第14話 船長の監視役
元いた世界とは別の世界、いわゆる異世界に来て早数日。
私はラックが言っていた“嫌な予感”というものを薄っすらと、だが確かに感じ始めていた。
――けれども、それはそれとして。
私自身はいまだ、元の世界への帰還方法どころか、その手掛かりでさえ全くこれっぽっちも掴めてはいない。私は一体いつになったら元いた世界に帰れるんだろうか……。
「ゴメンね、ハル。本当は一緒に降ろしてあげたいんだけど」
そう言ってラックは申し訳なさそうな顔をした。
「ううん。仕方ないよ」
そんなラックに対して私は至って明るく返事を返す。
次の日の夜、船はまた別の港へと来ていた。名はレート。レート港に停泊した船からぞろぞろと乗組員達が降りていく。
そんな彼らの姿を私はただただ甲板から眺めていた。そう、私は前回に引き続き今回も船で留守番なのである。
アレン・ヴァンドール率いる海賊団は連日立て続けに起こっている、いわゆる“ついてない”出来事のせいで深刻な物資不足、というより深刻な酒不足に陥っていた。その為、今回はなんとしても念願の酒を調達するべく、乗組員全員強制上陸。総出による総力戦。何がなんでも酒を調達するという目下の急務、その船長命令が下った。
けれども、私はその対象外。
「ハルを巻き込む訳にはいかない」というラックの判断でまたもや船で待機という事になったのだった。
また留守番かー……
また元の世界に帰る日が遠退いたな……
仕方がないと分かってはいても思わずため息が出てしまう。
ふと、視線を上げると甲板から乗組員達を見送るアレンの姿が目に入った。
「そういえば、今回はアレン船長は降りないんだね」
「昨日の修理屋さんの一件が効いたみたいだからね」
「ははは……なるほど」
とりあえずもう笑うしかない。
殺されそうになったら誰だってそうなるだろう。
「それよりもね、ハル」
とりあえず苦笑を零した私。そんな私に対し、ラックは急に声をひそめそっと耳打ちするように顔を近付けてきた。
「ハルには船長の事を見ててほしいんだ」
「え?」
「船長を一人にすると危ないからさ」
「?わ、分かった」
それは一体どういう意味なんだろうか?と若干疑問に思いつつも、とりあえずは頷いてみせる。ラックは目を細めて微笑んだ。
「けどまあ、今回は全員総出だし、きっと無事に酒の調達は終わると思うから。
だからこれが終わったら、ハルの元いた世界に帰る方法を探そう。俺も一緒に手伝わせて貰うからさ」
「うん」
「それじゃあ、行って来るね」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
私は港に降りて行くラック達を甲板から手を振り見送った。
***
ラック達が上陸してから小一時間程――
夜は更に深くなり、高く登った月が地上を照らす。風はなく海は至って穏やかで、静かな夜が辺りを包んでいた。
だがしかし。この人物だけはとても心穏やかとは言えなかった。
私は広がるレートの町からその人物へと視線を移す。
(うわー……)
そこには船の甲板をひたすら行ったり来たりする落ち着きの無いアレンの姿があった。
ラック達乗組員が上陸からしてしばらくは特にアレンに変わった様子はなかった。
しかし、時間が経つにつれ、アレンは次第にソワソワとし始める。腕を組んだまま身体を上下に揺すり出し、足はタンタンタンと甲板を叩く。それからうろうろと甲板を歩き始め、現在は何度も何度も行ったり来たりを繰り返している。
誰が見たってそれは明らか。明らかに彼はイライラしている。
そんなに酒が待ちきれないのか。
未成年である故、飲めない私には理解出来ない。私はアレンの様子に内心呆れ返っていた。
「遅いっ!!」
そんな状態がしばらく続いたのち、アレンは突然大声を上げた。
「あいつらは一体何をやってるんだっ!?」
誰にでもなく噛み付くようにアレンは喚く。
「もういいっこうなったら俺が降りる!オッズ!アウツ!船を見てろ!」
