛けた持ち主もそこまで考えてなかったんじゃないか?」

「はあ?」

「あるいは、その呪いを超えた者こそが祈り、まあ願いを唱えるのに相応しいってやつなのかもしれないな」

「んな、適当な事ばかり言いやがって……」


 今のはあくまでもアレンの推測にしか過ぎない。つまる所、その理由はアレンにも分からないらしかった。


「とりあえず、ホープ・ブルーと地図との関係は分かった。問題はその場所をどうやって見つけるかって事だね?」

「ああ。だが、やっとの思いで盗み出して来たはいいものの、この地図はさっぱり訳が分からん」


 そう言ってアレンは眺めていた地図を机の上に放り出した。

 その地図を再びラックが広げ直す。


「この地図は随分と古い物みたいだね」


 ラックの言う通り、机上に広げられた地図は随分と古い物のようだった。

 そしてそれは以前ラックが見せてくれた現在の地図とはまるで違っていた。

 簡易的、といった方がいいのだろうか。恐らくはこれは今ほど正確な図ではないのだろうと思われる。

 その地図の上下には文字の様なものが描かれている。そして地図の中心、この地図が指し示すとされる“ホープ・ブルーが本来あるべき場所”には花の様な模様の上に十字のような紋章が刻まれていた。


「地図の上下に何か書かれてるね。文字みたいだけど……」

「それについてもさっぱりだ。恐らくはそれがこの地図を読み解く手掛かりなんだろうが、全くもって読めたもんじゃない」

「うーん……俺もこういうものはさっぱり分からないな」

「俺にも無理だ」


 アレンは完全に匙を投げているようだった。

 ラックもレイズもそれを見て一応頭を捻ってはみたもののアレン同様に早々にお手上げの様子である。


「フォクセルはどうだ?」


 アレンの問いに黙って話を聞いていたフォクセルもまた首を横に振った。


 その時。ふと、奇妙な感覚に襲われた。

 急に周りの音が遠ざかり、静寂に支配される。一瞬、意識だけが何処かへ持って行かれるようなそんな感覚がした。


『碧き御霊みたまを持つ者よ れを解き

 しるべを辿りての地にてその証を示せ

 光が汝を導かん 聖なる炎に身を委ねよ』


 机上の地図に向けられていた視線が一斉にこちらに向けられる。


「ハル、この文字が読めるの!?」


 ラックの言葉に遠のいていた意識が一気に戻って来る。

 気付けば私は、言葉を発していた。

 いや、私は地図に書かれた文字を読み上げていた。


「え、いや……うん。なんかよく分かんないけど……読めた」

「マジかよ!?なんでお前こんな文字が読めるんだよ!?」

「いや、それが、私にもよく分からなくて……」


 そうたどたどしく答えた私に対しレイズが鋭いツッコミを入れる。

 正直自分でも驚いていた。

 こんな文字、見た事もないし読める筈がないのに。何故か、そう読めた。いや、気が付いた時には読んでいた、と言うべきだろう。とにかく自分でも訳が分からない。


「本当に自分でもどうして読めたのか分からなくて……」


 そう答えた私の言葉をダンッと机を叩く音が遮った。


「さすがだハル!!さすがは俺が見込んだだけの事はある!」

「あ、いや、その……えっ?」


 私も含めた誰もが驚愕する中、何故かアレンだけは目を輝かせて称賛した。

 いや、褒められても困るのだが。


「『碧き御霊を持つ者よ 此れを解き

 導を辿りて彼の地にてその証を示せ

 光が汝を導かん 聖なる炎に身を委ねよ』……か。一体どういう意味なんだろう?」

「いや、そこまでは……」


 私の言葉をラックがそのまま復唱する。

 けれど、謎だった文字が読めたとはいえ、さすがにそこまでは分からない。


「うーむ……読めなかった文字が読めたとはいえ、これは参ったな……」


 これは一体どういう事なのか。

 何故かは分からないが地図に書かれた文字は読むことが出来た。

 とはいえ、文字が読めた所でその意味が分からないのでは全くもって意味がない。

 机上の地図を囲んで一行は頭を抱えた。


 碧き御霊、とは恐らくホープ・ブルーの事だと思う。そして彼の地とは恐らく、この地図が示す場所。

 けれど、証を示せとは一体どういう事なのだろうか?そして、光が汝を導かんとは。聖なる炎に身を委ねよとは一体……?

