第26話 その地図が示す場所


 本日もまた空は快晴。

 降り注ぐ日差しは暑く、小高く傾斜の付いた街並みを照らしている。

 降り立った桟橋を心地良い海風が吹き抜けていった。

 目の前に広がるのは活気のある港街。


 ……一体、どうしてこうなった。


 私はアレン船長、そしてザガン中佐率いる海軍と共にクワッズ共和国・東海岸へと上陸した。



 ***



 薄暗い船倉をランプの炎だけがゆらゆらと寂しく照らしている。辺りには湿気をはらんだ重たい空気が立ち込めていた。

 クロート号の船倉。薄暗く狭い牢屋の中には私を含め、ラックやレイズやフォクセル、クロート号の乗組員達が押し込められていた。


 とうとうタイムリミットである朝を迎え、絶望的な気持ちに打ちひしがれている最中、突然「よし」とアレンが声を上げた。

 地図の答え、もしくは何かこの絶体絶命な状況を打開する案を思いついたのか。

 その答えを聞こうとしたまさにその時。

 突然、船長室の扉が開かれ背の高い屈強な海軍兵が入って来た。

 兵は例の地図を取り上げると有無を言わせずにアレンを引っ立てる。そのまま、アレンを連れて部屋を出て行ってしまった。

 その為、結局、アレンからは何の答えも聞く事は出来なかった。そしてその後、アレン船長を除いた私達4人は船倉にある牢屋へと移されたのだった。


 一体どうなってしまうのだろうか……。

 不安ばかりがぐるぐると頭を巡る。

 この状況。もはやどうあっても助かりそうにはない。

 やはり、誰も予想しなかったまさかまさかのこんな所で私の異世界生活はthe endなのだろうか。

 牢屋の暗く湿った空間が絶望的な気分に更に拍車を掛けるようだった。


 牢に移されてからしばらくの時間が経過した頃。

 ギィ……と床が軋む音が聞こえコツコツと足音が近づいて来た。海軍兵の1人が牢へとやって来た。ガチャガチャと鍵が開けられ、牢屋の扉が開かれる。


「一緒に来て貰おうか」


 牢の扉を開けた兵士は何故か私に向かって短くそう告げた。

 訳が分からなかったが、早くしろと急かされてとにかく言われた通りに牢の外へと出る。


「やあ、ハル」

「アレン船長!?」


 すると、そこには何故かアレンの姿があった。

 私は思わずアレンに駆け寄る。


「悪いな、ハル。ちょっと付き合って貰うぞ」

「え?」


 駆け寄った私にアレンはどこかで聞いた事のあるような台詞を述べた。


「船長!これは一体どういう事!?なんでハルを連れて行くの!?」

「まあまあ落ち着けラック。そう心配するなって」


 突然海軍兵と共に現れたアレンはまあまあと言ってラックを宥める。

 訳が分からず首を傾げる私。

 一体どういう事なのかとアレンに説明を求めようとしたが、それは兵士によって遮られた。兵士は何も語らずに私とアレンを外へと連れ出そうとする。

 全く状況が理解出来ていなかったが、とりあえずここは従う他なさそうだ。

 私とアレンは兵士に引っ立てられるようにして外へと向かおうとした。


「そういえば、レイズ」

「あ?なんだよ」


 去り際にアレンはレイズに向かい声を掛けた。

 牢の壁に背を預けたまま、ぶっきらぼうに答えたレイズに対し、アレンは突然おかしな事を言い始める。


「今度、“盛大なパーティー”を開こうと思うんだがな」

「はぁ?あんた、いきなり何言ってんだ?」


 突然の話に訳が分からないという顔をするレイズ。

 しかし、そんな事には構わずにアレンはそのまま話を続ける。


「まあ聞け。今度、盛大なパーティーを開こうと思ってるんだ。

 だからお前達で余興をやってくれないか?

