第42話 神たちは現状を観察している
「なあ、人形神。さっき妖精が力を行使したんだが、計器にいくらかバグのノイズがあったんだ。ちょっと確認してくれないか?」
賢者たちの行動をモニタリングしていた先輩神は、交替でバグ取り中の人形神に声を掛けた。宙に浮かせたスクリーンに目をやりつつ、コンソールを数度叩いた人形神は、あぁと一声、勝手に納得して質問に答えた。
「この現象は、ボクら側の不手際だね」
「不手際?」
「後輩ちゃんがミスったってことだねー」
二神は同時に部屋の隅に顔を向けた。視線の先には誰もいない後輩神の作業机があった。――と見せかけて、よくよく見れば幻影でカモフラージュしているだけで、実際には顔を机に
「――隠れるな」
問答無用で先輩神は、その場で指を鳴らし、後輩の頭上に小さな雷を落とした。『びてゃ!?』という悲鳴が上がった。
◇ ◇ ◇
「後輩、お前……。最近、たるんでないか?
「
服や髪をちりちりに焦がした姿になった後輩神だが、雷に打たれた程度で堪えることはない。それよりも叱られたことに抗議したいのか、不満そうな目つきで先輩神に口を尖らせていた。
普段は聞き分けがいいほうなので、先輩神は少しだけ動揺していた。だが、後輩の失敗はきちんと
「あのな、失敗したなら隠さずに報告してくれ。妖精そのものに欠陥があると勘違いするところだったんだからな?」
「違います! 妖精のシステムのほうに問題大ありです! たった十分間で千以上もの項目を精査させるのはどうかと思います!」
「は……? 千……?」
後輩の口から飛び出した膨大な数字に、妖精を創造した人形神に顔を向ける。創造世界と神のいる空間では時間の流れが異なるとはいえ、その作業量は新人でなくても厳しすぎた。むしろ、杜撰ながらも良くやり遂げたと思うレベルだった。どうしてそうなった、と問いかけるように先輩神は唖然と口を開けていた。
「索敵魔法に適用されちゃったからだねー」
軽い調子で喋る人形神に、どういうことだ?と訝しみつつも視線を向けた。
「妖精ちゃんを介せば、ピンポイントでバグ処理できるって前に話したよねー。実はさ、あれって世界のシステムを、ボクらが肩代わりしてるからできることなんだよねー」
「……おい」
「要はね? ――バグで不具合のあるところを直接処理しちゃえっ! だけど普段、自動処理してるところも、手作業しなきゃいけなくなっちゃったなー、仕方ないかっ、てへっ! ってこと」
「――手に負えるわけないだろうがっ! 馬鹿っ!」
せっかく創造した妖精がただのお荷物になるじゃないか、と先輩神が喚くと人形神はゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫。攻撃系統の魔法や奇跡、浄化や治癒系統の魔法や奇跡への能力行使だったら、ここまで作業は多くならないよ」
「それならいっそ、説明書でもつけてから召喚しとけっ!」
「いや、付けてたはずなんだけどね? だけど妖精ちゃんを召喚した後に確認したら、なんか無くなっていたんだよねー」
「あの変な絵と読めない文字が書かれた紙。落書きじゃなかったんですかっ!? ゴミだと思って、捨てちゃいましたよ!?」
思い出したように驚き、目を丸めて叫ぶ後輩神。呆れ果てて先輩神は二の句が継げなくなっていた。書くならせめて、汚い雑文字は止めてほしい。正真正銘のゴミを貼りつけては神の威信に傷をつける。
「人形、事前の説明や自重はきちんとしてくれ……。今は大事な局面なんだからな」
話を切り替えようと先輩神は複数のモニターに映像を表示させる。銀色の怪物と交戦する水の勇者や山を探索中の賢者たち。他にも様々な場所や人物が映されていた。辺境で動き出す魔物たちや、遠方で調査、討伐する親衛隊員たち、王都の様子、それからノルソン。
