第24話 捕縛
いつになくご機嫌な号令が甲板に響く。
「アレン船長今日はご機嫌だねー」
「そうだねぇ。まあ、あれだけの修理を短期間かつ低料金でやって貰えたんだしね」
ふんふんと鼻歌交じりで舵を取るアレンを見て、いつになく平和だねーと和やかな会話を私とラックで交わす。
誘拐事件のあと、事の次第を知った修理屋・ディープ・スタックの長こと、ロック・ストーンズは娘を救ってくれたアレンに大いに感謝した。そして、今回の船の修理代を大まけにまけてくれた。その上、最短かつ低料金で修理を受け持ってくれた為、こうして早々に再び航海を再開する事が出来たのである。
とはいえ事件の真相というか、そもそもの原因はアレン船長がホープ・ブルーを盗み出した事にある訳で。何となく腑に落ちない所は多々あるにはあるのだが、まあ何はともあれ結果オーライというやつなのだった。
「……とは言ってもだな」
そんないつになく平和な雰囲気に不満を垂れる者が一人。
「修理代をまけて貰えたとは言え、ほとんどあり金は持って行かれ、おまけに次の行き先は決まらず、尚且つジョン・クライングコールの追っ手が追い掛けて来る今、こんな呑気に構えてて大丈夫なのかよ」
レイズは呆れ混じりにぼやいた。
確かにレイズの意見はもっともだった。
修理代を大まけにまけて貰い低料金で船を修理しては貰えたものの、やはり出す物は出さなければならない訳で。修理費の3分の1、言ってしまえば即金で払える額だけで船を渡して貰ったというのが実際の実情だった。
つまり、早い話がお金が無い。
おまけにどういう訳かアレンは次の目的地を明確にはせず、目的地が曖昧のままとりあえず帆を進めているというのが今の現状。
あれだけボロボロだった船が直ったとはいえ、これから先は一体どうなることやら。兎にも角にも心配が絶えない。
「ハルが元の世界に帰る方法も探さないといけないのにね」
レイズには聞こえないようにしてラックがこっそりと耳打ちした。
「そうだね」
それに対し普段通りに返したつもりだったが、ラックは私の返答をにおやっと首を傾げる。
「ハル、何かあった?」
「え?」
「なんかちょっと雰囲気変わったなって思って」
そうかな?と今度は私が首を傾げる。
特別何かをした訳ではないのだが。まあ、確かに修理屋の件では色々あったが。そう確かに、色々あった。
「うん、ちょっとね」
私はハウス島での事を思い出しながらラックに答える。
「なんか色々考えたんだけどね、元の世界に帰る方法は相変わらず分からないし、これから先どうするのかも全然全く分かってないけど……」
――だけど。
「けどね、分からないからっていつまでも立ち止まってる訳にはいかないから。
今はとりあえず、前に進むって決めたんだ。そうしたらきっと、自分が求める物に少しでも近づけるって……今はそう思う事にした」
アンティの受け売りになってしまうかもしれないけどれも。
それでも今はとにかく前に進むと決めた。
流されているだけと言われるかもしれない。
けれど、突然飛ばされた異世界でラックやアレン船長達と出会えた事、そして一緒に航海をしている事。
この世界に来た意味や理由と関係があるのかなんて分からないが、それでもあの無人島で1人で立ち止まっているよりかは今が意味のある事だと思えるから。
私はそう自身の決意を述べた。
それを聞いたラックは最初は驚いた顔をしたが、それはすぐに安堵したような表情へと変わったのだった。
だがこの世の中、いや、この世界はどこまでも私に優しくはないらしい。
突然、クロート号に強い衝撃が走った。
「どうした!?座礁か!?」
舵を取っていたアレンが慌てて手摺りへと駆け寄っていく。
アレンに習い私とラックも手摺りへと駆け寄り、身を乗り出すようにして船の下を覗き込んだ。しかし、そこには何もなかった。眼下にはただ青い海が広がっているだけ。至ってどこもおかしな所は見当たらない。
だが、穏やかだった筈の海面が急に不自然に波打ち出した。
その波は次第に激しくなり、大きなうねりとなる。突然、船の下の海がうねり始めたのだ。クロート号は波に揉まれぐらぐらと激しく揺れ始める。
なんだ、何が起こっている、と甲板は騒然となった。
