第7話 異世界上陸
絵になりそうなお洒落な景観。そこに立ち並ぶ古めかしい建物。行き交う様々な人。彩る鮮やかな植物。
目の前に広がるのは、海外を思わせる美しい景観の異世界の港町。
私は遂に異世界の町に上陸を果たした。
「うわぁー!綺麗ー!」
口を付いて出た感想をそのままにきょろきょろと辺りを見回してみる。
“港町”と聞いて最初に思い浮かんだのは活気があり賑わいをみせる陽気な開けた町だったが、そんな想像に反しここ、ブルセットは思っていたよりも閑静な場所であった。けれども、静かで美しいその町並みはまるで海外の隠れたリゾート地にでも来たかよう。
ここから見た限りでは、とりわけ異世界感を感じられるような何かがある訳ではなかったが、それでもここが、自分が居た世界とは異なる世界の町なのだと思うとなんとも不思議な感じがした。
「どう?降りてみた感想は?」
「すごい、なんか不思議な感じ」
素直な感想が口をつく。
それを聞いたラックは目を細めて微笑んだ。
「それじゃあ、早速始めようか」
「うん!」
ラックに頷き、私は気合いを入れ直して前を向く。
いざ、この異世界の情報収集へ!!
***
突然飛ばされたこの異世界に関して、分からない事が無数にある。というか、分からない事が多過ぎる有り過ぎる。
ならばまず始めにやるべき事は、この世界について知る事。理解を少しでも増やす事。まずは、この異世界に関する情報収集を。
そんな意気込みのもと、同行してくれたラックと共に町中を散策してみて分かった事。
この世界の時代背景としては恐らく、ファンタジーものによく有りがちな『中世』辺りだと目算を付けた。
名前を聞いても正直分からないのだが、ラックの話によれば、ここ、ブルセット港は地図でいう東海という場所に在るらしい。
町並みや生活様式は洋風。服装も洋服。
髪の色や目の色なんかは元いた世界よりも色彩豊か。ラックの鮮やかな赤髪に続き、青い髪や橙色の髪をした人を町中で見掛けた。
この世界の言語自体はよくは分からないのだが、とりあえず言葉は通じるようで。文字は英語のそれとよく似ていた。しかし、スペルや発音が若干英語とは異なるようだ。
通貨は硬貨と紙幣。
路上の露店で見かけたのは、新鮮な魚介や瑞々しい果物。香辛料。花。アクセサリー等々実に様々。
とはいえ、取り分け変わった物はなく、言ってしまえば至って普通。
期待していたファンタジックな異世界感はそれ程までには感じなかったが、これらが現状、私が実際に町を巡り、得られた異世界に関する情報である。
それなりと言えばそれなりか。
とりあえず、それなりの情報を得るには得る事が出来た。
しかし、本当に知りたいのはそれとは全く別の事。それは勿論『元の世界への帰還方法』である。
ファンタジーな物語は好きだ。
壮大でありロマンがあり、そして何より夢がある。
広大に広がる空想の世界。
仲間との出逢い。友情。恋。そして別れ。
冒険。探索。謎解き。バトル。
最後に待ち受ける感動のエンディング――
そんな世界の真ん中に自分は奇しくも迷い込んだ。
それはなんとも心踊るもの。
当然、好奇心も冒険心も擽られている。それは間違いなく事実である。
しかし、現実問題。
例えば、至って平凡な大学生が3日やそこら消えたとしても世界はそれ程変わらない。
私は大学に進学するにあたり一人暮らしを始めていた。そして、不幸中の幸いというやつか、今は夏季休暇の真っ最中。次の授業開始までにはまだまだ時間がある。連絡が付かなければ家族や友達は心配するかもしれないが、まさか私が別の世界へ行ってしまったとは誰も夢にも思うまい。
だが、夏季休暇が終わればどうだろうか。
私が居なくなった事にきっと誰かが気付く。
そしてそれが一ヶ月とも一年ともなればどうだろうか。そうなってくれば話は違う。そして、そうなってからでは既に遅い。
“今すぐに”とはそれこそ言わない。
しかし『元の世界に帰らなければならない時』がいずれ必ず訪れる。
だが、実際に町を散策してみて。
すぐにある事実に気がついた。
現代、もとい私が元いた世界ならば、テレビやラジオ、雑誌やインターネット等の様々な手段を用いて容易に欲しい情報を集める事が出来ただろう。
