第44話 青年は勇者を襲撃する
大きく振るわれた機械仕掛けの大剣が、砂利だらけの地面を粉々に砕き飛ばす。
ノルソンに
舞い広がった砂利と砂埃に紛れるように、ノルソンが不意に姿を現す。青紫の光を
水の勇者が生み出したのは、一振りの片刃を形取って生成した水の剣。超高速で振動する
ノルソンが振るう青紫の斬撃を、レイラは水の
「――くっ!?」
二種の剣が交錯しあう。だが、すぐに苦悶を浮かべたのは水の勇者だった。ノルソンの剣から放たれた光が、彼女の両腕まで到達して跳び弾ける。堪らずに飛び退く水の勇者。かなりの距離をとった彼女は相手の長剣を睨みつけた。
よくよく見れば、ノルソンの剣から放たれる青紫の光は、放電によって形成されているものだった。
「高圧電流をまともに浴びて、まだ立ってられるとは思わなかったよ。勇者というのは本当に人の範疇を超えているな!」
「――くらいなさいっ!」
喋るノルソンを無視して、その場で生成した水の散弾をレイラは一斉に解き放った。だが、近距離で高速の弾丸を浴びたはずの彼には傷一つない。この程度では意味がないと判断したのか、水の勇者は自分の周囲に大量の水を集結させようとした。
そこで、我に返ったルーイッドたちは、二人の戦いに割って入る。
「ミド、頼むっ!」
「分かってるのである」
邪魔するようにミドが両者の中央に竜巻を生じさせる。暴風に巻き込まれることを恐れて、青年と勇者の戦いが止まった。やがて風を収まった後、ルーイッドたちは二人に挟まれるような位置に踏み入った。それから静止を呼びかける。
「ノルソンさん、それとレイラ様、攻撃しないでくださいっ! 二人とも戦うのを止めてくださいっ!」
二人を交互に向き合いながら、ルーイッドは言い放った。事情はよく分からないが、とにかく話をする必要があると感じていた。もし、静止を聞かずに争うようであれば、ルーイッドもミドも戦いに介入せざるをえなくなる。アルエッタには、流石にどこかへ隠れてもらうしかないかもしれないが。
「すまないが、賢者は処分対象じゃない。ルーイッド君、退いてくれると有り難いんだが?」
そうは言いつつ、紫電を帯びさせた剣身をノルソンが納める。だが、
「ミド、任せたっ!」「ぬ、分かった!」
声を掛けられた竜の勇者は振り返り、水の勇者へと向かう白銀の甲虫を追い掛けるように飛翔する。ミドの実力なら問題ないと信頼していることもあり、ルーイッドはノルソンと対峙する。
「――退きませんし、あの人と戦わせるわけにはいかない! 敵ではないんです、レイラ様は」
「悪いが、君にとって味方であるかどうかは関係ない。彼女はここで仕留めることになる」
「それはさせませんっ!」
身体強化のかかったルーイッドは、息をつかせる間もなくノルソンに肉薄し、剣を彼の首の位置で止める。薄皮一枚分でも動かせば、鋭利な剣先が喉笛を掻っ切ることになる。
ノルソンに抵抗する気配はない。そして、機械の怪物が動きを止める気配もない。ミドと
「動けば、命は保証しません。早くあの怪物を止めてください。そもそもいったい何のために――」
「ただの仕事だ。水の勇者を仕留めるというね」
言葉が途中で遮られると同時に、突如として背後で何かが墜落する音が響く。舞い上がった土砂が落ちたのを耳にしながら、ルーイッドは背後を確認した。
「――な!?」
墜落したのが竜の勇者だと気付くのに時間がかかった。ミドはすぐに起き上がったものの、若干ふらつきながら必死にその場を跳び退がる。そこへ別の誰かが降り立った。
「…………?!」
「来たか」
バリエラよりも少し背が低い、銀髪銀眼の少女。思わぬ相手に賢者は息を呑む。服装はノルソンに似た、深緑のジャケットと黒いショートパンツという出で立ち。露出させた脚は小麦色をしている。彼女の顔と肌を見た瞬間、なぜかルーイッドは強い既視感に襲われた。
「あの子は……?」
「ルーイッド殿っ、こやつは危険だ。間違いなく強い。――どうする?」
珍しく焦りを
