第23話 誘拐事件
丘を降りた時には辺りはすでに暗くなっていた。
昼間は人通りの多かった通りも日が暮れてすかっり人も少なくなる。
足を早め橋を渡った私とアンティ。大通りを横切り細い路地に差し掛かったところ。そこで暗がりの中から柄の悪そうな男が3人、目の前を遮るかのように現れた。
「何よあんた達?」
道を塞ぐ男達にアンティは不審感を露わにする。
一体どこから現れたのか、いつの間にかその男達の仲間と思われる者達によって周囲を取り囲まれてしまっていた。
「そこを退きなさいよ」
明らかに危ない気配が漂う状況にきょどる私とは対照的に、アンティは全く動じる事なく更に口調を強める。
取り囲んだ男達はにやにやと不敵な笑みを浮かべている。その中の1人がずいっとアンティの前に進み出た。
「そうはいかねぇな。痛い目に遭いたくなかったらおとなしくして貰おうか」
そして男は悪役お決まりの台詞を吐いた。
と、男の身体がいきなり吹っ飛ぶ。
アンティの華麗な蹴りが男に炸裂したのだった。
「てめえ、何しやがる!」
「聞こえなかったの?私達は帰るところなんだからそこを退きなさいと言ったのよ」
アンティの全く引けを取らない態度に完全に舐めていた男達が臨戦態勢をとる。
これはまさか。
お決まりのパターンが予想出来た。
男達は一斉に襲い掛かって来た。
しかし、アンティは負けていなかった。
頭1つ以上違うであろう男達を小柄な身体でひょいひょいと交わし、1人ずつ、だが確実に倒していく。さすがはアレン船長が恐れるだけのことはあると思う。
とはいえ、やはり多勢に無勢。
聞けば、アンティはいつも護身用に例のあの長い槌を持ち歩いているのだという。だが、今日は街への単なるおつかいだった為、それを持って来てはいなかった。
武器を持ったがたいのいい男達に対しアンティは素手での立ち回り。また、非戦闘要員である私を庇いながらの戦闘はアンティの立場をますます不利にしていた。いくらなんでも分が悪過ぎる。劣勢、そう思われた。
その時、アンティの背後に回り込んだ男が襲い掛かろうとしているのが目に入った。アンティは目の前の相手に気を取られて気付いていない。
「アンティっ危ない!」
叫ぶよりも早く飛び出していた。
ゴツッと鈍い音と共に衝撃が走る。
アンティを庇って男の前に出た私の背中に重い一撃が入った。
「ハルっ」と叫ぶ声を最後に聞いて、私の意識はそこで途絶えた。
***
「……っ」
落ちていた意識が徐々に浮上していく。
視界に入って来たのは全く知らない床だった。
「……ここは?」
一体どこだろうか。
一体何がどうなったんだっけ。
ぼんやりと覚醒し切らない頭で思い出してみる。
確かアンティと一緒に街でおつかいを終えて帰る途中、いきなり柄の悪そうな人達に囲まれて……ぼんやりしていた意識が一気に覚醒した。
「……あれ?」
身体を動かそうと思ったのだが、何故だか全く動かない。そうしてようやく自分が縛られている事に気が付いた。
「ようやくお目覚めかい?」
聞き慣れない声がした。驚いてその声の方に視線を上げる。そこにはいかにも柄の悪そうな男達が数人、取り囲むようにして立っていた。
「あんた達、誰?私達を一体どうするつもり?」
横から凛とした声がした。視線を向ければそこには同じように縛られたアンティの姿が。
この状況から察するに、これはまさか……誘拐?
どうやらその推測は正しいらしい。
恐らくアンティを庇って意識を失った私のあと、アンティもまた男達に捕まりこの場所へと連れて来られたようだった。
「なーに、おとなしくしてれば何もしやしねぇよ。あんた達は大事な交渉材料なんだからな」
交渉?一体何の事だ?
「交渉ですって?アンタ達、一体何が目的なの?」
「そうだな、アンタもまあ使えそうだが、俺達の目的はあくまでそっちのお嬢さんだからな」
「へ?」
わ、私!?
まさかいきなり自分に話が振られるとは思わなかった。一体私に何の用だというのか。
「あんた、アレン・ヴァンドールの女だろ」
………はあ?