 それに以前贈り物をした可愛いお嬢さんを招待しようと思ってる。

 そうだな、派手に花火でも打ち上げてみるのもいい。

 場所は……そうだな、海の近くもいいが、あそこはなにせ人が多い。

 だから以前聞いた小高丘の上に立つ白い立派な屋敷でも借りるのはどうかと思ってる。あそこはいいぞ、なんたってそこから見える景色は絶景らしいからな」


 一体この人は何を言っているのだろうか。

 もはや待ったく意味が分からない。

 なんで今そんな話をする必要があったんだ。

 あまりにも突拍子もない話に唖然としてしまう私。誰もがアレンの何の脈略もない話にぽかんとする中、レイズだけは黙ってそれを聞いていた。


「そういえば、この街には綺麗な夕日の見える絶景スポットがあるらしいぞ」


 そんな訳の分からない伝言を残してアレンと私は牢屋を後にしたのだった。


 そして話は冒頭に戻り、私はアレン船長、そしてザガン中佐率いる海軍と共にクワッズ共和国・東海岸へと上陸した訳なのだが……。

 一体これはどういう状況なんだ。

 昨日、ザガン中佐率いる海軍によって捕縛され、謎の地図を解明しなければ命はないと宣告された。しかし、肝心の地図の謎は解けず、無情にもタイムリミットである朝を迎えてしまった。まさに絶体絶命。もはやどうあっても助かる見込みはほぼゼロに等しい状況……だった筈なのに。

 それがどうしてこうなった。

 何故よりにもよってザガン中佐達海軍と共に船から降りるはめになってしまったのか。


 少し離れた場所で、ザガン中佐は隊列をなして船から降りる兵達に指示を出している。そんなザガン中佐には聞こえないように、私は隣に立つアレンにこっそりと尋ねてみた。


「あの…アレン船長?」

「ん?なにかな?」


 いや、なにかな?じゃなくて。


「これは一体どういう状況なんですか!?」


 すっとぼけるように首を傾げたアレンを今度は強めに問い質してみる。

 本当にこれは一体全体どういう状況なのかと。


「ああ、これはだな、ザガン中佐と取り引きしたんだよ」

「取り引き?」


 アレンは事の次第を話始めた。



 ***



「さて、約束の時間だ。答えを聞かせて貰おうか、アレン・ヴァンドールくん」


 自身より頭1つ程大きい屈強な兵士に引っ立てられアレンはザガン中佐の船室へと通された。室内では椅子に座ったザガン中佐がその顔に不敵な笑みを浮かべて待っていた。


「あれだけの大口を叩いたのだ、当然分かったのだろう?その地図の謎が」

「当然だ」


 ザガン中佐の問いにアレンは自信たっぷりに答えた。


「そしてその答えは?」


 自身の前に置かれた机に地図を広げさせてザガン中佐は問う。


「この地図が指し示す場所。それは――」


 と、そこまで言い掛けてアレンは急に口を噤んだ。かと思うと、何を思ったのかおもむろに室内を歩き始める。


「答えを教えるのはいいが、その前に――」


 何かを探すかのようにきょろきょろと辺りを見回すアレン。そんな不審な行動に眉をひそめるザガン中佐には構わずにアレンはある場所で歩みを止めた。


「1杯酒でも貰えないか?何せこっちは昨日からずっとこの難解な地図と睨み合ってたんだ。1杯くらい貰えたとしてもおかしくはないと思うんだが……」


 そう言うなり、アレンは大事そうに棚へと飾られた年代物とおぼしきウイスキーへと手を伸ばそうとした。しかし、その手はザガン中佐の側近の兵によって制止される。


「君は自分の立場が分かっているのかね?君は今囚われの身だ。答える気がないのなら今すぐこの場で消してやってもいいのだが?」

「分かった分かった。そうかっかするなって」


 僅かに苛立ちをみせ始めたザガン中佐に対し、アレンは冗談だと言って両手を上げてみせる。


「この地図がどんな物かって話はもう知ってるよな?」


 ああ、とザガン中佐は頷いた。


「この地図の詳細は不明。

 これがいつ書かれたものなのか、誰が一体何の目的で残したのか。全てが謎とされて来た。今まで何人もの学者達がその謎を解き明かそうとして来たが、未だにその解明には至っていない」