くるりと向きを変え、見張り台にいる乗組員達に声を掛けた。かと思うと、アレンはそのままズカズカと船を降り始める。
「ちょっ……アレンさん!?」
思いも寄らないアレンの行動。私は慌てて後を追いかける。
上陸前ラックは言っていた、「船長を一人にすると危ないから」と。その言葉の意味は恐らくこの事態を予想していたのだとその瞬間悟った。
「アレン船長!」
船の手摺りから身を乗り出して慌ててアレンを呼び止める。
その声にアレンは呼んだ相手を振り返った。
「あの、港に降りるんですか?」
「ああ」
ああって……そんなあっさりと。
「ラック達を待ってた方がいいんじゃ……」
「もう充分待ったさ。これ以上待ってもラチがあかない」
充分って……まだ1時間も経ってない筈ですけど。
思わずツッコミを入れ掛けた私。
しかし、当のアレンに至っては、至極当然と言った顔をしてみせる。その言い分に対し思わず言葉に詰まってしまった。
別に港に降りる事自体は悪い事ではない。
だが恐らく、ラックの言葉の本当の意味は、こんな不運が連続している良くない状況下、船長たるアレンが単独で行動する事を心配して言ったものではなかったのだろうか。優しいラックの心遣いが、当の彼にも伝われば良かったのだが、どうにもそれはアレンには少しも伝わってはいないらしい。
何と言って説得しようか。
考えてはみるが、浮かんだ案はどれもいまいち説得力に欠ける。
あれこれと頭を捻る私。
そんな私に同様に、アレンもまたしばし何かを考えるような素ぶりを見せた。そして彼は唐突に、思いも寄らない言葉を口にする。
「ハル、だったかな?町に降りる。一緒に来てくれないか?」
「えっ!?」
思わず面食らってしまった。
まさかの上陸同行への誘い。これは予想外の事態である。
見ればアレンは、その手を真っ直ぐに私へと向かって差し出していた。
「いや、でも……」
「ただ酒を買い付けに行くだけだ。それが終わればすぐに戻って来るさ」
戸惑う私に心配ないとアレンは笑う。
「~…」
突然の事に困った私。
しかし、断る理由が見付けられず、私は結局アレンのその手を取ってしまった。そんな訳で私は、アレン船長と共にレート港へと降りる事になってしまったのだった。
まさかあんな事態になるとは夢にも思わずに……。
***
「……あのアレン船長。一体どこに行くんですか?」
「勿論、酒を買い付けに行くんだ」
隣を歩くアレンにおずおずと尋ねればやっぱりな答えが返って来る。
ラック達乗組員が上陸してから約1時間程。私はアレン船長と並びレートの町の通りを歩いていた。
上陸前にラックが言っていた、「船長を一人にすると危ない」と。
それはつまり、ラック達の帰りを待ち切れずアレンが一人単独行動をしてまうこの事態を予想して言っていた。そんな彼の行動の見越した上で、私にアレンを止めて欲しくてラックはそっと耳打ちした筈だったのに……。
止めるどころか、あろうことかアレンと一緒に上陸してしまった私。こんなんじゃ私の立場がないよ……。
「ハルは確かラックの妹だったな」
「は、はいっそうですがっ?」
自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、思わぬ質問が飛んできて、思わずドキリとしてしまう。
突然異世界に転移し、ここが何処なのか分からないまま私は一人、無人島で途方にくれていた。そこで偶然出会ったのがラック・コール。ラックは見ず知らずの私を自分の妹だと偽って乗船出来るように手助けしてくれた。そんなラックに対し、私はこことは違う別の世界から来たという事実を全て正直に話していた。
話を聞いたラックはこちらが拍子抜けしてしまう程、あっさりと信じてくれたのだったが、だが本来ならばそんな話はとても信じられるようなものではない。
その為、ラック以外にはこの事を話してはいなかった。つまりラック以外、私の本当の正体を知る者はおらず、当然ながらアレン船長もそんな事など全く知らない。あくまでも“ラックの妹”がここでの私の身分であり、この異世界においての私という人間なのである。
