第82話 アーティナの後継者(2)
アーティナ都市部の大講堂。
大樹の根差す大広間。
宙に浮かぶ大きなスクリーン、そこに表示され、拡大された序列と名前は……、
第十位、アーティナ。
キリリとしたお姉さまは樹の根元に設えられた石壇に上がり、そのお顔を更にキリリとさせ、
「地面かと思ったら男だった。自然と見たら見境なく育てにかかる無計画無神経な泥の塊。話が通じない。舌がおかしい。家に土を持ち込む。関わるとイライラしか感じない世界最低の男達。それがアーティナの男性です」
「う、ううーん?」
そのあんまりな評価にわたしは口元をむにゃむにゃさせました。アーティナの男性はフハハさん同様ありがたいとは思うものの、あまり関わり合いになりたくないのは確かなのです。なのですが……。
この世界の島々の男性の序列とは、流石に本音が過ぎると言いますか、リルウーダさまが外に音を漏らさぬようわたしに指示するわけです。わたしたちがこんな話をしているなんて、絶対知られてはいけません。
発言を終えたキリリなお姉さまは腰に手を当て、
「ですが、ここ一年でアーティナは大きく変わりました。そうですね?」
広間に座る一人の女性をキッと睨みました。その人は先日ときめきを報告してもらった新婚ホヤホヤのお姉さま。
みなの注目が新婚さんに集まった直後、
「これは失礼。会議中でしたか」
いつの間にそこにいたのか、大広間の入り口に一人の男性の姿が。わたしが慌ててスクリーンに目を戻すと、表示されている文字がいつの間にか資源数字表に。ハヤワザ!
その男性はキラキラ笑顔で超巨大な食机を運びながら、
「そろそろ妻のお腹が減る頃だと思いまして」
あらイケメン。こちらの都合を考えない、アーティナの男性らしい気遣い溢れる行動です。その男性は新婚さんの前にどしんと食事を置いて、
「みなさんもいかがですか?」
「いえ、私共は結構」
「はい、それでは失礼いたしました」
旦那さんは礼儀正しくお辞儀をし、一瞬で退室。筋肉。用意された食事はアーティナ定番のムニエルやクラムチャウダーなど、男性用に甘くしていない普通の食事のようです。激盛りですが。
キリリなお姉さまは石壇の上から冷ややかな目付きで新婚さんを見下ろし、
「食べれば……?」
「すみません、いただきます……」
と断ってから、もんの凄い嬉しそうに食事を始める新婚さん。その笑顔に広間の数人が、「チッ」と舌打ち。キリリとしたお姉さまが、ケッ、といった感じで、「次です」と続けます。
何か色々、色々あるんでしょうか。溜め込んでるものとか……。
わたしが口元を更にむにゃむにゃさせていると、スクリーンに次の序列が。表示された名前に、わたしはアカンと頭を抱えました。
第九位、ディーヴァラーナ。
「ディーヴァラーナはちょっと、事情が重過ぎませんか……!」
「理由は、最近見たことが無いので何も言えない。以上、次です」
そう言って、キリリとしたお姉さまはサッと表示を更新。
第八位、ホロデンシュタック。
「鹿や兎の尻に敷かれるのは当たり前、お風呂に入るときも獣と一緒。毛玉かと思ったら男だった。その扱いは最早家具以下。第八位はホロデンシュタックです。意思疎通不可能なもの作り集団の割に、家の仕事はきちんとする所が逆にイラッとします」
「それはイラッとしないでいいんじゃないでしょうか……」
わたしの感想に、「するものはするのです」と返し、キリリなお姉さまは次を表示。
第七位、ガナビア。
「木を揺すれば男が落ちてくる、というのは“当然”の意味を表すガナビアの慣用句。ですがそれはあくまで慣用句。ガナビアの広大な森林地帯の中から人ひとりを見付けるのがどれだけ大変か。漁にも行くし果物も届けてくれる。しかし、何処にいるのか分からない木の上の生き物、それがガナビアの男衆。話はちょっと通じないけど筋肉は見事」
ひと息で言い切ったキリリなお姉さまは、「巻いていきます」と指をくるくるさせ、
第六位、クルキナファソ。
「毎日毎日飽きもせず粘土のように家の形を変えまくる建築道楽者。帰宅したら家の形が変わってたならまだしも家が無かったなんて話も。ちょっとはアーティナの都市計画を見習ってください。第六位はクルキナファソ。家のことさえ気にしなければ、見た目も性格も筋肉もいい感じ」
キリリなお姉さまがクルキナファソの説明を終えた辺りで、広間のテンションが変わってきました。気付けば新婚さんが食事を終え、食器や机を消去させています。ハヤグイ!
