第8話 不穏な気配
「楽しかったー!」
初、異世界の港に降り立った私はラックに連れられすっかり町を満喫して船へと戻って来ていた。
初っ端から心折れ掛けはしたが、ラックの優しさに励まされなんとか気を持ち直した私。そこからはしばし、本来の目的を忘れすっかり旅行者気分で異世界の港町を堪能した。充分に有意義な時間を過ごし、私とラックが再び船に戻った時にはすっかり日が落ちていた。
「今日は本当にありがとうね」
私はラックに対し改めて心からお礼を言った。
「楽しんでくれたみたいで良かったよ」
それに対しラックもまた笑顔で応えた。
しかし、その笑顔はすぐに消え、途端に辺りを見回すような仕草に変わる。
「それにしても、船長達はまだ戻って来てないみたいだね」
「そういえばそうだね」
私もまたラックに習って甲板を見回す。確かに見たところ私とラック以外には誰の姿も見当たらない。
確かアレン船長は船から降りる前、「自分は野暮用があるから」と言い残し、他の船員達には前の港で調達し損ねた酒を調達して来るようにと言っていた筈だったが……。まだ私とラック以外戻って来ていないところを見ると、船長も他の船員達も用事が長引いているという事だろうか。
ちらりとラックの表情を伺ってみる。やはり他の船員達の事が気になるのか、心配そうな表情が浮かんでいた。
まさか今回もお酒が調達出来ない、なんてないよね?
さすがにそれはないだろうと思いつつも、そんな思いとは裏腹に何故だか訳もなく嫌な予感がしていた。
その予感は見事に的中する事になる。
私とラックが船へと戻ってからしばらくしたのち、ドタバタと騒がしい足音が甲板に響き渡った。
聞こえてきた騒々しい足音。それに合わせて乗組員達が一斉に甲板へと駆け上がって来る。戻ってきた彼らを見れば、皆ハアハアと酷く息を切らしていた。どうやらよほど慌てて戻って来たようだった。
「あんなに慌てて一体どうしたんだろう?」
「なんだろうね?」
彼らの様子を前にして私とラックは共に首を傾げる。
「放せ!冗談じゃないっ!」
「いい加減諦めろっ!」
乗組員達の様子を疑問に思っていると、船の後方から誰かが言い争う声が聞こえてきた。その方向に目を向ければ何やら人だかりが出来ている。
「なんだろう?」
「行ってみよっか」
私はラックと共にその人だかりの方へと向かった。
乗組員達による人だかりは、言い争いをしている人物達を取り囲んで出来ていた。その中心ではどうやら誰かと誰かが揉めているらしい。
声から察するにあの声はアレン船長と……人垣の隙間から煌めく金色が目に入る。
(あの時の金髪の人だ!)
揉めていたのはアレン船長とラックの『俺の妹発言』に見事なツッコミを入れたあの金髪の人だった。
二人はどうやら取っ組み合いをしながら何やら言い争っている模様。
というか、今ちらりと見えたのだが、どういう訳かアレン船長が金髪の人に羽交い締めにされていた。彼らの様子から察するに、恐らくは金髪の人が暴れるアレンを締め上げて押さえ込もうとしているかのようだった。
「やれやれ……またあの二人か」
そんな二人の様子を目にしてラックは呆れたように溜め息を吐く。
すると突然、金髪の人がアレンを押さえ付けたまま乗組員達に向かい声を上げた。
「出港だ!今すぐに船を出せっ!」
「待て!勝手なことをするんじゃないっ!」
彼に反論するようにアレンもまた声を上げる。
『出港しろ』という金髪と『出港するな』と言うアレン船長。二人の正反対の指示に集まった乗組員達は戸惑い誰一人動く事が出来ない。その間にも二人の言い争いは更にヒートアップしていく。
(うわわわわ……どうしよう……)
盛り上っていく一方の二人の様子を前にして誰もが手を出せない様子で。私もまた他の乗組員達と同様にただただ見ていることしかって出来ないでいた。
そんな周りの様子に苛々がピークに達したのか。金髪は一段と声を張り上げ怒鳴った。
「聞こえねぇのかっ!!出港だっつったら出港だっ!!!!」
甲板に響き渡った怒声。
金髪のあまりの剣幕に弾かれるようして乗組員達は一斉に甲板を走り出す。