「ミド、やれるなら、その女の子の相手をしてくれっ! レイラ様はまだ持ち堪えてくれている」
かなり後方から生じる剣戟の音を耳にしながら、賢者は確信していた。強化された鋼鉄の怪物相手でも、水の勇者は十二分に渡り合えていると。
「相分かったっ!」
「……やるの?」
ミドが鋭利な爪を立たせる。風魔法を伴った翼は急加速し、音を置き去りにする
「流石、……強いね」
銀髪の少女は、
竜の勇者を腕力で押しのけた少女を、ルーイッドは信じられないものを見るかのように、目を大きく開かせる。
「……嘘だろ」
「驚いてもらっては困る。彼女も魔人と戦った勇者ということらしい。これくらいの実力は当然なんじゃないか?」
「――魔人と戦った、勇者!?」
竜の勇者のことではない、もう一人の勇者。ルーイッドの記憶がフラッシュバックする。場所は砂漠の町、テムルエストク。その地を襲撃した氷の魔人と戦ったのは、巨大槌を抱えた少女の勇者だった。その面影が、ミドと交戦している彼女と重なっていく。
あのときの巨大槌はなく、服装も異なっているが、髪や顔つきは紛れもなく、氷の魔人に追い詰められたルーイッドを救った勇者そのものだった。
「……まさか。でも、彼女は」
「なるほど、君には覚えがあったか。言っておくが、生き返ったわけじゃない。元々、力を使い果たして眠りに就いていただけらしい。それを俺が目覚めさせて、今回の仕事に協力してもらっている。とはいえ、彼女も実力を十全に発揮できる状態ではないから、無理はさせられないが」
「そういうことなら、なおさら戦いを止めてくださいっ! 同士討ちをする意味が分からない」
銀髪の少女とミドの戦いは続いている。空を飛翔し、縦横無尽に動き回る彼に対して、少女の動きは静かだった。ミドが爪を打ち付ける度に、少女は対応して素手で攻撃を
おそらく竜の勇者のほうが素早さは断然で上。しかし、純粋な力は彼女のほうが上なのだろう。二人の勇者はほぼ互角に渡り合っていた。
ミドはほぼ掛かりきりになると判断して、ルーイッドは剣に炎魔法を
「止めてくれなければ、あなたを斬るしかなくなります」
「なら、こっちからも忠告させてもらう。ルーイッド君、今すぐ俺たちの邪魔をするのを止めてくれ。君と敵対するのは本意ではない。むしろ、水の勇者を倒すのを手伝ってくれると助かる」
「レイラ様を倒せって、できるわけないじゃないですか……」
「ならば、無用な戦いは好みじゃないが致し方ない。君も任務の障害として、排除対象に加えたほうが手っ取り早いかもしれないな」
「!?」
そこでルーイッドは、今度は自分の剣が微動だにしないことに気がつく。ノルソンの指が、燃え盛る剣身を挟むように捉えていた。炎で
「一つだけ教えてあげよう。今回の俺の目的は、最初から水の勇者の抹殺だ。勘違いで戦っているわけじゃない。邪魔立てするなら容赦はできない」
険しく細められた青年の紅い瞳には、呆れの色が入り混じっていた。だが次の瞬間には、その両目は殺意一色に染め上げられていた。
「――どのみち実力がなければ、戦場ではただのお荷物だ。君が魔王討伐に付いていける人材か、確かめさせてもらおうじゃないか」
ギンッ、と硬質な音と共に、ルーイッドの剣が真横へと払われる。ノルソンは抜剣した得物を逆手に握り直し、柄頭で賢者の鳩尾を殴打した。
身構えたときにはルーイッドの身体は蹴りとばされ、気づけば地面を這いずり回っていた。
体が苦しくて咳き込んだ。動体視力も強化されているにもかかわらず、完全に虚を突かれていた。そんなルーイッドの様子を目に映しながら、ノルソンはゆっくりと間合いをとる。それから蒼い雷光を迸らせて輝く剣をルーイッドに向けた。
「ルーイッド殿っ!?」
「あなたの相手は私だよ?」
ミドもこちらの状況を把握したらしく、救援に向かおうとしてくれているが、少女のほうがそれを許さない。それどころか、注意を逸らした瞬間に、少女の飛び蹴りを腹部にもらっていた。
「ミドっ! そっちの戦いに集中してくれ。ここは僕一人でなんとかするっ!」
