第52話 神は水の勇者を振り返る

 地上でレイラの過去について、ヨリミエラが話していた頃、同じく先輩神たちも水の勇者を話題にしていた。当時、勇者の管理は後輩神に任されていた。それ故に、先輩神も水の勇者がどういった旅路を辿ったのか、詳しく知らなかった。


「なあ、後輩。水の勇者が炎の勇者と行動していたのは本当か? 自らを魔王と名乗りだした奴が、わざわざ勇者に協力するとは思えないのだが……」


 勇者にとって魔王は最大の敵である。本物の魔王でなくとも、自らそう名乗った炎の勇者にとって、彼の次に召喚された水の勇者は望ましい存在とは思えない。多くの人間たちを無慈悲にも焼き払った事実もあり、この二人の勇者が協力関係にあったというのが、にわかに信じ切れなかった。


 一方の後輩神は、少し歯切れ悪く答える。


「実は、共に行動していたのは本当のことです。ただ、私も勇者たちの行動を常に観察していたわけじゃないので、どうしてそうなったかまでは……。でも、魔王を名乗っていても、炎の勇者もれっきとした勇者ですし……ねぇ?」


「だよねぇー」


 助け舟を求める視線を受けて、人形神が同意するように大きく頷いた。


「いや、お前は頷くなよ!? そのときはまだ、呼んでいなかっただろ!」


「あはは、ばれた」


 人形神は魔人が出現するようになった頃に先輩神から呼ばれた。そのため、初期に創造した勇者たちの事情を知るはずもない。人形神は開き直るように、ほんの冗談だよと肩をすくめた。


「……紛らわしいことをするな。炎の勇者が関わっていたとなれば、これまで水の勇者が魔王討伐に意欲的でなかったのも、奴の策略だった可能性すら浮かぶ」


 推察するような先輩神の呟きに、それは違うんじゃないでしょうか、と後輩神は首を傾げた。


「国を滅ぼした後もずっと、炎の勇者は残った街を転々と渡り歩いているようでしたし、水の勇者と接触したのは、流石に偶然じゃないですか?」


「国を滅した奴が、のうのうと街を出歩くなよ……」


「まぁ、魔王を名乗っていても、肉体は人間だしね。食料がなければ、勇者といえども餓死しちゃう」


「……確かに、草木も生えない不毛の地になるまで、燃やし尽くした最初の一国はともかく、基本的に人間を根絶やしにしようとしたわけではなさそうだな。生き残った者も数多くいたようだ」


 そうでなければ、今頃、地上に人はいない。


 炎の勇者に与えられた爆炎の奇跡の恐ろしさを、先輩神は理解していた。特に最初に滅亡することになった大国は、強大な戦力を抱え込んでいたにもかかわらず、住民もろとも焼き払われている。善人、悪人の区別もない、ただの殺戮を炎の勇者は実行していた。


