第15話 石作り(3)

 制御を離れ、ぽたぽたと地面に落ちていくわたしの石たち。

 統括者であるわたしは、踊っているようなポーズで完全にフリーズ中。


 目の前にはわたしと同じようにフリーズしたお母さま。その後ろにはよく見る顔の海守さん数人とシオノーおばあさん、そしてイーリアレ。


 さーっと、血の気が引いていきます。


 石作りを禁止されたわけではないのですが、このことをまだわたしに伝えていないということは、それなりの理由があるはずで。なんか掟とか。


「イーリアレ!」


 突然、シオノーおばあさんがイーリアレに向かって声を荒げました。


「おまえが、おまえが付いていながら!」

「もうしわけ、もうしわけありません……」


 叱られたイーリアレは高速で座礼。その姿を見て、わたしのフリーズが解けました。


「ま、待ってください! イーリアレに責はないのです! わたしが黙って勝手に……!」

「アン。あなたはこれがどういうものか、分かって作っているのですか?」


 同じくフリーズが解けたお母さまが、わたしに問いかけました。


「は、はい。い、いいえ、お母さま……」

「エイシオノー、よいのです。まだ早いと、教えていなかった私の責任です」

「レイア様……」


 お母さまに頭を撫でられ、イーリアレは立ち上がりました。俯いたイーリアレの顔から、ものすごく申し訳なさそうな雰囲気を感じます。


 腰巻をギュッと掴む、わたしの両手。


 わたしは後悔しました。やはり初めて石を作った日に打ち明けるべきだったのです。わたしはまだ臆病なままで、人に話すことを避けてしまっていたのです。


「その石は、あなたが作ったものですね? 石はそれだけですか?」

「いえ、まだこの森の中に……」


 お母さまに問われ、わたしは森の方を向きました。お母さまはわたしの視線を追い、シオノーおばあさんと海守さんたちに森で石を探すようてきぱきと指示。シオノーおばあさんたちはすぐさま森へ入っていきます。


 わたしはお母さまに、イーリアレと島中を周り、石探しの探検をしていた話をしました。すると、お母さまは膝立ちでわたしと視線を合わせ、


「その通り、石作りは我々の生活を支える重要な技術です。このことはあなたの体が出来てから、ゆっくりと伝えるつもりだったのですが……」

「申し訳ありませんでした。お母さまに伺いを立てず、こんな、勝手に……」

「石作りをしたこと自体を咎めている訳ではありません。よいですか、アン、石作りは――」

「レイア様!!」


 森が驚くような大きな声と共に、ゴリラのような筋肉が雑木林から転がるようにして出てきました。お母さまは説明を中断し、シオノーおばあさんを振り返り、


「エイシオノー、石はありましたか?」


 ありえない様子。わたしが初めて見るシオノーおばあさんの焦った顔。息も絶え絶えで、上手く言葉が出てこない、そんな様子。


「そ、そ……」


 シオノーおばあさんは、やっとという感じで言葉を搾り、


「そ、それが、ざっと数えただけで、百はくだらないかと……」


 その言葉でザッと立ち上がるお母さま。その体から放たれる圧で、何倍にも膨れ上がって見える立ち姿。


 ギャアギャアと遠くで聞こえる鳥の声。

 バサバサと連なる羽ばたきの音。


 人と距離を取っていたはずの野生動物が、更に遠くに逃げていく気配。


 この日、わたしは生まれて初めて、お母さまの怒鳴り声を聞いたのです。


「エイシオノー!! 人払いを!!」







 すだれを通り抜けて入ってくる、潮の香りを含んだ風。

 えー、ゼフィリアの風はどんな時でものんきです。


 そんな訳で、今わたしはお母さまのお部屋で絶賛正座中。床には紫色の大きな布が敷かれ、その上にわたしの作った石が種類ごとに置かれています。


 その数、五百。二週間、森の中でわたしが作りに作り貯めたもの。


 敷物をはさんだ対面には正座のお母さま、その両側には同じく正座のシオノーおばあさんとイーリアレ。


「この石は、本当にあなたが作ったものなのですね?」

「はい……」


 わたしはしゅんと項垂れました。やっぱりこれはいけないことだったのです……。


 小さくなったわたしの対面、シオノーおばあさんとお母さまはド真面目なお顔で、


「しかしまあ、こんだけ石を作って平然としてらっしゃるとは。千年公の血筋ですかねえ」

「確かに、驚くべきことです」


 千年公というのはお母さまのお爺さま、つまりわたしのひいお爺さまで、この島の島主さま。お山のてっぺんにある庵に住んでらっしゃる方なのですが、わたしは未だお会いしたことがないのです。


「さて、それじゃあ見分といきましょうかい」


 シオノーおばあさんとお母さまは中腰になり、ひとつひとつ石を触り確かめていきます。


「こっちは飲み水で、こっちはお湯ですかい。お嬢様はアレですね、こういう長々使える石作りが得意なようですねえ」

「むう、この長持ちっぷりはお爺様に匹敵します」

「まあ、喧嘩にゃ使えませんがね」


 石を調べながら、シオノーおばあさんは得意げに教えてくれました。


 千年公、ひいお爺さまの作った灯りの石は千年燃え続ける。というのが、その呼び名の由来なのだとか。


 えあー、ひいお爺さまには申し訳ないのですが、多分千年は無理だと思うのです。その耐用年数はおそらく百八十年前後。わたしは灯りの石を調べた時にそれが分かってしまったのです。


