第3話 異世界人
夢の中で波の音が聞こえて、目が覚めたらどこか知れない島に居た。
そこは全く知らない場所で私は一人途方に暮れた。
そんな中、突如目の前に現れたのはなんと“本物の海賊船”
続いて現れたのはこれまた“本物の海賊”の男。その男は自分を海賊船のクルーだと言い、そして日本も太平洋も存在しないと言った。
日本がなくて大平洋がなくて海賊がいる……て。
ほんとにここは何処なんですか。
「やあ」
海賊船 クロート号はランプ島を出航し、穏やかな海上を進んでいく。
なんとか無事無人島を脱出する事が出来た私は、眼下に広がる海を眺めながらもやもやと思考を巡らせていた。
すると、背後から声を掛けられた。その声に対し振り返ると、声の主は私を船に乗れるように取り計らってくれたその人。深紅の髪を持つ男、ラックだった。私はラックに向かい頭を下げた。
「さっきはありがとうございました」
「いえいえ、困った時はお互い様だよ」
ラックはそう言って微笑んだ。
けれども、それはすぐに何かに気付いたような色に変わる。
「そういえば自己紹介がまだだったね」
「あ、そういえば……」
言われた私も今更ながらに気付く。
そういえばそうだった。島ではお互い自己紹介をしている暇も余裕もなかった訳で、ちゃんと名前を聞いていなかった。
「俺はラック・コール。ラックでいいからね」
「桜川 春。ハル・サクラガワです」
「改めてよろしくね」
私とラックは互いに自己紹介を済ませた。
「ところで、ハルはなんであんな所にいたの?」
「それが自分でもよく分からなくて……気が付いたらあそこにいたというか……」
ラックの問いに私は困って言葉を濁す。
昨日は確かに部屋のベットで寝た筈がどういう訳か目が覚めたらあの島にいた。
一体全体、何がどうしてどうやってこうなったのか、とにかく自分でもよく分からない。
「ハルはニホンっていう国から来たって言ったよね?」
「そうです」
私は頷いた。
頷いた私を見て、ラックはおもむろに手に持っていた何かを広げ始める。
「それはどの辺りにある国なの?」
その瞬間、目を疑った。
「何、これ……」
ラックが広げたそれは古風な用紙に描かれた地図のようなものだった。
一見何の変哲もないただの古めかしい地図。しかし、そこに描かれていたのは目を疑うものだった。
その地図は奇妙な感じがした。大陸一つ一つの形が知っているものとはまるで違う。それどころか、大陸や島、海の位置までもが全て私が知っている地図とはまるで異なっていたのだった。
これは一体何なんだ……?
「ラックさん、これって……」
「地図だよ」
不審に思い尋ねればラックは平然とそう返す。
いやいやいや。そうじゃなくって。
「……何の 、地図?」
「何の?これはブルラン・プリメロルが記した世界地図だよ」
「世界地図……?」
世界って……
私はもう一度地図を見る。
何処の、世界の……?
***
「……冗談ですよね?」
私は恐る恐るラックに尋ねる。
最初はラックにからかわれているのかと思った。これはジョークであり冗談だと。
しかし、何の事だか分からないと言った感じで首を傾げたラックはとてもそんなふうには見えなくて。
その様子からするに、どうやらこれは悪い冗談とかそんなものではないようで。私は今一度、ラックの手にした地図に視線を戻す。
ふと、ある思いが頭を過った。
いやいやいやいや。
そんな訳がない。普通に考えて有り得ない。唐突に浮かんだその考えに私は堪らず頭を振る。
しかし、目覚めてからずっと感じ続けている“違和感”から、どうしてもそれを完全に否定する事が出来ない。
突然どこだか知れない場所に何の前触れもなく飛ばされてしまうこの現象。これとよく似た状況を私は知っている。映画やアニメ、ゲームや小説なんかで見た事がある。
自分でも有り得ないと、馬鹿げた考えだという事は勿論重々分かってはいるが。
――だが、もしかしてもしかすると……
ひょっとして、ひょっとするとここって……
私が居た世界とは、『別世界』なのでは?
そして、それに伴うこの状況は。
この状況をずばり一言で言ってしまうならば。これはつまり、いわゆるあれ。
『異世界転移』とかいうやつなのではないか――?