 机上に広げられた地図にザガン中佐は視線を落とす。

 謎だらけの古びた古地図。そこに描かれているのは花の様な模様の上に十字が刻まれた紋章と解読出来ない謎の文字。

 本来ならば、ある特定の場所を示す筈のものがまるでその役割を果たしていない。

 刻まれた紋章が示すのは、地図の中心。何もない筈の海の上。

 唯一の手掛かりとされる文字はどこの文献に載っておらず、解読は未だ出来ていない。今まで何人もの学者達がこの地図の解明に当たって来たが、誰にもその謎を解き明かす事は叶わなかった。


「この地図にはこう書かれている。『碧き御霊を持つ者よ 此れを解き 導を辿りて“女神の恒河在りし地”にてその証を示せ』」

「この文字が読めたのか!?」

「ああ、そうだ」


 アレンの言葉にザガン中佐は驚愕した。そんなザガン中佐に対し、アレンは当然だといった態度で頷く。


「……と、言っても読んだのは俺じゃないがな。言っただろ?うちにはあんたのとこよりも遥かに優秀な“船員”が揃ってるって」

「そして、その文字の意味は?」

「“碧き御霊”、これはつまりホープ・ブルーの事だ。そして“此れを解き”とはこの地図の謎を解けという事。そして、“女神の恒河在りし地にてその証を示せ”とはそこへ証となるホープ・ブルーを持って行けという事だ」

「“女神の恒河在りし地”……?」

「そう。そして“女神の恒河在りし地”とは、かつて大国だったある国の事を指す。

 ある国、それはここよりも南西。多神教の国、“クワッズ共和国”だ!」


 クワッズ共和国。船が今いる現在地よりも南西。多様な民族、宗教、言語によって構成された東海でも多彩な文化を誇る国家である。


「クワッズ共和国だと?それでは今まで学者達が提示して来た場所と大きく外れるではないか!」


 アレンが提示したその答え。

 それを聞いたザガン中佐はアレンの話に待ったを掛けた。


「確かに。だがその学者達が今まで提示して来た説には諸説ある。そしてそれらは結局、どれもハズレだった訳だ」

「だからって何故クワッズ共和国なのだ?」

「知ってるだろ、ホープ・ブルーはかつて聖なる石として祀られ人々から崇められていた。クワッズ共和国、あそこは多神教の国だ。1つくらい訳の分からない謎の多い神様が混じっていた所で別に不思議じゃない」


 アレンは更に話を続ける。


「クワッズ共和国のかつて名は『大河』、または『水』を意味していたという。そして、その象徴とも言えるクワッズ共和国には大きな大河が流れている。なんでもその水には相当な御利益があるらしい。その大河の名、その名は古来の宗教の“女神”の名前に由来するらしい」


 つまり、“女神の恒河在りし地”


「そこにもう一つ付け加えるとするならば、ホープ・ブルーが最初に発見された場所。その場所は、まあ諸説ありはするが一説によれば川の中だったとされるているそうだ」


 アレンの提示した見解にザガン中佐は押し黙った。

 何か反論を模索しているのかもしれないが、アレンはそこに更に発破を掛けてやる。


「確かにクワッズ共和国の位置は今まで学者達が提示して来た場所とは大きく外れる事になる。だが、ホープ・ブルーがかつて祀られていたとされる場所を示す当時の文献はどこにも残っていない。残っているのはただの伝説と伝承だけ。