「な、なんだこれは……!?」
アレンが叫んだ。
それとほぼ同時に空に向かい勢いよく水柱が立ち上がった。
直径は1.5メートル程はあるだろうか。太い水柱。その数8本。重力に逆らい、2、30メートル程噴き上がった水柱はまるでクロート号を囲むようにして轟々と立ち上っている。
その不可思議な光景に更に甲板は騒然となる。
そして、その水柱の向こうには更なる衝撃の光景が広がっていた。
轟々と音を立てて立ち上る水柱のその隙間から見えたのは、海風にはためく海軍旗。5隻の艦隊を引き連れた海軍船だった。
「て、敵襲ー!!」
誰かが叫ぶ。
「海軍だ!!」
その単語に甲板が一気にどよめいた。
船を動かそうと誰もが一斉に走り出す。しかし、水柱が邪魔をしてクロート号は全く身動きが出来ない。
「どうするんだよっヴァンドール!?」
その間にもどんどんと海軍船はこちら向かってに近付いて来る。
やがて、5隻の海軍船はクロート号の周囲を完全に取り囲んでしまった。
「ハルは下がって!」
ラックは私を自身の背中へと庇い、レイズもまた腰に差した剣へと手を掛ける。
乗組員の誰もが武器を手に取り、戦闘が始まるかと思われた。
その時。アレン船長がずいっと前へと進み出た。
そして、アレンは両手を上げこう言ったのだ。
「……こ、降参」
「「「「はぁあ!!??」」」」
その一言にその場にいた誰もが驚きのあまりアレンを見る。
「降参ってお前……意味分かってんのか!?相手は海軍だぞ!?」
「……これはもうこうするしかないだろう」
アレンの行動に驚愕するレイズに対し、彼は両手を上げたまま至って冷静にそう答える。見やったアレンの表情はまさに戦意喪失。もはや完全に諦めモードのようだった。
「艦隊は5隻。周囲は完全に包囲されて、おまけに訳の分からん水の柱に邪魔されて身動きも出来ない。……これはもうどうしようもない」
そして、彼はぼそりと呟く。
「それに……せっかく直したばかりの船を傷付けられたくない」
本音はそれか。
こうして、海賊船クロート号の一味は無抵抗のまま、海軍に捕縛されてしまったのだった。
***
やむなく海軍に捕縛されてしまったアレン船長率いる海賊船クロート号の一味。
どういう訳か海軍の艦隊がクロート号の周囲を取り囲んだ途端、海面から噴き上がっていた水柱は跡形もなく消え失せ、代わりに海軍兵がぞろぞろとクロート号に乗り込んで来た。
乗り込んで来た海軍兵に取り囲まれたクロート号の乗組員達。すると、周囲を取り囲んだ海軍兵の中から1人の男が進み出て来た。
「どうもアレン・ヴァンドールくんとその諸君。私はアンダー・ザガン中佐。何の抵抗もせずに投降するとは懸命な判断だ」
アンダー・ザガン中佐と進み出て来た男は名乗った。
髪は短髪で銀髪。金色の瞳で不敵な笑みを浮かべ、ザガン中佐はアレン達を見やる。
「それはどうも」
そんな皮肉混じりの彼の言葉にアレンは肩をすくめいつもの調子で切り返す。
「さて、ヴァンドールくん。自分の罪状は分かっているかね?」
「生憎、興味のない事は覚えていなくてね」
「君の犯した罪は傷害、脅迫、略奪、住居侵入、強盗、詐欺、恐喝、賭博、逃走、偽証、名誉毀損及び業務執行妨害……」
ザガン中佐は淡々とした口調でアレンの罪状を次々と述べていく。
「そして窃盗。君は数日前、ジョン・クライングコール氏の邸宅からある物を盗んだ」
やれ、とザガン中佐が命じた。
その指示に従い、2名の海軍兵がアレンへと駆け寄り、1人がアレンを押さえ付け、もう1人がアレンの紺色のコートの中を探る。そして青く輝く宝石、ホープ・ブルーを取り出した。
「これが噂に聞くホープ・ブルーか。実に美しい」
兵からホープ・ブルーを受け取ったザガン中佐は見惚れたように感嘆する。
「気を付けろよ。そいつは呪われた宝石だぞ?」
「勿論、知っているとも」
アレンの言葉にザガン中佐はホープ・ブルーから目を離す。
「その美しさで人を魅了し、持ち主に残酷な死をもたらすとされる“呪われた宝石”。だが、それはホープ・ブルーの“本当の価値”を知らぬ奴等の戯言だ」
ザガン中佐は更に続ける。
「ホープ・ブルーはこうも呼ばれている、“祈りを聞き届ける魔石”、とね」
“祈りを聴き届ける魔石”?