 当時、他に勇者は存在せず、人類側に炎の勇者に対抗できる戦力はなかったと考えれば、人類滅亡は十分に有り得たと断言できる。


「……もしかすれば、魔王を名乗ったものの、本気で世界を滅ぼそうという気はなかったのかもしれないな」


「それなら、水の勇者と旅をしていてもおかしくないですよね!」


「いや、そうはならないだろ……」


 炎の勇者が地上の人間たちにとって、とてつもない脅威であったことには変わらない。水の勇者がどういった経緯で、炎の勇者と旅をする気になったのかは謎のままだった。


「案外、水の勇者のほうが、きっかけだったりするかもねー」


 ボソッとつぶやいた人形神に向かって、先輩神は疑るように表情を曇らせた。


「無理じゃないか? 後輩にはすまないが、炎の勇者を説得できるような器じゃないだろ、あの勇者は」


「いや、そうじゃなくてさ。同情されちゃった系もあるでしょ? 不憫すぎて、思わず手を差し伸べてしまったとか」


「……いや、流石にそれは」


 そう言い掛けたところで、ふと先輩神は自分の後輩の顔を見る。思いのほか、的を射ているような気がして、否定しきれなかった。


「――なるほどな」


「でしょ?」


「なんで、納得してるんですか先輩たち!?」


 わりと脳筋思考な後輩神に、勇者のサポートができていたのかという疑念を、二神が払えないでいることなど、当の本人は気付いていない。


「いや、単純に経験の浅いお前が、勇者を支援しきれなかったのかもしれないと思ったんだ」


 遠回しに柔らかい表現で伝えると、後輩神は不満げな表情を浮かべた。


「二回目の召喚だったので、ちゃんとできてると思います。マニュアルに従って、人目につかない場所に召喚してあげましたし、いきなり襲われないように、街に辿り着くまでは魔物の動きを教えてあげていたんですよ」


「街に入っちゃえば比較的、魔物の脅威は少ないよねー。協力者も増やしやすいだろうし、最初の時点では順調だね」


「確かにな」


 聞く限りでは、後輩神の手際に不備はない。もちろん、マニュアルも完璧ではないので断言はできないが、初手で大きな間違いを犯していたわけではなさそうだった。


「そうです、問題ないはずなんです! 次に、地上の様子を覗いたとき、なぜか孤独で外を放浪している水の勇者がいましたけど……」


「そういえば、ほぼ手ぶらで召喚したって前に言ってたねぇー。路銀もないのに、街に放置させたら、そうなるんじゃない?」


「まぁ、それくらいなら問題ない。情勢的に魔物討伐の仕事くらいあっただろ。水の勇者はそこらの民兵よりも強い。むしろ引く手は数多あまただったんじゃないか?」


 最初の魔王勢力の侵攻や、その後の国どうしの紛争、とどめに炎の勇者による世界制圧。当時の人々に魔物たちへ抗う力があったとは考えられない。それ故に、戦える人材が不遇されるとは思えなかった。


「それがですね……。勇者そのもののイメージが非常に悪いときでなければ、うまくいったと思います」


「…………炎の勇者か」


「うわ、すっごいハードモード」


 先輩神は思わず頭を手で支えた。炎の勇者の行いのせいで、勇者そのものに対する不信感が地上の人間たちに芽生えていることなど、水の勇者を召喚するときに想定していなかった。


「……後輩。その情報は、勇者を召喚する前に確認したかったな」


 流石に、勇者そのものが憎まれる事態になったことを責めることはできない。だが、召喚される前から逆風に立たされていたのは、水の勇者が不憫と言うほかなかった。


「……追い回されても勇者の身体能力があれば、ほとぼりが冷めるまで隠れ過ごすことはできなくはないが」


「えーっと、最初の頃の水の勇者は、新しい街を訪れては魔王の手先と間違われて、逃走の流れを繰り返していました。正体を隠すという発想は最初から無かったような気がします」


「そこは止めてやれよ、後輩!? というかその時点で、私に相談しろ!」


 むしろ、その状況からどうやって、国を建てるまで持ち直せたんだと、聞いていて不思議なくらいだった。炎の勇者が関与しなくても、当時の水の勇者は、勝手に野垂れ死にしそうな気さえする。


 完全に任せきりにしていた自身にも、非が無いわけではないと自覚するからこそ、先輩神は頭を抱えた。


「あ、いえ、相談しようと思わなかったわけじゃなかったのですが、炎の勇者が……」


「――おい、まさか! ここでなのか!??」


 後輩神は目を泳がせながらも、こくりと頷いた。それから弁解する。


「はい。私がしばらく目を離していたときに、水の勇者と炎の勇者の接触があったみたいなんです。一応、後から気づいて警戒していたのですが、旅自体はかなり平穏で、自然と相談する必要がなくなったというか……」


「平穏? 危害を加えられたわけではないのか?」


「はい。むしろ保護者でした」


「……………………」


「これ、やっぱり同情されて、炎の勇者に拾われたパターンじゃない?」


 先輩神は口を閉ざしたまま、人形神に同意するしかなかった。


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