第50話 賢者は魔導人形に再会する
二人用のそれほど大きくないテーブルに、三つの椅子が用意され、一つには竜の勇者であるアカ、もう一つは親衛隊の副隊長であるクラダイゴが腰をかけていた。その二人とテーブルを挟んで向き合うように、最後の椅子には魔導人形の勇者である銀髪の少女が背をもたれさせている。
今しがたまで何かを話し合っていたに違いなかった。特にクラダイゴの表情は険しい。ルーイッドが部屋に入った途端に、三人の視線が一斉に向く。
「お、起きたのか坊主。まだ寝てなくても大丈夫なのか?」
「すみません、心配をかけました。……それで、僕も話に加わってもいいですか?」
「ああ、それよりも大変だったみてえだな。一応、経緯はこの嬢ちゃんに聞かせてもらっている」
クラダイゴは自分の代わりに座れるように席を譲ってきた。言葉に甘えて腰を下ろすと、ちょうど真正面にいるメキの白銀の瞳と目が合った。
隣のアカから目配せされ、ノルソン絡みの話は共有し終えたと聞かされる。となれば、水の勇者が魔人と協力しているらしいこと、ノルソンが水の勇者を標的にしていることなどは、クラダイゴも既に知ったということになる。
クラダイゴが水の勇者であるレイラと旧知だということはルーイッドも知っていた。後ろで控えた彼は、真一文字に口を結んで、なにかを思案しているようだった。話しかけるのは何となく躊躇われた。
(とりあえず、来訪の意図を確認する方が優先かな……)
ルーイッドは改めて銀髪の少女と向き直る。魔導人形の勇者は、先日と同様の服装をしていた。白銀の瞳に怜悧な光を灯して、喋らずに静かにこちらの出方を待っているようだ。淡白な表情からはどんな感情を抱いているかも読み取れない。
「数日振り。きちんと話すのは初めてだね。よろしく、メキ。いや、魔導人形の勇者」
「…………」
銀髪の少女は言葉で応じることはなく、代わりに片手を差し出した。銀色の瞳は淡々としたままで、顔も無表情。感情の色はない。意図が分からず、ルーイッドは思わずに戸惑いを顔に浮かべた。だが、メキは不思議そうに首を傾げる。
「――握手。初対面の人とはこうするのが決まりだって、ノルソンから教えてもらった」
「ああ、そういうことか」
困惑しつつも納得して、ルーイッドは彼女の手を取った。握りしめた手の冷たさに、ルーイッドは面食らう。人肌のような温もりのない、無機物の硬質な冷たさ。見た目は人間でも、彼女は紛れもなく魔導人形なのだと思い知らされた。
その一方で、握手を求められたのは意外にも感じた。竜の勇者と戦いで見せた冷徹な表情や、かつてのテムルエストクでの戦いで見た、荒々しくも勇ましい姿が、ルーイッドの記憶の中にあった。それが魔導人形の勇者の印象だった。
「一応、初めましてというか僕の場合は、君に真っ先に礼を言わなければならない立場なんだけどね……」
メキの眉が驚いたように少し吊り上がる。やはりというか、まったく身に覚えがなさそうだった。テムルエストクで生じた氷の魔人との戦いのことを、ルーイッドは聞かせることにした。
「氷の魔人のことは覚えているかな。あの戦いのときに、僕も兵士団を連れて、街へ調査に来ていたんだよ。だけど、僕は氷の魔人に手も足も出なかった。君が来てくれなかったら、今の僕は居ないだろうね」
「…………」
メキは目をすぼめて、じっとルーイッドの顔を凝視する。どうやら記憶を掘り返そうとしてくれているようだが、最終的には首を傾げた。予想していたこととはいえ、少なからず落胆はあった。
「魔人のことは強かったから覚えてる。でも……」
「まあ、ほぼ居合わせただけだったから、覚えていないのも仕方ない。あの後、君は氷の魔人と相討ちになった。……だからこそ、君がノルソンさんの味方として現れたときは驚いたよ」
「……ノルソンは動けなくなった私に手を差し伸べてくれた恩人。分かっているとは思うけど、あの人と敵対するつもりなら私は容赦できない」
