第16話 揚げ魚と岬のおじいさん(1)

「はっはっは」


 蔵屋敷の蔵主の間。

 お酒の香り漂うお昼過ぎ。


 文机の向こう、スナおじさまはお酒の瓶を抱え、杯片手に大爆笑。わたしは板間に正座し、小さくなった体をもっと縮こませて大反省です。


 笑い終えたスナおじさまは、右手の杯からちびっとお酒を飲んで、


「笑うしかなかろう。六種の石の作り手なぞ前代未聞。それ自体は言祝ぐべきことだが、はあ、お前さんは程度ってもんを知らんのか」

「うう、すみません……」


 あの日、テンション爆上げになって石を作り過ぎたわたしは、お母さまに絶対安静を言い渡されてしまったのです。三日間、石作りは勿論、お風呂以外で部屋から出ることを禁じられていたのでした。


 面倒な話は俺がする、というスナおじさまからの連絡で、ようやく外出を許された訳でして……。


「そうしょげなさんな。本来なら喜ぶべきことだが、料理の件とはまた話が違う。誰の指南も受けずにあれだけの石を、というだけで驚嘆もんだ。しかも生み出された石は正確にして高出力、耐用年数も桁違い。そして極め付けはこの生産数。なんだ、この千って数字は。心配されて当然だろうに」

「うう、作るのが楽しくて、つい……」

「日にひとつふたつ、ちゃんと働くものを作れりゃ一人前なんだ、普通はな。どんな達人でも日に五つが限界ってとこだろう。大体な、出来るからって日に五個も作ってみろ。頭がおかしくなっちまうわ」

「頭が、ですか?」


 はて、わたしは別段石作りで苦しいと感じたことはないのですけれど。


「疲れるだろう。頭の中でよく分からんことをこねくり回して整理して、それを搾り出して石にするんだ。体を動かすのとは訳が違う。とにかく疲れる、普通はな」


 なるほど、と得心が行きました。


 それはイーリアレが散々悩んでいた、イメージの固定化。確かに、お脳が筋肉のこの世界の人は考えすぎて疲れてしまうかもしれません。


 スナおじさまはぐびっとお酒を飲み干し、空になった杯をゆらゆら揺らしながら、


「お前さん。人がなぜ死ぬか、知ってるか」


 スナおじさまの唐突な質問に、わたしは首を傾げました。はて、フツーに寿命とかじゃないんでしょうか。


「石を作るとな、生きるために必要な何かを確実に削られるんだ。作り続けると、うまく言葉が出せなくなる。頭が回らなくなっちまうんだ」

「それは、お脳の老化とは違うのでしょうか」

「違うそうだ。長年研究してる奴らに言わせりゃ、言葉が枯れるんだと。それが尽きると、人は死ぬ。資源は有限、石作りも同じって訳だ」


 スナおじさまは、空になった杯で瓶からお酒を注ぎ足し、


「一度に五百だ? そんな数字、誰も信じんぞ。どの島でも鼻で笑われる、ありえん話だ。そのありえん光景を目の前にぽんと置かれてみろ。ヘクティナレイアは生きた心地がしなかったろうさ」


 スナおじさまはお酒をちびちびやりながら、お母さまの苦労を話してくれました。


 人の手には石を作り出す出口、その経路のようなものがあり、それは幼い頃から石に触れることで広げていくもの。しかし、お母さまにはわたしの弱い肉が石作りに耐えられるかどうか分からなかったのだそうで。


 だから、わたしの周囲にはなるべく石を置かないよう、配慮していたらしいのです。


 わたしが気付かぬ間に水瓶に水を補充したり、お風呂にお湯を張ったり。「生産する現場」をなるべく見せないよう、生活していたのだとか。


 わたしが初めてお母さまの石作りを見たのはつみれ汁の時でしたが、あれは本当に緊急事態だったのでしょう。そのあとお料理に参加させてもらえなかったのも、おそらくこのため。


 お母さまはわたしのため、石作りを気取られないよう細心の注意を払っていたのだそうです。


 えー、細心の注意という割には超絶ガバい配慮だったと思いますが、この世界の人は基本お脳が筋肉なので仕方がないと思います。


 誤算はイーリアレだったようで、彼女を通してわたしが独学で石作りを始めるとは思わなかった。わたしが彼女を足にして島中を調べまくることまで注意が行かなかったらしいのです。


