第47話 神は勇者のことで会議する
普段の白い空間には、機材が散らかっていた。勇者や賢者たち、異世界人のノルソン、魔物たちの動向を探るために、神たちは多くの機器を搬入させていた。もはや話し合いのための場所とは呼べなくなった会議空間だったが、神たちは現在、各々の作業の手を止めて、全員がテーブルについていた。
先輩神以外は静かな時間が続いている。後輩神と人形神は、創造世界から発された通信に、ただ耳を澄ましていた。自分の右耳に手を当てた先輩神が、この場にいない誰かと話をしている。
「状況は分かった。定期的な報告、いつもすまないな。――ノルソン」
長時間に渡って続いていた会話が途切れる。残り二神は連絡のやりとりをしていた先輩神に視線を向けた。通信内容を傍受していた人形神が、むせび笑いを堪えるような音を立てた。
「ククク、めちゃくちゃ混沌としてるねー! 魔人の出現だけじゃなくて、水の勇者も止めなければならないってさ。あの異世界人、頭を抱えていたじゃん。賢者たちに見せていた余裕が嘘みたいだよ」
「それでも賢者たちと対話できてはいるんだから、十分に働いてくれてはいるだろ」
「それはそうだけどねー」
作り物のような口を動かして、カタカタと笑う人形神。ノルソンからの報告を耳にした上での率直な感想らしかった。
先輩神は溜息を漏らした。モニター越しからでも世界を観察していたため、ある程度は状況を把握していたが、改めて報告として告げられると、勇者や賢者たちが複雑な状況に立たされているのが分かる。
「水の勇者が強めのバグと接触してからだったか? 彼女からバグに似た反応が検出されるようになったのは」
「そだねー。でも、まさか魔人と協力関係になってるとは思わなかったよ。いやー、ここまで反骨精神に溢れてる
「いや、見直すな。寝返りってことだからな? 本人の意思かどうかは知らないが」
件のバグは水の勇者と接触して、すぐに消え去ったので、最初は水の勇者が魔物と討伐したとだけ神たちは認識していた。事実、それ以前までの彼女は、魔物を残らず処理している。
水の奇跡を応用した霧で索敵しては、見つけ出した魔物を水の刃で切り刻む。いくら魔物たちに索敵魔法が通用しないといっても、水をほぼ体の一部のように扱える彼女にとって、霧が触れた相手を感知するのは容易い。それ故に、賢者たちが魔物の捜査に苦戦している中でも、彼女だけは一定のペースで討伐を続けていたのだった。
だが、魔物と同様のバグが水の勇者から確認されてからは、流石に様子がおかしいと気がついた。
「少なくとも魔人の反応が、水の勇者から発されているのは間違いない。支配下にあるか、それとも従属したのか。どちらにせよ、現状は厄介な敵として見るしかないな」
「実は本心から裏切ってましたとかだったら、完全に後輩ちゃんの人徳不足ってことだねー」
「ええっ!? そんなことはないと思いますけど……」
矢面に立たされた後輩神が、不服そうに頬を膨らませた。対して、人形神は呆れたように肩をすくめて首を横に振る。
「だってさー、後輩ちゃんが呼びかけても、いつも無視じゃん、あの勇者」
「そ、そんなことないですよ。たまに応じかける素振りはあるんです!」
「……音信不通にされていることには変わりないぞ、後輩」
見苦しすぎる主張に耐えられず、先輩神も口を出した。多数決でも劣勢になった後輩神は、ムキになって先輩の二神に向けて口を尖らせる。
「それだったら、先輩たちはどうなんですか。先輩が送り込んだノルソンさんは無茶振りされまくってるし、人形先輩が創造した勇者たちに至っては、どちらも一度は犠牲になってるじゃないですか!」
「ノルソンは問題ない。お前の創造世界に送り込むにあたって、多少の無茶を要求しても、冷静に対処できそうな奴を厳選したからな」
「犠牲はあくまで戦いの結果だね。それに必要とあれば、自身を犠牲にするのも勇者の在り方の一つ。特に良いとか悪いとか、ボクは思わないねー」
「……むうっ」
あっさり即答されて、後輩神はさらに口をへの字に曲げることになった。まだまだ新米だから仕方ない、と先輩神からはフォローされるが、人形神からは煽られる。当然、後輩神はむくれたままだった。
「――おい人形」
いじりが過ぎる人形神の脇腹を先輩神は小突いた。今後の方針を話し合わねばならないときに、足並みが揃わなくなるのは具合が悪い。小声で仕方ないなー、と呟いた人形神が言葉を掛ける。
「後輩ちゃーん。勇者との関係を良くする接し方、教えてあげよっか?」
「人形先輩は信頼できないので、大丈夫です」
「いやいや、ボクを見習う必要ないよ? ボクは特殊だからね? 教師にする相手はこっち」
人形神は隣の先輩神を指差した。事前の打ち合わせもないにもないので、当の先輩神も困惑気な表情を浮かべる。構わず人形の神は後輩に話を続ける。
「さて、後輩ちゃん。ボクらを放っておいて、あの異世界人と通話していた先輩のことはどう思う?」
「いかにも心配そうな顔で、とにかく困ったことが無いかとか、体調の具合はどうだとか、根掘り葉掘り深掘りしていく様子は、ちょっとお節介なんじゃないかと思いました」
「――は?」
「そうなんだよねー。ああ見えて、実はボク以上に引きこもりがちで、身内以外の神相手だと、途端に話題が続かなくなるらしいよ。まあ、見習うところはそこじゃないけどねー」
「それは前もって了解してます、人形先輩」
「――おい、ちょっと待て? なんで私のこと暴露した? 後輩もなんで知っている?」
困惑しながら先輩神は片眉を上げる。直感的にマズい流れが来た気がした。
「でも、地上の勇者への接し方は、実はノルソンがされていることくらいが、丁度よかったりするんだよ。創造した勇者には、基本的に使命以外の指針が何一つないからねー」
「なるほど、先輩のお節介は勇者にとっては配慮に変化するんですね、偶然ですけど」
「後輩、私をディスりたいのか?」
人形神がどこか笑いを堪えていることに気づいて、先輩神はハッとする。いじりの矛先になったと確信したときには、もう全てが遅かった。
「先輩、良かったですね。気兼ねなく話せる
「今までごめんねー。気苦労かけてばっかりでさー」
「――ただの事務連絡から邪推するなっ! 私に他に親しい神がいないみたいにするのはやめろ!」
「え? いた――」
余計なことを口にしようとした人形神の顔面に、神速で放たれた先輩神の鉄拳がめり込む。しかし数秒後には、半分潰れたような顔で人形神が復活する。余計な煽りを口にしながら。
「いやー、短気だねー。最近、怒りっぽくなってきたんじゃないかなー? ――ほら、今にも皺が一つ増えそう」
「ストレスの元凶がどの口で言ってるっ!」
「いやー、だってそういうキャラだし? ボク」
「――開き直るなっ!」
それから結局、まともな会議はすることができず、ただの喧嘩で時間を浪費させた神たちであった。
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