第81話 アーティナの後継者(1)

 空高く輝く午後の太陽。

 見渡すばかりの花畑。

 乾いた風が吹くアーティナの平原地帯。


 遠くに見えるなだらかな丘陵。ぽつんぽつんと背の高い木が立つ、のどかな風景。人のいないところは容赦なく自然だけが広がっている、この世界を象徴するような景色。


「この辺りにはびこっている筈なのですが……」

「そんな、雑草みたいな……」


 ショートボブな金髪に青い瞳。

 白い肌と水着のような胸巻と腰巻。


 ナーダさんのお側付き、アーティナのレイルーデさん。


 わたしはレイルーデさんの小脇に抱えられたお荷物状態でレイルーデさんのお顔を見上げ、


「レイルーデさんだってヘイムウッドさんと幼馴染なのですし、そこまで嫌がらなくとも」

「は?」


 レイルーデさんは底冷えするような目でわたしを睨み、


「私には殿下がおります。誰が好き好んであんな泥肉と……」

「す、すみません。あと、お腹をふにふにするのを止めていただけませんか」

「ええ、最高にか弱く触り心地のよいへにゃへにゃ具合です。肉にまでこんな蠱惑的な快感を仕込んでいようとは、やはりアンデュロメイアさまは恐ろしい」

「ううっ……」


 レイルーデさんはわたしのお腹をふにふに触り続け、色とりどりのお花をざくざくと踏み分けながら、


「さて、確かこの辺りに……。いました」


 レイルーデさんの足元、花畑に埋もれるようにして寝息を立てているその生物。レイルーデさんはその生物の傍らに立ち、


「起きなさい」


 その無感情なお声に、むくりと起き上がるその生き物。


 キラキラの金髪に白い肌。白い着物を着たアーティナの幼い男の子。男の子は眠そうに目をこすりながら、


「おはようございます、ルーデお姉さん……」

「おはようございますではありません。寝る時は敷物の上でと言い付けた筈です」

「申し訳ありません。いい香りの花だったもので、つい……」


 その男の子はしゅんとしながら、レイルーデさんに抱えられているわたしに目を留め、


「もし、あなたはゼフィリアの姫君ではないですか?」

「は、はい、初めまして。ゼフィリアのアンデュロメイアと申します」

「おおーい、みんな。ゼフィリアの姫君がいらっしゃったよ」

「ちょ待っ!!」


 うっかり答えてしまったわたしが止める間もなく一瞬で集まるアーティナの少年たち。筋肉。立ち上がった少年を囲み、男の子たちはニコニコ笑顔で、


「姫君? ゼフィリアの?」

「ウッドさんが言ってた。ゼフィリアの姫君は甘いものの専門家だって」

「おおー!」

「う、うーん……?」


 アーティナの男性らしいアレな思考の話題に、わたしは一抹の不安を感じました。わたしが口元をむにゃむにゃさせていると、ひとりの男の子がわたしに向かい眩しい笑顔で、


「姫君は果物がお好きですか?」

「え? あ、はい」

「ご用意。すぐにご用意」

「ちょ待っ!!」


 うっかり答えてしまったわたしが止める間もなく一瞬で展開される男のお茶会。筋肉。石で作られた椅子に座り、石で作られた机の上にティーポットとお茶碗を用意し、男の子たちは果物とクリームの山を嬉しそうに食べ始めました。


 レイルーデさんはそんな男の子たちを呆れた様子で眺めながら、


「甘いもの好きは最早先天的なものとして諦めますが、清潔な身だしなみだけはきちんと身に着けてもらいます」


 レイルーデさんの注意に、男の子たちは口の端にクリームをたっぷり付けながら、


「難しい」

「難しすぎる」

「ルーデお姉さんの言うことはいつも難しいね」


 ふにゃっとした笑顔で頷き合い、甘味を再開。何も難しいことはないように思えますが、やはりこの子たちもアーティナの男性、お脳の中は既にダメなんだと思います。


 いえ、素材はいいと思うのです。この年齢だとタイロンの男性と同じくらいかわいいのです。というか頭の中の記憶で言いますとめっちゃ白人男性なので。しかし何というか、凄く、勿体ないです……。


 それはともかく、とわたしは気を引き締めキラキラ予備軍に目を向けました。


「改めまして、ゼフィリアのアンデュロメイアと申します」


 今日は甘味は後回しなのです。わたしはあることを調べるために、こうしてレイルーデさんに案内をお願いしたのです。


 昨晩リルウーダさまに持ち掛けられたお話。それはわたしをアーティナの人間として迎えることで成る、アーティナとゼフィリアの統合化。リルウーダさまは変わりゆくアーティナの文化の指針として、ゼフィリアの情報を欲しているのです。


