第5話 魔法の存在
その後、ラックとは色々な話をした。
元の世界がどんな所だったか、私が元の世界でどんな人間だったか。学校や家族や友達の事。私の話をラックは頷きながら聞いてくれた。
「その腕、どうしたの?」
そんな会話の最中、笑顔で話を聞いていたラックの表情が突然一変する。
言われて自身の腕を見れば、どこかに引っ掛けでもしたのだろうか、腕を軽く擦りむいている事に気が付いた。若干ながら血が滲んでいる。
しかし、傷は浅く小さかった。これくらいならばたいしたことはない。
「大丈夫だよ、このくらい」
「貸して」
そう言って私は笑ったが、ラックは私の腕を取る。そして、聞きなれない呪文のような言葉を口にした。
かと思うと、ラックの手から緑色の光が広がった。柔らかなその光はまるで傷を包むかのようにして光る。すると、その温かな光に癒されるかのように擦りむいた傷はみるみると塞がり、あっという間に傷を治してしまった。
「これでよしっと」
傷が完治したのを見て満足そうに笑うラック。
その光景に私は目を丸くした。
「す、すごい!傷が治った!」
「治癒魔法で治したんだよ」
「治癒魔法?」
「そう」
マジでか!と、私はさらに目を丸くする。
「ハルは魔法を知らないんだ?」
ラックの問いに私はコクコクと頷く。
元の世界には魔法なんてものは存在しなかった。
「魔法ってなんかこう、手から炎を出したり水をばーって操ったり、雷で攻撃したりするあれの事……だよね!??」
「まあ、大雑把に言うとそんな感じかな?」
だが、どうやらこの世界、この異世界には魔法というものが存在するらしい。
まさに異世界。まさにファンタジーの世界である。
「すごい!ほんとに!?ラックは実は魔法使いだったの!?」
「魔法使いっていうか、まあ、使える魔法はいくつかあるけどね」
「さっきの治癒魔法はどうやってやったの!?」
「まあまあ、落ち着いて」
立て続けに質問をぶつける私をラックはまあまあと言って宥めた。そして咳払いを一つして、ラックは魔法について詳しく説明をし始めた。
「そもそも魔法っていうのは、この世界に満ちている『マナ』って呼ばれる魔法の源となる力を詠唱とか魔法陣とかを用いて使うものなんだ。魔法には様々な種類があってが、その形態や名称なんかも様々。
俺が今使ったのは、一般的な回復魔法だよ」
ラックは更に話を続ける。
「魔法を使うには、まず『属性』ってものがあって、『魔力』って呼ばれるものを消費して使うんだ。
『属性』っていうのは、火、風、水、土の四大元素を基礎としたものの事で、他にも光とか闇とか幾つかの種類があったりする。魔法を使うにはその『属性』を持っている事が必須なんだ」
「ふむふむ。なるほど」
私は相槌を打ちながらラックの話に真剣に耳を傾ける。
何だかまるでゲームの説明を聞いているような感覚がした。
「因みに俺の属性は『風』、俺は風の属性に特化した魔法が使えるんだよ」
「治癒魔法も風属性なの?」
私の問いにラックは首を横に振る。
「いや、回復魔法自体は一般的には『光属性』が多いと言われてるんだけど、俺の場合はちょっと特殊というか。俺の場合はどうやら風属性なのに治癒とか防御の方に素質が秀でているらしくて、例外的に治癒とかそういった魔法が使えるんだよね」
「な、なるほど」
ラックの話によれば、例外的にそういった事も稀に起こるらしい。
「属性を得るには幾つかの方法がある。
その一つは属性自体を持って生まれる事。
たとえ、両親が何の属性も持っていない人間であってもそういった“属性持ち”の人間が稀に生まれる事があるらしいんだ。どうしてそんな人間が生まれるのかまでは、まだよく分かってないらしいんだけどね」
そして、もう一つの方法は――
「『覚醒』と呼ばれるもの」
「覚醒?」
「そう、ある日突然目覚めるかのようにしてその属性が発現する事からそう呼ばれているらしい。覚醒が起きると今まで魔法が使えなかった人間が突然魔法が使えるようになるんだ」
「そ、そんな事があるだ!」
ある、とラックは頷く。
「俺も、それから船に乗る時に会った金髪の乗組員、レイズなんかも生まれた時には魔法なんて全く使えなかったけど、その覚醒がある日突然起きた事によって魔法が使えるようになったんだよ」
「へぇー!そうなんだ!」
「その他にも、魔導師に弟子入りして修行をする過程で属性を会得したり、学校に通って勉強する過程で会得したりと色々と方法はあるらしいんだけどね」
「魔法の学校があるの?」
「聞く所にはあるらしいよ。俺も詳しくは知らないけどね」
「へぇー!なんか色々と凄いんだね!」
ラックの話を聞いた私は興奮気味にそう言った。
魔法の学校、ハ●ー・ポッターのような夢のある学校がこの世界のどこかには実在していたりするんだろうか。なんかだか聞いただけでもワクワクしてくる。
「魔力っていうのはどういうものなの?」