キリリとしたお姉さまは、「折り返しです」と一言添えて、
第五位、リフィーチ。
「母に姉に妹に、娘のためなら何処へでも。女性が望んだものは全て用意し与えまくる。過保護の塊、ダメ女量産集団。第五位はリフィーチです。リフィーチの男はリフィーチの女性、家族を第一に考えるため基本他の島の女性には無関心。性格も筋肉もいい感じなのに、なんて勿体ない」
「勿体ない」と激しく同意な広間のお姉さまたちに、キリリなお姉さまは目を閉じて頷き、次を表示。
第四位、タイロン。
「子供の姿で成長が止まるため、その手の女性に大人気。会話による意思疎通が可能で非常に勤勉。まともな性格の男と言えばダントツでここ。かわゆさ爆発、第四位はタイロンです。しかし、タイロン女性の防御が堅く、他の島の女性が殆ど近付けないためこの順位」
序列が上がるたびに明らかな熱気を放ち始めたお姉さま方を前に、キリリとしたお姉さまはサッと次を表示。
第三位、トーシン。
「子供の姿で成長が止まるため、その手の女性に大人気。意思疎通は勿論可能。男って齢とらない方がいいんじゃないの? 第三位はトーシンです。自然管理能力がとても常識的で、アーティナのような後先考えない生産は絶対しない。何事も程々が重要です」
その評価にリルウーダさまは腕を組んで深く頷き、
「トーシンはええ男揃いじゃ。ヤ・カ殿のような気遣いの出来る男がアーティナにもおればのう」
「全く以ってその通りです」
リルウーダさまに相槌を打って、キリリなお姉さまは次を表示。
第二位、ヴァヌーツ。
「子守りや水作りはやって当然。話も通じて礼儀正しい。そして辛抱たまらないのが露出の多いあの服装。更に滅多にいませんが、成体になった男性は筋肉がモリッとしてその量感がたまりません。ローゼンロール様もここ出身。頼り甲斐のある男はやはり素晴らしい。露出が多いのはいいことです。第二位、ヴァヌーツ」
露出、という言葉が出るたび力強く頷く大広間のお姉さまたち。そしていい感じにあったまってきた空気の中、キリリなお姉さまは超キリリとした目付きでスクリーンに手をかざし、
「そして不動の第一位は……」
第一位、ゼフィリア。
「説明不要! 以上です!」
ひと際大きく表示されるゼフィリアの名前。熱を保ったまま静まり返る大広間。大きな布を消去し、キリリなお姉さまが車座に戻ると、リルウーダさまはわたしそっくりのお顔で首を傾げました。
「……な?」
そして、かちんこちんに固まった空気の中、リルウーダさまは左手で右手をつんつん。
わたしは指示通り防音壁を解除し、その空気にたまりかねて、
「え、あー。みなさんそんなにゼフィリアのお兄さんたちが、その、好みなのですか……?」
と、質問したわたしに、リルウーダさまは呆れたようなお顔で、
「そりゃそうじゃろう。ゼフィリアの男衆の服装は、言い難いんじゃがその、性的過ぎる。初めて千年公に会った時、儂は顔もまともに見れんかった。何じゃあの胸は、バインバインじゃったぞ。しかも剥き出しじゃぞ? 全開じゃぞ? 姉の目はもうアレに釘付けじゃったぞ?」
「それは、熱いからかと……」
胸の前でろくろを回すようなリルウーダさまの手つきに、わたしは真っ赤になって俯いてしまいました。ていうかガッカリな事実判明! ひいお婆さま、やっぱり筋肉だったんですか!
