第4話 異世界兄妹
目が覚めたら何処か知れない島に居た。
そこは全く知らない場所で、一人空を見上げて途方に暮れた。
そんな中、突如目の前に現れたのはなんと“本物の海賊船”。続いて現れたのは、これまた“本物の海賊の男”。ラック・コールと名乗る人物。
ラックが見せてくれた地図は私が知っている物とはまるで違っていて、そこには全くの別世界が描かれていた。
どうやら私はいわゆる『異世界転移』というものを実際に体験してしまったようだった。
――そんな夢を見た。そんな妙にリアルな夢を。
けれど、朝になって目覚ましが鳴ればいつものように部屋のベットの上で目を覚ます。妙にリアルな夢だっなと、笑いながら。そう思っていたのだが……。
ゆっくりと意識が浮上する。
目に飛び込んで来たのは、見慣れない木張りの天井だった。
「ここは……」
一体どこだろうか?
ぼんやりとまだ覚醒仕切らない頭でここがどこか、今居る場所を思い出そうとする。
昨日は確か、無人島でラックって海賊に助けられて、そのまま彼に連れられて海賊船に乗って……
はっとして身体を起こした。
最初に目に入ったのは大きくて怪しげな骨董品の壺。続いて大量に置かれた古本の山に、何に使うのか知れない怪しげなガラクタの山々。
「夢……じゃない?」
思わずそう口にしていた。咄嗟に思いっきり頬っぺたをつねってみる。普通に痛い。そして夢から覚める気配は一向に無い。
「夢じゃない……」
夢などではなかった。これは全て現実だ。
どうやら私は本当に“異世界に転移”してしまったようだった。
「マジですか……」
覚醒早々、突き付けられた現実に私はおおいに打ちのめされる。
しばらくの間、その場から動く事が出来なかった。
ザザ……ン……
外からは規則的な波の音が聞こえてくる。そのリズムに合わせるかのように船体もまた僅かに揺れていた。
(……よしっ)
目の前の現実があまりに衝撃的だったとはいえ、いつまでもここで不貞腐れていても仕方がない。
そう思い直し、私は簡易ベットから完全に起き上がる。
手近にあった妙に装飾の豪華な手鏡と派手な櫛を使い肩程まである髪を整え、身に付けた制服を整える。
私が通う大学は県内でも珍しく制服がある。毎日何を着るかに迷う必要がないのは正直楽でいいしシンプルなデザインも私はそこそこ気に入ってはいる。
とはいえやはり、寝る時位は着替えたいもの。着たまま寝てしまったワイシャツは少しだけシワになっていた。
結ぶ必要など全くなかったのだが、緩くネクタイを締めて気合いを入れる。脱ぎ捨てた靴を揃えて履いて、私は寝床である物置きを出た。
***
甲板へと上がるとさんさんと日が差していた。降り注ぐ太陽が目に眩しく、空は今日も快晴だ。
気温は高く猛暑日だろうと思われたが、吹き抜けていく海風が涼しく心地良い。何処までも続く鮮やかな瑠璃色が視界いっぱいに広がった。
甲板では乗組員達が忙しなく働いていた。
私は邪魔にならないようにと手摺りの方へと寄り、水平線の彼方へと一人視線を馳せてみる。
「本当に現実なんだよね……」
口から零れた落ちた言葉。
突き付けられた現実が嫌に重く感じられた。
こういう場合、一体どういう反応をすればいいのだろうか?