 しかし千年燃えずとも、日々の生活に使用するには充分な年数で、とてもありがたく素晴らしいものだと思います。


 わたしがシオノーおばあさんの講釈にふむふむしていると、ふと、端から順に石を調べていたお母さまが、ある石の前でその手を止めました。


「この紫の石はなんですか?」


 それはかなめ石。はて、お母さまもご存知ないものだったのでしょうか。


「それですか? それは石に命令を出す石です」

「石に命令を……」

「必要だと思ったので。あの、いけませんでしたか?」

「いけないということは。しかし、アルカディメイアでも、そんなものは一度も……」

「レイア様。こちらの火込め石なんですが、試してみても?」


 むむむと考え込んでいるお母さまに、シオノーおばあさんが石を一つ手に聞きました。その石が赤いものだと確認したお母さまは、


「ええ、お願いします」

「それじゃ失礼して……」


 シオノーおばあさんがわたしの石を起動させました。その大きな手、その上に浮かぶ小さな灯りを見て、「ほう」と感嘆の声を漏らすお母さま。


「お嬢様、この石は島のものを見本にしたんで?」

「は、はい。そうです」


 いままで見たことの無い、お料理の時以上に真剣な顔のシオノーおばあさん。


 確かに、あの石はお屋敷の石を見本にして作りました。しかし、作った石は、あくまで試作。石の質やその基準、それが実用に足るものであるか、わたしには判断が付かないのです。


「よく見てらっしゃる。本当に、よく……」


 シオノーおばあさんはそう呟き、左手で口を覆い、涙をこらえるようにお顔をくしゃりとさせました。そしてシオノーおばあさんは右手に石を握り締め、座礼寸前の姿勢で拳を床に突き、


「レイ……、いえ、ヘクティナレイア様。あたしゃお嬢様にお役目を任せるべきだと思います」

「エイシオノー……」

「お嬢様は既に心根を継いでいらっしゃる。石を、この灯りを見れば分かります。優しい、とてもいい火です。お嬢様の石はいずれこの島の灯りそのものになる。あたしゃそう思います」


 わたしは耳を疑いました。


 わたしが島の役に立つ、シオノーおばあさんはそう言ったのです。


 わたしが裏庭で石作りに取り組んだ二週間。そこに目的はありませんでした。知りたかったから知った。試してみたかったから試した。そこにそれ以上のものはありませんでした。


 その取り組みが、島の生活を支えるものになるだなんて、考えてもみなかったのです。肉の弱いわたしが、本当の意味で人の役に立つだなんて、思ってもみなかったのです。


「そ、そそそその灯りの石を作れば! わわわたしも島のお役に立てるのですか!?」

「ええ……、勿論ですさね……」


 前のめりでどもりまくったわたしの言葉に、シオノーおばあさんは半泣きになりながらも笑い、答えてくれました。


 その言葉が、その笑顔が、わたしの身体をひとつの感情で満たしました。それはお料理の知識を求められた時と同じ、嬉しいという感情。そしてその感情が、わたしにある想像をさせました。


 それは人の輪。


 この島に住む、少ないけれど多くの人たちの、繋がりの形。


 その輪の中に、わたしも――


「ままっま! 任せてください! そそっそそれにその紫の石! それはととっととっても便利なのです!」


 わたしはテンション上げ目に一気にまくしたて、体の正面で拍手のように両手を打ちました。両手を胸に引き込み、右手を上に、左手を下に。一瞬の集中。合わせた手を胸の前で開く。そこに生まれる、紫の石。


 かなめ石、機能情報確認。統括操作、ver2.56。


「お待ちなさい、アン! 待ちなさ――」

「思考速度切り替え、圧縮言語解放。記述呼び出し」


 自動的に動くわたしの口。機械的に紡がれるわたしの言葉。わたしが蓄積した情報を呼び出し、紫色の光を放つかなめ石。


 火の石、機能情報確認。屋内用照明、ver3.02。


「解凍完了、機能確認。構築開始」


 広げた両手、次々に生み出される赤い石。


「構築完了。一斉展開」


 床と水平に、お行儀よく並んで浮かぶ大量の赤い石。それらはこのお屋敷で使っている灯りの石と、同じ性能のもの。


 その数、五百。


 これだけあれば、島のみんなが使う足しにきっとなる。


 石作りを終えて思考を切り替え、わたしは普段の表情を取り戻し、


「こんな感じで、一度にたくさん作れて指示を出せるので便利なのですよー」


 おや……?


 敷物の向こう、腰を抜かしたようにのけぞっているシオノーおばあさん。その隣、いつの間にか立ち上がっているお母さま。そのお母さまから放たれる圧に、イーリアレがドン引いているような……。


 お母さまの怒鳴り声を聞いたのは、これで二度目。


「エイシオノー!! アンデュロメイアを部屋へ!! 絶対安静です!!」


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