「待て待てお前ら!!勝手なことをするんじゃないっ!!」
走り行く彼らの背中に向かいアレンは喚き制止を叫ぶ。
「待て待て待て待てっ!!勝手に船を出すんじゃなぁあああぁあいっっ!!」
しかしその制止もむなしく、アレンの渾身の叫びを無視して船は帆を張り陸を離れた。
***
「お疲れ様~」
「……お疲れ様~…じゃねぇよ」
今、私の目の前にはアレン船長と揉めていた金髪の人が疲れたようにぐったりとして座っている。
慌てて陸を離れて半刻。
甲板が静けさを取り戻した頃、私はラックと共に一体何があったのか事情を聞こうと金髪の人のもとへとやってきたのだった。
手摺りに背を預け座る彼。
髪は煌めく金髪。瞳は蒼い碧眼。
黒のジャケットにパンツスタイルという軽装で腰には年代物と思しき古めかしい剣をぶら下げている。
ふいに顔を上げた彼と目が合った。
「お前は確か無人島の……」
「俺の妹のハルだよ」
私が答えるよりも先に『俺の妹』発言再び。
「似てねぇ兄妹だな」
ラックの言葉にまたしても金髪の彼は訝し気な視線を向けて来る。
それはそうですとも、だって本当は兄妹じゃないんだもの。
「そうかな?」
しかしそんな疑わしげな金髪の視線をラックはまたしてもにこやかに交わす。
「そんなことないよね?」
「う、うん」
そして前回同様、またしても私に同意を求めて来た。それに対し私はまたぎこちなくも笑顔で頷いた。
「いや似てねぇよ」
しかし、金髪の彼は即切り返す。
相変わらず鋭いツッコミだ。
***
「ハル、こっちはレイズ・ローゼル。俺と同じこの船の乗組員の一人だよ」
「春と言います。よろしくお願いします」
ラックにそう紹介され、私は金髪の彼、レイズに向かい頭を下げた。それに対しレイズも「ああ」と短く頷く。
「それにしても随分と船長はご機嫌斜めだったみたいだね。今回はまたどうしたの?」
私とレイズが簡単に自己紹介を済ませたところで、ラックは早速、先程の件についての経緯を尋ねた。
その問いに対し、レイズは心底うんざりといった感じで話始める。
「どうしたもこうしたもない。あいつのおかげでこっちはとんだ目に遭ったんだ」
「へぇ?一体何があったの?」
「ようやく酒場を見つけたと思ったらそこに海軍が張ってやがったんだよ!」
聞けばなんでもこうなのだそうだ。
下船後、レイズと他の乗組員達は『野暮用がある』と言うアレンと別れ、酒を調達すべく町で酒場を探していた。
そこまで大きな町ではなかった為、あっさりと酒場は見つかった。
しかし、量が量であるだけに『酒を用意するのに時間が掛かる』と店主に返され、とりあえず注文だけを済ませて、レイズ達乗組員は日が暮れるまで町で時間を潰していた。
そして完全に日が暮れ辺りが暗くなった頃、アレンとも無事合流し、注文した酒を受け取ろうと再び酒場の前まで来た所で、店内から銃声が轟きどっと人が飛び出して来た。
酒場でたむろする不穏な輩を取り締まろうと海軍が酒場に踏み込んだのだった。
それにより、注文していた酒を受け取る事は当然出来ず。
念願の酒を目の前に悔しさに激昂し暴れるアレンを引きずって逃げるようしてに船へと戻って来たのだという。
「「うわ~…」」
一連の話を聞いた私とラックは顔をしかめた。
なんというか、聞いただけでも大変そう。話だけでもレイズの苦労が伺えた。
「ったく、あの馬鹿は酒のことになると周りが見えやしねぇ」
「じゃあ、結局酒は買えなかったんだ?」
「買える訳ねぇだろ。あんな状況で」
「やっぱりどうにも最近“ついてない”というかなんというか……」
ラックはあからさまに溜め息を吐いて。
「一体どうしちゃったんだろうね……?」
心配そうにそう呟く。
何故こんなにも連続して“ついていない”事が続くのか。何故“酒”ばかりが一貫して手に入れる事が出来ないのか。
やはり何かがおかしい。
偶然だと笑った私もまた、かすかに不穏な気配を感じ始めていた。
徐々に暗雲が立ち込め始めた夜空の下。
時を待たずしてまたしても衝撃的な出来事が起こった。
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