「魔力っていうのは、魔法を使うのに消費される力、というより、魔法を使う為の力って感じかな。魔力には個人差があって、その保有量によって使える魔法の量も決まって来る。魔力が多ければ多くの魔法が使えるし、逆に少なければ魔法は少ししかって使えない」
「その魔力の保有量が多い少ないっていうのは、どうやって分かるの?」
「うーん……それが何とも言えないところで、俺的には感覚としかいいようがないんだよね」
ラックは少し困った様な顔をする。
「たとえば、自分の体力だって、どのくらいっていうふうに数値化するのは難しいじゃない?それと同じで魔力もまたどのくらいっていうのは数値化する事が出来ないんだよね」
「なるほど」
という事はつまり。
「ステータス画面……なんてものはないって事、だよね?」
「ステータス画面?」
「あ、いや何でもない」
私は慌てて口を噤んだ。
最近の異世界ものでは、ステータス画面が出てきて、スキルやレベルが表示されたりするものが多い気がしていたが、どうやらこの世界に関してはどうもそういうシステムではないらしい。
まあ、仮にそんなステータス画面があったとしても、今の自分のステータスを見た所でなんてことない。レベル1の初期状態が表示されるだけなのだろうが。
『魔法』――
魔法とは、この世界に満ちている『マナ』と呼ばれる魔法の源となる力を詠唱や魔法陣を用いて使うもの。魔法を使うには『属性』と『魔力』が必要となる。
ラックの話を簡潔にまとめるとだいたいこんな所だろうか。
何となくだが、理解は出来た気がする。
「ハルは魔法に興味があるんだ?」
「勿論!」
私は元気良く答えた。
当然ながら魔法には勿論興味がある。
「俺が魔法について教えられるのはここまでだけど、もっと詳しく知りたいんなら船長とかに聞いてみたらどう?」
「アレン船長に?」
聞き返した私にラックは頷く。
「船長、ああ見えても意外とそういうのに詳しいんだよ」
「へぇー!なんか意外だね」
私は素直な感想を述べた。まさかここでアレン船長の名前が出てくるとは思わなかった。
「という事は、アレン船長も魔法が使えるの?」
「うーん……どうだろう?俺は一度も見た事はないけど」
しかし、その問いにラックは首を傾げた。
てっきり魔法に詳しいというのならば、アレン船長自身も魔法が使えるのかと思ったのだが。
「あ、でも、一度だけ妙な技を使うのを見た事があるかな」
「妙な技?どんな?」
「どんなって言われると、何とも表現に困るんだけど……」
「……けど?」
ラックは困ったように言葉を濁して、そしてこう答える。
「なんか……凄かった」
「なんか凄かったって……それじゃあ全然分からないよ」
一体どんな凄い魔法なのかと内心期待していたのだが、ラックから返って来たのは何とも言えない曖昧答え。なんだか肩透かしを食らったようだった。
と、そこまでラックの話を聞いて、ある事が頭に浮かぶ。
いや、きっとこれは私で無くても誰しもが一度くらいは憧れたりするものではないだろうか。ましてや、異世界。魔法が存在するという世界に今自分がいるというのならば尚更。
私は思い切ってラックに尋ねてみる。
「じゃ、じゃあ、その魔法っていうのは、頑張れば私にも使えるようになったりするのかな!?」
それを聞いたラックは驚いたように目をぱちくりとさせた。そしてしばし考えるかのような素振りを見せる。
「うーん……たぶん?」
「たぶん!?」
それってYES?それともNOなの?
「さっきも言ったように、魔法を使うには何らかの『属性』を持っている事がまず必須だし、それなりに素質とか習得する為の修行みたいなのが必要ってのも結構聞くし。俺は完全に独学だったけど、それでもこの治癒魔法だって習得するのにかなり時間が掛かったからね」
「そうなんだ……」
私がガックリと肩を落とした。
どうやら魔法とは杖の一振りやアブラカタブラ的な事でぱっと出来るようなそんなに甘い物ではないらしい。最近の主流は『俺TUEEEE』いわゆるチートものが流行っているようだが、そんなものはどうやら私には無縁の代物のようだ。
「けど、だからって何も可能性が0って訳ではないよ。もしかしたらハルは実は物凄い魔法の素質を秘めているかもしれないしね」
「本当!?」
「ああ」
ラックは笑顔で頷いた。
それを聞いて一気に世界が明るさを増す。
何事も可能性は0ではない。そう、頑張れば私にだって魔法が使えるようになるかもしれない。もしかしたら『俺TUEEEE』状態にいつか覚醒するかもしれない。その可能性だって言ってしまえば0ではないのだ。
突然の異世界転移に最初は当惑していた私だったが、ラックの話を聞いて少しだけ胸が躍った。
だが、そんな私の異世界に対するワクワク感もこれから始まる出来事にすぐに打ち砕かれる事になる。
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