しかし、この世界における時代背景から察するに、電子機器的な便利なものは恐らくは存在しないと思われる。
まあ、仮に存在していたとしても、そんな方法が検索でヒットするとも思えないのだが……。とにかく容易にはいかない事を思い知る。
次に書籍等による検索だが、果たして英語が大の苦手である私に読めるのか非常に怪しいという点と、そもそもそんな事が掲載されている可能性が低いという点。
それらを考慮して、その方法もとりあえずは選択肢からは取り除く。
残ったその他の手段として、最悪“聞き込み”という手も一応考えるには考えた。
だが、実際問題、それはとても有効な手段であるとは思えない。
私がこことは異なる世界から来た話を驚く事にラックは信じてくれたが、普通ならばそんな話は信じない。寧ろ信じる訳がない。
そもそもそんなぶっ飛んだ事を一体どうやって人に尋ねればいいというんだ。
仮に勇気を振り絞り、聞き込みを実行に移したとしても、その先には恐らく悲惨な結末しか待ってはいない。
頭のおかしい奴、キチガイ。最悪イカれた不審者として軽くあしらわれるのがせいぜいのオチだろう。
――つまり結論。
『元の世界への帰還方法を探す』とかそれ以前に。そもそも探す為の『手段』自体が分からないのである。
「ハル?どうかした?」
ぐるぐると思考を巡らせているとラックに声を掛けられた。
どうやら必死になって考えているうちに眉間に相当のシワが寄っていたようだ。
「あ、いや、大丈夫だよ」
私は何でもないとラックに返し、なんとかその場を取り繕う。
「もしかして、元の世界の事を考えてる?」
しかし、当のラックは私の考えなどお見通しのようで。見事にそれを言い当てた。私は観念し正直にラックに頷く。
「なんていうか、元の世界に帰る方法……というかそれ以前に、そもそもそれを探す為の“手段”自体が、正直全然分からなくて……」
最初の威勢はどこへやら。力なく答えた私。もはや致命的としか言いようがない。
「何かもっと他の方法がある筈だ」と必死に考える自分が居る一方で、言いようのない焦りと不安が膨大に膨れ上がっていく。
「うーん……確かに俺も降りてみればとは言ったものの、そこから先、具体的にどうしたらいいのかまでは正直よく分かってなかったんだよね。
さすがに“別の世界から来た”なんて人に会ったのは初めてだし」
「ははは……だよね……」
笑いはしたが、恐らく全く笑えていない。沈んでいるのが自分でも分かる。
「そんなに落ち込まないで、ハル」
スタート早々、早くも壁にぶち当たった私。そんな私に対しラックが優しく声を掛けてくれた。
「確かに、口でいう程簡単にはいかないかもしれないけれど、元の世界に帰る為の方法探しはまだ始めたばかりじゃない」
すっと目の前に何かが差し出された。地に落ちていた視線を上げれば、そこにはラックの手があった。
「だからさ、今日はまだ初日って事で。情報収集を兼ねた“異世界探索”って感じでも、まずはいいんじゃないのかな?」
「ラック……」
『ね?』と無邪気に促され、その笑顔に不思議と不安が消えていく。
ラックの言う通りなのかもしれない。
『元の世界への帰還方法』探しは今日が初日。まだまだ始めたばかり。
難題である事を思い知ったが、凹んでいたって仕方がない。まだまだこれからなのだ。
ファンタジーな物語は好きだ。
膨れる不安のその陰には確かに“異世界に心惹かる自分”が居る。
不安は勿論あるけれども。そんな自分の気持ちに対して、もう少しだけ素直になってもいいんじゃないか。
「方法はどうあれ、来れたんだもの。きっと帰れるよ」
「うん」
励ましの込もったラックの言葉に頷いて。私は出逢った時のように再びラックの手を取り立ち上がる。
「それじゃあ気を取り直して。行こうか」
広がる空は今日も快晴。
日差しは眩しく、爽やかな風が吹き抜けていく。
心と足取りを軽くして。
私はラックに連れられ再び前を向いて歩き出した。
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