 そんな伝説級の場所を探そうとしてるんだ。全てに理屈が通る訳じゃない」

「……なるほど。実に面白い見解だ」


 そこまで黙って話を聞いていたザガン中佐だったが、突然その表情は一変する。ザガン中佐はアレンの見解に反論を呈した。


「だが、君が言うその“地図に書かれていたという内容自体”、つまりはそもそもの君の話自体が君が苦し紛れに付いた嘘という可能性もある訳だ。

 君が今まで述べた話が事実だとする証拠は?それはどうやって証明する?」


 それはだな、とアレンはザガン中佐の手にしているホープ・ブルーを指差した。


「あんたが手にしているホープ・ブルー。その石には“死の呪い”が掛けられている。それは今まで何人もの人間を死に追いやって来たという歴史が証明している。

 だが、その裏を返せばだ、“呪い”とやらが存在し、それを邪として捉えるのならば、当然それの“対になる力”、“聖なる力”が存在していてたとしてもおかしくはないという事になる」

「聖なる力、だと?」

「そう。つまりは呪われた宝石によって齎される“死の運命を回避する力”。

 そしてこの地図がホープ・ブルーがかつてあったとされる場所を示すとするならば、同じような呪いの類が掛けられていたとしても不思議じゃない。

 となるとだ。“呪い”に対して“対になる力”を持つ者にならその文字が読めたとしてもおかしくはないって訳だ」


 アレンは一旦言葉を区切り、そして更にこう続ける。


「それに俺はつい最近、その力が本物かどうか証明してみせたしな。そして今この瞬間にも俺はそれを証明している」

「どういう事だ?」


 その言葉に不審がるザガン中佐に対し、分からないのか?とアレンは悪戯っぽく首を傾げてみせる。


「“俺自身”が何よりの証拠だろう。

 死の呪いが掛けられたホープ・ブルーを持っているにも関わらずだ、俺は今こうして生きている。それは何故か?それはホープ・ブルーに掛けられた呪い、つまりは“死の運命を回避する力”を持つ者が傍に在るからだ!」


 ダンッとアレンは勢いよく机を叩く。


「だから俺は断言する。

 この地図が示す場所。それはかつて“大河”を意味した国、多神教の国“クワッズ共和国”だと!」


 堂々とそう断言してみせたアレン。

 ザガン中佐は再び押し黙った。

 どうやらもはや反論を呈するつもりはないらしい。

 それを見て、アレンは今度は全く間逆の事を言ってみせる。


「けどまあ、あれだ。仮にもし、俺が今まで言った全てが“嘘”で、そして俺が今こうして無事でいる事自体がただの“偶然”だったとして、だ。

 なら逆にそれはどうしてなのか?

 それをあんたに証明出来るっていうんなら、あとはどうぞご自由に。全く検討違いの場所を飽きるまで探し回るといいさ。あんた達頭の固い連中がそんな事をやってるうちに俺がクワッズ共和国へ行って来てやるよ」


 アレンは自信満々にそう言い切った。


 さて、ザガン中佐はどう出るか。

 お膳立てとしてはそう悪くはなかった筈だ。


 アレンはザガン中佐の反応を待った。

 しばらくの沈黙が流れる。

 やがてザガン中佐は口を開いた。


「……なるほど。よく分かった。ご苦労だったな、アレン・ヴァンドールくん。

 我々は急ぎ、クワッズ共和国へ向かうとしよう。だが、残念ながら君はクワッズ共和国へは行けない。君に待っているのは共和国とは反対の方向の処刑台だ」


 ザガン中佐はアレンの導き出した答えを受け入れた。


「協力感謝するよ、ヴァンドールくん。君は最後にとても偉大な功績を残した」

「それはどうも」


 内心でほくそ笑みながら、アレンはいつものように恭しく謙ってみせたのだった。


 答えは出た。

 ザガン中佐は側近の兵に指示を出し、船の進路の変更を伝える。

 そして、アレンを牢へと拘束するよう命じた。再びアレンは自身よりも頭1つ程大きい兵士によって連行されていく。ザガン中佐の船室を出ようとした。


「そういえば」


 そんな折、去り際にアレンは何かを思い出したかのように口を開いた。


「1つ言い忘れてたんだが、実はその地図にはまだ謎の部分がある」

「何?」

「その地図には更にこう書かれている。『碧き御霊を持つ者よ 此れを解き 導を辿りて女神の恒河在りし地にてその証を示せ “光が汝を導かん 聖なる炎に身を委ねよ”』ってな」

