第71話 神は設備を更新する

 地上界を映すモニターからは、ずっとノイズ入りの乱れた映像が流れている。大量発生するバグが中継を荒らし続けていた。画面に映るはずのものは、結界の賢者の位置が示す建物。だが、確認しようにも魔領という環境が神たちの邪魔をする。


たちの悪いバグが多すぎるな。魔領の深部を覗こうとすればするほど、ノイズが激しくなっている」


「定期的にバグ取りしていたはずなんですけど……」


「多少、除去しても増殖が止められるわけじゃない。それに魔王もいるからな」


「先輩、どうにかできないんですか?」


 コンソールを叩き続けていた先輩神が、手を止めて首を横に振る。


「現時点では、このノイズへの対処は無理だ。一応、人形の奴に荒れた映像の解析を頼んでいるが……。――進捗どうだ?」


 人形神は作業に没頭していたはずと思って先輩神は振り返る。だが、その姿はどこにも無かった。その代わり、サボりじゃないと主張するかのように、分離可能な人形神の手がコンソールの上で踊っていた。


「……最近よく消えるな。どこいってるんだ、あいつ……」


「私も何も聞いてないですよ」


「はいはーい。ここに置いてねー」


 噂をすれば影が差すように、どこからともなく人形神の声が聞こえた。空間にふらりと出現した人形神はテーブルのあたりで、何故か天井を見上げている。


 頭上には謎の空間と繋がった巨大な穴が開いており、そこから四角柱の巨大な白岩が。今まさに足を下ろさんと突き出ている。


「――おい、ちょっと待て! 何を降ろすつもりだっ!?」


「オーライ。どーんといこう!」


 その言葉に応じて、垂れ下がっていた白い四角柱がテーブルを貫いて落下した。ずどんと重々しい音と共に空間がしばらく揺れる。小さな地震を起こした床の上には複数の計器と液晶が備え付けられた巨大な石柱が立っていた。


 石柱の側面から細かい文字が投影される。それを人形神は石碑の文字を解読するかのように読んで、勝手に納得して一人で頷いている。


「よし、これで完璧に設置完了だねぇ。ありがとー」


 別空間と繋がった天井へ腕を振った人形神に呼応して、どんどん穴が閉じていく。その際、青い触手のような何か見えたような気がしたが、先輩神に気にする暇はなかった。


 とりあえず人形神の肩をガッと掴み、顔をこちらに向ける。


「…………まず、説明してもらおうか?」


 先輩神のこめかみがピクリと揺れる。怒りは隠す気すら失せていた。だが、相対する人形神は特に悪びれた様子を見せない。


「ただの映像解析の準備だよー。ここにある機材じゃ無理だから、知り合いに専用の解析機、借りちゃった」


「そうか、分かった。それはいい。それ自体は助かるんだ。……んで、なぜ壊した?」


 落ちてきた石柱に無残にも潰され、使い物にならなくなった会議用のテーブルを先輩神は指差した。


「いやぁー、置き場が他になかったからねぇー。ギリギリ耐えられるかなって思ったけど、全然駄目だったねぇ」


「…………。ギリギリ耐えられるって、――んなわけ最初からないだろ!?」


 どう見ても白い石柱にしか見えない機械に対して、だだっ広いだけの普通のテーブル。貧弱な四本脚だけで巨塊を支えるのはまず不可能だった。中央に穴が開いただけでなく、上からの衝撃で台と脚が歪んでしまっている。もはや修理するより再創造したほうが早い。


「テーブルなんて創造でいくらでも作り直しがきくって、創造世界と比べれば安い安い」


「壊した張本人が言うセリフじゃないだろうが!? まったく、備品の創造だって無償ただじゃないんだからな」


「ごめんってぇー。代わりに性能が特別いいのを借りてきたから許してよー」


「……どれくらいのスペックなんだ?」


「世界の消滅をギリギリまで観測できるレベルのやつー。後輩ちゃんの世界が滅亡しても、ちゃんと残骸まで観測しきれるよー」


「要らないだろ!? そこまでのスペックは!? 無駄に高性能だなっ!!?」


 むしろ、そんな代物をどうやって借りてきたんだ。先輩神は呆れながらも開いた口を塞げなかった。ちなみに、高級解析機となれば再創造は専門の神でなければ難しい。もしも壊したりなんてすれば、本気で無事ただではすまされない。


「よくもまぁ、あんな置き方できたな。どう考えても雑だろ、お前……」


「置いたのは知り合いの方なんだけどねー。まぁ、でも、目に見える頑丈さが売りらしいよー。ボクらの中にも繊細な作業が苦手な子もいるからねぇ。適当に扱われてもいいように、爆風程度ではビクともしない設計だってさー」


「…………。なんか分かってしまうのが悔しいな」


 話を聞いていたのか、わりと脳筋思考な後輩神が、解析機の側面をコンコンと叩いている。万が一、暴れることがあっても簡単には壊れないというのは安心できることだった。


 ちなみに、この後すぐにハンマーを取り出した後輩神が、耐久試験を勝手に始めようとしたので、二神は即座にやめさせた。


「ついでに言うと、この解析機、バグ取りの補助とかも一部してくれるって言ってたねぇー。まぁ、バグのせいで荒れた映像を元に戻せるわけだから当然なんだけど」


「なら、私たちの負担も少しは減るというわけだな」


「かもねぇ」


 魔領から発生するバグが相手なので、実際のところ仕事量は以前と大差はないかもしれないが、補助があるのは素直に有り難いことだった。


「……欲を言うとしたら、もうちょっと見た目はどうにかして欲しかった」


 鋼鉄の機械だらけの空間に、ポツンと目立つような位置にある白い石柱。レイアウトからして違和感を拭えない。


「そればかりは、どうしようもないかなぁー。…………ん?」


 突然、低い音を鳴らし始めた解析機に、人形神は怪訝な声をあげる。側面についたモニターが勝手に白く光り始め、ノイズばしった映像を受信しだす。予想外だったらしく、人形神が慌てて機械の計器やボタンに目を向けた。


 来て早々、いきなり故障は流石に冗談にもならなかった。


「あ、先輩たち、なんか適当にいじったら動きましたよ」


 側面の見えない位置から後輩神が顔を出す。何をしたかは知らないが、装置を起動させたらしかった。ただ、人形神は珍しく焦ったように後輩神を問い質す。


「ちょっと待って、後輩ちゃん。何を触ったの? 待機状態にしていたから大丈夫だとは思うけど、この解析機って情報完全抹消機能なんかもあるみたいだから」


「何ですか、それ?」


「平たくいうと、自爆装置」


「――なんでそんな機能が組み込まれてるんだよ!?」


 一瞬で、神たちは騒々しく慌て出す。それでも爆発から逃げるというよりも、爆発して修理不可能になることだけは避けたいという意味で必死だった。


 幸いなことに、解析機はあくまで正常に稼働しており、バグで荒れた映像を正しく修正しているだけだった。ちなみに、後で持ち主の神に問いただしたところ、自爆云々といった話も人形神に釘を刺すための冗談だったらしい。心臓に悪いと先輩神は後になって大きく溜息をついた。


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