画面に映していないときでも、先輩神は複数同時にモニタリングを行っている。今までの戦いと異なり、今回は範囲も広く、規模も大きい。それ故に些細な変化が、何をもたらすか予想はつかない。
「ま、重要といえば重要だねー。こんなにも早く、魔人のおかわりが来るなんて、流石に想定外。灰色の魔人がとんでも規格だっただけに、もうちょっと猶予あるかなって思ってたんだけどな」
馬鹿な言動が鳴りを潜め、人形神の喋りは真剣みを帯びる。いつもであれば気にならない、縫合痕入りの表情が動かない人形面が、このときは本物の人工物のように感じられた。
「先の二体の魔人はどちらかといえば、力押しで来ていた。対して、今回の魔人は表には出てこず、裏で暗躍しているみたいだね。こういうタイプはかなり厄介だねぇ」
「……魔人が潜伏してるのは、確定なんですか?」
「残念ながら、確定だよ」
「ああ、人形にも解析してもらったから間違いない。賢者たちが調査している魔物からは、魔人特有のバグが発生している。……もっとも国中に反応が散らばっているせいで、どこに魔人がいるのか、私たちにも特定は困難だが」
「こりゃ絶対わざとでしょ。奴ら、ボクらのことを見越して、位置をはぐらかしに来ているね。まあ、それでもヒントはゼロにならないんだけど」
バグの発生場所の状況からでも、居場所の推測は可能。ノルソンには賢者たちをそこへ誘導するように指示したが、現状うまくいっているようだった。
そして今が大事な局面であると、先輩神が言った理由はもう一つあった。そのことで二神に告げようとするが、その前に後輩のほうが口を開いた。
「先輩、もう一つ確認していいですか? 勇者の選別って、本当にやるんですか?」
勇者の選別、これが話そうとしたことだった。先輩神が立てた計画だった。
「そのつもりでいてくれ。そのための指示は既に飛ばしてあるからな」
画面に目を向けながら、後輩にむけて話を続けた。
「リスクは承知している。だが、異世界人の転移は何度も行えないし、新しい勇者の創造も現状では不可能だからな。……もちろん、今いる勇者たち全員が魔王と対峙できるというのなら、これをする必要性はない」
「どっちかといえば、勇者たちに発破をかける意味のほうが強いよねー。今までの勇者や賢者の動きは専守防衛。まったく攻めに出ようとしていない。いい加減、討伐に行ってもらわないと、何もかもが手遅れになる。ちょっと過酷な試練になるかもだけど、頑張ってくれないと困るんだよねー」
動かない面にもかかわらず、薄ら笑いを浮かべているように見える人形神に、心配げに
「結局は、勇者や賢者たちの行動、日頃の行い、それから意思や実力全てを総合した結果が出てくる。私たちは世界を管理する側として、彼らが残す結果から、魔王討伐までの道のりを見出していくしかない」
間違いなく選別は、勇者や賢者にとって相当な負担になるだろう。創造世界で起きている魔物騒動に重なってしまうのは、申し訳ないが、世界を管理する側からすれば悠長なことはできなかった。
「……そうですね。彼らの頑張りを無駄にするわけにもいかないですからね」
「だねー。まあ、なんとかなるんじゃない?」
もはや二神とも異論はなさそうだった。先輩神としても、上手くいってくれることを期待するしかない。選別の準備はとっくに整っているのだ。人材も情報も召喚した彼に与えてあった。だから全て、彼の判断と裁量を信じて任せることにしていた。
「頼むぞ、――」
「あー、でも、勇者たちを全滅させて、空いたリソース全投入してチート勇者を創造したほうが、手っ取り早く魔王討伐できるんだけど、後輩ちゃん知ってた?」
「えぇー?」
「……。せっかくの空気を壊すなっ! 人形っ!」
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