「――ハル?」
「ふぇっ!?」
思わず変な声が出てしまった。口を閉ざしたままの私を心配しラックが声を掛けたのだった。
「大丈夫かい?急に黙ってどうかしたの?」
「え……あ、いや……」
途端に現実に引き戻され吃った私だっだが、なんとか平静を装い切り返す。
「な、なんでもないです。大丈夫」
「そう?」
一応頷きはした。頷きはしたものの。実際は全く大丈夫ではない。
頭は酷く混乱していた。半ばパニックを起こし掛けている。
“異世界転移”?そんなの有り得ない。そんな事が有り得る訳が無い。
そんなものはあくまでもファンタジー。空想上での話であって、それが実際に現実に起こるなんてそんなの絶対に有り得ない。
しかし――。
そもそも日本や太平洋が存在しないと言われたり。
いきなり帆船に海賊旗を靡かせた海賊船が現れたり。
ゲームのキャラクターのような格好をした、日本を知らないわりにバリバリ日本語を話す外国人風の人間が現れたり。
見た事もない世界が描かれた、まるで中世の世界地図のような物を見せられたり。
ひしひしと感じる“違和感”について考えれば考える程に。それについて納得がいく答えを探そうとすればする程に。
異世界転移説を否定するどころか、その線はどんどんと濃厚になっていく。
それらを踏まえ加味した上で。半ば混乱気味の頭で必死に考え出した結論。
これは恐らく……勿論とても信じられるものではないが……しかし、これはもはやどう考えたって――
「それでハルの言う、タイヘイヨウやニホンっていう国の事だけれど」
「ラックさん」
「ん?」
一体何から説明すればいいのか。
必死に頭を回してはみたが、考えは全くまとまっていない。
しかしややあって、私はついに意を決し、戸惑いながらもゆっくりと口を開いた。
「私が居た日本も大平洋も……もしかしたらここには存在しない、かもしれないです……」
「……?それは一体どういうこと?」
その言葉を聞いたラックは怪訝そうに首を傾げる。
言うべきか、激しく躊躇う気持ちがあった。
これはあくまで仮説であって、あくまでも憶測にしか過ぎない。確たる証拠がある訳ではない。
けれど、今のこの現状を下手にごまかした所で、結局はどうする事も出来はしない。
ラックは見ず知らずの相手であるにも関わらず、自分を助けてくれた恩人だ。――本当の事を話すしかない。
私は真っ直ぐにラックの方へと向き直る。
「信じられないかもしれないけれど……」と前置きをして。私はラックに全てを話した。
私は――
『こことは違う別の世界から来た』
……かもしれない、と。
***
私が話している間、ラックは黙ってそれを聞いていた。
自分でも正直、自分の言っている事が信じられなかった。
『別世界』『異世界』
あまりに非現実的。あまりにもぶっ飛んでいる。とても信じられない話だ。
けれども現状。それ以外には今のこの状況を説明する事が私には出来なくて。
戸惑いながらも言葉を探って紡いで。私は事の次第を洗いざらい全てラックに話した。
「…………」
全てを話し終え、私とラックの間には長い沈黙が流れる。
一体どんな顔をされるのだろうか。
今更ながらの後悔ととめどない不安が込み上げて来る。嫌に長い静寂の中、私はただただラックの反応を待つしかなかった。
「はははははっ!」
突然に静寂は打ち破られた。
ラックが声を上げて笑い出したのだ。
「まさかそう来るとはね」
尚も込み上げて来る笑いを必死に堪えながらラックはそう口を零す。
……あれ?そこ、笑うとこ?笑う所だった?
「そ、そんなに笑わなくても……っ」
「いや、だって……ねぇ?」
言いながらラックは尚も笑う。
その思わぬ反応に私は途端に恥ずかしくなり、思わず赤面してしまう。
そんな私を横目にラックは一頻り笑ったのち、「ごめんごめん」と口にした。
「いやあ、びっくりしたよ。まさか『こことは違う別の世界から来た』なんて」
「……ですよね」
「まあ、あんな島に一人で居たくらいだから何かしらの事情はあるんだろうなとは思ってたけど。……なるほどね、そういう事だったんだ」
「へ……?」
続けられた思わぬ台詞。
その言葉に伏せ気味になっていた視線をゆっくりと上げる。
……それって、もしかして。
「今の話……信じてくれるんですか?」
「うん」
戸惑いながら聞き返せば、ラックはあっさりと頷いた。
「えぇええぇっ!?」
あまりに軽い返答。意外過ぎるその反応に逆にこっちが仰天してしまう。
「な、なんで……」
どうしてこんな冗談みたいな話を、それ程までにあっさりと信じてくれるのか。逆に私の方が信じられなかった。
「“別の世界”っていうのはさすがにちょっと予想外だったけどね。
けど実を言うと、おかしいなとは思ってたんだ」
『さっきの島での話とか地図を見た時の反応とかでね』
重ねられたラックの言葉。
聞けばどうやら、ラックは無人島で出逢った時から私と同様、“何かがおかしい”と感じていたらしい。そして感じたその“違和感”は、私の話を聞くうちに徐々に確信に変わっていったというのだった。
鋭い洞察力と言うべきか。これにはさすがに私も驚き目を丸くした。
「そうだったんですか……」
「うん。それになんか着てる服とかもちょっと違うっていうか」
「え、この格好、……おかしいですか?」
「ちょっと変わってるよね」
敢えておかしいとは言わず変わっているとラックは言った。
どうやらこの格好、制服はこの世界の人間にはおかしな服装に映ってしまうようだ。
私からすれば、ラック達の服装の方が変わってると思うんだけどな。……なんて事は本人達には言えないのだけれども。
「それにハルが嘘を付いてるようには見えないしね」
「ラックさん……」
その言葉に思わず目頭が熱くなる。
無人島で一人制服姿で。どう見ても怪しさ満点だったであろう私を助けてくれただけに留まらず、こんな嘘みたいな話を信じてくれた。ラックの優しさと寛大さに本当に涙が出そうになる。
しかし、感激に浸っている場合ではなかった。現実とはどこの世界に置いても厳しいものである。
「それじゃあ、ハルは行く宛てがないんだね?」
「はっ……そうだった!」
ラックにそう指摘され、改めて現状の深刻さを理解した。
ここがもし、いやほぼほぼ確定っぽいが、もしもここが本当に自分がいた世界とは違う“別世界”、いわゆる“異世界”だったとして。
当然の事ながらここには私の帰る家は無い。そして誰一人知り合いも居ない。
それどころか私、一文無しじゃん。
けれども、帰り方が分からない以上、しばらくはこの世界で過ごさなければならない訳で。
……ヤバい。……これからどうしよう。
「なら、しばらくここに居るといいよ」
「えっ!?いいんですか!?」
「勿論。さっき船長も良いって言ってたじゃない」
言われてみれば確かに先程この船、海賊船クロート号の船長であるアレン・ヴァンドール船長は『歓迎しよう』と言ってくれた。
船長がそう言ってくれたということは……ここに居て良いんだ!
