第39話 賢者たちは辺境に到着する
王都から西へ馬車で移動すること五日間。ルーイッドたちはエベラネクトの市街へと到着した。事前の予定通り、親衛隊のサユイカとクラダイゴ、竜の勇者であるアオと妖精のアルエッタが同行している。
エベラネクトは王都とは打って変わり自然豊かな田舎町だ。市街といっても建物はほとんどが民家。親衛隊の二人は別として、竜の勇者と妖精の二人は、
「ねえねえー、探検してきても」
「駄目だよ。今から仕事だからね」
いきなり遊びたいと言いだす妖精にルーイッドは釘を刺した。ノルソンから得た情報が正しければ、例の魔物たちがこの町のどこかに集結していることになる。住民に危険が及ぶことがないように、速やかな対処をしなければならない。とはいえ……
「アオ、サユイカ、クラダイゴさん。ここに来るまでに例の魔物らしい気配とかありましたか?」
意味がないと知りつつも道中、何度か索敵魔法を放っていた賢者は、同行してもらっている竜の勇者と親衛隊の二人に尋ねる。
「……多分、ないと思うのだ」
「特にないよー?」
「私も全然です」
「俺もだ。まぁ、奴らが潜伏してるときの違和感なんて、馬車の中から見つけられるものじゃねえ。これから実際に出向いて、確かめてみるしかねえさ」
「そうですよね」
冒険者たちの行方不明に関与していると思われる例の黒い魔物たち。厄介なことに、索敵魔法が全く通じないという報告を受けていた。実際、魔法による索敵を完了させた親衛隊メンバーが魔物による強襲を受けたこともあったという。
ただ、それを逆手に取れば、魔力を強化させた親衛隊員であれば容易に誘き出すことができるということでもある。もちろん、行方不明の情報すら上がっていないエベラネクトで同じ手段をとれば、途方もない時間がかかりそうだが。
「可能性があるとすれば、アルエッタの能力なんだけどね……」
まるで遊びに来たかのような感覚でいる妖精に、賢者はため息をついた。アルエッタの能力は今も詳しくは分かっていなかった。だが、バリエラでさえ諦めかけた竜の勇者の硬化を、完全に解いたのは事実。それがバリエラの奇跡を強化したものなのか、アルエッタ自身の奇跡なのかは不明だが。
ともかく、役に立ってくれると信じて連れてきたが、気まぐれな妖精がどこまで力を貸してくれるのかは分からない。ちなみに馬車の中で、周囲に索敵魔法をかけるから力を貸してほしいと頼んだときは断られていた。
「情報が偽物という可能性は、やはりないのですか?」
「多分、それはないと思うな」
サユイカの疑問に対し、賢者は首を横に振った。情報提供をしてきたノルソンは、一般人にしては勇者や賢者について知りすぎている。魔王討伐のために召喚された人物の可能性が高いとルーイッドは踏んでいた。わざわざ偽情報を流す理由が見つからない。
「けど一応、用心はしてた方がいいかもね。僕たちを誘導するために情報を流してきたわけなんだろうし」
「魔物以外にも何かあると。……それでしたら、私と副隊長も別行動するのをやめて、ルーイッド様にご同行したほうがいいですね」
「いや、そこまでしなくていいよ?」
馬車での打ち合わせで、親衛隊の二人は別班として街での情報収集、可能であれば潜伏する魔物の討伐を頼んでいた。一方のアオやアルエッタには、街中をうろつかせるわけにはいかないという事情もあって、ルーイッドと共に山方面を探索することになっていた。
「では、街へはクラダイゴさんだけに行ってもらいましょう。ルーイッド様に不測の事態があったら困りますし……」
「戦力的には間に合っているよ、アオもいるし。それに街にクラダイゴさんだけっていうのもちょっとなー」
魔人との戦いで弱体化した竜の勇者だが、それでも今の親衛隊員と比べても段違いに強い。そんな彼はただ今、飛び回るアルエッタに振り回されている。強いと言えばクラダイゴも相当な実力の持ち主で、仮に街中で魔物に襲われても返り討ちは造作なさそうだが、流石に効率というものがある。
話を聞いているルーイッドは、気にしていない様子で喋るサユイカの背後にいる、クラダイゴの無表情が怖かった。
「いえいえ、念には念を入れてです。正直、クラダイゴさんは魔物の群れに投げ入れても普通に帰ってきそうな人なので、一人で頑張ってもらって大丈夫だと思います」
「そいつは本人の前で堂々と口にすることじゃねーな。喧嘩を売っていると見て大丈夫か? なあ、嬢ちゃん」
「いえいえ、クラダイゴさん。これは信頼しているからこそ言っているんです。それに賢者様直属の親衛隊なら、賢者様優先は当然のこと。急に耳飾りなんかしだしたことに対しては、必ず事情聴取をしなければなりませんし」
