第2話 海賊
「あの、どこに行くんですか?」
私は前を歩く男に怖ず怖ずと尋ねる。
赤髪の男について来たはいいものの重要なことに気が付いた。行き先を聞いていなかったのだ。その問いに対し男は前方の船を指差してみせる。
「あの船に乗るよ」
「え……!?あれに乗るんですか!?」
思いもよらぬ返答に思わず聞き返してしまう。
てっきり映画か何かのセットだと思っていたのだが、“乗る”という事はあの船は実際に動く、という事なのだろうか。
予想外の展開に驚いた私。そんな私に対し「大丈夫だよ」と男は笑う。
「でもあれって……」
「そう。見ての通りの海賊船だよ」
「海賊……て、まさか本物じゃないですよね?」
「勿論、本物さ」
え……?
「……冗談、ですよね?」
「冗談?冗談じゃなくて本物だよ」
え……えぇえええええーー??!!
「な、なんでこんな所に海賊がいるんですか!?」
「そんなに珍しくもないと思うけど?」
「いやいや、めちゃくちゃ珍しいと思うんですけども!?」
「確かにこの近辺ではそうかもしれないけど、ここから少し離れれば海賊なんて普通にいるよ」
「いやいやいないですって!そんなの滅多にお目にかかれるものじゃないですって!!」
すると、耳を疑うような発言に衝撃を受ける私をよそに男は更なる衝撃発言をかましてくれた。
「あ、因みに俺、あの船の“クルー”なんだ」
「……は?クルー?」
ということは、まさかこの人……。
「……海賊、ですか?」
「そうだよ」
マジでか。
「ほ、ほんとに本物……?」
「うん、本物」
嘘……
冗談……じゃない?
これ、全部本物……?
これは現実……なのか?
「君も一緒に船に乗れるように俺から船長に頼んであげるよ」
そうにこやかに言いながら男は衝撃に打ちのめされる私を置いてずんずんと船へと向かって歩いて行く。
嗚呼、どうしよう……
こんなこと信じられない。
というか寧ろ信じたくない。
あまりの衝撃と急展開に思わず歩みが止まってしまう。
しかし、そんな悠長な事を言っていられる暇もなく、他に選択肢のない私はとにかくこの海賊船のクルーだという男についていくしかってなかった。
***
「遅いぞラック」
海岸に停泊した堂々たる海賊船。
心臓が飛び出しそうな程の緊張の中、勇気を振り絞り、男の後について船の甲板へと昇る。そこには二人の男が待っていた。
一人は金髪、そしてもう一人は長い茶髪の男。
「ごめんごめん。ちょっと色々あってね」
茶髪の男は私を連れて来た赤髪の男をラックと呼んだ。そのラックはさして悪びれた様子もなく二人に対し謝罪する。
「……て、おい。何だそいつは?」
すると、私に気付いた金髪の男が訝しげにラックに尋ねた。茶髪の男もそれにつられラックから視線を移し、二人の視線がこちらに向けられる。
(めっちゃ見られてる……)
こういう風に注目されるのはいい気分はしない。
二人に訝しむような視線を向けられ、私は思わず助けを求めてラックを見る。すると、ラックは任せてとばかりに頷いてみせた。
私はラックがこの二人に事の次第を説明してくれることを期待していた。しかし、次の瞬間ラックの口から出たのは思いも寄らない言葉だった。
「この娘は俺の妹です」
「「妹ぉ!!??」」
ラックの言葉に二人の声が見事にハモった。そして突然の『俺の妹』発言に当然私自身も驚愕する。
妹って……全然似てなくないですか!!??
何でよりにもよってそんな嘘を……そんなの絶対バレるに決まってるじゃないですか!!??
