第13話 石作り(1)

 元気な午後の陽射しの下、のんきに揺れる森の緑。

 高い高い幹の上、樹冠の辺りにだけ葉を茂らせた南海の木々。


 くしゃりという柔らかい草の感覚をこそばゆく足の裏で感じながら、わたしはお屋敷の裏庭を歩いています。


 あれから数週間、イーリアレとの生活にもだんだん慣れてきました。


 イーリアレは何をしていても無表情で、何を考えているのか全く分からないのですが、お腹が空いた時とお腹がいっぱいになった時だけは、何となく雰囲気で分かるようになりました。


 イーリアレはとても働き者で、お屋敷に来た翌日からシオノーおばあさんのお手伝いに入り、メキメキお料理の腕を上げています。わたしが未だにお手伝いを許されないのに、正直、羨ましいのです……。


「む、味付けの要。発見です」


 わたしはバジルのような葉っぱを少し摘み、砂を払って左手に確保。


 お料理の手伝いは出来なくとも、わたしにだって出来ることはあるのです。食べられる野草はお屋敷の裏庭にも自生しているので、こうやって摘みに来るのが今の日課なのです。


 その日に必要なものはその日に用意すればいい。生えるに任せば勝手に茂る。ゼフィリアの気候はやはりありがたいものです。


 わたしは左手に集めた草を数え、少し考えました。植物というのは摘んだ瞬間から鮮度が落ちるのです。一度戻り、イーリアレに水でさらすようお願いしたほうがよさそうです。


 わたしは回れ右をして、お屋敷に戻ることにしました。







 自己主張の激しい木漏れ日をくぐり抜け、わたしは森の入り口に戻ってきました。お屋敷の裏手に立つ背の高い木、その木陰でイーリアレが正座待機しています。


 いつもはわたしと一緒に裏庭を散策するのですが、今日は何故かここで待つと言って動かなかったのです。そして、今もじっと自分の手を見たまま動きません。


 何かあったのでしょうか。顔はいつもの無表情なのですが、今日のイーリアレは何か悩んでいるような雰囲気がするのです。


「どうしたのですか、イーリアレ」


 わたしが尋ねてみると、イーリアレは無表情なまま顔を上げ、


「いしづくりをためしているのですが、うまくいかないのです」

「石…作り……?」


 わたしは相変わらず言葉足らずなイーリアレの発言から、彼女の悩み、その原因を辿りました。思い出すのはお屋敷に来てからのイーリアレの日常、お風呂とお料理以外の彼女の行動。


 もしかすると、アレかもしれません。思い付いたわたしは、反対側の前庭に目を向けました。


 お屋敷前の広いお庭は別名修練場と呼ばれていて、海守の人たちの訓練の場なのです。訓練とはつまり、喧嘩です。


 この世界で言う喧嘩とは人が諍い争うことではありません。異種格闘技、総合スポーツのようなもので、この世界の女性は喧嘩で競い合うのが当たり前。それが嗜みのひとつであるのです。


 イーリアレがそれに混じっているのを見かけてはいたのですが、そこで何かを教わったのでしょうか。


 それにしても、石……?


 わたしはちょっと悩んでから、かねてからの疑問をイーリアレに尋ねてみることにしました。


「島で使われている石は、人が作ったものなのですか?」

「はい、そうです」


 ンなるほどですッッ!!


 お母さまがお料理の時に見せた不思議な現象。お屋敷の灯りになっていた赤い石。日々の生活の中で働いていた石は、人の作ったものだったのです。


 うーん、筋肉が凄かったりこんな石を作れたり、この世界の人間は本当に非常識だと思います。


「このつむじかぜをみほんに、といただいたのですが……」


 わたしが一人で納得していると、イーリアレが帯に挟んであった緑色の石を取り出し、見せてくれました。イーリアレがその石を手のひらの上に乗せると……、


「ふおー……」


 思わず漏れる感嘆の声。確かに緑色の石、その直上の空気が巻いているように見えます。なるほど、つむじ風です。


 わたしはイーリアレに、「触ってもいいですか?」と許可を取り、指で石をつつこうとして、


「ひにゃっ!!」


 ビリッとした衝撃と神経が繋がったような感覚に、わたしは驚きました。生まれてこの方、石に触ったことが無かったので、こんなに痺れるものだなんて全然知らなかったのです。


 しかし、気になることがひとつ生まれました。


 石に触り繋がった時、目で見た景色と同じように、頭の中にある情報が流れ込んできたのです。それは他人の描いた抽象画を眺めているような、ふわふわとした漠然としたイメージでした。


