第3話 月光

「もう動く様になったね。一応手を挙げてくれるかな」

「はーい。すごーい、もう普通に動く。それにもう痛くないです」

 良かった。

 患部に湿布を貼り、包帯を巻く私。

「じゃあお母さんに電話するから迎えに来てもらおうね」

「はーい」

「電話番号は変わっていないかな?」

「うん、変わんなーい」

 やれやれ。

 中町さんの自宅に電話をする私。

「あ、もしもしお久しぶりです。私以前大杉道場で……」

 そこまで私が言うと、

「まぁーどうもすみません先生ー。もうどうしても先生にやってもらうんだって聞かなくてー。ご迷惑じゃなかったですかー?」

 恐縮しながら言う中町さんのお母さん。

「いいえ別に。今終わりましたから。ちょっと歩くのしんどいかもしれないので車で迎えに来て頂いた方が良いと思いますのでお電話したのですが」

「そうですか。じゃあすぐに伺いますー。本当にもうご迷惑をおかけしましたー」

 電話を切る。

 ふぅ。

 煙草に火を点けようと思ったのだが、女子高生が部屋の中にいるのと、これから中町さんのお母さんがいらっしゃる、という事がその手を止めさせた。

「因みにお母さんはまだ独身なの?」

 何気なく聞いてみる。

「独身だけど何か彼氏いるみたいだよ」

 未だにもてるんだなぁ。

 中町さんの返答にやっぱり火を点けようかと思ったが、結局煙草は鏡台の前に放り投げた。

「もう痛くない?」

 一応確認する私。

「うん、全然痛くないよ。やっぱり先生は上手いんだね」

 ベッド上で仰向けで寝ながら言う中町さん。

 そして、

「やっぱり肩関節脱臼は慣れている人に入れてもらわなきゃだね」

 そう言って笑う。

「まぁ夜病院に行っても救急外来の当直が泌尿器科や内科だと入れられないお医者さんもいるみたいだからね。あっ、ココアでも飲む?」

「頂きまーす」

「じゃあ包帯と湿布で肩動かしにくいとは思うけど、ゆっくりと服を着て待っていてね」

「はーい」

 好きな物は変わっていなかったか。

 やれやれ。

 ため息1つ。

 そして寝室を出た。


 

 2人でココアを飲んでいると中町さんのお母さんが迎えに来た。

「先生本当にすみませんでしたぁー。柔道場から連絡来た時は私ももうビックリしてー、この子病院は嫌だって言うしぃー、そのまま先生のお家に行くから良いって言うしぃー。突然行ってご迷惑をおかけしましたぁ~」

 相変わらず派手な中町さんのお母さん。

 高い香水の香りと共に雨脚が弱まっていくのを感じる。

「はぁ、まぁ別に良いですけど。一応念の為明日はレントゲンでも撮りに行って下さい。後の処置は病院でなくても接骨院で大丈夫だと思います。一応お家の近くの病院と接骨院あてに紹介状を書いておきましたので」

 ちょうど知り合いだった病院と接骨院宛に書いた書面を渡す。

「まぁー、何から何まですみませんー。ここでしたら家から近いから助かりますぅー。亜里沙ーそろそろ先生にお礼言って帰るわよー」

「まだいるー。ママも先生にココア淹れてもらったらー。美味しいよー」

 元気そうな中町さんの声が奥から届く。

「もうー、そんなご迷惑かけられないでしょー!」

 大きな声で

「まぁ脱臼入れた直後は疲れますから。良かったらお母さまも少しゆっくりしていかれませんか?」

「そうですかぁー。じゃあ少しだけー。もう亜里沙ー、貴方先生に甘えすぎよー」

 頭を下げて、中に入ってくる中町さんのお母さん。

 玄関を閉める前ふと外を見たら、もう雨は止み切っていて優し気な光の月が顔を出し始めていた。

 



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