内心でそう思っていると、やはり来た。金髪が噛み付いた。
「なんでこんなところにお前の妹がいるんだよ!?」
「昔生き別れた妹なんだよー」
「というか、そもそもお前に妹なんか居たのか!?」
「うん、居るよ。ここに」
疑わしげに噛み付いた金髪をラックは涼しい顔でさらりと交わす。
そしてすっと伸ばした手で私の肩を抱き寄せ、「ね?」と悪戯っぽく同意を求めてきた。
それに対し私はぎこちなく頷いた。というか、ここは頷くしかってなかった。
「――という訳なんで」
「船長」と、ラックは未だ衝撃発言に頭の整理が追い付かない私の肩を抱いたまま茶髪の方へと向き直る。
(え?船長って……)
この人が海賊船の船長?
船長と呼ばれた男を見て私はまた別の意味で驚いた。
“海賊船の船長”と聞いた時、私は咄嗟に恐持てで髭面の中年男性を思い浮かべた。
がっしりとした体格に日に焼けた肌。身に付けた高価な服に煌びやかな宝石。その眼光は鋭く、荒波を幾度も越えて来た威厳と貫禄に満ちている、まさに海の男、海賊と言わんばかりの男の姿を。
けれども、今目の前にいる人物は想像していた人物像とはまるで違っていた。
まず想像よりも遥かに若い。
歳は20代位だと思われ、恐持てという訳ではなく濃い髭もない。身体付きもすらりとしていて、服装も至ってシンプルである。その瞳は穏やかな海と同じ色をしていて、想像していた人物とは似ても似つかず、寧ろ掛け離れていた。
どちらかといえば、海賊というより現代のアイドルのような風貌の男である。そんな船長に対しラックは早急に願い出る。
「妹も一緒に船に乗せてやってください」
「はぁあ!?」
あまりにも急な申し出にそれを横で聞いていた金髪がまたしても驚愕の声を上げた。船長と呼ばれた茶髪の男もまた驚いたように目を見開く。だがそれはすぐに困惑の色へと変わった。
それは事の成り行きをただただはらはらしながら見守っていた私にも分かった。
「お、お願いします!!」
私はここぞとばかりに船長だという茶髪に向かって頭を下げた。
「うーむ……」
いきなりの願い出に茶髪は困ったように唸る。
無理かもしれない。そんな考えがぐるぐると頭を巡る。
いくらクルーの妹と言っても、果たして見ず知らずの相手をそう簡単に船に乗せてくれるものなのだろうか。なにせ乗せるのは無人島にいた素性の知れない女なのだ。やはりそう簡単には船に乗せて貰えてないのではないか。
けれども、もしも今この船を逃してしまったら今度はいつ別の船が現れるか分からない。もしかしたら、このままずっと他の船は現れないかもしれない。
そうなればその間、この何処か知れない無人島に一人きり。
一人きりで……無人島サバイバル生活!!??
生き残れる自信ないっ。お願いだから乗せてくださいっっ。
私は祈るような気持ちで船長の返答を待った。
「――よし」
そう長くはない沈黙が流れたのち、船長はついに結論を出した。
答えを聞くべく私は恐る恐る顔を上げる。船長の蒼い瞳が真っ直ぐに私を見詰めていた。緊張の瞬間。ラックと金髪が見守る中、船長がゆっくりとその口を開く。
「OKだ、乗船を許可する」
告げられた答え。それはあまりにもあっさりとした乗船OKだった。
「おい!アンタ、マジで言ってんのか!?」
船長が出した答えに対し金髪が信じられないといった顔で聞き返す。
だが、船長はまたもあっさりと頷いてみせた。
「名前は?」
「春と言います」
「ハルか。俺はこの船の船長、アレン・ヴァンドールだ」
アレン船長は続けて言う。
「ようこそ、クロート号へ。歓迎しよう」
その瞬間、全身の力が抜けるのを感じた。
こうして、私、桜川 春は海賊船クロート号に乗ることを許可され、なんとか無事に無人島を脱出することが出来たのだった。
ここから物語が動き出す――
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