第14話 石作り(2)
「行きますよ、イーリアレ!」
「はい、おじょうさま」
さんさんと輝く午前の太陽。
海屋敷の前庭こと修練場。
わたしはイーリアレの背中によじ登り、発進指示。
初めて石を作った日から二週間、わたしとイーリアレは島中を周りました。
そう、石探しの探検です。
ゼフィリアの地形、その自然から生まれ得ないと思われる資源を見て周り、これは石で作られたものではないか、そう思われるモノをちょんちょんつついて調べたのです。
結果、ここゼフィリアでは実に様々なものが石によって作られていると分かりました。
お部屋の水にお風呂のお湯。民家の壁にお庭の石畳。
そして、わたしの着ているこの服も、石によって作られたものでした。
布と言えば、そう、お布団。まるで一枚の布がそのままボリュームアップしたような、不思議な質感のもので、縫い目が無いなんておかしいですね、と今まで思っていたのです。
他にはお箸にお椀、お膳に匙なども。
この世界の人間はみなミニマリストなのかなーと思ってましたが、モノを自在に作れる力があればそりゃ物なんて増えませんよねー、と納得なのでした。
石で作られた様々なもの。石に支えられたわたしたちの生活。
そして、わたし自身が石を作れるようになったことで、ものを作るだけが石の力ではないということに気付きました。
それは石の感覚拡張機能。
触覚、嗅覚、聴覚。距離感やものの質量を測る空間把握能力。周囲の自然、生物に対する勘のようなもの。石を直接操作してる間は、それらに対する感覚が鋭くなっているような気がするのです。
石には周囲の情報を収集するアンテナのような働きがあるのかもしれません。その間合いの中で何が起きているのかが肉で、肌で分かるのです。
皮膚というのは優れた感度を持つ高度なセンサーでもあります。それが周囲の大気と同期し、脳がそれを知覚する。石を使っている間はそれが分かる、文字通り肌で感じることができるのです。
そしてそれは外側だけではなく、内側にも働くようです。そう、自分の身体の内部、その器官がどのように働いているか、意識的に分かるようになったのです。
それで分かったこと。
やはり、この世界の人間は頭の中の記憶の人類と種が違うようなのです。
その明確な違いは、消化器官の作り。わたしたちのお腹の中には腸に当たる内臓が存在しませんでした。お腹の下のほうに赤ちゃんを作る器官があり、それを守るためにびっしり筋肉が詰まっているのです。
わたしたちが頭の中の記憶の人類と違ってお手洗いに行く必要がないのは何故なのでしょう、と疑問に思っていたのですが、わたしたちにはそもそも排泄器官が無かったのですね。
食べ物を取り込む器官は胃で止まっているので、消化能力やその仕組みが全く違っていることになります。
「くぅーん……」
わたしが頭の中で石の機能を再確認していると、イーリアレの胃の辺りから切なげな音が聞こえてきました。えー、はい、ちゃんと働いてますね、消化器官。
「イーリアレ、お腹が空きましたか?」
「はい、おじょうさま」
今わたしたちは蔵屋敷に続く緩やかな石段の上。
目の前にはイーリアレの銀髪。お日様の光に照らされ、きれいな光の輪が頭頂部を一周しています。枝毛も減ってきましたし、お手入れの成果が出ているようでわたしは大満足。
人に運ばれるのはやっぱりちょっと恥ずかしかったわたしなのですが、イーリアレには毎晩抱き枕にされているので、彼女に対しては照れが消え失せたのです。
そうそう、石のことで頭がいっぱいになっていましたが、お料理だって勿論日々進歩しているのです。
魚醤やお酢、新しい調味料のおかげで、わたしたちのお食事に更なる多様性が生まれました。
わたしの望んだ和風な味付けから遠ざかっているのは残念ですが、新しい味に出会うたびにゼフィリアの風土を確認しているようで、毎日が楽しみなのです。
今日用意しようと思っていたのは、お魚と貝を油で炒めてからお酒で豪快に蒸した、アクアパッツァのようなもの。油と酢、果物の果汁と香草を混ぜ、その汁に小魚を一晩漬けた、マリネのようなもの。
わたしはイーリアレの銀髪に顔を埋め、後ろからきゅっと抱きしめ、
「戻りましょう。今日の昼食もおいしいですよ!」
昼食を終え、わたしとイーリアレはいつも通り裏庭へやってきました。
わたしは木陰に正座しうんうん唸るイーリアレを置いて、森に入ります。ちょっと心苦しいのですが、イーリアレにはわたしが石を作れるようになったことをまだ内緒にしているのです。
素足で踏む草と土の感触。
のんきに揺れる南海らしい植生の木々。
何を隠そう、今この裏庭はわたしの修練場なのです! あとお昼のアクアパッツァは大成功だったので、次は海老を使いたいと思います! わたしは木々が開けた原っぱに正座し、今日の実験を開始しました。
まずは調査結果の確認、島で見付けた石は全部で六種類。
灯りになっていた石、水を生む石、石を生む石、金属を生む石、着物などの繊維を生む石。そして、イーリアレが作ろうとしていた風の石。
用途や機能が分かれば作るのは簡単でした。わたしはこの場で作った石を原っぱの上に置いていきます。
火の赤、水の青、石の黄、風の緑、鉄の灰色、繊維の白。
ふー、こうやって並べると虹みたいできれいで楽しいです。
さてここで本日の課題。そう、わたしには作りたい石があるのです。
それは、石に命令を出す石。
何故そんなものを作りたいかと言いますと、ぶっちゃけ便利そうなので作りたい、というのが理由だったり。それが可能であるならば実現せずにはいられない、これは人間の本能のようなものなのです、きっと。
参考にするのは頭の中の記憶にあるプログラムというもの。つまりはプロトコル、思考言語で組み上げた命令指示書。
ものを考え、それを出力するのが石作り。ですが、石作りは思考の切り替えが面倒なのです。わたしのお脳は一度に沢山のことを考えられませんし、それでは一度にひとつ、一種類しか作れません。
お脳を複数用意して並列思考でもしない限り、この制限からは逃れられない。それではつまらないと思ったのです。
そこで、あらかじめストックしておいた思考をわたしのお脳から引き出し、一度に石を大量生産させる。そして生み出した石を統括して操れる、その司令塔たる中核の石が欲しいのです。
そんな訳で、出来ました!