 わたしはレイルーデさんに抱えられ、両手両足をぶらーんとさせながら、


「アーティナの男性であるあなたたちに、お聞きしたいことがあるのです」







 翌日。アーティナ都市部の大講堂。

 大樹の根差す大広間。


 爽やかな木漏れ日の差す朝の時間。


 広間の中心、大きな樹を囲むように座る沢山の人。アーティナの広間に務める人たちとリルウーダさま、それにわたし。


 リルウーダさまから、始めよ、と目で指示されたわたしは右手に風込め石を作成。放つ声が少し大きくなるよう調整して、


「それでは、アーティナとゼフィリアの統合化について。ゼフィリア、そしてわたし個人の見解をお話したいと思います」


 先を促すようなリルウーダさまの視線に、わたしは一度頷き、


「まず、賛成意見です。ゼフィリアは人を増やしたい。正確には石の作り手の幅を広げたい。ゼフィリアにアーティナの人たちが来てくれれば、ひいお婆さまの時のように資源的、文化的発展に繋がります。これはスナおじさまの願いでもありました。ゼフィリアに注目を集め、人を集めるために、スナおじさまはわたしにアルカディメイアで序列を上げるよう言ったのです」

「序列を……?」


 リルウーダさまは何をアホな、というお顔をされ、ため息を吐いて、


「あやつもやはり男じゃのう。小娘一人アルカディメイアに送り込んで評価の足しになる訳がなかろうて……」

「いいえ、リルウーダさま。わたしにとっては必要なことであったと思います」


 スナおじさまがああ言ってくれたから、わたしはあがけたのです。あの言葉がなかったら、きっとわたしは頑張れなかったと思うのです。


 わたしはそのことに心の中で頷きながら、


「アーティナとゼフィリアが統合化されれば資源的な問題の緩和が見込める、それが賛成の理由となります」

「ふむ。反対の理由は?」

「はい、それは生活習慣、各々の島の伝統の違いです」


 この件に関し、本島のお母さまに連絡を取ってみたのですが、


『それが必要なことであれば、プロメナお爺様の代で既にされていた筈です。そうなっていないということは、何か理由があるのだと思います。よく分かりませんが』


 という、わりと鋭いご指摘。ぶっちゃけ勘でしかありませんが、この世界の人間の勘は非常に信頼のおけるソースになる場合が多いのです。アニマル的に。


「逆に考えてみて下さい。これだけ近くあったアーティナとゼフィリアが何故統合化されていないのか。歴史を遡れば起点に成りえた時がいくつもあったはず。そして、わたしたちの先達も同じ人であることに変わりはありません。現在アーティナとゼフィリアはそれぞれ独立しています。ということは、二つの共同体が別である理由が存在するのではないか、と」


 わたしの意見にふむりと頷く広間のお姉さまたち。


「一番大きな理由は男性です」

「男とな?」

「ゼフィリアの建築様式、あれは既に形として仕上がっています」

「ありゃ確かにそうじゃ。男毎に引き継ぐ形が決まっとる」

「ええ、現在ゼフィリアの民家はアーティナと同じ様式で建てられていますが、それが定着し、男性の数が変動してしまうと、海屋敷などの木造建築の製法が消失してしまう恐れがあります」

「ふむう……」


 頭の中の記憶にも近代化の弊害として伝統的な技術が喪失してしまうケースがあったように思います。人がいなくなれば技術は廃れる、それはどこの世界も同じなのです。


「そしてわたしの懸念はそれよりも大きな問題に関わること。生物としての人間への影響です」


 わたしは用意していた気込め石で白地の大きな布を作り出し、大広間に浮かべました。そして海図を投影。更に、その図が十一分割されるように色分けします。


「これは昨日アーティナの男の子から聞いた、各島の男性の海上行動範囲です。ご覧の通り、この範囲は等距離等分割ではなく、また各島の面積や男性の人口に比例しません」


 わたしが表示した図形、どの島もその範囲が東寄りに伸びています。この星でも太陽は東から昇る、つまり自転と関係があるのかもしれません。ゼフィリアの範囲も東に伸びていて、ゼフィリアの男性の交流がトーシン、ヴァヌーツと密なのも頷けるデータです。


