第13話 ▼最悪の再会(アレン視点)
(10.忍び寄る影.のバックグラウンド。アレン視点の話)
水平線へと沈みゆく太陽が空を紅く染め、濃い影を地上に落としていく。
目の前には夕日に照らされた港町スリー。
海賊船クロート号船長、アレン・ヴァンドールは神妙な面持ちで降り立った。
昨晩の海軍の一件経て。アレンは考えた。
やはり大人数では目立つのではないか、と。
ならば、今回は少数精鋭。自身も含めた必要最低限での上陸を命じた。
目の前に広がるスリーの町は、急遽立ち寄った場所の為、規模はそこまで大きくはない。とはいえ、たとえ小規模でも酒場の一つや二つ位、当然見付ける事が出来るだろうと。その時は、確かにそう思っていた。
しかし、アレンのその期待は大いに外れる事になる。
酒場は勿論、あるにはあった。
しかし、何故か行く先行く先、ある店は閉店、ある店は定休日、ある店は営業中でも在庫切れ……。四件目に訪れた店に至っては、特にこれと言った理由すらなく、何故だが酒を売るのを断られてしまうそんな始末。
一体全体何なんだこれは。
これは祟り何かなのか。はたまた何かの罰なのか。
今すぐ酒が飲みたいというのに、何故だが、一体どうやっても。どうしても酒が手に入らない。
渇いた喉と疲れた身体を引き摺って。散々探したその果てに。
とうとう女神が彼らに微笑む。
五件目にしてようやく、アレン達は遂に絶賛営業中の酒場を見付ける事が出来たのだった。
揺れるランプの淡い光。がやがやと賑やかに溢れる声。陽気な雰囲気に満ちる店内。立ち込めるアルコールの甘美な匂い。
開放的なその空間では、誰もが皆思い思いに酒を酌み交わしている。
そんな光景を目の当たりにして。アレンは歓喜に打ち震えていた。
「船に運ぶ酒は頼んだぞ」
アレンは乗組員の一人にそう言い付けると、返事を待たずにカウンターへと足を運ぶ。
とにかく一杯やりたい。居ても立ってもいられなかった。
空いている席へと腰を下ろし、店主とおぼしき人物に早速注文を取り付ける。
「はいよ!」
やたらがたいの良い店主はすぐに注文した酒を出した。
グラスに注がれた赤い液体。ワインを見るのは本当に久しぶりな気がした。それを手に取り口元へと運ぶ。
真紅の雫が唇を濡らし、次の瞬間には至福の時が訪れる――念願のワインに口を付けようとした。
まさにその瞬間。何かが高速で振り下ろされた。
***
凄まじい破壊音が店内に響き、一瞬にして静寂が周囲を包んだ。
先程まで騒ぎ立てていた輩は騒ぐのを止め、陽気に響いていた歌声は止む。店内にいた全員がその場に唖然と立ち尽くした。
本当に僅か一瞬のことながら、瞬時に身の危険を察知して、席から立ち上がっていたアレン。見れば、先程まで座っていた席は無残にもバラバラに打ち砕かれ、ただの木片になってい。
掛けていた席を打ち砕いたのは見覚えのある通常の物よりも遥かに長く大きい鉄の槌(つち)。というか、やたらとどでかく厳ついハンマー。
異常な大きさを誇るその槌から恐る恐る振り下ろした相手に目を向ける。
視界に鮮やかな赤が映った。そこにいたのは、アレンがこの世で最も恐れる人物ベスト3に入る人物だった。
「……アレン・ヴァンドール」
静まり返った店内に憎悪に満ちた声が響く。
自身の名を呼ぶその声に思わず心臓が飛び出しそうになった。
夕暮れの空を思わせるような鮮やかな赤毛が視界の先でゆらりと揺れる。
鉄槌を振り下ろしたのは赤いワンピースを身に纏ったまだ幼さの残る少女だった。
「ア、アンティっ!!??」
引き攣った声が彼女の名前を呼ぶ。
彼女の名はアンティ・ストーンズ。
以前、壊れ掛けたクロート号を修理した修理屋一団“修理屋 ディープスタック”の長、その一人娘である。
一体何故こんな所に…っ!?