「ラックは優しいか?」
「はい、とても良く……いや、とても優しいです」
とても良くして貰ってますと答えかけ慌てて言い直す。
良くして貰っているでは、何となく他人行儀な気がして。一応兄妹という設定だからね。
「そうか」
私の答えにアレンは満足そうに頷いた。
そう言えば、船に乗せて貰った時以来、アレンとこんなふうにまともに話すのは初めてかもしれない。
ラックの妹という事になっている以上、うっかりな失言をすれば何かとサポートしてくれているラックに当然迷惑が掛かってしまう。嘘をついて悪いとは思うけれども、ここはなんとしても“ラックの妹”を貫き通さなければ。
そんな事を思い、内心ドギマギしていたが、それからは船での生活はどうかとか、何か困っている事はないかとか、全く禁酒なんて耐えられんだとか、そんなたわいのない会話が続いた。
***
「あるじゃないか!」
アレンが歓喜の声を上げる。
しばらく通りを歩いたのち、アレンはある一件の建物の前で足を止めた。
立ち止まったのは木造の二階建ての一件の店。窓からは明るい光が漏れ、楽しげな声が店の外まで聞こえて来る。どうやらここがアレンが探し求めていた例の酒場らしかった。
「……て、アレン船長!?」
初めて見る建物に驚いていると、アレンは何の躊躇いもなく吸い込まれるようにして中へと入っていく。
こんな知らない世界の知らない場所で一人で待っている気にもなれず、私は慌ててそのあとについて建物の中へと足を踏み入れた。
「全く、あいつらは一体どこを探してるんだ」
ぶつぶつと一人文句を言いながら歩みを進めるアレンの後についていく。
店内に入ると、異様な熱気とアルコールの臭いが立ち込めていた。
中は外から見るよりも結構広い。
まるで中世、それこそゲームのキャラクターのような衣装を纏った男女で店内は溢れていた。
そんな中を一人、学校の制服を着て歩く私。
なんか、物凄く場違いな気がするんですけれど。
店内の雰囲気に圧倒され内心どぎまぎしつつも、とりあえずはアレンの後についていく。
アレンはカウンターの前で足を止めた。店主と思しき人物と話をし、例の酒を注文している様子。
私はあらためて店内を見回してみる事にする。
あちらこちらで酒を酌み交わし談笑している老若男女。
音楽隊のような楽器を手にした演奏者。踊り子のような綺麗で煌びやかな美しい女性。店内は騒がしくも賑やかで、陽気な雰囲気に満ちていた。
The酒の席って感じ。
行った事ないけど。未成年なんで。
「ハルも飲むか?」
きょろきょろしていると、アレンに声を掛けられた。
その手には酒の注がれたグラスが持たれ、こちらに向かい差し出している。
「いえ、私は大丈夫です」
だってまだ未成年だからね(本日二回目)
それを断ると、アレンは特に嫌な顔もせず手にした酒に口を付けた。
「はぁーっ!」
口を離したアレンは何とも嬉しそうな表情を浮かべた。
本当にお酒が好きなんだな、と念願だった酒を口にし、まるで子供のように無邪気に喜ぶアレンの姿になんだほっこりとしてしまう。
だが、そんな楽し気な雰囲気も、ほんのつかの間に過ぎなかった。
ガッシャーンッッ
突然、店内に凄まじい音が響いた。
驚き、音のした方に目を向けてみる。
その視線の先。店内奥で二人の男が取っ組み合っていた。
一人は頭にちょこんと赤い帽子を乗せた痩せ型の男で、もう一人は背の低い髭面の小太りの男。何があったのかは知らないが、二人はお互いに互いの衿元を掴み合っている。
喧嘩だろうか。店内中の客達の視線がその二人に注がれた。
「離せっこの野郎!!」
帽子の男が小太りの男を思い切り突き飛ばした。小太り男は談笑していた別の客達のテーブルへと倒れ込み、そのテーブルごとひっくり返す。
「てんめえ……」
ゆっくりと身体を起こした小太り男。
そこにひっくり返されたテーブルに座っていた客の一人が近付いていき……
バキッ
(えぇーっっ!!??)