一体どういう事だ?
そういえば、確か以前ジョン・クライングコールの屋敷にホープ・ブルーを盗みに入る前、酒場での作戦会議の際にアレンは“別の異名”で呼ばれているとかなんとか、そんな事を言っていたのような気がする。
当然それについてレイズが詳しく問い質そうとしたのだが、その時は結局はぐらかされてしまったのだったが。
「当然、それを知ってクライングコール邸からこのホープ・ブルーを盗み出したのだろう?」
「さて、なんの事だか」
アレンは何の事だか分からないという顔をする。
だが、ザガン中佐の次の問いでアレンの顔色が変わった。
「確か数週間前、君はある所からとても貴重な物を盗み出したね」
「!」
「それは今まで一体誰が、何の目的で残したのか。それが示す物は一体何なのか、誰にも解明する事が出来なかった代物だ――持っているのだろう?地図を」
もう一度ザガン中佐が命じると、再び傍にいた海軍兵がアレンのコートの中を探った。そして、ある物を取り出した。
それは、折り畳まれた紙のような物。古ぼけた地図だった。
地図を受け取ったザガン中佐は更にアレンを問い質す。
「君がこの歴史的価値のある地図を盗み、そしてジョン・クライングコール氏からホープ・ブルーを盗んだ理由はただ1つ。
ホープ・ブルーが本来あるべき場所。それをこの地図が示すからだ」
「さて、何を言っているのか全く分からないな」
得意げに自身の推理を披露したザガン中佐だったが、アレンはどこまでも知らぬ存ぜぬを貫き通す。
「あくまでしらを切るか。まあそれもよかろう。どのみち、君はそこへは行けないのだから」
そう言って、ザガン中佐は片手を上げた。それを合図に周囲を取り囲んでいた兵達が一斉に銃を構える。絶対絶命、とはまさにこのことを言うのだろう。
……て、ちょっと待って。
私の異世界生活はまさかまさかのここで終わり!?
だが、そんな絶対絶命な状況にも関わらずアレンは全く動じるはなかった。アレンは淡々とこう述べ始める。
「俺を殺すのは勝手だが、果たしてあんたにその地図の示す場所に辿り着けるかな?
何せ、それは今まで誰にも解明出来なかった代物だ。いくらあんたが優秀で“金に汚い”中佐様だからといって、俺には到底出来るとは思えないけどな」
「な、貴様何を言って……!」
「分からないとは言わせないぞ。
いくらホープ・ブルーが有名な宝石だとはいえ、伝説とも言われる“魔石”の話を知ってるって事は、つまりそういう事だろう」
アレンの“金に汚い”と言った言葉に声を荒げたザガン中佐だったが、すぐに平静を取り戻す。そしてまるでアレンを挑発するかのように切り返した。
「フン、ならば君にはこの地図を解明する事が出来るというのかね?」
「勿論。当然だ」
ザガン中佐の問いに対し自信たっぷりにアレンは答えた。
というか、いつも思うのだが、アレン船長のその自信は一体どこから来るのだろうか。
そんな私の疑問をよそにアレンの自信有り気な態度に最初は面食らったかのような顔をしたザガン中佐だったが、しばし考えるかのような素振りを見せる。やがてザガン中佐は口を開いた。
「ならばこうしようじゃないか」
そして、ザガン中佐はとんでもない事を言ってのけた。
「そこまで言い切るのならば、ヴァンドールくん。明日の朝までにこの地図が示す場所を解明してみたまえ」
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