「ひ、久しぶりだなアンティ。まさかこんな所で会うとは思わなかったっ」
突然のアンティの登場に動揺を隠し切れないアレン。声も依然引き攣ったままだ。
「今日はワンピースなのか。なかなか似合ってるじゃないか」
修理屋一団の長、その一人娘であるアンティ・ストーンズはまだ若齢ながら一団の男達と共に修理をこなす程の腕を持っており、一団からも一目置かれる存在である。依頼ともなればアンティは男達に混じって仕事をこなした。その為、普段は動き易い作業着でいることがほとんどであり、以前船の修理を依頼した時もアンティはずっと作業着のままで過ごしていた。
髪の色と合わせた可愛らしくも上品さのある真紅のワンピース。普通にしていれば充分に可憐で可愛らしいと言えるその容姿。
「黙れこの滞納者が!」
意外にも似合うそのワンピース姿を素直に褒めたつもりだったのだが、アンティから発せられたその圧にアレンはびくりと押し黙る。
「いつまでもいつまでも修理代を滞納しやがって。一体いつになったらお金を払う気になるんだ?」
「そ、そのうち払おうと思ってたんだが……」
「嘘をつけ!」
アンティは即効で吐き捨てた。
父親譲りの琥珀色の瞳がギロリとアレンを睨み付ける。
修復不可能と言われた船を修理し、どうにか借金という形で渡して貰ったまでは良かった。だが、それ以来アレンは全く修理代を払う事をせずにいた。
そして修理代を長い事滞納し続けたその結果、彼女は事あるごとに借金の取り立てにやって来るようになったのだ。しかも、その当てはアレン自身による支払いではなく、首に掛かった懸賞金。
その為、彼女は毎回アレン達を本気で殺しに掛かって来る。
海軍よりもしつこく、諦める事を知らない彼女。
首を狙って一日中追い回された事もあった。今思い返しても冷や汗が出る。
「ここであったが百年……」
アンティは再び彼女の身の丈以上もある、もはやそれが本当に槌なのかすら疑いたくなるそれを構える。
「その首丸ごと置いて行けぇええっ!!!!」
アンティは槌を振り上げて、勢い良く襲い掛かって来た。
異常にリーチの長い槌を振り上げ、彼女は一直線に突っ込んで来る。
寸前の所で、アレンは自身に向かい振り下ろされた槌を交わした。
またもや凄まじい音を立てて先程まで立っていた場所が無残にも打ち砕かれる。その場所には大きなクレーターが出来ていた。
「逃げるな!借金オヤジ!」
アンティはクレーターから槌を引き抜くとすぐさま軌道を変え再び勢い良く突っ込んで来る。
「お、落ち着け、アンティ!そのうち払おうと思ってたん……っ!?」
「お前の言葉なんか信用出来るか!」
寸分の狂いなく振り下ろされ続ける鉄槌。
アレンは弁解する暇もなくひたすらにそれを避け続けた。だが。
まずい。
致命的な事に気付く。
見れば入口は前方。つまりは向かって来るアンティの後方にあり、現状はどんどん店内奥へと押し込まれている状態。
この店には出入口はその一つしかなく、このままでまはいずれ反対側の壁に行き当たり、追い詰められ逃げ場を失ってしまう。
そうなればもはや一貫の終わりだ。それだけはなんとしても回避しなければならない。
依然として繰り出され続ける鉄槌を避けながら必死にアレンは考えを巡らす。
それを回避するにはアンティの振り回す鉄槌をどうにかしてすり抜けるか、迂回して出口を目指すしかない。だが、アンティの振り回す槌はリーチが長く迂回するのはかなり危険に思われた。
「……っ!」
またもや寸前で振り下ろされた槌を交わす。
考えている間にもどんどん奥の壁際へと追い詰められ次第に逃げ場を失っていく。
こうなればもう、一か八かだ。
アレンは遂に覚悟を決めた。
タイミングを計り、勢いに任せ床をける。
すぐ目の前へと迫り来る槌。ギリギリの所まで引き寄せると、アレンは頭を低くして瞬時に小さく身を屈める。
鉄色が僅かに前髪を掠めた。アレンはアンティの足元へと飛び込む形で振り払われた鉄槌をなんとか交わした。すぐさま体制を立て直し出口へと向かって床を蹴る。
