第38話 神は青年に制約を与えている
「先輩。ノルソンさんたちがエベラネクトに現地入りしました。賢者たちよりも早いです」
「分かった。おおむね順調そうだな。バグの発生状況は?」
「ノルソンさんが起因するバグは微小です。一応、全て正常化しておきました」
「よし、それなら賢者たちが来る前に下準備をさせておくか」
ここしばらく地上を観察し続けていた後輩神からの報告を受けて、先輩神が首を縦に振る。ノルソンには啓示で伝えた情報を元に、今回の魔物について調査を行わせていた。先輩神は彼に向けて啓示を出し、いくつか指示を飛ばしてから一息をついた。
異世界人という特殊な事情であるため、神たちは彼の行動を注視している。
別の世界から来た人間というだけで、創造世界には負荷をかけることになる。元々の世界の住人であれば問題ないことでも、異世界人ならばバグの誘因となる行為はいくらでもあった。これまでの勇者や賢者に対しては、基本的に見守る姿勢だった神たちだが、今回ばかりは状況に応じて、小まめに指示を出すようにしていた。
「先輩、よくスムーズにやりとりできますね。ノルソンさんからの要望にも上手く応えていますし、どうやっているんですか?」
神と勇者の話のやりとりは啓示による交信で以て行われる。ただし、啓示は神側からでしか発信できなかった。勇者が神へ直接、伝えたいことがあっても、神が啓示をしているときでなければ連絡はできない。しかし先輩神とノルソンが、そうした問題なく円滑に疎通ができているのを見て、後輩神は疑問を感じていたのだった。
「ああ、直接こちらへ連絡するための道具を持たせてあるんだ」
「…………」
無表情で口を閉ざした後輩神の心情を、人形神が代弁する。
「後輩ちゃんの顔が物語ってるね。『なんで先輩はあっさりズルい方法で解決しちゃってるんですか』だって」
「いや、ズルくはないだろ」
「無自覚に卑怯ってことかな? これはもう絶対、悪の邪神様だねー」
「風評被害やめろ」
「でも、先輩。創造世界を管理するとき、無闇に地上の意見を拾ってはならないと私、習ったことあるんですけど」
創造世界の住民の意見を、神がいちいち聞いて回るようなことがあれば、要望の矛盾や対立が生じて、世界の管理が困難になるという教訓だった。ノルソンに与えた道具が他の人間の手に渡れば、今後の世界の管理に重大な支障をきたしかねない。後輩神の声がやや尖りつつあるのを感じて、先輩神は弁解する。
「本当は良くはない。ただ世界が滅べば元も子もない。それにノルソンにはバグの件以外にもかなり制約を課したから、確認の連絡が多くなると思うからな……」
「そういえば、前も少し触れてましたね。ノルソンさんへの制約ってどんなのですか?」
「分かってないなー、後輩ちゃん。異世界人が与える影響のこと考えてみなよー。技術を流入させるのは勿論ダメ。場合によっては生活習慣や癖ですら制限。人によっては一生隠れてろ、なんて言わざるを得ないケースもあるよ」
「お前が説明するのか……。だけど概ねその通りだ。流石に生活できないほどの制限を課すような酷い指示はしていないと思うが」
後輩神の世界とノルソンの世界との間には、技術レベルに圧倒的な差があるため簡単に模倣できるものは少ない。とはいえ、余計な知識が広がることが無いように、ノルソンにはできる限り、後輩神の世界に沿った行動をするように求めてあった。
もちろん戦闘においても、銃器や爆発物の類の使用を禁じるなど、明らかに世界に沿わないものは可能な範囲で使用しないように言い聞かせてあった。
「……最初に訊いた私が言うのも、ちょっとどうかと思いますけど、そんな制限だらけで魔王を討伐するって大丈夫なんですか?」
「いやいや、後輩ちゃん。自分の住人をストレスフルな世界に人を送り込むのが大好きなんだよー、きっと」
「なわけないだろ! 風評被害やめろ。あくまで異世界人に魔王討伐させる以上は必要な処置だ」
「えー、あの異世界人に最初、砂漠越えを指示していたくせにー?」
「それは、お前の意見を真っ先に反映させた結果だろ!?」
「でもさー、あの異世界人の世界って、だいたい何かしらの理由をこじつけて戦争してるじゃん」
「――それは、否定できないが、あくまでも適切な観察の結果だからな!」
「おー、早くも反論するのが苦しくなってきたねー」
「反論じゃなくて事実を述べているだけだ!」
ノルソンの世界から人を送り込むことにしたのにも理由はあった。異世界の人間に別の創造世界の力を渡してしまうと、世界の均衡を崩してしまう恐れがある。個人の技術や能力だけで魔王を討伐できそうな人材でなければいけなかった。
数ある自分の創造世界から探した結果、見つかったのが最も平和から程遠い状態にあったノルソンの世界。というより、それくらい戦争や紛争が起きている世界でなければ、後輩神の世界に出現した魔王に対抗できそうな人材がいなかった。
揶揄い半分とはいえ、痛いところを突いてくる人形神に溜息をついたところで、先輩神は後輩が自分をじっと見ていることに気づく。
「後輩、人形の奴の言うことを真に受けるんじゃないぞ」
「先輩っ、創造世界の運営が大変だったら、いつでも声かけてくださいね」
「――お前が言うなっ!」
それを心配するくらいなら自分の世界の魔王をなんとかしろ、と先輩神は吠えた。
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