手を貸すのかと思いきや、近付いた男性客は小太り男を思い切り殴り飛ばした。
それに怒った小太り男が殴った相手に飛び掛かる。
そこへ更に男を突き飛ばした張本人、帽子男も殴り込んだからさあ大変。
単なる喧嘩は本格的な殴り合いへと発展していく。
(ヤバいヤバいヤバいっ!と、止めないとっ)
慌てて辺りを見回してみた。
だが、殴り合いへと発展した喧嘩を止める者などその場にはいなかった。
周りにいる客達は「いいぞー!」「もっとやれー!」と煽りをかけ、事態は更にヒートアップ。更に更に盛り上がっていく。
(皆止めるな気ないのかよっ!!??)
内心でそうツッコミを入れるものの、かと言って自分が止めに入る勇気なんてある筈もなく、私はただただ傍観者と化すしかない。
事態は更なる盛り上がりをみせ、突き飛ばし突き飛ばされ、相手を殴っては殴り返されの要領で、喧嘩は収まるどころか店中を巻き込んだ大乱闘へと拡大していった。
「ハル!店を出るぞ!」
そんな凄まじい光景を前にして唖然と立ち尽くしていると、いつの間にやら酒を飲み終えたアレンが傍にいた。
「は、はい!」
慌ててアレンの後に続いて、出口へと向かおうと足を踏み出す。
店内はもはや大混乱。ごった返した客達を避けながら兎にも角にも出口を目指す。
ドンッ
「うわっ!?」
そんな最中、何かが背中にぶつかった。
恐らくは乱闘真っ最中の客だろうだと思われたが、その勢いに押されつんのめった私は咄嗟に前を歩くアレンにしがみつく。
「うおっ!?」
突然背後からしがみつかれ、アレンもまた前のめりになった。
「す、すみませんアレン船長……っ」
慌てて私はアレンから離れた。
だが、離れたのにも関わらず何故か前のめった姿勢のまま、アレンはあらぬ方を見て固まっている。
な、なんだ?一体どうしたというのだろうか。
「あの、アレンさん……?」
心配になって声をかけると、ガシッと腕を捕まれた。
掴んだ相手は勿論アレン。その腕に引かれ、やや小走り気味に私は再び出口へと向かって進み出す。
怒号やら奇声やら笑い声。
物が倒れ壊れ割れる音が響き、もはや異常としか言えない事態に店内は湧く。
しかし、やはり流石というべきか。入り乱れた客の間をアレンは慣れた様子でするりするりと華麗にすり抜けていく。
だが、当の私はというと……。
「うわわわわわっ!?」
完全に足がもつれ掛かっていた。
アレンの華麗な身のこなしに足が全くついていかない。
何度も何度も躓き転びそうになり、その度にアレンにぶつかっては支えられながら、何とかかんとか彼の後についていく。
ああ……出口が遠い……。
ギャハハハッ
ガッシャーンッ
バリーンッバリーンッ
♪~♪~♪~♪~♪~
バンッバンッバンッ
「ひぃいっ」
様々な音がこだまする店内。
何故かここぞとばかりに音楽を奏でる音楽体。
それらに混じって今度は銃声のようなものまで響き始める始末。
おかしいよね!?こんなの絶対おかしいよね??!!
