ハミ出し事件簿 その2(DV野郎にご用心)
2-1 愛のハミ違い
麗らかな日差しの秋の昼下がり、そんな穏やかな時間に俺は大いなる問題に巻き込まれていた。
(何故なんだ?)
目の前では、齢40を超えようかという、熟女と呼ぶにはやや弛み過ぎた肉付きのオバハンが、蔑みとも諦めとも言えない様な微妙な表情で、手元に置かれた書類を眺めている。
(何故なんだ、オバハン、何故そんなペラ紙一枚の書類如きで手を止める?)
俺の心はやり場のない焦りに支配され、全身は既にカラカラに乾いている。
「ちょっと、あんた。」
「はいぃ?」
緊張感に耐えかねた俺は思わず声を裏返らせる。
そんな俺の心を弄ぶように、オバハンは不気味な笑みを投げつける。
俺の全身は先ほどとはまったく逆に、流れ落ちる冷汗でビショビショだ。
ドンッ!
オバハンは乱暴に書類をカウンターの上に置くと、冷ややかな声で告げた。
「ハミ出てんだよ、ハンコ!」
俺は今日、印鑑登録のために市役所に来ている。
<印鑑登録>
これほど残酷な書類が世の中にあるだろうか?
「ハンコを押せ!ただし、枠の中にだ!」
(鬼畜米英! 鬼婆! 悪魔!)
ありったけの罵詈雑言を浴びせ倒しても足りない。
俺は覚悟を決めると、静かに消え入るような声で返事した。
「すみません…。」
ハミ出して生きるってのは辛いもんさ。
俺は待合のソファに腰を落とし、遠くを見る様な目で天井を見上げる。
時には信念を曲げないとイケナイこともある、だが、それは逃げじゃないのさ。
「それが大人ってもんだぜ、坊や。」
突然話しかけられた隣のガキは、隣の母親に腕も折れよとばかりにしがみつく。
(おっと、いけねえ。)
不穏な空気を感じた俺は、すかさず席を立ち、フロア回遊の旅に出た。
君主危うきに近寄らず。
確かインドの偉いなまぐさ坊主の言葉だ。
全く良く言ったもんだぜ。
そんな事を思いながらフラフラと受付カウンターのハミ出しをチェックして歩いている俺の目に、緑色の紙が目に留まる。
<離婚届>
離婚、それは愛がハミ出し過ぎたために起こる悲劇。
愛と愛のハミ違いだ。
ハミ出しにも節度がある、過剰な愛はやがて愛憎となり悲劇を巻き起こすのだ。
世の中の男女関係のもつれは100%、愛がハミ出したために起こる。
(ハミ出し過ぎたんだよ、あんた。)
カウンターの前に座っている女の背中に心の声を投げつけて戻ろうとすると、その女の肉声が飛んできた。
「なにジロジロ見てんだよ、クソハミッ!!」
(クソハミだとぉ?)
俺の事をその名前で呼ぶのは、世の中舘ひろしと言えども、ただ一人。
「お前は…上西か!?」
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