第33話 賢者たちは魔物を追う
サユイカたちによって、ここ最近多発していた冒険者の蒸発が、魔物の仕業によるものという報告がなされ、ルーイッドは親衛隊を中心に調査班を設立することにした。サユイカやクラダイゴ、ニャアイコ、マッサルをはじめ、多くの隊員が現在も各地を巡っている。
他にも各地方の兵士団から情報を募り、蒸発した冒険者たちをリストにまとめつつ、派遣した隊員たちで隠れ潜む魔物を討伐していく。
しかし、調べる相手が冒険者という職業柄、調査範囲はどうしても全国にまで及ぶ。明らかに人手が足らず、書類編纂が得意なバリエラや文官たちにも補助を頼み、ルーイッドは膨大な情報を整理しながら、例の魔物がどこから発生したのかを絞り込んでいた。
「……はずだったんだけど、『あんた、必要なくない?』って戦力外通告、受けちゃったんだよね。ほんとに困った困った」
「それは困ったであろうな、ルーイッド殿」
魔物討伐の作戦立案ならともかく、普段の報告書で四苦八苦しているルーイッドに、情報整理や事務仕事でバリエラに勝てるはずがなかった。内務の仕事で出番がないとなれば、外の仕事を引き受けるしかない。
親衛隊正式採用の白い制服姿のルーイッドは、フード付きの赤コートを身に付けた少年と、王都中を張り巡らされている街道を歩いていた。竜の勇者に手伝ってもらっているのだった。
常に兵士たちが定期巡回し、治安も一定に保たれているこの国の首都、シャフレに住む住民たちは、辺境で多発する魔物災害など知らなさそうな顔で、――実際、知る機会は少ないだろうが、この白
「ところで、同伴するのは別に私たちで無くても良かったのではないか?」
「そんなことないよ。親衛隊メンバーは出払っているからね」
人手不足だから仕方ない、と言いたげにルーイッドは首を横に振り、両肩を上げてみせる。
「それよりもさ、いつ君たちは入れ替わったんだい? さっきまでアオだったよね?」
竜の勇者の瞳が翡翠色に反射する。かつてレイガルランで戦った勇者の形態の一つ、竜人態の姿での瞳がそれだった。
「つい先ほど。意識を交代できるというのは、何とも面白いものなのである」
現在の人格はミド。復活の際に賢者たちは竜の勇者のそれぞれの人格にアオ、ミド、アカと便宜的に名付けたのだが、結局それがそのまま正式な名前へとなってしまっている。
「アオのほうに用があるのなら交代する。だが、アオもきっと疲れてるのであろうからな」
「まったく大変なんだからね!」
「アルエッタの相手をしたから疲れたんだと思うよ」
竜の勇者が肩から垂れ下げる鞄の中で、妖精の声がくぐもって聞こえる。『そんなことなーいー!』という抗議の声がした。飛び出そうとした彼女を、ミドが鞄を押さえつけて阻止する。
事情を知る城内の人間ならまだしも、街の人たちに姿を
「しかし、アルエッタはなぜ連れて来た? 戦力としてはあまり役に立たないはずであるが……」
「現状、処理できているといっても、例の魔物にはまだ謎な部分が多いからね。保険は多いに越したことないよ」
「奇跡を強化する能力は、確かにあって困るものでないか」
再び鞄の中から『保険ってなによー!』という声が聞こえたが、以下略。
しばらく街道を進んでいけば、景色も様変わりする。シャフレの中心部から少し離れて、今は郊外の市街地にまで出ていた。白煉瓦の街並みは消え、色も大きさも不揃いな建物が雑然と並ぶ。魔物の脅威から逃れようとした難民たちが移り住んだ結果だった。
一応、この場所もシャフレの一部であるが、中心地から少し離れただけにもかかわらず、貧民街とあまり変わらない様になっている。未だ現状が平和から程遠いことを物語っていた。