ドタンバタンと人が倒れ物が倒れ、道行く先を遮る中、それに躓かないように散々になる注意を払い進んでいた。
つるっ
「へっ?」
しかし、思わぬ所に落し穴があった。床が滑ったのである。
目の前のものに注意を払い過ぎ、床に零れていた液体、恐らくは酒に全く気付かず、完全に足を取られてしまった。片足が宙に投げ出され、視界がぐわんと上を向く。後方へと倒れそうになった。当然、腕を引いているアレン船長も道連れにして。
倒れると思ったその瞬間、グッと腕を引かれ宙ぶらりんで身体が止まる。背面から床へと倒れそうになる私を支えたのは、またしても前を行くアレンだった。
「ご、ごごごごめんなさいアレン船ちょ……」
またしても巻き添えを食らわせてしまった事に慌てて謝ろうとした私。
だが、それを言い終わる前に身体をグイッと引っ張り上げられた。
「急ぐぞハルっ」
「はいっっ」
もう本当にこんなところ嫌だ。
***
その後も、尚も沸き立つ客達にもみくちゃにされながら、やっとの思いで私とアレンは出口の前へと辿り着く。
バンッとアレンが出口の扉を蹴り開けた。その瞬間、視界が開け、快晴の夜空が飛び込んで来る。
良かった……これでもう安心だ……。
ようやく店の外に出られた事に若干泣きそうになりながら私は星の瞬く夜空を仰いだ。
だが、やってしまった。
気を抜くのが早過ぎた。
ガコッ
「え?」
出口を出たその先で。地面の僅かな凹みに足を取られた。
不安定になる身体を支えようとして、慌ててもう片方の足に力を込める。しかし。
つるっ
「へ?」
だが、踏み出した方の片足も運悪くぬかるんでいる地面を踏み締めてしまった。
しかも片腕は依然アレンに掴まれたまま。もはやどうあっても身体を支える事が出来ない。
「ぬわぁああぁああ??!!」
完全に宙へと投げ出された身体。当然、地面へとダイブする身体を支えようとして、何かにすがってしまう訳で。奇声を発しながら私は咄嗟にアレンの腰の辺りにしがみついた。
「うぉおっ!?」
次の瞬間、全身に鈍い衝撃が走る。目の前が一瞬真っ暗になった。
「いたたたたた……」
暗転した視界にゆっくりと光が戻ってくる。華麗に地面へとダイブを決めた私は、打ち付け身体をゆっくりと起こした。
もう……なんで店の外に出てまでこんな目に遭わなくちゃいけないんだ……
自分のあまりの運の悪さに心の底から泣きたくなる。
しかし、なんというか、地面に思い切り倒れ込んだわりにはそんなに痛くはなかったな。というか、地面ってこんなに柔らかかったっけ?
想像よりも遥かに柔らかかった衝撃と地面の暖かな感触に、不審に思って下を見てみる。
――驚愕した。私はアレン船長の上に乗っていた。
「ぎゃああぁあああ!!??」
慌ててアレンの上から飛びのいた。
(うわぁああなんて事をしてしまったんだ私ーっっ!?)
