第43話 賢者は勇者と再会する

 襲いかかる鋼の怪物を一方的に返り討ちにしてみせた黒髪の冒険者。ただの冒険者でないことは明らかだった。サユイカたちから得た情報では、レラという名前だったが、そうじゃないとルーイッドは確信した。


「どうして、あなたがここにいるのですか? ……レイラ様」


 かつては、艶のある水色の髪を長く伸ばしていた。だが、今はバッサリと後ろ髪は短く切り揃えられている。髪色も黒く染められていた。城を出て行ってからの変装のつもりだったのかもしれない。


 しかし、顔形にはたいして変化がなかった。伝聞や似顔絵くらいでしか知らない人間ならば、それで誤魔化せたであろう。だが、彼女の身近にいたルーイッドの目には通用しない。


 驚き、動揺、そして疑問。つい厳しめの声色で放ってしまっていたルーイッドの問いかけに、黒髪の冒険者はただ小さく息をつくだけだった。そして首を横に振る。


「今は、その話は置いときましょう。あれの排除のほうが優先です。後ろのお二人は仲間ですか?」


「はい。レイラ様がいなくなった後にできた仲間たちです」


「そうですか。なかなか強い力を感じますね。特にそちらの方は」


 レイラの視線が竜の勇者のほうを向いた。対して、ミドは少しの間、何も反応しないでいた。


「……ミド?」


「どうかしましたか?」


「ああ、いや、これでも勇者として召喚された身であるからな。助太刀する」


「あたしは勇者じゃないけど、足手まといにはならないよー?」


 状況を窺うために後ろで控えていたミドは、どこか違和感を覚えたような顔をしていたが、誤魔化すように首を左右させて回答した。アルエッタも続けて賛同して賢者の肩あたりまで近づく。


 そのときに、白銀の怪物がやっとのことで、のそりと体を起こした。丸みのある硬い背の装甲が川底に埋まりこんでいたはずだが、じたばたと暴れているうちに引っこ抜けたらしかった。


 気付くや否やレイラが戦いの姿勢を取る。ルーイッドも制服の腰に提げていた剣を引き抜く。剣技は副隊長のクラダイゴから叩きこまれていた。そこらの兵士よりも巧みに扱える自信はあった。


「ルーイッド。あれの特徴ですが、全身を覆う硬い外甲殻のせいで、並みの攻撃は通じないと思っていてください。あと、強化をください」


「了解しました」


 身体強化をはじめとする、複数の強化の奇跡が勇者たちとルーイッドを覆う。感覚はさらに鮮明に、肉体には力がみなぎり、体内の魔力の循環もより効率化される。


 一方で、完全に直立姿勢をとっていた怪物は、今度は跳躍した。背中の甲殻が真っ二つに割れ、中から透明の大きな薄羽が広がるように飛び出る。鋼の塊が飛翔した瞬間だった。


 それから怪物は水の勇者めがけて、右側の二本の拳を叩きつけようとする。しかし勇者たちは難なく散開して避ける、ミド以外は。


「なかなか重いのであるっ」


 重量のある金属の拳を、少年の身体が受け止めていた。見た目に反して強靭な竜の勇者は、奇跡による強化も受けたこともあり、平然と鋼の腕を捕まえたまま、翼を広げて大きく飛翔する。逆に引っ張られた鋼の怪物は、慌てたように羽根をばたつかせるが、宙返りした竜の勇者によって強引に空中で一回転させられ、遠心力を付けながら地面へと投擲される。


 その先で、水の勇者が片腕を水の中に入れながら待ち構える。操作されて隆起した水流が多重螺旋を描くように渦巻き、飛ばされてきた怪物を一気に飲み込む。その近くでは賢者が魔法陣を腕に展開して、詠唱を始めていた。


「我は暴風の剣を信じる者、世界に宿りし力よ、目覚めろ。――鋼をも両断するやいばとなりて、敵を斬り伏せよっ!」


 ルーイッドが下段に構えた刀身に、魔法の風が渦巻いた。それから振り上げるように、目の前の空を剣に切らせる。生まれ出た暴風が濃縮されて、怪物めがけて放たれる。渦巻く水流を一直線に引き裂きながら標的へと衝突した。


「いけたか?」


「それ、フラグってやつだよー」


 魔法を放ち終えた賢者に、呆れたようにアルエッタが肩をすくめた。命中の衝撃で水流が弾けて、雨のように飛沫が降り注ぐ。しかし怪物の姿は健在だった。とはいえ無傷とはいかなかったらしく、胴体には一筋の亀裂が生じていた。


 川岸で起き上がった怪物は先ほどまでの突撃姿勢をやめ、注視するように勇者たちを窺っている。


「なんかさー、一方的すぎない?」


「確かにそうだけど、加減する理由もない」


 賢者の近く飛んでいる妖精は、なんか盛り上がりに欠けるねとこぼした。実際、硬い割には攻撃手段が乏しいので、そこまで脅威でないとルーイッドも認識していた。とはいえ、倒すべきことに変わらないので、結果的にサンドバッグみたいな扱いをしてしまっている。


