第31話 賢者と竜と妖精は集まる
サユイカとクラダイゴが共同で、行方不明事件の調査をするよりも少し前。
兵士団の訓練場を駆け回る青い髪の少年を、強化の賢者ルーイッドは観察していた。あるときは模擬戦に入り交じって兵士たちを軽く捻じ伏せ、あるときは走行訓練に飛び入りで参加し、ありえない速度を出して場の全員の度肝を抜いていた。お目付け役として一緒に参加させた親衛隊のニャアイコとマッサルでさえ全く相手にならない。
「流石にこれじゃ兵士たちの訓練にはならないかな?」
「なにやってるのよ、ルーイッド」
ルーイッドの呟きに、今しがた訓練場に入ってきたらしい金髪の少女が反応した。
「見てのとおりだよ、バリエラ。アオが体を動かしたいと言うから、ちょっと城の兵士たちの訓練に付き合ってもらったってわけ」
「復活したてなのに問題ないの?」
「全然問題なさそうだね、あの感じだと。それよりも――」
「へー、おもしろそーだねー!」
バリエラとは違う女の子の声に、ルーイッドは
目尻が垂れ下がった黄金色の目。やや透いた銀髪は乱反射して虹色に輝く。童話の世界の小人を思わせるくらいに背丈は低く、頭から足の指先まで測って握りこぶし二つ分ほどしかない。背中には
その小さな女の子は、呆けてあんぐりと口を開いていたバリエラの頭上を飛び、ルーイッドの真上を通り過ぎようとした際に、下から伸びてきた手に捕まえられる。
「訓練場に入るのはダメだよ、アルエッタ。さすがに危ないからね」
「ぎゃー、はなせぇー。羽が変になるぅー」
「ルーイッド――」
「分かってるさ、バリエラ。加減はしてるよ」
この小さな少女、もとい妖精は二日前に天より召喚された。ちょうど竜の勇者復活のための実験を繰り返していたときのことだった。
灰色の魔人が最期に放った黒霧によって、竜の勇者は石像となった。手足両翼を砕かれた彼に起こった硬化は、兵士たちが体験した硬化よりも恐ろしく強力で、バリエラの浄化の奇跡が通じないほどであった。さまざまな手法を試しては失敗して、打つ手が無くなりはじめた状況で唐突に現れたのが、このアルエッタだった。
「ひどいよぅー。ルーイッドがいじめるよー。恩を仇で返してくるよぅー。わーん」
冗談とも本気とも思えるどっちつかずな調子で騒ぐ妖精に、二人の賢者は呆れてみせた。ルーイッドの手から解放されたアルエッタは、ふよふよと空中を漂うとそのままバリエラの頭に着地する。
「あたしすごいんだからなぁー? 下手に手を出すと酷い目にあわせるよぅ?」
「じゃあ僕は今後アルエッタを無視するけどいいね?」
「やぁだぁあああ、それはそれでダメ!」
人の頭の上で落ちないように地団駄を踏む、という器用な曲芸を妖精がし始める。構って欲しがりな子どもが駄々をこねているようだった。
訓練場の場外で妖精が騒いでいることに気づいたのか、何人かの兵士たちが目線をルーイッドたちに向けている。青い髪の少年も気づいて、目の前の組み手の相手を軽く捻じり倒すと、軽い音を立てながら賢者たちのほうへ駆け寄ってきた。
「うぬ? 何してるのだ?」
頭には後ろに伸びる小さな二本角、背中と腰には爬虫類を思わせる欠損した小さな翼と尻尾。あどけなさが残る青髪碧眼の少年が賢者たちを見上げた。
身体に多少の欠損を残しているものの、その半竜人の姿はレイガルランで戦った竜の勇者だった。アルエッタの能力の支援を受けて、賢者たちは竜の勇者の硬化を解くことに成功したのだった。
「聞いてよぅ! ルーイッドがあたしにいじわるするの!」
「ああ、アルエッタが構ってほしいらしいよ」
「ぬ、それは悪いことをしたのだ」
「ちーがーうーのー!」