「そのつもりはないよ。だけど、信頼しきれないというのが本音かな。あの人は隠し事が多いような気がする」
異世界より召喚され、勇者の選別という特殊な使命を抱えるノルソン。今回の件に限らず、互いの出方次第では対立の可能性は充分にあると直感していた。
「…………」
白銀の瞳から刺すような視線を感じて、ルーイッドは内心でため息をついた。正直に答えたが、やはり満足のいく回答ではなかったらしい。
「おい、賢者。いつまで無駄話を続けるつもりだ。貴様は話を聞きに来たのだろう?」
長々と話をしたせいか、隣のアカが苛立たしそうに眉間に皺を寄せている。脱線してばかりで、全く本題に入ろうとしていなかったことに、今更ながら気がついた。
「あっ、ごめん。つい……」
「そうだった。話をしないとね」
メキも余計な話をし過ぎたことに気がついたのか、仕切り直しでもするかのように自分の椅子に座り直した。
「まず、私がここへ来たのはノルソンの指示。今回はあなたたちの助力が任務。それと賢者には、これを渡せって言われた」
メキは自分の制服の裏から縦長に畳まれた紙を賢者に手渡した。折り目を広げてみると、少しばかり形を乱した自筆の文字で、わざわざメキを派遣してきた理由が書き綴られていた。どうやら彼女がうまく説明できなかったときを考慮して、ノルソンが配慮していたらしい。
ノルソンは現在、水の勇者たちの動向を監視しているらしい。水の勇者はエベラネクト付近の山岳地帯を拠点にしているとのことだった。最も標高が高い山の頂付近で、複数の黒い人型の巨人に護衛されているらしい。
水の勇者自身は黒い繭のようなものに覆われて、眠りに就いているようだが、襲撃をかけるのならば、巨人も含めて相手取らなければならず、戦いの準備を入念にしておくようにと勧めている。
メキに関しては、本人が言うように、賢者たちの戦いを補助するために派遣したらしかった。期限を過ぎるか、状況が急変しない限り、水の勇者を討つ真似はしないように言い聞かせてあるらしい。
また今のメキには奇跡の行使に制限があるが、戦闘員としてなら十分に役に立てると手紙には綴られていた。竜の勇者が怪訝そうに顔を曇らせる。
「奇跡に制限とはなんだ?」
「私の奇跡は神器がないと全力では行使できない。どのみち危険すぎるから、あの場では使えなかったと思うけど」
「悪いけど、君の大槌は王都で預かっているよ。返すのは王都に帰ってからだね」
流石に今から王都から取り寄せるのは間に合わない。魔導人形の勇者に力を存分に発揮してもらうのは別の機会になりそうだった。
「まずは作戦を練らないと。場所が山なら潜伏しながら接近しても、すぐには気付かれないとは思うけど」
喋っているうちにサユイカとアルエッタも部屋の中に入り、話に耳を澄ませていたようだった。皆が揃ったことで、これからの戦いについて話し合うのには丁度いい機会に思えた。
「なあ、坊主、ちょっとだけいいか?」
それまで黙ったまま、場の話を聞いているだけだったクラダイゴが軽く咳払いをする。これから具体的に方策を練る段階になって声が掛かり、不思議に思ってルーイッドは振り向いた。
後ろで腕を組みながら控える大柄な彼は、日焼けした精悍な強面を賢者に向けて、問い掛けるように口を開いた。
「今回の話、場合によっちゃ、非情な決断をくださなきゃならねえ。だから確認をしたい……。いざというとき、お前は本当に戦えるのか? 坊主」
差し込まれた問いに、ルーイッドは一瞬だけ答えに詰まった。命を天秤に掛けなければならない時がくる。それくらい分かっていた。
「答えるまでもないよ。――覚悟している」
「……そうか」
クラダイゴはただ一言、そう呟くだけだった。だが、心なしかルーイッドは自分の胸に、しこりのような疼きを感じざるをえなかった。
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