3.不明の魔物

第30話 兵士たちは違和感を覚える

 暦の上では秋になったが、国内の中央よりやや南部に広がる砂漠地帯では、まだ暑さが和らがない。北上して王都まで行けば、季節の移ろいを存分に感じられるのだが、砂漠の街テムルエストクは冬を除けば年中真夏だった。


 強い日差しを避けて、白制服を身にまとう二人の男女の兵士が路地裏で言葉を交わしていた。男性のほうは背が高く、肌は日に焼けた小麦色、刈り上げた金髪の頭に汗を垂らしている。女性のほうは中肉中背だが、男が隣にいることで細い体つきにみえる。暑さのせいか、垂らした黒髪の根元から汗がにじんでいた。


 二人とも腰には兵士団で支給される長剣を携えており、腕には親衛隊所属を示す腕章が巻かれていた。


「こんな仕事に呼び出してすまないな、嬢ちゃん」


「嬢ちゃん呼びはやめてください、クラダイゴさん。子ども扱いされてるみたいで恥ずかしいです」


「癖だから許せ、嬢ちゃん隊長」


 親衛隊の隊長と副隊長、サユイカとクラダイゴは任務のためにテムルエストクにいた。ここ最近、国内の各地で起きている失踪事件についての調査をしていた。


「……魔人の襲撃が記憶に新しすぎて、調査のお仕事がぱっとしませんね。私たち、どちらかといえば、こういう仕事が多かったはずなんですが」


「どうせまた慣れる。親衛隊は賢者の坊主の雑用係みたいなものだからな」


「私みたいにルーイッド様を坊主呼びしないでください」


「すまん癖だ。ついでに本人の許可もとってある。許せ」


 日中でも人通りが少ない複雑な路地を進んでいき、やがて一軒の建物に辿り着く。裏口から訪問するわけにはいかず、仕方なく日差しの中に出て表から建物に入る。看板には宿屋であることを示すマークが入っていた。


「ここですか?」


「そうだ、ここが目的地だ。そこそこ名が知られた冒険者が一人、この宿での目撃を最後に行方不明になっている」


「調査はどれくらいすすんでいるのですか?」


「既に街の兵士団が一通り調べ終えている。報告書も既に上がっていたはずだ」


 サユイカが片眉を上げて副隊長のほうを見る。


「調査が終わっているなら、私たちがここに来る意味ないんじゃないですか?」


「結局、失踪事件の解決になっちゃいないからな。要は洗い直しをしなくちゃならん。まあ、大丈夫だ。調べ直す意味はある」


「自信あるんですね」


 副隊長が建物に入ったのに習ってサユイカも後に続く。宿では冷却系の魔法道具でも使われているのか、涼しい空気が二人の全身から熱気を取り除いた。受付の女性に声を掛けて話をする副隊長を尻目に、サユイカは内装に怪しいものがないか観察していた。


 石造りの外観とは打って変わって、土壁と木板で主にできている内装。受付の待合所には用意された木製のテーブルと椅子。待合所を抜けた先には寝室へ続く通路と階段があり、どれも一般的な宿屋のものだった。案内板を見たところ食堂らしき部屋はなく、寝て泊まることに限定して利用される宿のようだ。


「話はついた。行くぞ、嬢ちゃん」


 声を掛けられてサユイカは立ち上がる。失踪した冒険者が利用していたのは二階の階段近くにある二〇一号室とのことだった。


「ああ、それと隊長」


「ん?」


 珍しく最初から隊長呼びしてくれた副隊長のほうを見て、


「部屋に入ったら、いつでも剣を抜けるように構えておいてくれ」


「えぇ……」


 不穏さを感じずにはいられない言葉に、サユイカは表情を引きつらせた。




 二〇一号室へ入らされたサユイカは、副隊長に指示されて部屋の真ん中に立つ。部屋には一台のベッドとクローゼットが置かれ、ドアの反対側には大きな窓がカーテンと共に取り付けられている。照明はつけずとも、日差しだけで部屋は十分に明るかった。


 一見、普通の寝室で特に怪しいものが置かれているようには思えなかった。


「クラダイゴさん、本当にここで合っているんですか?」


「ああ、間違いない。街の兵士団の現場検証にちょっと付き合わせてもらったが、件の冒険者はここで荷物を残したまま蒸発している。どうも運搬の依頼を受けていたらしくてな。荷物を持って逃げたと勘違いした依頼主が通報した結果、この部屋に旅道具と依頼の荷物が残されているのが発見されたというわけだ」


「その依頼の荷物は?」


「詳細は教えてもらえなかったが、高価な魔道具という話らしい。兵士団に接収されて問題ないと判断された後は依頼主に返却されている」


「そうなんですか。……それならますます私が呼ばれた意味が分からないんですけど」


「隊長、確か賢者の坊主から能力開発を受けていたな? 」


「だからルーイッド様と。……受けてますけど、それがどうかしたんですか?」


「今から魔力を全開にした状態で突っ立ってくれ。能力開発を受けてない俺がやっても意味なかったから本気でやってくれ」


「何か起きるという確証はあるんですか?」


「それは保証する。説明は難しいんだが」


「……分かりました」


 不承ながらもサユイカは腰の剣に手を触れながら息を吸った。今まさに抜刀して敵の首をねようとするかのように目を険しくさせ、呼吸と魔力を同調させる。能力開発により常人の倍以上はある魔力が彼女の全身を循環し、心臓の鼓動に合わせて時折、体表面から溢れ出る。


 副隊長が少し離れた隣で、何かに警戒しているのを横目にしながら、サユイカは少しずつ魔力の濃度を高めていく。


「――来るか」


「――?」


 副隊長が唐突に呟いた言葉の意味が分からず、ほんの少し集中を乱した、その瞬間だった。


 凄まじい風切音が部屋中を一気に掻き回す。サユイカがその何かの気配に気づいたのは、一歩遅れて風が止まってからだった。


「もういいぞ、嬢ちゃん」


 呆気に取られながらも振り返ると、副隊長の足元に、四足の黒い蝙蝠こうもりのような何かが真っ二つになって転がっていた。


「これ、魔物ですか……?」


「俺も仕留めるまではそう思ってたんだが、事態はちと複雑そうだな」


 副隊長が黒い塊を剣先でつつく。それは最初から炭の塊だったかのように簡単に欠片が崩れ落ちた。普通の魔物の死骸はしばらく残るが、いずれ跡形もなく消滅する。黒炭となるというのは聞いたことも見たこともなかった。


「賢者にさっさと報告するぞ。意外とヤバいかもしれん」


「そうですね。すぐに通信魔法を飛ばします」


 二人の兵士は炭の塊になった蝙蝠を回収し終えると、足早に部屋を去った。

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