わたしの右手に輝く、新作の石。何故かひし形になってしまった、紫色の石。
おや? 何故この石は丸くないのでしょう、よく分かりません。よく分かりませんが、正式な名前や分からないことは、あとでお母さまや島の大人に聞けばよいのです。仮にですが、この石をかなめ石と呼ぶことにします。
わたしはかなめ石を体の正面に浮遊させ、頭の中でプログラムを組み始めました。この石はわたしの手からある程度離れても大丈夫なよう作ったのです。
わたしの思考を読み取り、ぎゅんぎゅん光るかなめ石。
頭の中の記憶のように指で文字入力する必要がない、思考言語をそのまま出力するのはとっても楽で、捗ります。
石の作り方は柔軟で曖昧なもの。
初めて石と繋がった時に見えた漠然としたイメージ、あれはきっと石の構成要素。統一された思考言語以外の情報でも機能してしまう、ある意味とても生物的なものだと思います。
あの石のようなイメージによる生成はわたし的にあまり効率が良くなかったので、記入情報を言語のみに絞って入力することにしました。わたしは言葉や数値で表記できないものを把握し、読解するのがとにかく苦手なのです。
わたしは頭の中で基準を作り、様々な情報を区分けをし、次々数値に置き換えていきました。
「水の石、水量は一、水質は純水、球体にて成形、石直上に浮遊」
思考言語圧縮、機能確認。組成情報蓄積。
わたしは両手を前に出し、
「構築、開始」
かなめ石の指示通り、わたしの両手から次々と生み出される青い石。目の前の中空に十個の青い石がピシッと整列し、直上に水球を生み出しました。
やはり何度見ても不思議かつ非常識です。意識や言葉という、質量を備えないものを物質に転換させる、それがわたしの、この世界の人類の力。
しかも石で作られたものは引力などの自然界の干渉を受けず、周囲の環境に左右されない。作成者が設定した状態であり続けるという特徴があるようなのです。
「水球、消去」
わたしの指示で石の上に浮いていた水の球がパッと消えました。この通り、石が作り出したものはその石の指示で自由に消滅させられるのです。
さて、お次は統括制御。
せっかく宙に浮くのです。飛ばす時に編隊を組ませたら面白いかもしれません。であれば、どのように飛行するかもあらかじめコマンドとしてプログラムしたら楽かもです。動きが同一ですと位置座標に齟齬が生じるかもしれません。
とすると、組み込むべきは前に倣えタグでしょうか。
自律型は無理だとしても、衝突回避は自動で出来たほうが安全です。しかし、障害物の設定はわたしの意識下でないと難しいかもしれません。うーん、楽なのは群体飛行ですが、末端で働く石は単機能であったほうが……。
そんなこんなで色々考えまして、頭の中で論理回路を組み立てます。
制御指示、記述完了。
わたしはかなめ石を両手で包むようにして、
「展開、開始」
指示を出した途端、目の前の石たちが凄い速さで飛び立ちました。
単独操作中の石は手の平から少ししか離れられませんが、かなめ石を介すことで、その射程、飛距離がグンと伸びるのです。
木々の合間を縫って器用に飛んでいく青い石たちを見上げながら、わたしは石に様々な隊列を組ませてみました。
青いのですからお魚の形をさせて、次は蝶々のような形で、次は三次元的な幾何学模様で。次は火の石を混ぜて、次は砂の石を、次は風の石を、次は全部盛りで。
次々と石を生み出す、わたしの両手。
午後の元気な日差しを浴びて、森の中を飛び回る六種の石。
葉の緑と日差しの黄、茶色い幹と茶色い土。そして六色の石、その透過光、反射光。わたしの視界が、わたしを取り巻く世界が様々な光に彩られ、無限に形を変えていきます。
まるで万華鏡。
いつの間にか立ち上がっていた、わたしの体。わたしは頭上で飛び回る石を追いかけてぴょんぴょんしたり、指揮者のように手を振ったりしました。
頭で考えれば石はその通りに動くのに、楽しくて、楽しすぎて、体が勝手に動いてしまうのです。
夢中でした。
横になる以外、何もすることがなかった。何も出来なかった。それがわたしの人生でした。
わたしは生まれて初めて、何かに取り組むということをしたのです。あまりに楽しくて、だから気付かなかったのです。
森の中、わたし以外の人の気配。
わたし以外の人の声。
「アン、そこでなにをしているのです」
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