わたしの近くに座るお姉さまが食い気味にそのお顔を紅潮させ、
「アルカディメイアでノイソーナ殿とお会いしたのですが、髪の艶も肌の照りも最高に眩しく、何より筋肉がモリモリでした。それに、きちんと話が通じるどころか、学問にも筋肉ムキムキで精通していらっしゃる。アルカディメイアでバリモリ筋肉な助言をいただいたという学生は沢山おります」
「ああー、ソーナお兄さんは頭いいですからね」
一部発言がショートしているお姉さまに、わたしはモリッと納得。リルウーダさまは何を今更と半眼になって、
「ノイソーナと言えば、あれが食事を振るまった学生から、ゼフィリアに嫁に行かねばならない、という連絡が三十以上入ったのじゃ」
「え、それは是非とも! いえでもちょっと多過ぎる気も!」
「ガナビアの比ではないぞ? ノイソーナの見た目はガナビア娘の趣味ド直撃じゃからの?」
「そうだったのですか……!」
驚くわたしに、広間のお姉さま方が包囲するような形でじりじり近付いてきて、
「ゼフィリアの男性の肌は、何故あんなにテラッテラなのですか?」
「ええと、熱いからかと……」
「ゼフィリアの細袴、何故あんな横尻が覗く構造をしているので?」
「やはり、熱いからかと……」
ごめんなさいです! 完全にアウェイ! アルカディメイアの講義棟前広場でうっすら察してはいたのですか、この世界の女性がそこまで筋肉しゅきしゅきだとは思わなかったのです!
リルウーダさまは腕を組み、苦渋ッ!!といった表情で、
「あの時、ゼフィリアから帰ってきたのは儂一人じゃった。ゼフィリアそのものに人気が無い訳ではない、警戒されとるんじゃ。ゼフィリアに行った女は帰ってこなくなる、とな」
「ほわっちゃー……」
今日一番特大の衝撃に、わたしは石畳にがくっと手を突きました。そんなわたしを横目に、リルウーダさまは腕を組んだまま、はあ、とため息を吐いて、
「しかし、パリスナには気の毒なことをしたのう。そんなに思い悩んでおったとは、全く気付かなんだ……」
「ええ、パリスナ様のためとあらば、私達アーティナ管理衆が喜んでゼフィリア入りしたものを……」
「え、スナおじさまがまさかの大人気案件なのです?!」
がばっと体を起こしたわたしに、リルウーダさまとキリリなお姉さまはさも当然といったお顔で、
「そうじゃぞ? パリスナと言えば、のう?」
「ええ、アーティ女性の憧れそのものでした」
それはスナおじさまが十代の頃、初めてアーティナを訪れた時のお話。
ゼフィリアからの使者が下り立ったアーティナの浜辺。そこにはアーティナの女性が夢見た理想の男性が立っていたのです。
清潔で話が通じ、島主候補として育てられたため女性の社会に理解が深い、完璧な青年。ゼフィリアの血が混ざっただけで、こうまで違うものになるのか、とスナおじさまを迎えた方は驚きまくったそうで。
千年公の血を継ぐゼフィリアの好青年。その噂はあっという間に広がり、スナおじさまはこの世界での超人気アイドルになったのだそうです。そんな訳で、憧れはみんなのものにしましょうと、世界の女性たちは不可侵秘密協定を結び、遠くから眺めるに留まったのだとか。
でなければ世界中の女性が殺到し、ゼフィリアがパンクしてしまう。スナおじさまはその存在自体が完全にウラメっていたのです。
「う、おおおーう……」
わたしは再び石畳に突っ伏し、頭を抱えてぷるぷる状態。リルウーダさまはそんなわたしの背に手を添え、
「あー、メイの案は確かに妥当なもんじゃ。まずはジン・ヌイのようにゼフィリアで学びたいという娘を募り、そっから先は当人達の気持ち次第かの。本気で惚れた男が出来たんなら、まー、そのままゼフィリア入りでいーんじゃないかの?」
わたしはその解決策にほんの少し顔を上げて、
「そ、そうしていただけると助かりましゅう……」
「うむ、メイにはゼフィリアの島主という立場で、セレナを支えてやって欲しい」
「ひゃい、これからもよろしくお願いしましゅう……」
わたしは顔を上げて姿勢を正し、島主候補らしくぴしりと正座。これで一先ず会議は終了。現状維持、ということで落ち着きましたが、大広間がいたたまれない空気になってしまいました。
わたしが微妙な雰囲気にちょっと困っていたその時。
「そうは参りません!」
「何奴!?」
空から降ってきたちょっと待ったな大声に膝立ちになるリルウーダさま。大樹を見上げるわたしたち。
「と、見せかけてこちらです」
「レイルーデさん!?」
空から来ると見せかけた声に振り向けば、広間の入り口からレイルーデさんがフツーにエントリーしてきました。その背後にはタルタルソースな揚げ魚をたっぷり抱えたイーリアレが。厨房から一緒に連れ立って来たのでしょう。