 そしてわたしの経路ですが、おそらくイーリアレに石を触らせてもらった時にあっさり開いてしまったのです。お母さまやシオノーおばあさんからしてみれば、確かにあちゃーな出来事だったのだと思います。


「まあ、その様子じゃ言葉の方は心配なさそうだ。ヘクティナレイアにもそう伝えておくさ」

「ありがとうございます、スナおじさま」


 スナおじさまの太鼓判、これでもう安心です。


「体の方は分からんぞ。今だって何故生きて動いてるのか全く分からん。それっくらい弱いからな、お前さんは」

「え、あ、そうですか……」


 スナおじさま突然のカミングアウト。超絶不安になりました。


 内心ガクブルするわたしそっちのけで、スナおじさまはお話を続けます。


 それは石作りの基礎。わたしたちの生活の仕組み。この島における社会構造についてのお話。


 強者が弱者に与えるのは当然のこと。島主に連なるものは民に石を作り分け与え、日々の生活を保障するのがその役目。


 そして、人が作り出せる石の種類は六種類。


 火込め石、水込め石、砂込め石、風込め石、はがね石、気込め石。


 気込め石は誰にでも作れる石で、石作りの基本となるもの。気込め石、スナおじさまの言うニュアンスだと本来は木込め石なのかもしれません。


 何の石も作れないというのはありえない。


 この島、ゼフィリアは風と水の島で、島民の殆どは気込め石の他に、風込め石か水込め石しか作れない。


 ちなみに、お母さまは気込め石の他に風込め石、水込め石、はがね石の三種を作れるのだとか。


 はがね石を作れるお母さまはこの島にとってとてもありがたい存在。


 はがね石の特性、それは超強い人の体に干渉できること。つまり、髪の毛を切れるのははがね石のみという訳で。なるほど、髪や爪のお手入れをする人がお母様のところに来る理由がこれで分かりました。


 つまり、生産できる石の種類は、この世界に生きる人々の生活にそのまま影響する。


 ここゼフィリアでは生産者の少ない火込め石はとても貴重なもの。わたしたちは日暮れとともに就寝する生活をしていますが、それでもやはり島に灯りは必要なのです。


 しかし、石はその生産に人の命が直接関わるもの。無駄使いは許されない。


 シオノーおばあさんがお料理に目覚めてからも火を使う調理法に渋っていたのは、こういう訳だったのです。知らなかったとはいえ、うう、大反省です……。


 そこまで話し終えたスナおじさまは、杯片手に巻物のような書類をべろーんと広げました。それは先日の石の記録。わたしの作った石の数と性能がまとめられたもの。


「ヘクティナレイアやエイシオノー婆さんは数にばかり目が行っているようだが、違うな。お前さんの飛び抜けている長所は、石に対する読解力だ。人口当たりの使用量、耐用年数。どれも具体性のある数字だ。人の生活が見えていなければ、こうはいかん。性能とその調整が的確すぎる」


 スナおじさまはぐびっとお酒を飲み干し、難しいお顔で顎を撫でながら、


「あとはその紫の石。それに関しちゃアーティナの婆さまに伺いを立てた方がよかろうなんだが……。ひとつ言っておく。それを使って、他人の石を操ろうなどと思うなよ」

「かなめ石で、他人の石を?」


 それは考え付きませんでした。


 かなめ石はわたしが蓄積した思考情報を自動演算させるために作った石。他の人が作った石との組み合わせは始めから頭に無かったのです。


 乱雑な机の上、スナおじさまはかつんと音を立てて杯を置きました。そして、いつもの眠そうなお顔とは違った、鋭い目付きで、


「絶対だ。禁ずる」

「はあ、よく分かりませんが分かりました」


 わたしが頷くと、スナおじさまはいつも通り、はっはっはっと笑い、あ~あっとあくびをして、


「まあ、島の役に立つ石を作ってくれるってんなら、願っても無い話だ。料理も石作りも、思いっ切りやるがいいさ」


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