耳を疑った。いきなり何を言い出すのかと思えば、男はどこかで聞いた事のあるような台詞を口にした。
「そうよ。だったら何?」
「……て、えぇ!?」
だいぶ勘違いをしている男の言葉に反論を呈する前に何故かアンティがそれを肯定する。
「いや、ちが……違うから!!」
断じて違うから!確かアンティにはちゃんと訂正した筈だよね!?あれ、聞いてなかった!?
「お嬢ちゃんがいくら否定したって俺のところにはちゃーんとその情報が入ってきてんだよ」
そう男はそう得意げに言うが。
一体どこ筋の情報だよ、それ。
とにかく、色々訂正したいところなのだが、どちらも人の話なんて聞いてはいない。話はどんどんと進んでいく。
「アレン・ヴァンドールの女だったら何だって言うのよ?」
「こっちはそのアレン・ヴァンドールに用があるんだよ」
男は更にこう続ける。
「俺らはある人に頼まれたんだよ。そのヴァンドールからある物を取り返してくれ、報酬はいくらでも出すってな」
ある物を取り返す。
それってまさか、ホープ・ブルーの事、なのでは?
そうなると、そのある人ってまさか……ジョン・クライングコールのことなんじゃ……。
予想外、いや予想以上だった。
レイズからかなりヤバい爺さんだと聞いてはいたが、まさかこんな所にまでジョン・クライングコールの手が回っているとは。
「その為にあんたを利用させて貰う。
東海じゃ悪名高い海賊のようだが、流石に自分の女が人質となりゃ話を聞いてくれるだろうからな」
なるほど。男の話を聞いて理解した。
つまり、私はアレン船長からホープ・ブルーを取り返す為の人質ということらしい。
「あのアレン・ヴァンドールが誰かを助ける、ですって?」
おもむろにアンティが呟いた。
かと思うと、彼女は唐突に笑い始める。
「ア、アンティ……!?」
アンティのあまりの急変ぶりに付いて行けずに戸惑う私。それにはさすがに男達もぎょっとしたようだった。
「あんた達バカなの?」
アンティが壊れてしまったのかと思った私。
しかし、どうもそうではないようで、アンティはひとしきり笑ったのち、急に冷静さを取り戻し、そして吐き捨てるように言った。
「あんた達、分かってないわね。アレン・ヴァンドール……あいつが人助けなんてする訳ないでしょ!」
一度喋り出したアンティはもはや止まらない。
「あいつは年中借金塗れで女ったらしでせこくて不潔でろくに働きもしない……あいつは人で無しの最低野郎なんだからっっ!!!!」
「おいおい、それはちょっと言い過ぎじゃないか」
その時だった。部屋に突然聞き慣れた声が響いたのは。
声のした方、部屋の入り口へとその場にいた誰もが視線を向ける。
「せこいと不潔は余計だ」
そこには部屋の入り口に立つ、たった今アンティにボロクソに言われた最低人で無し野郎こと、アレン・ヴァンドール姿があった。
「俺の女を返して貰いに来たぜ」
そして颯爽とまるでタイミングを計ったかのように登場した彼は余計な一言を口にしたのだった。
***
「アレン・ヴァンドール!?どうしてここが!?入り口にいた奴らはどうした!?」
「ん?ああ、もしかしてこいつらの事かな?」
いきなりのアレンの登場に先程まで余裕をかましていた男達は驚愕の表情を浮かべる。入り口に立つアレンの後ろには男が二人倒れていた。
「てめえよくもっ」
言った男がアレンに襲い掛かかろうと剣を抜く。
だが、それよりも早く、男に向かいアレンの手からナイフ放たれた。
一瞬怯んだ男。しかし、ナイフはまるで男を掠りもせず少し離れた床へと突き刺さった。
「バカが!どこを狙ってやがる!」
全く的を掠りもしなかったアレンのナイフを男は嘲笑った。そして、手下達と共に再びアレンへと襲い掛かろうと剣を振り上げる。
「おっと、まあ、待て待て」
だが、それは再びアレンによって制止された。
そして、一体何をしだすかと思えば、アレンは唐突に両の掌をひらひらと振ってみせ――
「降参だ」
「「「「はぁあ!!??」」」」
颯爽と登場したかと思えば、まるで掌を返すかのようにアレンはいとも簡単に男達に降参した。その場にいた誰もがアレンの予想外の行動に呆気に取られる。
「はっ、降参だと?飛んだとし抜け野郎じゃねぇか」
「それはどうも」
あまりにもあっさりと降参したアレンを男達は嘲笑う。
一方のアレンはおどけたように肩を竦めてみせた。