 ますます訳が分からなくなる。


 地図を囲んで頭を捻る一行。

 しかし、いくら頭を捻ったところで時間だけがただただ虚しく過ぎていく。


「分かるかこんなものっ!」


 そんな状況下、とうとうレイズが音を上げた。


「おいおい、そんな簡単に放り出すなよ」


 お手上げ状態のレイズを尻目にアレンは尚も地図の謎を解き明かそうと意気込んでいる。


「というか、そもそもこんな地図、分かったところで結局は意味なんかねぇだろが」

「確かに。仮に俺達がこの地図の謎を解いたとしても逆に解けなかったとしても、どちらにせよ、ザガン中佐が俺達を生かしておくとは思えない」

「まずは地図の解読よりも逃げる算段を考えた方がいいんじゃねぇのかよ?」


 ぼやいたレイズにラックが冷静な見解の述べて同調する。

 2人の意見がもっともなのは勿論分かっている。分かってはいるのだがしかし。


「とは言っても、周りは海で周囲には5隻の海軍の船。おまけに人質まで取られてるこの状況じゃ、さすがに手も足も出せない出せないよね……」


 まさにラックの言う通り。

 仮にこの地図の謎を解いたところで、どのみちザガン中佐にとっては私達はもはや用済みとなる。地図の謎を解き明かす事にそれほど意味があるとは思えない。

 かと言って、逃げるという選択はこの状況下では到底叶いそうもなくて。

 とはいえ、自分達の命がかかっている今、このまま何もしない訳にもいかないというのも事実ではある。

 八方塞がりに見えた現状。

 しかし、そんな絶望的な空気を払拭するかのようにアレンはこう断言する。


「そんな事はない!とにかく今はこの地図の謎を解く事に専念するべきだ!」

「だからっ、こんな訳の分からん地図の謎を解いたところでどうしようもねぇって言ってんだろうが!」

「分かってないなー、レイズ」


 反論を呈したレイズをアレンは制止する。


「そう簡単に渡してやるかよ」


 地図の事なのか、自らの命の事なのか。またまたホープ・ブルーの事を言っているのか。

 真相は分からないがアレンは言った。


 もしかしたら、アレンの頭の中には既に何かこの絶望的な状況を打破する算段があるのかもしれない。

 いや、狡猾で利口なアレンの事だ。きっと何か策があるのだろう。

 とにかく今はアレンの言葉を信じてやれる事をやるしかない。


 再び謎めいた地図に向き合う。

 しかし、残された時間は極僅か。

 無情にも一刻一刻と迫るタイムリミット。

 地図の謎は深まるばかりで底が見えない。

 奇妙で難解な地図を前に夜は更けていくのだった。



 ***



 東の空から太陽が昇り、朝日が水平線を照らし出す。

 地図の謎を解く為に与えられた時間は無情にもあっと言う間に過ぎてしまった。


「どうすんだよ、ヴァンドール!?もう夜が明けちまったぞ!!」


 いよいよいよいよ絶対絶命。

 地図に書かれた文字が読めたとはいえ、たった半日程度の時間では今まで誰もその謎を解く事が出来なかった地図が解読出来る訳もなく、とうとうタイムリミットの朝を迎えてしまった。

 絶望的な気持ちで眩しい朝日に目を馳せる。

 もはやどう転んだとしても助かる道はない。

 やっぱり私の異世界生活はまさかまさかのここで終わりなのか!!??


「――よし」


 その時、アレンが突然声を上げた。


「何か分かったの?船長?」


 ラックの問いに大量の本や何かの資料と思われる用紙を前に謎の地図と現在の地図とを睨み合っていたアレンが頷く。


「それでその答えは――?」


 絶対絶命のこの状況下。

 アレンが導き出したその答えは――

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