声を荒げながらもルーイッドは自身に、更に限界まで複数の強化を重ね合わせる。過度な奇跡の行使によって、強化した部位から全身へ痛みが連鎖し始めたが、気にしている暇はない。必死になって立ち上がり、全身をやや前屈みにする。
まずルーイッドは強化した足腰で前方へ飛び出した。それから振り上げた炎の刃を斜め下へ振るう。それを冷静にノルソンは、紫電を
刃と刃の衝突による剣戟の音は軽かった。賢者がすぐさま跳び退いたからだ。
「燃えろっ!」
叫ぶや否や、燃え盛る剣の炎がノルソンめがけて、まるで意思があるかのように襲いかかった。飛び出た炎の渦に呑み込まれた彼だが、数秒後には再び姿を現した。燃え盛った火炎は全て紫電によって掻き消されていた。
「少し前から気になっていたが、魔法とは詠唱するものじゃないのか?」
「……魔法は詠唱が無くても一応できます。勧めはしませんが」
「なるほどな」
詠唱無しの魔法は制御が難しい分、消耗も段違いで激しい。魔法で反動が生じる現在のルーイッドでは、できれば避けたい手段であるが、どうしようもなかった。
今度はノルソンのほうから肉薄した。堅実に身体の芯を捉えてくる疾風のような斬撃に、ルーイッドは剣で防ぐしか術が無い。
(
刃と刃がぶつかりあう度に腕から流れてくる電気は、雷耐性が強化されているため問題ない。それでも握る手から伝わる衝撃ばかりはどうしようもない。二、三度、打ちこまれたかと思えば、そのまま
剣技が駄目ならとばかりに、一歩下がったルーイッドは複数の魔法陣を同時展開させ、ノルソンの眼前で、無詠唱のまま魔法を炸裂させる。火、水、風、雷。四色の魔法が散弾となって彼に襲いかかった。
燃焼、貫通、切創、感電。どれも人にとっては脅威でしかない。だが、ノルソンは全く意に介さなかった。水の勇者が散弾を浴びせたときもそうだったが、彼は何らかの手段で自衛しているようだった。
「……なら」
さらに距離をとったルーイッドは、今度は魔法陣を一つだけ展開する。
賢者の剣に付与された魔法陣から風が漏れ出すや否や、何かを察したノルソンは、横へと跳び退いた。
「……っ?」
ルーイッドの眉間に
「――っ! いいだろう」
接近してきた賢者に、ノルソンは好戦的な笑みを浮かべた。再び剣を構え直し、こちらの出方を窺っているようだった。ルーイッドは剣の間合いへ踏み込み、別の魔法を行使する。
ノルソンの眉が少しだけ吊り上がる。ルーイッドが行使したのは透過魔法。ノルソンの視界からはルーイッドの姿は掻き消えたように見えたはずだった。だが、ノルソンは特に驚きを示さず、鋭く目を細めて右斜めを長剣で薙ぐ。
耳元から風が切り裂かれるような擦過音が過ぎ去った。ほぼ正確に位置を当ててきたノルソンに半ば驚愕しつつも、斬撃をギリギリで掻い潜った位置で、ルーイッドは透過魔法を解く。上半身をほぼ水平に屈め、無理やり足を走らせているような、剣を振るうこともままならない姿勢だった。
魔法陣を展開した時点で攻撃を警戒できるノルソンは、魔力そのものを感知している可能性が高い。看破されるかもしれないと踏んでいたからこそ、辛うじて避けることができた。姿勢はギリギリだが、おかげで普通に近付いても肉薄できない位置にルーイッドはいる。
「――外れたか」
距離を取るためにノルソンが後ろへ大きく飛び退こうとする。この瞬間を賢者は待っていた。
水平だった姿勢を持ち上げるように、ルーイッドは剣を斬り上げる。無理な体勢からの斬撃に力など無いが、その刀身に魔法が
直前で止めていた暴風魔法を発動させる。斬撃の軌跡を描くように疾風の刃が生まれ、ノルソンに向けて解き放たれていく。真後ろへ跳び退いたばかりの彼に、この追撃を対処することはできない。
激突の直前、ノルソンは口元から笑みを
「――いい気転だ。少しは戦えるらしい」
その刹那、暴風魔法の斬撃がノルソンに炸裂した。
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