「アーティナの男性の移動範囲はこの星の南極圏にまで到達しています。思い当たることは?」

「頭の上に雪、というか氷塊を乗っけたまま歩いとる男をよく見かけていたのじゃが、そういうことか……」


 口に手を当て、リルウーダさまは思い出すように納得しました。わたしはそんなリルウーダさまに顔を向けて、


「夜の海で男性が沖に出る理由はシグドゥを見張るためだけではありません。シグドゥとの戦いを生き延びた仲間がいないか、捜索しているのです」

「なんじゃと……!?」


 その事実に驚く大広間。


 この世界の男性が女性側の社会に興味が無いように、わたしたち女性も男性の生態に関して無頓着過ぎるのです。ガバい認識だとわたしも思いますが、男のすることだから、と大抵の女性は諦めてしまう。そう思ってしまう要因がこの世界の男性にはありますし、事実そういう人たちなのです。


「アーティナとゼフィリアの人口比は明白。統合化すれば、ゼフィリアの血は間違いなく薄まってしまうでしょう。その結果生まれてくる男性の本能に歪みが生じないか、それが心配なのです。年代を重ね最適化していくことを願いますが、ものごとはそう円滑に進むものではありません。なにより、わたしたちは生物です。男性が地磁気などを受信して海上での方角を図っていた場合、この行動に影響が出てしまう恐れがあります」


 わたしの説明に、リルウーダさまを胡坐をかいた膝をぽんと叩き、


「決まりじゃな、この話はナシじゃ。今のゼフィリアが無くなってしまうのは絶対に避けねばならん」


 その結論に、わたしはほんの少しだけほっとしました。確かにわたしにはアーティナのひいお婆さまの血が流れていますが、心の拠り所はやはりゼフィリアにあるのです。


 これでわたしがアーティナ入りする必要は無くなったわけですが、ここで話し合いを終わらせる訳にはまいりません。序列を上げることは叶いませんでしたが、今ここにおいてのわたしには島主候補としての発言力があるのです。


 わたしは気込め石で海図を消去し、大広間に座るアーティナ陣に改めて向き合い、


「そこで妥協案ですが、改めてゼフィリアに移住を希望する女性を募りたいと思います。ゼフィリアの面積を考え、迎え入れる女性は少数で。そして、アーティナが必要とする文化はその人たちに伝えてもらいます。アーティナとゼフィリアの繋がりの強みは、まずその距離が近いこと。里帰りなどの機会を考えれば、難しいことではないはずです」


 わたしがダイレクトな交渉に乗り出すと、大広間が難しい雰囲気に包まれてしまいました。リルウーダさまは腕を組み、そのお顔をしかめながら、


「メイよ、そなたの言い分も分かるんじゃが。しかし、ゼフィリアは危険じゃからのう……」

「危険? 何故でしょう?」

「そりゃお主、ゼフィリアの男衆が世界でどう呼ばれとるか知っとるじゃろう?」

「それはゼフィリアの男性の評判、ということですか? どのようなものなのでしょう?」


 聞き返すわたしに、リルウーダさまは腕を解いて左手で右手をつんつん。わたしはリルウーダさまの指示通り、風込め石で大広間に防音壁を展開。わたしが頷くと、ひとりのお姉さまがシュタッと立ち上がりました。


 ハニーブロンドな前髪をかきあげ、ハーフアップにした髪型。肌を覆う面積を最小限に抑えた胸巻と腰巻に、長く白い布を引っ掛けたアーティナの服装。キリリとした面立ちの、とても凛々しいお姉さま。


 そのお姉さまはわたしが初めてアーティナを訪れた時に案内してくれた方で、アーティナをまとめあげている責任者の一人。お姉さまと言っても若い頃老いを止めた人だそうで、お歳は四十過ぎだとか。


 お姉さまはわたしが作り出した海図と同じような大きさの布を作り、宙に浮かべて手をかざしました。すると、プロジェクタのように文字が出現。表示されているのはこの世界の島々の名前。


 わたしはその名前の順番を見て首を傾げました。はて、アルカディメイアでの序列とは順番が違うようですが、面積とも違いますし、なんでしょう?


 アーティナの大講堂、その大広間。

 大樹の根差す厳かな空間。


 そのお姉さまは落ち着いた様子で石畳に正座するわたしたちを見渡し、


「ここに並んでいるのは各島の女性から集めた、極めて精度の高い情報です」


 それから、めっちゃめちゃキリッとしたお顔で、


「これは、男の序列です!」

「男性の、序列?!」


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