店内であれだけアレンに迷惑を掛けておきながらそれだけでは飽き足らず、あろう事か今度はアレンごとすっ転ばせてしまうなんて。
私のせいで無様に地面に伏したアレン。
駆け寄る事も出来ないまま、私は半ばパニックを起こしていた。これはもう間違いなく、確実にアレンを怒らせたと思っていたからだ。
見た目や年齢の程はどうであれ、アレンは仮にも海賊の船長。
優しそうな雰囲気を纏ってはいるが、やはり船長と呼ばれるくらいだ。それには何かしらの理由がある筈であって。そんな船長を私は無様にもすっ転ばせてしまった。これはもはや間違いない。絶対にただでは済まされない。
「……っ」
内心パニックを起こす中、アレンが小さく呻いた。そしてゆっくりと、地面に打ち付けた身体を起こしていく。
「す、すすすすみませんでしたっアレン船長ぉお!!!」
私は溜まらずその場に土下座した。
「すみませんでしたすみませんでしたすみませんでしたぁあっ」っと、心の中でひたすら謝罪を繰り返しながらとにかく地面に擦れる位に頭を下げた。
一体どんな怒号が飛んで来るのか。
もしかしたら、殴られたりとかするかもしれない。
しかし、それならばまだマシな方だ。
それよりも一番最悪なのは、船を降ろされる事。未だ右も左も分からないこの異世界。そんな中で見付けた僅かな希望。僅かな居場所。そんな僅かな希望をこんなつまらないドジで失ってしまっては、私はこれから一体どうしたらいいというのか……。
(本っ当にすみませんでしたぁああああ)
心の底からアレンに対して謝罪した。
だが、予想に反して怒号が飛ばない。それどころか、何故だがいくら待ってもアレンからは何の反応もない。
……ど、どうしたのだろうか?
恐る恐る顔を上げてみる。
「え……」
その瞬間、固まってしまった。
アレンの瑠璃色の瞳が真っ直ぐに私を見詰めていた。それも想像していたような鬼の形相ではなく、まるで何か不思議なものでも見るような目をして……。
「あ、あのアレン船長……?」
訳が分からず、とにかく声を掛けてみる。
「………」
しかし、アレンは依然として私をじっと見詰めたまま。微動だりともしない。
何故……!?
「あの、アレンさ……」
私はもう一度アレンに声を掛けようとした。
「ヴァンドール!?」
けれどもそれは、響いた声により掻き消される。
「ヴァンドール!……て、おま、ラックの妹!?」
その声のした方からバタバタと複数の足音が近づいて来た。目を向ければ、レイズと他数名の乗組員達がこちらに向かって駆けて来ている。
「お前らなんでこんな所にいるんだよ!?」
駆け付けたレイズは驚いた顔をして私とアレンとを交互に見た。
「な、なんでと言われましても……」
返答に困る私。
それに代わって問いに答えたのは、いつの間にやら正気に戻ったアレンだった。
「お前らがあんまり遅いからわざわざ探しに来てやったんだよ」
「遅いって、まだそんなに時間経ってねぇだろうが!」
アレンの返答にツッコミを入れるレイズ。
確かに、物資、もとい酒の調達の為に船員達が上陸してからまだ1時間弱しか経っていない。
「おーいっ」
すると今度は、レイズ達とは違う方向からまたしても複数の足音が近づいて来た。
「船長!それにハルまで!なんでこんな所にいるの?」
やって来たのはラックを含めた他数名の乗組員達だった。駆け付けたラックもまたレイズ同様、私とアレンとを交互に見て驚いたように声を上げる。
またしても返答に困る私。とにかくもう笑うしかない。
「それより酒の調達は出来たのか?」
ラック達が駆け付けたのを見てアレンがそう問い掛けた。それに「ああ」とレイズが頷く。
「今、他の奴らが船に運んでる」
「こっちもそんな感じかな」
二人の答えにアレンはよくやったと笑顔を見せた。
「よし、撤収だ!船に戻るぞ!」
そして、集まった乗組員達を引き連れて、まるで何事もなかったかのように自身の船へと向かい歩き出す。
……て、さっき私を凝視してたのは結局なんだったんだ!?
口が半開きのまま固まる私。けれども、話がまとまってしまった以上、今更そんな事を聞く事も出来ず、私は依然として地面に正座したまま。その場に取り残されてしまう。そんな私を見てラックが心配そうに声を掛けた。
「ハル、大丈夫?」
「……大丈夫」
その後、私はラックの手を借り立ち上がり、乗組員達に続いてクロート号へと帰還したのだった。
アレンが私を凝視していた理由。
その理由を私が知るのは、もっとずっと後になってからの話である。
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