ハミ出し事件簿 その1(公園殺人事件の謎)

1-1 殺人事件発生!

 <海岸線>


 それは陸と海のだ。

 絶えず打ち寄せる荒波は、その境界を侵食し、陸へと出す。

 陸の方も出させてなるものかと、その波を押し返す。

 出したい海と、出させたくない陸。

 お互いの存在を掛けた壮絶で殺伐とした無慈悲な戦場。

 

 それが海岸線だ。



 余談だが、俺は県境や市境などの境界が大好きだ。

 例えば所沢。

 東京都東村山市と境を接する埼玉県所沢市。

 世間一般から見ればどっちも似たようなものだ。

 

 だが


 奴らは違う、少なくともその境界では、東京都のプライドと埼玉県の意地が不毛な争いを繰り広げ、一触即発の緊張感からか、境界周辺の住民は常に殺気立っている。

 その緊張感がたまらなく好きだった。


 そんな訳で、俺は今隣町に居る。

 俺は闘争本能をむき出しに愛車のタントを流していたが、とある公園の前に差し掛かった時、やじ馬たちがたむろしているのに気づいた。


 公園の入り口には規制線が張られている。

 そこでは、整理役の婦警が声を張り上げてやじ馬を制していた。

「下がって下さい、下がって下さい! 出さないで下さい!!!」

「ふふっ、お嬢さん、出すなと言われて出さないバカが居るのかい?」

 俺は出来る限りの低い声でニヒルに問いかける。

「は?」

 振り返ったその女を見て仰天して屁を漏らしたが、スカシなので問題はない。

 それよりも


(マイ・スウィート・、われ、警官やったんかい!)


 出しを規制する側にありながら、あれだけの出しを見せる、二律背反いや、二律反とはこの事だ。


「あの…何なんですか?」

 女は気絶しそうになっている俺にいら立ちながら問いかける。

 強靭な意志の力で冷静さを取り戻した俺は、その女を観察した。


(今日は出てやがらない…のか?)


「あの…下がって下さい!」

 そう言い残すと、女は他の警官に呼ばれて規制線の奥へと走って行った。


(せっかくの再会をこんな形で終わらせてなるものか!)


 そう思った俺は公園の中を見てみた。

 どうやら殺人事件のようだ、境界線の辺りでは良く起こる事だ。

 さて、この規制線の中に、警官でない俺が違和感なく入る方法は…。

 俺の脳裏に電流が走った。


 医者だ、監察医を装えばいい!


 昔読んだボイル・ド・エッグ氏の哲学書に、こういう話があった。

 人質を取って立てこもる強盗から子供を救おうとした覆面レスラーが、相手を刺激しない様に牧師に変装して説得するストーリー。

 要はその場その場で信頼を集める職業に変装しろ!というありがたい教訓だ。

 

 俺は泳ぐような視線で周囲を見回した。


(居た! ペンキ屋だ。)


 俺はそのペンキ屋に近づくとさりげなく尋ねる。

「おい、オヤジ、このペンキは白だな?」

「ヘ、ヘイ。」


 俺はオヤジからペンキを奪い、カーキ色のジャケットにぶっかけた。

 白に染まったベトベトのジャケットを羽織ると、どこからどう見ても監察医だ。


「なんという冷静で的確な判断力なんだ!!」


 やじ馬たちの心の声が俺を称賛する。


 にこやかに微笑む俺に、ハミーが近づいてきた。

 ハミーの隣ではペンキ屋のオヤジがこちらを指さし何か喚いている。

 ハミーは冷酷な声で俺に告げた。


「逮捕します。」

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