第22話 前に進む

「ここで最後よ」


 あれから私とアンティは買い出しの為に街中を巡った。

 修理に使う工具や構造材。それからアンティの私物等々を1日かけて見て回り、丘の上にあるという店で買い物を済ませ、ようやくおつかいを完遂したところだった。


 水平線の一望出来る小高い丘の上で一息入れる。

 けさ修理屋を出た時はまだ日は高かったが、現在の時刻はそろそろ夕暮れ。やはり1日中街中を歩き回ったのには少々疲れた。

 けれども、何だかとても楽しかったな。

 ラックやアレン以外と街を巡るのは初めてだった私。

 当然ながら異世界についてまだまだ知らない事が多く、それを多少馬鹿にされはしたが、それでもアンティは私を引っ張ってあちこちを案内してくれた。男ばかりの船の上での生活がメインとなっていた私にとってはアンティと巡る陸地は本当にいい気分転換となった。


「ところでアンタ、なんであんな奴らと一緒にいる訳?」

「うーん……成り行き上、かな?」


 唐突にアンティはそんなことを尋ねて来た。

 その問いに対し、実はこことは違う別の世界からやって来て、無人島で途方に暮れてたところを偶然にも通り掛ったアレン船長達に拾って貰って今に至るんだ!……なんて、本当の事を言ったところで到底信じて貰えるとは思えず、とりあえず私は笑って誤魔化す。


「……ねえ、アンティ」

「何よ?改まって」

「もし、自分が突然どこか全然知らない所に急に飛ばされたりしたら、アンティならどうする?」

「はぁ?何よそれ?」

「いや、なんかね、もしもそういう状況に陥ったとしたらどうするのかなと思って」


 私の言葉に訳が分からないとアンティは訝しげな視線を向けて来る。

 ある日、突然何の前触れも無く異世界に飛ばされた。

 だから元の世界に帰る方法を探す事を決めた。

 しかし、具体的にはどこをどうやって探したらいいのか全くもって検討がついていないのが現状で。全く先が見えない状況。

 自分はこれから一体どうしたらいいのか、本当は分からなくて。内心不安でいっぱいで。


「どうすればいいのかが分からない時はどうしたらいいんだろう?……てさ」


 気付けばそんな事を口にしていた。

 私の言葉を聞いたアンティは訝しがりながらもしばし考えるような素振りを見せる。ややあってアンティはおもむろに口を開いた。


「そんな訳の分からない事になった事がないから分からないけど……けどきっと、そんなおかしな事になったのには何か意味があるんじゃないの?」

「意味?」

「意味、というよりは理由、かしら?」


 そこで一旦言葉を区切る。


「けど、どうしたらいいか分からないからってそこで立ち止まる訳にはいかないじゃない」


 アンティは続ける。


「たとえ、道が分からなくてもいつまでも立ち止まってるよりは進んだ方がマシ。なら前に進むしかってないじゃない。

 そうすれば、きっと、今よりは自分の求めてるものに近付けるんじゃないの?」


 私はそう思うわ、とアンティは言った。


 自分がこの異世界に来た意味、理由。

 そんな事考えた事もなかった。

 普通の日常では起こり得ない異世界転移というものに自分が遭った。

 もし仮にそれに何か意味があるのだとしたら?

 勿論そんな事、考えたところで到底解るものではないのだけれど。

 けど、だからと言って、いつまでもここで立ち止まっている訳にはいかない。その言葉が強く胸に響いた。

 進む先が見えなくて、ただ流されているような毎日がとても不安で。

 それでも、今こうしてアレン船長やラック達と一緒に旅をしている事で、少なくとも最初にいた場所よりは少しでも前に、自分が求めるものに近付いている。

 ……そう思ってもいいのかな?

 そう信じてもいいのかな?


「ふふ」

「な、何よ!?」


 失礼ながら、こんな突拍子もない問いに真剣に答えてくれた事に思わず笑ってしまった。


「ありがとう、アンティ」

「な……っ、べ、別に私は私の意見を言っただけよ!」


 お礼を言われる筋合いなんかないわ、とアンティはそっぽを向いてしまった。

 これはひょっとするとあれかな、所謂“ツンデレ”というやつなのかなとちらりと思ったが、とりあえずそれは置いておくとして。


「ありがとう、アンティ」


 私はもう一度、改めてお礼を言った。

 たとえ先が見えなくっても今はとにかく前に進むしかないのかもしれない。

 そう思うとずっと胸のうちにあった重いものがすっと軽くなった気がした。


 ふんっ、とアンティはそっぽを向いたまま言う。


「さあ、そろそろ帰るわよ」


 時刻はそろそろ日暮れ。

 西の海へと沈んでいく太陽がより赤く水平線を照らした。

 こうして私達は、長い1日のおつかいを終え、修理屋に戻る事にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る