良かった!これでとりあえずは一安心だ!
「それに事情を話せば船長もきっと分かってくれるよ」
「え……」
ほっと胸を撫で下ろしていると、ラックにそう提案された。確かに……と、私は考え込む。
確かに、この世界の人間からしたらどう見ても怪しさ満点だったであろう私を親切にも船に乗せてくれた船長にはこの事を話しておいた方がいいのかもしれない。
……かもしれないのだけれども。
いざ改めて話すとなると、なんだか物凄く気が引ける。
例え仮にこの事を船長に話したとしても、アレン船長がラックのように信じてくれるとは限らない。というか寧ろ信じて貰えない可能性の方が非常に高い。
万が一信じて貰えなかったとしたら……私は完全に“頭のおかしい奴”。ただただ怪しさに拍車が掛かるだけ。
そうなれば、せっかく乗せて貰えた船から即行で降ろされる可能性だって十二分に出て来る。
それだけは絶対に、絶対に嫌だ……っ。
「………」
私は黙ったままでいた。
そんな私の様子を見てラックはまたも苦笑を漏らす。
「けどまあ、黙ってたいって言うんならそれでもいいと思うよ。ハルがそう言うなら船長や皆には言わないでおくからさ」
「ラックさん……」
「それに今は一応、“俺の妹”って事になってるしね」
あ、と言われて思い出す。
そういえば、船に乗る為の口実とはいえ今は“ラックの妹”ということになっているのだった。
「まあ、あんまり居心地は保証出来ないけれど、元の世界に帰れるまでゆっくりしていくといいよ」
「ラックさん……ありがとうございます」
言ってラックは優しく微笑んだ。
そんな心優しいラックに対し私は改めて頭を下げたのだった。
***
異世界転移を暴露したのち、私はラックに連れられ海賊船クロート号の中を軽く案内して貰った。
帆船、ましてや海賊船に乗るのは勿論生まれて初めてである。
船内は思っていたよりも広く、想像していたよりもそれなりに清潔感が保たれているように感じた。
そして、しばらく船内を見て回ったのち、私はある部屋へと案内された。
「さすがに野郎どもと一緒って訳にはいかないし、寝床はここを使うといいよ」
言ってラックは一つの扉を開けた。
その中には骨董品らしき大きな壺。木箱が数個に大量の古い本の山。一体何に使うのか分からない、何とも形容し難い怪しげな物……大小様々な物が無造作に詰め込まれていた。
そこはどうやら物置のようだった。
聞けば、何でもここはアレン船長がガラクタ置き場として使っているらしく、ここにある物は全て一応アレン船長の私物との事だった。
ラックに促され私は部屋の中へと足を踏み入れる。入った瞬間、大量の埃が宙を舞った。
置かれているのはどうやら古い本が大半のようだったが、どうやらそれはあまり使われてはいないらしい。散乱した全ての物が白く埃を被っていた。
それらの物をある程度片付け、埃を払ってから置いてあった木箱を並べて土台を作る。
そこに丸めて置いてあった派手な色をした厚手のマットのような物を敷き、これまた派手な色をした薄手の布を広げて掛ける。配色も見た目もかなりあれではあるが、一応これで簡易的な寝台もどきが出来上がった。
「スペースも物も限られてるからこのくらいしか出来ないけど、我慢してね」
一通りの作業を終えたのち、申し訳なさそうにラックは苦笑した。
そんなラックに対し私は改めてお礼を述べる。
『このくらいしか』とラックは言ったが、それでもいつ終わるとも知れない無人島でのサバイバル生活に比べれば充分過ぎる程である。
「何か困った事があったら言ってね」
そう言い残しラックは物置を出ていった。
私はあり物で作った簡易ベットへと早速横になる。
家のベットに比べれば狭く固く、足を伸ばしきることさえ出来ない。寝心地が良いとはお世辞にも言えなかったが、私はそのまま瞼を閉じた。
衝撃的な事が有り過ぎたせいか、なんだか酷く疲れていた。
日はまだ高くあったが、いつの間にか私はそのまま深い眠りに落ちていた。
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