「あ、また勇者めがけて突進してくるみたいだよ。殴りかかって、あっ、――また、水の勇者に吹っ飛ばされたぁー。木々をへし折りながら倒されていくぅぅー。……お? まだ立ち上がるっ? ――立ち上がったぁああっ! 勝てないと分かっていても挑み続けるというのか、お前はぁああああっ!」


「相手側の応援をしてどうするんだよ、アルエッタ」


「容赦ない勇者からの水鉄砲で、再び転倒だぁあああああああ!」


「……でも、本当に一方的だね」


 成り行きで加勢したものの、実際のところ、手助けが必要だったとは思えない。ミドもこれ以上の介入をすべきかどうか迷っているらしく、戦いを途中から傍観していた。


 それにしても、と賢者は思う。水の勇者が相手取る白銀の怪物。一応、魔物だと見ているが、それにしても少し不可解な点があった。


(まったく逃げる気配を見せないな……)


 魔物もある程度、力をつけてくると相応の知性も身に付ける傾向がある。明らかな勝ち目がないと見れば、戦わずして逃走する魔物も少なくない。にもかかわらず、あの白銀の敵はひたむきに勇者に挑み続けている。なにかしらの退けない理由があると見ていい。


「ここで水の勇者、大量の水を浮かび上がらせて、――おおっ!?」


 熱を帯びていたアルエッタの実況が突然、一風変わった驚愕に染まる。水の勇者に目を向けると、彼女の上で巨大な水の球体が、中身を激しく泡立たせながら膨張して、白銀の怪物へ向けて、のしかかろうとしていくところだった。


 マズいとルーイッドは刹那に思った。


 咄嗟に防御魔法を発動させ、呼びかけてミドとアルエッタを後ろに下がらせるや否や、蒸気化した水の塊が大爆発を引き起こす。近くにいた味方に構わず、爆風は周囲へ襲いかかった。守り抜いたルーイッドは思わず声を荒げた。


「――ッ、レイラ様っ! さっきのはっ!」


 危うく皆を巻き添えにするところだったと、ルーイッドはレイラに叫んだ。しかし当の彼女は振り向くことすらせず、ただ冷ややかに、爆発の直撃を受けたはずの怪物を注視するだけだった。


 白い蒸気がまだ晴れない爆心地の中央で、銀色の怪物が立っていた。そして、その隣に新たな人影があった。


「あなたが黒幕ですか」


「…………。この状況ではそうだな。こいつに君を襲うように命令を飛ばしたのは、確かに俺だ」


 水の勇者と問答する黒い影から発された声に、ルーイッドは聞き覚えがあることに気づいて目を見開く。ミドやアルエッタも同様だったらしく、影のほうを凝視していた。


 薄くなった蒸気の中から、暗緑色のジャケットと黒ボトムスが淡く現れる。もやが更に晴れると、その人物はどこかで見たような黒髪紅眼を有していた。――以前、王都郊外で賢者たちの前に現れ、協力者と名乗った男、ノルソンだった。


「……ノルソン、さん?」


 驚きと混乱に包まれながら、ルーイッドは青年に向けて話しかける


「数日振りだな、ルーイッド君。だが、今は手を出さずに見ていてくれるとありがたい」


 それだけ言って、ノルソンは水の勇者に向き直った。彼の背後には先程まで戦っていた白銀の怪物がうずくまるように座っている。こちらは動く気配がない。そこへノルソンの声が掛かる。


強襲甲虫型スカラシルダー再起動リブートしろ。ブレードの使用を許可する」


 指示を受けた怪物の目に赤色の光が灯る。前屈みになりながら全身を立ち上がらせ、四本の腕を変形させる。左右それぞれの腕が一つに連結され、上から装甲で覆われ、新しく二本の両腕として生まれ変わった。


 それに合わせてノルソンも、何もない空間に向けて左手を伸ばす。まるでそこにポケットがあったかのように消失した左手首の先から、人の手に余るような、大型で片刃がついた機械剣が抜き出てきた。それを背後の怪物に受け取らせる。


 なぜ、彼が怪物に協力なんかしている? ルーイッドの思考は全く現状に追いついていなかった。王都では、自分は味方だと偽っていたのだろうか? にしては、今のノルソンからは敵意が窺えない。


「……ノルソンさん。その怪物は?」


「俺の、……そうだな。こいつは俺の仲間だと思ってくれていい」


「あなたは、僕らの敵なんですか?」


「そうじゃないが、そこにいる勇者に関しては別だ」


 白銀の怪物を従わせた青年は更に、何もない場所から光を帯びる長剣を引き抜いた。剣の先にいるのは、ただ一人。今は黒髪になった水の勇者。


「水の勇者レイラ。――君の存在は、この世界から排除させてもらう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る