抗議の声を気にせずにルーイッドは妖精をつまみあげ、青髪の少年の頭に乗せる。逃げ出そうと羽をばたつかせた妖精を少年は速攻で捕らえる。
「ぎゃあああ、離せぇええ、アオ! あたしが救ってあげたの忘れたのかぁ!?」
「迷惑はかけちゃダメなのだ」
「アオだって兵士たちぶっ飛ばしてたぁ! ついさっきまでぇ!」
「ぬ、それを言われると困るのだ」
ちらりと横目になったアオに『別にいいよ。許可したのはこっちだし。バリエラもいるから大丈夫』とルーイッドが助け舟を出す。
「うぬ、大丈夫だったのだ」
「不公平だぁあああああ、――むぐぅぅぅ!」
喚き散らされる甲高い声をアオの指が塞ぎ止めた。黙らされた妖精は暴れるのをやめて不満そうに
「それじゃ、今度は城の探検に行ってくるのだ」
「まだ城の外に出ちゃいけないからね」
「分かってるのだ」
「……はーい」
アオは訓練場の兵士たちに手を振りながら、アルエッタは青髪の頭にへばりつきながら、廊下の先へと消えていった。兵士たちが各々の訓練を再開し始めたところで、ルーイッドは隣にいた彼女に声を掛ける。
「せめて会話の輪くらいには入ってきてよ、バリエラ」
「……へ?」
「竜の勇者にレイガルランで助けてもらったお礼、言うんじゃなかったの?」
「…………」
「ちなみにサユイカのほうは、数日くらい前に済ませていたからね」
「えっ、嘘。いつの間に!?」
三人でのやりとりを見守っていただけのバリエラに、ルーイッドは少し大げさに肩をすくめてみせた。加えて長めに息をつくと、流石にバリエラから小突かれた。
「バリエラの実は人見知りなとこ、こんなとこでも発揮しなくていいのに」
「あんたが慣れるのが早すぎるの!」
なんで自分より格上の存在である勇者や、どこからともなく現れた妖精とそんな簡単に仲良くなれちゃうのよ、という言外の意味もバリエラの言葉には含まれていた。
「だいたいお膳立てされなくても、礼くらい言えるわよ、私」
「レイガルランじゃ街の人相手に、ガチガチに緊張していたバリエラが? なんで仕事以外のことになると途端に会話下手になるかなー」
「茶化すな。だいたい今だってあんたと話せているでしょ!」
「僕やサユイカみたいに勝手の知った相手は除外。 ――さっきだって、アオに声を掛けにくいから黙っていたんじゃないの?」
「な、なんで分かるのよ……」
「ダメだよー、バリエラ。こういうのは時間が経てば経つほど言いづらくなるもんだから。一応、竜の勇者は全員まったく気にしない性格みたいだけどさ、バリエラは気にしちゃう性格じゃん」
「それはそうだけどっ……」
「というか、なんで復活したときに声を掛けられなかったかな」
「だって、あのときはアルエッタがいきなり現れて、状況もまだ整理できてないときで」
「あれがタイミングとしては最高だったのに?」
「……うっ」
途中からバタバタさせていた手をしゅんと下ろして、バリエラは縮みこむように顔を下に向けた。ただ言いくるめられたことは悔しいのか、ルーイッドの胸あたりを頭で地味に押し続けている。裏で親衛隊の能力開発ばかりしていて、筋肉痛続きの彼にはかなり効いていた。
「……分かった。次、またお膳立てしてあげるから、そのときに頑張ろ?」
「うん」
バリエラは自分の頭をルーイッドに抱えられながら、ただコクリと頷いた。
「……ところでバリエラ。兵士団から今、ものすごく熱い視線を感じるんだけど、そろそろやめてくれない?」
「――っ!?」
バリエラの顔は瞬時に、耳の後ろまで真っ赤に染まっていた。
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