魔物自体は大結界の内側でも自然発生する。大結界の外側にある魔王の領域に近い場所に生息する個体と比べれば、強さはそれほどでもないが、放置すれば当然、住民たちに危険が及ぶ。そして現在、魔物の対処はほとんど兵士団ではなく、冒険者たちに任されていた。
理由は単純で、魔物に対抗できる人材が不足しているからだった。兵士団の戦力の多くは現在、大結界の圏内から外れてしまった、レイガルランなど北部の町に派遣されている。
「そういえば、今回やることの詳細は話してなかったね。この周辺に冒険者が蒸発した宿があるんだ。そこへ行って、可能なら例の魔物を捕獲したいんだ」
「捕まえてどうする?」
「調べなきゃいけないんだ。なんせ、相手は索敵魔法が何故か反応しない魔物。効かない原因を突き留めておかないと、今後に響くからね。冒険者に被害が出るのは、こっちとしても他人事じゃないし」
行き交う人だかりには、剣や槍などを提げた戦い馴れした集団が占めるようになっていた。ほとんどが魔物討伐を請け負ってくれるような冒険者たちだが、今回は彼らが狙われている。
元々は魔物と戦う有志達だった彼ら。正規兵ではない彼らの活動を、正式な職業として認め、街が援助金を出すようになって成立したのが、この冒険者という職業。
実際、活動内容も、傭兵と何でも屋の中間であることが多く、組合を通して報酬と共に依頼を出せば、たいていのことであれば動いてくれる。魔物が繁茂する現在では、なくてはならない存在になっていた。
ちなみに親衛隊のメンバーも、冒険者たちの中から潜在能力が特に優れた者を選び出して、ルーイッドがスカウトしたものが大半だった。ルーイッド自身も組合に依頼を出すことが多く、それゆえ王都郊外の冒険者たちには顔をよく知られている。
複雑な街道を全て網羅しているかのように、ルーイッドは迷いなく歩く。城の外の光景が気になるのか、ミドやアルエッタからは周囲を
逆に冒険者たちも賢者たちを少し気にしているようだった。ルーイッドはともかく、見た目からは子どもとしか思えないミドは、この場所で浮いていた。
しばし歩くと青制服を
場所は二階。安宿の狭い部屋に、寝台が一つと机、椅子のセットが一つ。壁に窓が一つと天井に灯りが一つ。あとは何もない。魔法書など冒険者のものと思われる荷物は残されていたそうだが、今は片付けられてしまっている。ちなみに蒸発した冒険者は氷を扱う魔法に長けていたらしかった。
「傾向として、魔力の扱いに長けた冒険者が狙われているようなんだ。なら、僕が入れば間違いなく出てくる。魔物の対処は任せたよ、ミド」
「了解した」
フードを脱ぎ、扉近くで待機するミドの周囲で風が泳いだ。いつでも迎撃できるように準備しているらしかった。警戒を巡らしてくれることに安堵しつつ、ルーイッドは部屋の中央まで歩を進める。
一応、目視では魔物の姿が無いことは確認した。ただ、例の魔物は現場にとどまり続ける習性があるらしい。そのため、まだ潜んでいる可能性が高いとルーイッドは踏んでいた。
賢者のゆっくりした足音が静寂を何度も破る。それ以外に音は発生しない。だが、靴音に紛れるかのように、部屋に巣食う見えない何かは蠢いていた。その瞬間、竜の勇者が目を見開く。
「――っ」
空気が射出されたような細い音と共に、賢者の首横に黒い何かが出現した。まるで噛みつくかのように体積を膨らませたそれは、竜の勇者が伸ばした腕に阻まれ、黒い火花が舞い散らせる。
「む?」
勇者の目つきが厳しくなる。物がぶつかったというよりは、当たって四散したかのような手ごたえの無さに違和感を覚えたからだった。一拍遅れて気づいたルーイッドは、部屋の扉のほうに跳び退いた。アルエッタが鞄から上半身を出して、指差しながら叫ぶ。