レイルーデさんはわたしたちに向かってすたすた歩きながら、
「アーティナとゼフィリアの件はどうでもよいのですが、アンデュロメイア様にはアーティナの人間になっていただきます」
「どうでもいいとは、お前……」
レイルーデさんは微妙なお顔で突っ込むリルウーダさまを華麗に無視し、ズザッと足を開いてその場で止まり、
「あなたの未来を賭けて、ゼフィリアには私と勝負していただきます!」
喧嘩ではなく、勝負。いきなりなその申し出に、流石にわたしは立ち上がって、
「か、勝ち負けで人の将来を決めるのですか?!」
「あなたはアーティナの人間になるべきお方、そのことに納得していただくための勝負です」
「わたしはそのような勝負は絶対受けませんです!」
「この勝負を断れば、わたしはアンデュロメイアさまの獄い名声と評判を、喜びをもって超広げさせていただきます!」
「やややめてください! 酷いですあんまりです! ていうかそんなことしても誰も喜ばないじゃないですか!」
「そんなことはございません! ゼフィリアの海守たちにも実に獄いと大変好評でした!」
「いいいつの間にしょんなことを!?」
「一昨日前に」
言いながら、レイルーデさんは何処からか魚肉の塊と風込め石を取り出し、ふんわり魚肉蒸しハンバーグを作成。そしてうっとりしたようなお顔でぱくり。
あれは確かにお母さまの風込め石! お母さま! 常備肉は恥ずかしいのでやめた方がいいと思います! ていうか海守さん同士でそんな交流があったなんて! 侮りがたしこの世界のネットワーク!
リルウーダさまはぐんにゃり呆れたお顔でレイルーデさんを見上げ、
「ルーデ、お前はこんな弱い娘を脅して恥ずかしくないんかの?」
「いいえ、全く! 世界最強の座に胡坐をかき、弱き者に刺し身のひと皿も与えられないような怠慢ババアの方がよほど恥ずかしいと思います!」
「おぐうッ!!」
レイルーデさんの微塵も容赦の無い言葉にフェイタルなダメージを受け、リルウーダさまは胸を押さえて石畳に倒れ込みました。
「聞けば、トーシンのシン・ウイ様は宵闇のように麗しい黒髪の持ち主だとか! 自分の髪も満足に手入れ出来ないどっかの不器用ババアとは大違いでございますね!」
「おううッ!!」
トドメと言わんばかりの追撃にビクビク痙攣する、リルウーダさまの小さな体。レイルーデさんはそんなリルウーダさまをまたもや無視し、両手を広げ空を仰ぎ、
「アーティナは、世界は変わりました! それ即ち世界の評価基準、その意識に変革が訪れたということ! 我々が世界最高のアーティナであるために! アンデュロメイア様のようなド腐れ快楽嗜虐趣味の最低幼女を頂く必要があるのです!」
とりあえず説得力がありそうなレイルーデさんのスピーチに、わたしは小さな両拳をぶんぶん上下に振りながら、
「イヤでしゅ! そんな勝負は絶対に受けましぇん! 却下でしゅ却下させていただきましゅ!」
「ふふっ、なんてかわいらしい嫌がりっぷり。このレイルーデの五感をこうも刺激し堕落させようとは、やはりあなたは恐ろしいお方です……」
スレンダーな肢体をその腕で抱きしめ、ぶるりと震えるレイルーデさん。それから、恍惚とした表情でわたしを見つめ、
「それに、勘違いしておいでですね、アンデュロメイア様。私の相手は……、イーリアレです!!」
「イーリ、アレ?!」
その声で、大広間の入り口に集中するわたしたちの視線。そこには揚げ魚を口に運び、もぐもぐしているイーリアレ。レイルーデさんは両腕を広げ、くるりと優雅に一回転して、
「ええ、彼女です! 喧嘩に料理に音楽に、アルカディメイアで超優秀な成績を修めた超健康優良娘! 相手にとって不足無し! そしてイーリアレはゼフィリアの女! 来るもの拒まず、私との勝負を拒否る筈がございません! 私はイーリアレとの勝負を通し、あなたを納得させてご覧に入れます!」
「ひ、卑怯ですう……!」
何だかよく分かりませんが、このままではわたしはアーティナの人間になってしまいます! ていうか、イーリアレの評価ってそんなに高かったのですか!? わたし初耳です!!
「勝負の方法は……、そう!!」
レイルーデさんはほっそりとした形のいい指をビシリとイーリアレに突きつけ、
「味勝負、ですッ!!」
アーティナ都市部の大講堂。
爽やかな木漏れ日の差す石の空間。
全てを置いてきぼりにした空気の中、イーリアレはいつも通りの無表情で、
「なんだかたくさんほめられました……」
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