第67話 神は魔の領域を解説する
王都を襲った黒い魔物たちがいなくなり、地上は一時の落ち着きを取り戻す。勇者たちが動きを見せる一方で、神たちは今回の襲撃に頭を抱えていた。
「……魔物って、こんなに知能が高い存在でしたっけ?」
「相手を侮った私たちの落ち度だな」
襲撃のほんの少し前まで、王都周辺は安全地帯だった。黒い魔物が大陸中で確認される中でも、バグ発生の頻度が少なく、魔物の発生状況も比較的少ない傾向にあった。
それ故に、けたたましい警報がモニターから鳴るまで、いきなり黒い魔物たちが王都に結集し、襲撃を行うなどとは神たちも思わなかった。
「とりあえず、拉致された賢者についてだが。……そういえば人形の奴はどこだ。さっきから姿を見えないが」
「人形先輩は、ちょっと休憩に行ってくるといって、どこかに行っちゃいましたよ」
「なんで、こんな事態なのにいないんだよ、あいつ」
ややこしくなってるときに逃げるなよ、と先輩神は苦虫を噛み潰したような顔をした。だが、人形神がいれば話が進むかと言われれば、実際そうでもない。むしろ、いないほうが話がスムーズの可能性さえあった。
あいつ、よくよく考えてみれば、話し合いの邪魔することのほうが多かったな、と今更ながらしみじみと感じる。
「……とりあえず、現状の整理からだ。後輩」
逃亡した人形神のことは諦めて、先輩神はコンソールを叩く。モニターには地上の光景が映し出した。だが、画面には激しいノイズがかかり、断片的な映像しか読み取れない。
枯草が転がる広大な荒野、奥でそびえ立つ大火山。そして、荒野の中心にひっそりと建った赤茶色の巨大な塔。
「なんか、ずいぶんと荒い映像ですね」
「これは大陸北側の様子の一部だ。このあたりは全て魔領となっているせいで、ちょっとした通信障害が起きている」
南北を分断する山脈を越えた先にある魔の領域。そこでは、まともな街や村落はもはや存在しない。数々の魔物が
「………………」
「……? どうかしたか?」
何かを言いたげな目で、後輩神が視線を向けてくる。先輩神は不思議そうに眉を寄せた。
「……あの、先輩。さも当然のように言ってますけど、魔領って何なんですか? 私、知らないですよ、そんな単語」
「…………」
そういえば、と先輩神は思い出す。これが後輩神にとって初めての魔王案件だということに。あまりにも時間が掛かりすぎていて、すっかりそのことを忘れていた。
ちなみに魔領という単語は、魔王案件によく遭遇する神たちにとって、通り言葉のようなものだった。
「説明するとだな、魔王を放置しすぎると、バグはやがて空間にまで影響を及ぼすようになる。こうなると世界がだんだん不安定になっていくんだ」
「――不安定?」
訊き返してきた後輩に、先輩神はただ頷いて答える。
「物理原則や自然法則まで狂いが生じて、何が起こるか予測がつかなくなる。そうして創造世界の構成にできた綻びが大きくなり、最終的には全崩壊を引き起こす。この崩壊の前に発生する不安定な空間のことを魔領と皆、呼んでいるんだ」
「……。それって、今の勇者たちで何とかできるものなんですか?」
「正直、なんとも言えん……。一つ言えることは魔王討伐を急がねばならないということだけだ」
軽く頭を抱えながら先輩神は首を横に振った。
「……ま、丁度良かったんじゃないか。あの襲撃のおかげで、やっと勇者たちが魔王討伐に行ってくれる気になったんだ」
「流石に喜んじゃいけないところですよ、それ」
後輩神から冷静なツッコみが入った。
「でも、水の勇者も戻ってきてくれましたし。多分、勝算はあると思います。……今でも私からの啓示を無視してくるのが不安点ですが」
「お前、嫌われすぎだろ。……まぁ、扱いがぞんざいだったから、水の勇者の気持ちも分からなくはないが」
「――先輩、ずいぶん前に過ぎたことです。もう気にしてはいけません」
「……そ、そうだな」
静かな圧力を感じて、先輩神は首を縦に振った。それから話題を変えるようにコンソールを操作し、モニター映像を大陸の線図の状態に戻す。大陸の北半分はこれでもかというくらい赤色に塗り潰されていた。
「とにかく魔領では何が起きるか分からない。天変地異は序の口だ。正体不明の病魔、理不尽な呪い、極限の環境。全て乗り越えてもらわねばならない。呪いを受けた勇者が豚になった事例さえある。神である私たちにできることは観察と必要な支援を与えることだ」
「えっ……、魔王を討った後、食卓に並んだ勇者もいたのですか!?」
「いや、そこは別に重要なことでは、……まあいいか」
話の腰が折られることなど、もはや慣れたものだった。ちなみに、神に直接創造した勇者や賢者の場合、変異は滅多に起こり得ることではない。そもそもバグに対して耐性がある。
呆れつつも話に乗ろうとしたところで、後輩神がハッとしたように目を見開く。
「……まさか、人形先輩も神になる前に」
「あいつの姿は正真正銘、ただの趣味だから関係ない」
あんな性癖を持つ勇者がいてたまるか、と先輩神は思うのであった。
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