「全員逃げろ!撤収だ!」
店内にいた乗組員達に早口に号令を掛けると、アレンは一目散に酒場の外へと飛び出した。
「逃がすか!アレン・ヴァンドールーーッ!!」
その後をどでかい槌を振り上げて、文字通りの鉄槌を喰らわせようと鬼の形相をしたアンティが追い掛けて来る。
何度か本当に殺されそうになりながらも、アレンは必死に夜の町中を逃げ回った。
その後、決死の逃走の末。アレンはなんとかアンティの追撃の手を逃れ、命からがら自身の船へと辿り着いたのだった。
***
全く酷い目に遭った……
スリーの港を出てしばらく。アレン・ヴァンドールは自身の船室にいた。
ようやく念願の酒が飲めるかと思いきや、まさかのアンティの登場に、その夢は儚くも無残に砕け散った。本当についてないとしか言いようがない。
「はぁー……」
思わずため息が零れ落ちる。
実際、それ程日数は経ってはいない筈なのだか、もう随分と長いこと、酒らしい酒を口にしていないような気がする。
『お前さんは厄介な事に首を突っ込もうとしている』
そういえば確か、クラックがそんな事を言っていた気がする。
ふとクラックの言葉を思い出し、アレンは自身の懐から例の地図を取り出してみた。
そういえば、こんなふうに“ついてない事”が連続するようになったのはこの地図を手に入れてからではなかっただろうか。
約1ヶ月半程前。アレンの元にとある情報筋から“ある地図の存在”、そしてそれに関係する“ある宝石”についての情報が舞い込んだ。
にわかには信じ難い話しではあったが、一応は信頼出来る情報筋の為、アレンはその情報を信じ、かなりの手間と時間を掛け、なんとか厳重に保管されていたその地図の在り方を探し出した。
一体誰が、何の目的で。こんな物を残したのか。
この地図が一体何処を示しているのか。
詳細は全く不明。幾人もの学者達がこの地図の解明に挑んだと聞いた。
しかし、結局謎は解き明かされないまま、誰にもこの地図を解読する事は出来なかった。だが、この地図はかなり古い物であり、歴史的に貴重な価値がある物としてずっと厳重に保管されていた。そんな謎めいた貴重な古地図をこうしてなんとか探し出し、結構な苦労を掛けて手に入れた訳ではあるのだが……。
「まさかこの地図にも“呪い”の類いとやらが掛けられていたりしてな」
クラックがどんな意味を込めて忠告をくれたにせよ、連日の付いてない出来事といい、先日の占い師の言葉といい。自身に降りかかる災難が日を追うごとに増している気は確かにしている。
“自ら死に歩み寄る者”
“死に逝く運命”
“死の呪い”
それはまるで、アレンが次の標的にしているある物とよく似ていた。
とても信じられない話ではあったが、どうやらその情報はあながち間違いではなかったらしい。よりこの地図が紛い物ではない、本物であるという確信が強くなった。
だがしかし。そうは言っても何とも馬鹿馬鹿しい話である。
そこまで考えてアレンは再び地図をしまった。
アレン自身、呪いの存在を否定する訳ではなかったが、これについてはまた別だった。
確かに“あの宝石”に関係している以上、不吉な感じがするのは事実だ。
だがそれはそれとして。そもそも地図に掛けられた呪いなど今までに聞いた事がない。ましてやそれが死へと導くなどと。
しかし、そうは言ってもこのまま酒の無い生活が続けば死活問題である事は確かだ。何にしても一向に地図の謎は解けず、おまけにこんな災難続きではさすがに気も滅入ってくるというものだ。
さて、どうするか。
机上に広げられた航海用の海図に視線を落とす。現在船がいる位置を確認しその先を辿ってみる。大きな大陸が目に入った。この先、東に進めば今までで一番大きな港がある。
もはや酒どころか、食料などの航海用の物資も、念の為十二分に補充しておきたいのが今の現状。
ここでなんとしても酒及びその他の物資を調達する。
そう結論付け、アレンは自室である船室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます