第97話 賢者と魔人は交戦する

「――なるほど、そうくるのですねぇ」


 背後からの急襲だったにもかかわらず、魔法士姿の魔人は斬撃を躱した。攻撃を外されたルーイッドは苦い顔を思わず浮かべる。


(最初っから、お見通しってわけか……)


 このままでは重力に逆らえないので、瞬間的に炎の奇跡の力を借り、足元を小さく爆発させて、向かい側の階段まで跳躍する。レイラから予め教えてもらっていた、かつての炎の勇者の空中移動の再現だった。


「おやおや、向かってくるのは貴方一人だけですか? お仲間はどこへ隠れたんでしょう?」


 空中で無防備なルーイッドへ向けて、次々と魔法陣が展開される。発射される白い砲撃に対して、賢者はひたすら避けるしかない。外れた閃光は塔の壁や階段を破壊し、着地できる足場を減らしていく。だが、無から爆破を生じさせて空を舞うルーイッドにとっては、さほどの障害にはならない。


 旅の道中、ずっと修行しておいて良かったと賢者は思う。


 クラダイゴから譲り受けた炎剣。これを最大限まで活かすためには、元の持ち主炎の勇者の戦い方を真似るのが一番だった。


(さて、どこまで届くかな、僕は)


 中央山脈で二人の勇者の痕跡を見せつけられ、ルーイッドは自分と勇者の実力の違いを、はっきりと自覚させられたのだった。更に強くならなければならない。そう考えて思いついたのが、託された炎剣のことだった。


 これまで身体強化と魔法の技術で戦ってきたルーイッドでは、炎の奇跡をせいぜい魔法の延長上のものとしてしか使いこなせない。だから、かつての炎の勇者エルジャーをよく知るはずのレイラに教授してもらい、その実力に迫れるように努力してきた。


(もっと早く炎を展開しろっ! もっと速く動くんだっ!)


 そう自分に言い聞かせ、ほぼ連続で爆炎を生じさせて、ルーイッドは空中で加速する。その後を白い光線が遅れて横切っていった。


「逃げ回るのに必死で、答えることができなさそうですねぇ? まだ全力を出していませんのに」


 指を鳴らす仕草をするだけで黒い魔人は、先ほどのような大量の魔法陣を一気に展開する。これで全力でないとか馬鹿げていた。


「答えるも何もっ、そんな義理はないっ、かなっ!」


「それもそうですねぇ」


 再び破壊の光の豪雨が降り注ぐ。とにかく直撃を貰わないことだけを考えるしかなかった。曲芸師のように飛び跳ねながらも、冷静に見極めて壊れた階段や壁の一部に着地する。状況次第では反撃を挟みつつ、黒い魔人の魔砲をかわし続けた。


 よくこんな無茶ができるな、とルーイッドは自分でそう思う。無茶な提案を自らやったのだから自業自得だが、それほど体力は残ってないはずなのに、ここまで動ける自分にまず驚く。鍛え上げられた気力や根性は、意外と厳しいレイラによる修行の賜物だった。


「ふむ、塔内に居れば、私の目から逃れることはできないはず。……ですが、それらしい影はどこにもありませんね。となると、壊した床壁から穴でも掘ったのでしょうか」


「どうかな?」


 ほんの少しだけ息を整えられる時間が来た。黒い魔人によって展開された全ての魔法陣たちが、消滅魔法の放射を終えて立ち消える。その間に、大きく肩で呼吸をしたルーイッドは敵を見据えた。魔法士姿の黒い魔人は、やや上方のところで浮かんでいる。


 即座に狙いを定め、斬撃から炎を飛ばす。しかし、相手は特に焦ることなく新しい魔法陣たちを展開し、再度の消滅魔法で火炎の渦を掻き消した。


「まあ、潜伏先が限られる以上、私としては最初から警戒しておけばいい。奇襲は通じませんよ? この私には」


(……。そう思ってくれるのは助かるけど)


 再び降り注ぐ白い光線を掻い潜りながら、ルーイッドは内心で笑みを浮かべる。最初からミドたちには潜伏を指示していない。


 より派手に、より注意を惹きつけるように、賢者はずっと暴れていた。確かに陽動であることに違いない。だが、別に魔人を打倒するための策というわけではない


「どちらにせよ、この私に対して一人で挑むということ自体、無謀な試みでしょう。貴方が囮であるとしても、果たして時間稼ぎになるかどうか」


「じゃ、手加減してくれると嬉しいかな」


「ご安心を。きちんと最初から手は抜いていますので」


「まったく、最悪な奴だね」


 足場のない宙へと踏み込んだルーイッドは、炎の奇跡の力を借りた爆発で、黒い魔人を大きく越えて飛翔する。そして、燃え盛る炎が巨大な剣を形作り出した。敵に視線を定めたルーイッドは全身全霊を込めて、極炎の刃を一気に振り下ろす。



 ◇ ◇ ◇



 奮戦するルーイッドとは別の場所で、緑の炎が暗闇の中を照らしていた。呼気を潜めるように二人の姿が、塔の奥底の更に深い場所で移動していた。


「………………ミド、さん……」


「………………」


 竜の勇者であるミドは、自らの奇跡でもって地殻変動を引き起こし、地下への道を強引に造りだしていた。当然、人命を配慮しない縦穴構造なので、外から空気の供給はない。魔物へと変質したカナリナと、長時間でも息を止められる竜の勇者のミドだからこそ、強行できる突貫工事だった。


「………………」


 この先で間違っていないか、とミドが尋ねるように首を振る。カナリナは指だけで方向を示した。その先に結界の賢者であるバリエラがいると。


「まだまだ……、掘り進めないといけないですが……、それでも近付いてます……」


 頷くだけでミドは了承した。その手を地面につけると再び振動が走る。カナリナたちがいる地面が猛烈な勢いで深く沈みこみ、空いた天井は掘り起こされた土で覆われていく。大量の土砂が掘り起こされ、硬い地層をくりぬくよりも早いスピードで、カナリナたちは人智が及びつかないほどの地下へと進んでいた。


「それにしても……、ルーイッドさん……、大丈夫でしょうか……?」


「………………」


 いくら賢者といえども、魔人が相手では力不足は否めない。その事実は、これまでの彼らの戦いを詳しく知らないカナリナでも、何となく察せられることではあった。それほどまでに黒い魔人は凶悪な難敵だった。


 心配から表情を曇らせるカナリナに対して、信じろと言わんばかりにミドは首を大きく縦に振る。そもそもルーイッド自身が提案してきたことだった。自分を置いて、先にバリエラの救出に向かってくれなんて言い出したのは。


「……っ…………」


 ミドとしても最初から躊躇が無かったとは言えない。しかし、彼はこれまでの経験から信じるべきと判断した。強化の賢者は決して弱くはない。エベラネクトでは黒化した水の勇者と対等に渡り合い、直近では暴走していたカナリナのことも救助している。


 だからこそ今、自分がすべきことは、より早く囚われているバリエラを救出すべきだとミドは考えた。それに、大丈夫だと確信できる根拠も一つはある。


(ただの無謀な特攻であれば、あやつを残らせた理由がないであろうしな……)


 ミドは地面を沈ませるスピードを更に速める。可能な限り素早く救助を成功させて、助太刀に回らなければ、と顔には出さずに息巻いたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る