いわゆる『異世界』ものの物語はファンタジーの中でも好きな方だ。だが、それが物語の中だけではなく、実際に現実に身に起こるのでは全く意味が違う事を痛感する。
喜ぶべきか、泣くべきか。正直分からない。
というか、未だに信じられない。
とりあえず、昨日の今日で未だに当惑はしていた。
「おはよう、ハル」
不意に背後から声を掛けられた。
その声に振り返ると、そこには赤髪の彼の姿があった。
彼の名前はラック・コール。
海賊船 クロート号の乗組員の一人。
歳は同じか少し上位。鮮やかな赤髪と人懐っこい笑顔が特徴的。
彼は無人島で途方に暮れ、あわや無人島サバイバル生活をスタートさせようとしていた私を親切にも助けてくれその人である。
そんな彼に対し私は、こことは違う“別の世界”から来たという事を正直に打ち明けていた。にわかには信じがたい話ではあったが、驚く事にラックはその話しを信じてくれた。
つまりラックは、私にとっては恩人であり、この船で、いやこの世界で唯一私の事情を知る人物なのである。
「おはようござます、ラックさん」
「昨日はよく眠れたかい?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かった」
私はラックに頷いてみせ、それを見たラックは満足そうに微笑んだ。
海賊船クロート号は帆に風を受け穏やかな海上を進んでいく。
「そういえばラックさん」
「なんだい?」
「この船はどこに向かっているんですか?」
「今はこの近くにある港へと向かっているところだよ」
今更ではあるが、船の行き先を尋ねてみた。
なんでもラックの話によれば、船はこの近くにある港に向かっているらしく、その目的は航海用の物資の調達だという。
港町、か。
ラックの話を聞いて、私はまだ見ぬ異世界の港町へと密かに思いを馳せてみる。
諸々の不安はありはするものの、なんといってもここは“異世界”。やはりファンタジー好きにとっては当然心惹かれるものがある。
「ハルも降りてみたい?」
「はい」
『降りてみたい』と私は即答する。
やはりそこは気になるところだ。
「そうだよね。降りれば気分転換にもなるし、色々と探索も出来るし。それにハルが元の世界に帰る為の手掛かりだって探せるかもしれないしね」
「はっ……確かに!」
ラックにそう言われはっとした。
確かに、こうして一人船の上、悶々と頭を抱えていても今の状況では拉致が開かない。何もかも分からない事ばかりだが、ともかく陸地に降りてみれば、何か分かる事があるかもしれない。
今はとにかく情報が必要。情報収集が必要だ。
そうと決まれば早速、次の港で町に降りてみるしかってない。
よしっと意気込む私。しかし、そんな私とは対照的にラックは急に声のトーンを落とした。
「けど、今はやめておいた方がいいかもね」
「え?」
その発言に私は思わず首を傾げる。
「どうしてですか?」
「着けばきっとすぐに分かるよ」
不審に思い尋ねれば何やら意味有りげな返答が返って来る。そんな言い方をされたら逆に気になってしまうのだが。
「それよりもハル」
けれどもそれを問うよりも先に、ラックは先程の笑顔とは打って変わり真剣な顔をして私を見た。
「何でしょうか?ラックさん?」
「それ」
「へ?」
「その“ラックさん”ってのは今後禁止ね」
「え?何でですか?」
唐突なラックの指摘に私は再び首を傾げる。ラックはピシッと指を立ててその理由を口にした。
「昨日言ったでしょ、俺達は一応“兄妹”って事になってるって」
「あ、そうだった……」
言われてはたと思い出す。
そう言えば、今はそういう事になっているのだった。
「普通、兄妹同士で敬語なんて使わないんだし、俺の事もラックでいいよ」
「わ、分かりました」
私はぎこちなく頷いた。
船に乗る為の口実とはいえ、異世界で突然出来た兄妹。兄。
どうにも妙な感じがしてならない。
一人っ子である私には尚更そう感じてしまう。
しかし、今後の船での生活、そして異世界での身分の保証の為にも兄妹としての演技は必須。少しでも疑われるような事があれば、せっかく船に乗れるように取り計らってくれたラックに迷惑が掛かってしまうのだから。
「まあ、そんなに気を張らないで。普通にしてればいいんだよ」
私の名前はハル・コール。ラック・コールの妹であり、ラックは私の兄である。肝に銘じるがごとく内心で繰り返し唱えているとラックに苦笑されてしまった。
こうして突然異世界に転移した結果、私に義理の兄妹が出来たのだった。
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