第35話 神は神に文句をつけられる

 勇者たちを観察するための創造神たちの空間。前まではテーブル席とモニターが並ぶだけだったが、今は計測器やら演算装置やらが置かれ、あたかも研究所のような様相をしている。


 創造世界をただ観察するだけでなく、空間の状態やバグの侵蝕具合を同時に把握できるようにした結果だった。

 

 もはや作業スペースの一部となったいつものテーブルで、神たちは勇者たちを映したモニターを見ながら会議を行っていた。


「ノルソンが、やっと賢者たちと接触を果たしたようだ」


 賢者たちを唐突に訪ねてきた青年、――ノルソンは、先輩神が自分の創造世界の一つから呼び出した人材だった。戦争が絶えない世界で生き抜いてきた、歴戦の戦闘部隊の軍人だった彼を、先輩神が今回の魔王討伐に参加させたのだった。


 簡単に言えば、異世界転移を先輩神は実行したのだった。


 勇者を新たに生み出せない現状ならば、勇者に届きうる人材を別世界から送り込むというのが、先輩神が辿り着いた打開策だった。とはいえ、奇跡の力を付与してやることはできないため、これまでの勇者と比べると不利な条件ではあったが。


 しかし他二人の神からの反応とは言うと……


「なんかずるいよねー。チート送りこんで解決オッケーってことじゃん」


「今更ですけど、世界観が壊れすぎるのはどうかと……」


 ものすごく不評だった。


「世界観が壊れるのは仕方ないとしても、チートを言われる覚えはない!」


 一応の対策として、ノルソンには元の世界での技能に制限を付けてあった。彼の世界における戦争では、剣による熾烈な争いや魔法が飛び交うことはなく、むしろ銃や爆弾、さらには機械の獣が敵兵を蹂躙しあっている。後輩神の世界とは技術文明に大きく差が開いている。


 そのため文明や技術レベルに異常な影響を与えないように、後輩神の創造世界で彼が扱える武器や兵器の一部に制限を与えていた。


「いや、それでもねぇー」


「それなら、お前が創造した勇者たちのほうが、スペック的にチートじゃないか!」


「ボクの勇者たちは魔人と実質引き分けているからチートじゃないよー」


「私からすれば、どちらも大差ないと思います……」


「…………」


 珍しく後輩の側からいさめられて、冷や水を浴びたように先輩神は矛を収める。ただ、憮然とした表情はそのままだった。


「仮にノルソンが相対して、現状の魔王に勝てるかと言われると、実際のところかなり難しい。チートとかそういうのは問題じゃない」


「でもさー、自分の世界の人間だからかなり贔屓ひいきしてるよねー。地図を作らせたり、所持金をわざわざ創造してまで渡したりさー」


「いくらなんでも手ぶらで派遣するわけにはいかないだろうが。野垂れ死なれるなんてことになったら目も当てられない」


「後輩ちゃんを見ろ! 聞けば炎の勇者や水の勇者は、ほぼ手ぶらで召喚したというじゃないか!」


「なんで私に飛び火させるんですか!? 物凄く後悔してることの一つなんですよ!?」


 唐突に話題にされ、思い出すだけで虚しくなってきたのか、がっくりと後輩神がこうべを垂らした。うわごとのように、『何で放り出すように召喚しちゃったんでしょうか』と嘆く後輩神からは、目に見えない負のオーラのようなものが発されている。


 そんな後輩を一瞥して、人形神はけろりと先輩神の前で肩をすくめた。


「ほら、後輩ちゃんまで悲しませてー、どうするのさー?」


「――どう考えても、今のは百パーセントお前が原因だろ!?」


「そもそも異世界転移がオッケーなら、ボクの創造世界の住人でも良かったんじゃない? 強いよー、ドラゴンとか巨人とか」


「――魑魅魍魎ちみもうりょうを勇者にしてたまるか!?」


「送り込む数なら融通を利かせられるから、いくらでも言ってよ。数百体くらいじゃんじゃん転移させとくから!」


「話を聞けっ! だいたいそれだと異世界転移どころか、異世界侵略ってレベルじゃないか!?」


「――イエイ、異世界大戦争っ! ――魔王っ、巻き込んで一石二鳥っ!」


「――戦火で一緒に世界滅亡っ! ――って、ふざけるな!」


「先輩たち、私の世界をダシにして遊ばないでください……」


「――遊んでなどないっ!」


 なぜ、自分の世界の住人を送っただけで、ここまで話をこじらされないといけないのだろうか。魔王討伐の為なのだから、自分の世界の人間を少し優遇するくらいは目を瞑ってほしい、と先輩神は思うのだった。

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