第68話 賢者は暗闇に監禁される
王都襲撃から、しばらく経ってバリエラは暗闇の中で目を覚ました。どこかの地下か洞窟かに閉じ込められているのか、光のない空間に彼女はいた。黒い魔物に呑みこまれたまま連れ去られ、この暗闇の中に幽閉されたのだった。
「……どうにか、助けが来ればいいんだけど」
口にした呟きが四方から反響する。事実、この場所は小さな部屋になっていた。
硬い土の感触がする地面に寝そべっていたバリエラは、ようやく身体を起こして、魔法を詠唱する。
「我は光を信じる者。光よ、周囲を照らせ」
少しの疲労感と共に、ロウソクのような淡い灯火が、バリエラが今いる場所を薄く照らし出す。真っ先に赤茶色の土壁が目に入った。
四方を囲む壁の一つが荒く削られ、格子のように穴が開いている。まるで、洞窟の壁をくり抜いて造ったかのような土牢。ただし、囚人を出し入れするための扉はない。
見たところ、普通の岩石であるため、やろうと思えば、魔法で牢屋を突き破ることは可能だろう。しかし、仮にこの部屋を出たとしても、次にどう進めば帰れるかは分からない。脱出はある程度の情報を集めてからでも遅くない、とバリエラは判断していた。
「………………!」
大岩を引きずるような鈍い音が耳に入り、バリエラは灯火を消す。すぐ近くを看守が巡回しているらしかった。
再び暗闇になった空間が、今度は鈍い緑光で照らされる。全身を光る苔で覆ったような、ナメクジみたいな図体をした魔物が、バリエラの牢の前をゆっくりと過ぎていく。
ひたすら無関心を装って、光る苔の大ナメクジがいなくなるのをバリエラは待った。わざわざ巡回しているので、この場所には他にも閉じ込められている人がいるのかもしれない。ごく稀に、人の声らしき音が聞こえてくることもあった。
とはいえ、仮にそうだとしても今のバリエラにはどうしようもない。先が見通せない以上、無闇に行動を引き起こすのは差し控えたほうが良い。
幸い、水と食料の提供はあった。おそらく襲った街から強奪してきたものだろう。だいぶ日数が経過しているため、新鮮なものはなく、普通に食べられるものは硬くなったパンのみ。
一応、スープらしきものも出されるが、基本的にまともな色をしていない。浄化の奇跡があるので、飲んでも害がないようにはできるが、喜んで飲めるものじゃなかった。
魔物に人間の食べ物事情は、よく分からないのかもしれない。
(…………救援に期待なんてしてたら、私が先に枯れちゃいそうね)
ため息と共にバリエラは青制服の中を探る。ポケットから取り出したのは草花の造形があしらわれたイヤーカフスだった。以前、ルーイッドに渡したものと同一の物、というよりもう一つの片割れだった。
彼には告げていなかったが、バリエラはこのカフスに治癒と浄化の奇跡が込めていた。危機が迫ったとき、秘められた二つの奇跡が怪我や呪いから命を守れるように、細工が施されている。
ついでに片方のカフスが使われれば、もう一方にもそのことが伝わるようにもしてある。この片割れがまだ反応しないということは、ルーイッドは無事ということだった。
おそらく、事態を知ればルーイッドたちも救援に動くだろう。ただ、いつまで待てばいいか、まったく見通しが立たないのも事実だった。
地を引きずるような音がしないことを確認して、バリエラはもう一度、光魔法で暗闇を照らした。それから格子の穴へと、光を近づけてみる。
通路を挟んだ向かい側の壁も土牢となっており、格子状に穴が開いていた。ここ暫くは、その部屋に誰かいないか確かめようとしているのだが、今のところ反応は返ってきていない。
光を強めれば、牢屋の中の暗闇も照らし出すことはできる。ただ、看守の目に留まりやすくなるのも確かだった。見つかれば、確実に咎められるだろう。
(このまま情報を何も得られないままでいるよりはね……)
看守は先ほど通り過ぎたばかりだった。そして、特徴的な引きずり音も聞こえない。意を決して、バリエラは光に魔力を注ぎ込んだ。
淡い灯火が息吹き返したかのように、
「――ッ!?」
白い輝きが差し込むと同時に、向かいの格子に何かが衝突する。黒い皮膚をした二足歩行の大柄な魔物が、その牢の中にいた。
光の刺激で興奮したのか、ドンドンと石製の格子に連続で体当たりをしだす。慌てて灯火を弱めたが、魔物は獣のように叫び、あたりかまわず強い力で暴れ出す。
「…………。どうして魔物が捕まってるのよ」
てっきり自分と同じように閉じ込められた人がいると思っていただけに、バリエラは落胆を隠せなかった。正気を失ったように魔物は連続で牢屋に身体を打ち付けている。とりあえず、看守たちが集まる前に光は消灯した。
(さて、今度はどうしよう……)
次の手を考えなければならない。そんなときに、やはりというか、光る苔で覆われた看守たちが向かい側の檻のほうへとやってきた。数は三匹。暴れる魔物に対処しようというのか、格子の隙間へと身体を伸ばそうとしていた。
そのときだった。向かいの土牢が激しい音と共に内側から突き破られた。
「モウォオオオオオオオオオオオオオオオオン」
光る苔に照らされて暴れていた魔物の輪郭が浮き出る。額に巨大な一本角を生やした鬼の魔物。暗闇で目は潰れ、代わりに顔半分を巨大な口が占める。
角の魔物は雄叫びをあげて、巡回の魔物たち相手に大立ち回りを始めた。剛腕が魔物たちを吹き飛ばし、放たれた拳が魔物たちを大きく凹ませる。もちろん、ナメクジの魔物たちも無抵抗ではなく、鋭利な触手のようなものを振りかざして応戦していた。
(……想像以上に大変なことになったわね)
格子の前で繰り広げられる戦いを他人事のように観戦しつつ、バリエラは間違えても巻き込まれないように、後ろへと身を退いていた。
数の上では三対一。だが、角の魔物のほうが押していた。二匹の魔物を沈黙させたうえで、最後の一匹をバリエラの牢のほうへと投げつける。ぐちょりという音と共に、ナメクジの柔らかい身体が格子に叩きつけられ、追い打ちとばかりに角の魔物が体当たりを加える。
(あの魔物、強いわね。いや、というよりも看守が、ただ弱すぎるような気が……)
しかし、呑気に観戦できたのもここまでだった。魔物の体当たりの衝撃が、バリエラがいる牢の格子をも突き破ったのだった。当然、このままでは自分にまで危害は及ぶ。
自分が騒動のきっかけであるとか、お構いなしでバリエラは叫ぶ。
「――人の場所に勝手に入ってくるなっ!」
一声と同時に、詠唱を省略した消滅魔法が解き放たれた。純白の閃光は争う両方の魔物をまとめて消し飛ばす。後に残ったのは破られた檻と、向かい側にできた大きな穴だけだった。
「…………大人しくしていた意味がないじゃない」
結果的に牢を破ってしまったバリエラは大きく
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