「まあいい、わざわざそっちから出向いてくれるとは好都合だ」
言って男は手下達にアレンを取り押えるよう指示を出す。
アレン船長……貴方一体何しに来たんですか。
一連の展開を縛られながら見守っていた私はあんぐりと空いた口が塞がらない。
よりにもよってジョン・クライングコールの手の者に捕まるというこの最悪な状況。それはアレンの登場によって事態は好転するかと思われた。しかし、救世主かと思われた人物はまさかまさかの登場後即降参。
人質どころか、当の本人が捕まってしまったのでは全く持って意味が無い。それどころか、当初よりも事態は更に悪くなってしまった。一体この人は何を考えているんだ。
「――そういえば」
男達に取り囲まれながらアレンは唐突に、何か思い出したかのように口を開いた。
「お前らもう少しレディの扱いには気を付けた方がいいぞ。特にその娘は。
何せ人の首を狙って世界中追い回すような血気盛んなお嬢さんだからな」
「あ?何を言ってやが……ぐはっ!?」
唐突に投げかけられた言葉に男が問い返す間もなく、男の身体が吹っ飛んだ。
アレンを取り囲んでいた手下達が驚いて一斉に振り返る。
そこにはいつの間にか縄を解かれ自由になったアンティが臨戦態勢を取っていたのだった。
一体いつの間に。
確かアンティも同じように縛られ身動きが出来なかった筈なのに。
不思議に思い、アンティが縛られていた場所を見るとそこには床に突き刺さるナイフがキラリと光っていた。
まさか、あの時アレン船長が投げたナイフって……男を狙っていたんじゃなくて最初からアンティの縄を切る為に……。
そんな推理をしているうちにもアンティは男達をばったばったと薙ぎ倒していく。気付けば私達を取り囲んでいた全員が見事に彼女に倒されていた。
「いやー、さすがだアンティ」
一気に静かになった空間にぱちぱちと場にそぐわない拍手が鳴る。
見れば、私と同じく完全に男達の注意から外れたアレンがにこやかに拍手を送っていた。
「このっ余裕かましてんじゃないわよ!」
そんなアレンの態度がよほど気に触ったのか、アンティはくるりと向きを変え、次の標的はお前だと言わんばかりに今度はアレンへと向かい突っ込んでいく。
そのアレンの後ろ。そこにはまだかろうじて意識を保っていた男をが剣を構えて斬りかかろうとしていた。
アレン船長、後ろ!
いや、どちらかというと前もだけど!
挟撃に遭おうとしていたアレンに向かって叫ぼうとした。
しかし、アレンはまるで分かっていたかのような自然な動きで後ろから襲い掛かろうとしていた男をするりと交わす。そして足を掛けた。不意に足を掛けられた男はそのまま突っ込んで来たアンティの方へと蹌踉めいて……。
「なっ……!?」
短い悲鳴が聞こえた。それに続いて、ドサッと鈍い音が響く。アレンを挟撃しようとしていた男とアンティは見事に正面衝突をした。そのまま男はアンティの上に覆い被さる形で倒れ込む。
「痛いしっ重いっ!!ちょっとあんた何なの!?さっさと退きなさいよっ」
男を避けきれなかったアンティが巨体の下でバタバタともがいている。
その時はまだかろうじて男に意識があった。たが、そこにトドメだと言わんばかりにアレンは机に置いてあった重そうな鈍器の一撃を食らわせる。
これで男は完全にノックアウト。
結局、最後に立っていたのはアレン船長ただ1人だった。
「ちょっと、こんな所で伸びてんじゃないわよ!」
自身の上で伸びている男を叩き起こそうとアンティはバシバシとその身体を叩きつける。そんなアンティの横を通り過ぎ、アレンは縛られた私の元へとやってきた。
「無事か?ハル」
「え……あ……はい」
あまりの急展開についていけず、完全に傍観者と化していた私はなんとも間の抜けた返事を返す。縛られていた縄をアレンに解いて貰った。
「アレン船長、どうしてここが?」
「なに、ハルの姿が見えないんで聞いて回ったらなにやら柄の悪そうな奴らに連れて行かれたと聞いたものでね」
どうやらアレンは何も言わずに修理屋からいなくなった私をずっと探していたらしかった。
「それよりもこいつらは?」
「恐らく、ホープ・ブルーを狙っている人達だと思うんですけど……」
「ジョン・クライングコールか。全く、もうこんな所にまで追ってを寄越すとは」
修理を急いで貰った方がいいな、そう言ってアレンは踵を返す。
「さて、帰ろうか。ラックも心配してるだろうしな」