「そこの窓! 今、張り付いてるよっ!」
妖精が示した先で、人の腕ほどの大きさがある黒蜥蜴が、宿の窓の隙間を
「マズい!」
「分かっているのである!」
ほぼ同じくして、小柄な勇者の身体が二階の窓から飛び出る。中折れした翼に風魔法を
魔物が入り込んだ路地に青制服の兵士たちが侵入する。しかし相手は小さな魔物であり、場所は視界の効きづらい暗がりだった。見つけても逃走し続ける魔物の姿を、兵士たちはすぐに見失う。黒蜥蜴は兵士を避けるように路地を進み、ついに表通りへ続く道を一気に駆ける。
しかし、そんなときに先回りする影があった。
「誘導に乗ってくれる魔物で助かったよ」
黒蜥蜴の目の前でルーイッドが立ち塞がった。しかし黒蜥蜴にとって彼もまた獲物の一人でしかない。逆に好機と捉えて魔物は一気に身体を伸縮させる。
突然の風切り音と共に、瞬間的に全身を一直線にして跳躍した黒蜥蜴は、自らを矢とするかの如く、賢者の首元をまで伸びた。だが、それは真上から急降下した少年の腕によって阻まれる。建物上から妖精と共に、魔物を追跡し続けていた竜の勇者に。
上空へと軌道を弾かれた魔物が、今度は真上から黒い炎を吐きだした。明らかに魔物の大きさを超えている炎の巨塊に、さしもの賢者も勇者も目を丸くした。
「いったい、どこからそんな炎を」
呟く間もなく、それも竜の勇者が振るった右腕によって、いとも容易く掻き消される。だが、元から目くらましだったらしく魔物の姿は消えていた。
「後ろへ行ったよ!」
上空からのアルエッタの声に気づいて、振り向いた先には襲撃を諦めて、再び表通りへ逃走を図ろうとする黒蜥蜴がいた。
人払いは裏路地までしかできておらず、表には何も知らない一般人たちが行き交っている。ここで逃がせば、今後どのような被害が出るか分からない、と賢者の脳裏で警鐘が鳴らされた。
「出すわけにはいかない!」
「逃がさぬのである!」
竜の勇者が爪を立て、自らを勢いよく加速させようとする後ろで、賢者が魔法陣を展開した。もはや捕獲など言ってられない。この場で仕留めるしかない、と賢者が呪文を口にしようとした瞬間だった。
間一髪で表通りへ出た魔物が、ふらりと現れた青年の革靴によって踏みつぶされる。咄嗟のことで、勇者も賢者も動作を止めるのに時間がかかってしまった。
「つい手出しをしてしまった。とりあえずこいつは仕留めていいな?」
呆気に取られた面々を前に、返答を待たずして、鞘から抜き放たれた肉厚で重みのありそうなナイフの刀身が、蜥蜴の首を綺麗に刎ね落とした。黒い魔物の全身は灰となって崩れ落ちた。
「……あなたは?」
訝しがりつつもルーイッドは尋ねた。そのナイフは王都どころかこの国全体で売られているものでない。骨董品にも見えなかった。
役目を終えた刀身を鞘に仕舞った青年は、少し変わった装いをしていた。少し値が張りそうな暗緑のジャケットに、首元で襟を見せているカッターシャツ。その一方で、黒ボトムスとベルトは安い店で手に入りそうな粗悪品。どこか中途半端な服装で冒険者とも、貴族とも似つかない。
短い黒髪に真紅の瞳を持った青年は、まるで握手を求めているかのように腕を差し出す。
「ちょっと君らに用がある者だ。初めまして勇者と賢者。――大事な話があるんだが、付いてきてくれると非常に助かる」
警戒する賢者たちに、見ず知らずの男は親しげに微笑んだ。
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