「ただの私情なら問題ねえな。さっさと行くぞ」
「そんな! あの、クラダイゴさん? 一応、私、隊長ですよ。引っ張らないで」
後ろ襟首を掴まれて、問答無用で引き
「あ、できれば町長のところにも行ってもらえれば。調査のことは事前に伝えているのですが、詳しい説明がまだできていないので」
去り際に頼むとクラダイゴが、分かったと指でサインした。とりあえず、任せてしまっても大丈夫そうだった。二人の背中が見えなくなった頃に、騒ぐアルエッタを捕まえたアオがルーイッドの
「二人はもう行ってしまったのだな。 ――ところで」
アオは親衛隊の二人が向かった方角に顔を向けた。既に二人の姿はない。どうかしたのかと声を掛けると、アオは少し首を傾げる。
「実は、私はクラダイゴという者についてあまりよく知らないのだ。どういう者なのだ? ルーイッドとはまた別で、なんだか周りから敬われている人間な気がするのだ」
「あれ? 今回の調査で初めて顔を合わせたんだっけ」
言われてみればとルーイッドは思う。クラダイゴは親衛隊に所属こそしているが、元の本業を辞めていないこともあって、実は王都にいないことも多い。それでも城では顔の広いアオならば、一度くらい会っていると思っていたが。
「一度、アカが表に出ていたときに会話したらしいのだ。あのアカが褒めていたから凄い人だと思ったのだ」
「へぇ、あのアカがね。クラダイゴさんも実力者だから惹かれるものがあったのかもね」
滅多に現れることの無い、竜の勇者の人格の一つであるアカ。どことなく武芸者めいた思考の持ち主で、かなり気難しい性格をしているとルーイッドは記憶していた。
ルーイッド自身も接したことは一度か二度しかない。そんなアカといつの間にか仲良くなっているのなら、同じ身体を共有するアオが気になるのも当然なのかもしれない。
「そんなに凄いのだ?」
「正直、あれで本業が商人だなんて思えないくらいだよ。大らかで気前のいいおじさんって感じの人だけど、剣を握らせると恐ろしく強いんだ。ヨリミエラ様やレイラ様が旅していた頃からの仲間らしいけどね」
「ルーイッドが育てている他の親衛隊員と比べても強いのだ?」
「純粋な剣の腕なら誰も敵わないんじゃないかなー。無理を言って、副隊長をやってもらっているのも、親衛隊のみんなに、あの人の剣技を学んでもらうためだし……」
「うむ、強いのならアカが気に入るのも納得なのだ」
「ねえねえ、ルーイッド」
「気軽に話しかければ、いろいろ教えてくれると思うから、あとは本人に直接聞い……」
「聞けぇー! あたしを無視すんなぁー!」
話の途中で妖精に叫ばれ、賢者と勇者はアルエッタのほうに顔を向けた。彼女は頬を膨らましながらも人差し指を真上へ差していた。
「さっきからずっと、空に変なのが飛んでるよ」
「変なの?」
聞き返しながらも、ルーイッドは空を見上げる。晴れた青空に白雲がゆっくりと漂っている。特に不審そうな物は見当たらない。ただ、しばらく晴れ模様が続きそうだと漠然と思った。
「……む?」
「どうしたんだい、アオ?」
「いや、鳥にしては変な姿をしていると思ったのだ」
言われてみれば、とルーイッドは目を凝らす。雲の下で野鳥のような影が動いていた。だが、形はほぼ点に近く、野鳥だと思えたのもそれくらいしか考えられなかったからだった。
しかし、アオの視力では姿がはっきり捉えられているらしい。もう少し鮮明に見ることができないかと思案していると、大空を滑空しているだけだった鳥が輪郭を急に大きくさせる。急降下していると理解するのに時間がかかった。
「――!?」
驚いたのも束の間、それは地表まで下降し、賢者たちの前で静止して飛行する。賢者は目を合わせて、初めて鳥が異様な姿をしていることを知った。
薄い鋼を羽根にして集めたかのような両翼、人工的な丸みを帯びた体躯、足には鋭く尖る鉤爪がある。魔物のようでいながら、非生物的な印象を受けた。
金属の鳥は一瞬だけルーイッドの肩に止まると、再び大空の彼方へと飛んでいってしまった。あたかも場に取り残されてしまったかのように、三人は顔を見合わせる。
「……何だったんだ?」
「魔物にしても、変な感じがしたのだ」
「……追いかけちゃう?」
「もう見失ったから追いかけようがないよ。……けど、今回の調査、注意を払っていたほうがいいかもね」
鋼の翼が飛び去った遥か彼方を見やりながら、僕たちもそろそろ動き出そうか、とルーイッドは呟いた。
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