「ちょっと何帰ろうとしてんのよ!」
まるで何事もなかったかのように部屋を出て行こうとするアレンに待ったが掛かった。
「おっと、そういえば。そんなところで何してるんだアンティ?」
未だに巨体の男の下から抜け出せずにいるアンティに対しアレンはいかにも白々しく尋ねる。
「うっさいわね!それもこれも全部あんたのせいでしょ!!」
「人のせいにするとは感心しないな」
「いいからさっさとこの男を退かしなさいよ!」
巨体の下でもがきながらもアンティはまるで噛み付かんばかりにアレンに吠えた。
そんなアンティに対し、アレンはしばし考えるかのような素振りをみせたあと、こう答える。
「そうだな――今後一切、俺の首を狙って追い回さないと誓えるなら助けてやらない事もないぞ?」
この時のアレン船長の顔といったら。
本当に意地の悪い大人の顔をしていた。
いくらなんでもこの状況。あまりにも大人げないアレンに対し私はほとほと呆れずにはいられなかった。
***
「すまなかったな、アレン」
「何、このくらいのこと」
ロックはアレンに向かい頭下げた。
結局、私とアンティはアレンによって無事、誘拐犯から助け出された。
その日、修理屋に戻った時には既に日付が変わっていた。
帰って来ない娘を心配していたロックはアレンと共に帰宅したアンティの姿に安堵し、事情を知って何度も何度もアレンに頭を下げたのだった。
しかし、よくよく考えてみれば、そもそもの原因はアレンがホープ・ブルーを盗み出した事にある訳で。そう考えれば、寧ろアンティは今回の件の被害者であり、完全にとばちりを喰らったに過ぎない。
けれども、そこはアレン・ヴァンドール。
ロック達には誘拐犯がホープ・ブルーを盗み出した自分達を追って来た奴らだという事を伏せて話をしたらしい。
つまり、またまた私を探していたら2人が誘拐された事を知り助けに向かった、とか何とか。
なんというか、実にアレン船長らしいというか、なんとも抜け目がない。いや、何ともずる賢い。
なんだかアンティがアレンを目の敵のごとく嫌っているのが分かるような気がした。
こうして誘拐事件は幕を閉じ、そして数日後ようやく本来の目的であるクロート号の修理が完了した。
***
迎えたクロート号の引き渡しの日。
引き渡しの手続きを終えたアレンの前には修理屋ディープスタックの長、ロック・ストーンズとその娘、アンティ・ストーンズの姿があった。
「ほら、アンティもお礼を言って」
「ふんっ誰がこんな奴に」
「助けて貰ったんだろう?ならちゃんとお礼を言わないと」
「ぜーったい嫌っ!!!!」
剥れた頬が更に膨らむ。
真相がどうであれ、アレンに助け出されたという事実は事実。しかしそれがよほど不服だったらしい。あれ以来、アンティは一度もアレンと顔を合わそうとしなかった。
アンティのそんな姿に思わず苦笑してしまう。
今日でここ、修理屋ディープスタックにいるのも最後となる。
一度航海に出てしまえば、もうアンティに会う事はないのだろう。
そう思い最後に挨拶をしていきたかったのだが、とてもそんな雰囲気ではなく、アンティには何も告げずに私は船へと乗り込んだ。
船は修理された帆を張り追い風を受けて進み出す。
「出航だ!」
アレン船長の号令が甲板に響き、クロート号は出航した。
「じゃあな、アレン!今度はちゃんとツケを払ってくれよー」
「馬鹿ヴァンドール!今回は特別に見逃してあげるわ!次に会ったら覚えておきなさい!!」
新たな航海へと旅立つクロートー号をストーンズ親子が見送ってくれる。
小さくなっていく2人の姿を甲板から見ていると何だか寂しい気持ちになってしまう。
「それからハル!」
最後までアレンに悪態を付いていたアンティが不意に私の名前を呼んだ。
「あんたはまた遊びに来なさいよ!」
ぶっきらぼうな、言ってしまえばあまり可愛げがあるとは言えない言い方。
けれども、そんな言葉がなんだかとても嬉しくて。思わず笑みが零れてくる。
強くて可愛くて、パパが大好きでアレン船長が大嫌いなツンデレの彼女、アンティ・ストーンズ。
異世界で出会った初めての女の子。
異世界で出来た初めての友達。
旅立ちの寂しさを振り払うように私はアンティに向かって大きく手を振る。
「またね!アンティ!」
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