「どういうことだ?」

「さてな、それについてはさっぱりだ。何せ、そもそも地図という物は場所を示す為の物であって謎を解く為の物じゃないからな」


 しれっと答えたアレン。

 その言葉にザガン中佐はダンッと机を叩いた。


「なんだと!?それでは完璧に地図の謎を解いたとは言えないではないか!」


 去り際、アレンが放った一言にザガン中佐は声を荒げた。そんなザガン中佐に対し、アレンは至って冷静に問い返す。


「そもそもだな、中佐殿。この地図が示す場所がクワッズ共和国だという事は分かった訳だ。だからあんた達はこれからそこへ向かう。だが、そこから一体どうする?あの国はそこまで大きくはないとはいえ、国土はあんたが思っている以上に広い。そこでどうやってホープ・ブルーが本来あった場所を探し出すつもりだったんだ?」

「それは……」

「まあ、これだけの艦隊を引き連れてるんだ。全員で手分して草の根を掻き分けるつもりで探せば、あるいは見つかるかもしれないだろうけどな」

「……」


 アレンの言葉にザガン中佐は再び口を噤んだ。


「けど、まあそんなに悠長には構えてられないかもしれないけどな」

「……なんだと?」

「あんたも知ってるだろ、ジョン・クライングコールが裏でどんな奴らと繋がってるのかを。なんでも噂じゃその財力や名声の影には“黒髭”や“西海の覇者”までいるって話じゃないか。

 さて、クライングコールはどう思うかな?ホープ・ブルーを取り返しに向かわせたあんた達は戻らず、いつまで経っても大事な大事なホープ・ブルーが手元に戻らないんじゃあ、クライングコールはさぞお怒りになるだろうなあ」


 ゴクリとザガン中佐の喉が鳴るのが聞こえた。そこにアレンはここぞとばかりに畳み掛ける。


「そうなれば、きっとあんたよりもずっと“優秀な奴等”を差し向けて来るだろうな。そして、もしもそんな奴等にあんたの裏切りがばれたら一体どうなるかな?」


 あるいは、とアレンは意地の悪い笑みを浮かべながら嬉々として言葉を続ける。


「あるいは、もしも万が一、あんたと同じようにそいつらがホープ・ブルーの本当の価値を知っていたとしたら?さて、どうなるか。そうしたら奴等はきっと血眼になってあんたを探し出すだろうな」


「あんたの手からホープ・ブルーを奪い取る為に」

 にやりとアレンは口の端を吊り上げた。


 その言葉に思わず背筋じがぞっとした。

“黒髭”、“西海の覇者”。

 それは幾つもの荒波を越えて来た屈強な船乗りでさえ、その存在を恐れ、聞けば忽ち震え上がる程の名である。

 ザガン中佐の顔から血の気が引く。嫌な汗が身体を伝った。


「――まあ俺なら、そんな物すぐに見つけられるだろうけどな」

「……なん、だと?」


 思いも寄らない言葉にザガン中佐はアレンを見る。


「厳重に保管されていた地図を盗み出したのは誰だ?それに要塞とまで言われたジョン・クライングコールの屋敷からホープ・ブルーを盗み出したのは?難解とされて来た地図の謎を解いたのは?――成し得たのは全て俺だ」