「おなじようにつくればつくれるといわれたのですが……」


 わたしがビリッとした指をふーふーしていると、イーリアレはまた手のひらを眺め、動かなくなってしまいました。


 よく分かりませんが、石を作るには集中力が必要なのでしょう。そっとしておいた方がよさそうです。


 それに、さっきもビリッとしましたし、石作りは危険なものなのかもしれません。わたしはやはり、お母さまが話してくれるまで待つことにします。


「イーリアレ。わたしはお庭で食べられる草を探してくるので、イーリアレはここで石作りの練習をしていてくださいね」

「はい、おじょうさま」


 わたしはイーリアレの横にさっき積んだ香草を置くと、再び森に戻りました。







 引き続き、午後の裏庭をわたしは歩きます。


 低い場所の葉は緑に、高い場所の葉は太陽に照らされ黄色に。茶色い木の幹と茶色い土に囲まれた、南海らしい森の色彩。


 わたしは手のひらを木漏れ日にかざし、透かして見ました。チリチリ熱い日差しがわたしの手を透過し、内部に流れる血が赤いことを教えてくれます。


 むーん、わたしのお肌も小麦色になればと思うのですが、浜辺で焼くとかした方がいいんでしょうか。もしかして、お肌が強いと日に焼けにくいとか。


 いえしかし、イーリアレやお母さまはこんがり小麦色ですし。紫外線を吸収するメラニンなどの働きが頭の中の記憶の人類とは異なっている可能性が。どうにも分かりません。


 それにしても、ゼフィリアの太陽は容赦がありませんです。熱中症とか心配になってきました。わたしたちは暑くても汗をかくということをあまりしないのですが、水分補給は必要なので、なるべく早く戻るに越したことはないでしょう。


 おう思い、急ぎ味付けに使えそうな草をと探しますが、都合よくいきません。


 わたしが森を歩きながらきょろきょろしていると、次第に木々が開け、視界に違う色が差し込んできました。


 それは空の青。


 わたしは森の端、お山の斜面までやってきてしまったのです。少し先には切り立った崖があり、その下からぶわっと強い風が吹いています。その風に揺れる草を見て、わたしは先ほど見たイーリアレのつむじ風を思い出しました。


 風、つむじ風……。おや?


 頭の中で言葉を繰り返すたびに、手のひらが熱くなってくるような気がしたのです。


 わたしはその変化が気になり、両の手のひらを注視しながら、つむじ風つむじ風、と頭の中で繰り返してみました。


 言葉を繰り返すたびに手のひらに集まる熱。その微かな熱が小さな光の粒子となり、肌から放射されていくのが分かります。わたしは崖際の原っぱに立ちながら、頭の中で言葉を繰り返しました。


 つむじ風、つむじ風……!


 両手の間、渦を巻いて回転し、収束していく光の粒子。


 やがて――


「きゃっ!」


 手の平から放たれる、一瞬の強い光。キンッと鋭い金属音をさせてわたしの目の前に現れた、緑色の小さな石。


 石……。


 原っぱに立ちすくみ、わたしは生まれた石をボーゼンと眺めました。


 できました、できちゃいました……。


 んおおおおおおできました!! わたしにも作れました!! しかも浮いてます! 手の平からほんの数センチですが、やっぱり浮いてますよこの石!


 わたしはテンション上げ目に、右手を石ごとぶんぶんさせました。


 不思議な力。わたしの頭の中の記憶にはない現象。例えるなら自分の思い通りに動かせる、落ちない水滴。


 そう、石には自分の身体、その延長のような感覚があるのです。近いものを挙げますと、爪や髪の毛でしょうか。爪や髪の毛に触覚はありませんが、自分の身体に根付いている、そのことが肌で分かるのです。


 そして更に、


 つむじ風! 頭の中でそう考えるだけで、石の直上につむじ風が生まれました。


 まるで頭の中の記憶にある遠隔操作機器。石を介してわたしの脳の情報を直接伝達できる。石に組み込まれた機能を随意的に、意識で働かせることが出来るのです。


 わたしは崖から吹き上がってくる風をつむじ風でかき混ぜてみたり、高い木のてっぺんに生えている葉をつむじ風で揺らしてみたりして遊んでみました。


 ふおおおおお、楽しいです……!


 次はどの木を揺らしましょう、と周囲を見回し、はっ、と気付きます。


 お母さまに見付かったら怒られるかもしれません。


 何故か分かりませんが、お母さまは石のことを私に知られたくないようなのです。


 いえしかし、もう知ってしまったというか作ってしまいましたし、隠さず正直に言うべきでしょう。わたしの頭の中の記憶のことを受け入れてくれたお母さまなのです。きっと大丈夫なはず。


 いえでも、お母さまのあのもにょもにょとした表情は、うーん……。


 そのお母さまは今お屋敷の縁側で散髪の真っ最中。海守さんや島の人たちが月に何度か散髪にやってくるので、その相手をしているのです。


 つまり、まだ考える時間は充分にあるのですが、解決策が全く思い浮かびません。隠すにしても、わたしたちのお部屋には一切の収納がなっしん。そもそも忍ばせる隠し場所なんてないのです。


 それに、今のわたしはイーリアレがいつも一緒。即バレ必須な状況なのです。


 いえ、しかし。


 いえいえ、しかし……。


 うーん、うーん……。


 悩んだ末、わたしは作った石を近くの木の根元に置き、イーリアレのところに戻りました。


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