第32話 神は竜と妖精を静観する
いつもの白い空間で、神たちはテーブルを囲んでいた。モニターには、竜の勇者とその頭にへばりつく妖精の姿が映っていた。先輩神と人形神が画面を覗きながら、用意された菓子をつまむ一方で、後輩神はやけに疲労した様子でテーブルの表面に顔を
「いやー、復活したてなのに元気だよねー。本来の力の半分も、出せていないはずなのにさー」
「もう、頭おかしいだろ・・・・・・」
勇者だから兵士たちより能力が高いこと自体に驚きはない。しかし、これまでの勇者たちと相対評価して、同等か
「肉体のベースが、最強クラスの生物種であるドラゴン。与えた現象操作の奇跡も、制限を加えたりしなければ、世界を崩壊させかねない危険な能力。弱体化が加わってもこんなもんさー」
「そもそもの話な、複数の形態に個別の魂を結び付ける、と初めて聞いたときは、流石に正気を疑ったからな……。とはいえ、結果的に暴走が起きてないのは、流石としか言いようがないか……」
人形神が創造した竜の勇者には、現在も三つの魂が宿っている。それぞれが戦い方のラーニングを受けており、魂ごとに得意な戦い方が異なる。灰色の魔人との戦いの際、半竜人、竜人、竜の形態のそれぞれで、喋り口調が変わったのは、このためだった。
「後輩ちゃんが調整していたら、間違いなく暴走してただろうねー。まあ、今は半竜人形態以外にはなれないっぽいから、これはこれで問題なんだけどね」
「多様な戦い方ができなくなるとか、そういう問題か?」
今でも十分すぎるほどの強さなのに、そこまで気にするものなのか、と
「いやいや、このままだとアンバランスだから、魂も二つくらい消失して欲しかったんだよねー」
「――お前は悪魔かっ!?」
「もちろん神だよー」
作り物のような口から笑い声が立てられる。辟易としながらも先輩神は、モニターに映った、竜の勇者の頭に乗った小さな妖精を指差して、『それよりも……』と話題を変える。
「……あれについて、私は何も聞かされていないんだが?」
「ん? 妖精ちゃんはボクが創ったやつだねー。勇者創造はリソースが足りないから無理? じゃあ、別のを創っちゃえばいいや的なノリで」
「――ふざけんなっ! 勇者召喚ができないから、私が裏で知り合いに頭を下げたりして、必死に動き回っているときに、何やってるんだお前!?」
「ごめんごめん。そんなに怒らないでよー。竜の勇者を復活させるために必要だったから創造しただけだよ。あくまでも後輩ちゃんに頼まれてねー」
「そ、そうなのか? ……後輩、お前からも説明してくれないか?」
「にゅ?」
「…………」
間の抜けた返事に先輩神は思わず眉をひそめる。後輩神の反応の悪さに唖然としていた。
「あー、後輩ちゃんはまだ休ませてあげて。バグ取りの疲れがまだ残っているみたいだから」
「何でそんなことになってるのかも、お前たちから聞かされていなかったな。……で、何をしてたんだ?」
勝手に除け者にしておいて、一緒に何をやってたんだと、先輩神は冷ややかに異形の神の顔を睨みつける。対して人形神は呆気からんと答えた。
「さっきの妖精を通じて後輩ちゃんに、賢者の浄化の奇跡に干渉させてみたー」
「!?? ――おいっ!?」
神が地上へ直接的な干渉を行うのは、一種の禁忌とされている。それを口にしようとしたところで、人形神に先を遮られた。
「今回はセーフ。あくまでも竜の勇者にこびり付いていた大量のバグを、ピンポイントで除去しただけ。通常業務の範囲内だねー」
「……とんでもない抜け道を考え出したな、お前」
創造世界に生じたバグを取り除くのは、最初から神の仕事であるので確かに問題はなかった。むしろ放置すれば世界の維持に支障をきたすので、仮に
「竜の勇者の復活ために、賢者たちが試行錯誤していたからね。後輩ちゃんが支援したがってたから、ボクもちょっと手伝ったってわけ」
「そうか。……助かる」
「ついでだから話しちゃうけど、あの妖精ってさ、勇者たちが行使する奇跡に、ボクらが介入するためのツールなんだ。といっても、ボクらにできることは
「それは、すごいじゃないか。お前をこの魔王案件に巻き込んで良かったよ……」
予想もしない働きに感心して称賛した先輩神に、異形の神は照れ隠しするかのように肩をすくめてみせた。
「いやだなー、もっと普段から頼ってくれてもいいんだよー? ちなみにー」
「ちなみに?」
人形神は今までにないくらい穏やかな表情で、倒れている後輩神を一瞥する。
「妖精ちゃんが勇者や賢者に力を貸した場合、後輩ちゃんが過労死するってことだけは覚えておいてねー。今がまさにそんな感じなんだー」
「…………?」
一瞬だけ呆けて、先輩神は同じように後輩神へちらりと視線を向けた。
「…………。――お前、やっぱ悪魔だろ」
からくり人形のような口をカタカタと鳴らして、楽しげな人形神の笑い声が響き渡った。
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