 アレンはくるりと向きを変え、ザガン中佐を見据えた。そして、こう断言する。


「俺なら必ず全ての謎を解き明かしホープ・ブルーが本来あるべき場所を見つけられる」


 声高らかに断言してみせたアレンをザガン中佐は唖然と見詰めた。

 どうやら何を言うべきなのか、言葉が出て来ないようだ。

 それをよしとして、アレンは早速本題へと入る。

 そう、アレンにとってはここからが本題であり、今までのは所詮、全て前置きにしかって過ぎなかった。


「――そこで、だ。ザガン中佐、1つ提案があるんだがな」

「提案だと……?」

「ああ。だが、聞く気が無いって言うんなら別にそれでも構わない。俺は大人しく処刑台へ送られてせいぜいあんたがヘマしないようにあの世で見守るとしよう」


 言ってアレンは再びザガン中佐に背を向ける。そして別れを告げるかのようにひらひらと手を振ってみせた。


「……待て!」


 再び兵士に連れられ船室を出て行こうとしたアレンの背中をザガン中佐が呼び止める。


「……言ってみるがいい」


 その言葉にアレンは僅かに口の端を吊り上げる。そして、もう一度ザガン中佐の方へと向き直り、こう言った。


「俺があんたの代わりに見つけてやる」

「なに……?」

「勿論、タダでとはいかないがな。だが、俺なら確実に誰よりも早くホープ・ブルーが本来あるべき場所を見つけられる」

「……私と取り引きするつもりか?」

「ジョン・クライングコールみたいな奴と繋がってるあんただ。こういうのは慣れてる筈だろ?」


 ザガン中佐はしばし考えるような素振りをみせた。そしてそう長くはない沈黙が流れたのち、重い口を開いた。


「……要求はなんだ?」


 アレンは内心でほくそ笑む。


「取り引きといこうじゃないか」


 こうして、アレンとザガン中佐の間にはあるが交渉が成立した。



 ***



「――と、いう具合に、俺はザガン中佐と取り引きした。俺がホープ・ブルーの本来あるべき場所を見つける代わりにザガン中佐は俺達の命と自由を保証する、という具合にな」


 話を終え、どうだと言わんばかりにドヤ顔をしてみせるアレン。

 とりあえず、事の次第は分かった。分かったのだがしかし。


「なんで私も一緒なんですか!?」


 それがどうして私まで一緒に上陸するはめになってしまったのか。


「それはだな、まああれだ。一口に言ってしまえば君は俺が途中で中佐との約束を投げ出さない為の保険、まあ簡単に言ってしまえば人質って事になるかな?」


 ……うん、ある程度予想はしていた。予想はしていたのだけれども。

 またか。そう思わずにはいられなかった。


「いやー、ほんと悪いな、ハル」


 この人は本当にこの状況が分かっているのか。言葉とは裏腹にまったく悪びれている様子が感じられない。

 私はまたアレンのせいでまたもや人質という立場に置かれる事になってしまった。

 まったくもって悪いな程度では済まされない。


「はぁー……」


 大きな溜息を1つ吐く。

 言いたい事は沢山あったが、もはやつっこむ気力も起きなかった。

 気を持ち直して私はずばりずっと気になっていた事を聞いてみた。


「それにしてもどうやってあの地図が示してる場所がここだって分かったんですか?」


 書かれていた文字には確か“彼の地”としか書かれていなかったと思ったのだが。


「ああ、それはだな」


 私はアレンの口から何かあっと驚くような名推理が聞けるのではないかと思っていた。いや、寧ろ名推理でなくともいいから何かそれらしい納得が出来るような説明が聞けると信じていた。


「それに関しては俺の長年の経験と豊富な知識、あとは直感とを用いてだな、ずばりあの地図が示す“彼の地”とは、ここ“クワッズ共和国”ではないかと推測したんだ!」

「……え?」


 これまたドヤ顔で告げられたその言葉に思わず思考が止まり掛ける。……それってまさか。


「要するにただの勘?!」

「まあ、そうとも言えるな」


 アレンの口から出たのは名推理どころかまさかまさかの直感発言だった。


「はぁー……」


 更に大きな溜息が口を吐く。

 なんだか目眩がするようだった。


「まあ、今はそういう事にしておいていいさ」


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