第19話 賢者は治療に専念する
会議を終えて作戦への段取りが進んでいく。動員される兵が次々と集められ、城壁の観測兵からの情報を元にルートが選定されていく。さらに魔物たちに気取られずに城内を離脱して奇襲をかけるための手段、もし途中作戦失敗して街を放棄せざるを得なくなった場合の住民たちの避難経路など諸々のことを取り決め、そして何故かバリエラたちは市街にいた。
「サユイカ? うまく時間を潰せる方法があるって言うから任せたけど、どこへ連れて行く気なの?」
作戦開始の準備が整うまでに時間が余ったのだった。準備ができ次第、伝令の者が寄越されるとのことで、それまでは休息となったのだが、やることが無さ過ぎて逆に途方に暮れていたのだった。
「はい、もう着きました」
案内されたのは広場に並ぶ白テントの列。今回の事態のために急造で建てられ、今も負傷者が次々と運び込まれて、絶賛稼働中の即席診療所だった。
「いや、なんでよ!? 休める場所とかじゃないの!? 怪我人でもないのに!」
「バリエラ様は仕事こそが休暇だと考える人種だと思いましたのでお連れしました」
「人を仕事中毒患者みたいに言うな! 私のことをどういうふうに見ているの!?」
「仕事を理由にして、城から出てこない引きこもりと思わせて、実際には大量の仕事に追われすぎて仕事と生活を区別できなくなった可哀想な賢者様です」
「――そんなわけないでしょ!?」
あいつ、部下にいったいどんなこと吹聴してるのよと、もう一人の賢者のことで息をついた。そしてテントのほうへと脚へ向ける。
「あれ、入られるのですか?」
「もう、ここまで来ちゃったからしょうがないでしょ。それにやれることがあればやっておきたいし」
やっぱり仕事が休息なんですね、と非常に不本意な声がサユイカから発せられたような気がしたが、すぐに忘れることにした。
テントの中では想像以上の負傷者で溢れかえっていた。第一城壁での戦いで運び込まれた怪我人だけで足の踏み場はなくなっている。隙間を縫って白シーツの上を移動する医師たちの姿が見えた。他のテントでも似たような状況であるらしい。一張りで数十人は入れるテントのはずだが全く場所が足りていない。
「これは、酷いですね……」
サユイカが苦々しく口を開く。バリエラもまたテント内の現状に顔をしかめていた。
「治療していいか許可もらってこないとね。――ああ、そうだ。大結界を守っていた部隊のことも詳しく知りたいから、分かる人を探してきてくれる?」
「分かりました」
サユイカに頼み事をした後、衛兵にこの診療所の管理をしている人物のことを尋ねる。案内されたのは老け込んだ顔をした男性医師のもとだった。
バリエラたちが訪ねたときは、魔物に脇腹を切り裂かれた怪我人に治癒魔法をかけている最中だった。急な来訪で最初、医師は困惑していたが手伝いに来たことだけを伝えると一転して快く受け入れてくれた。
「最初、こんなところへ何しに来られたのかと思いましたが、まさか手伝いをしていただけるとは。全く手が回っていないところでしたので本当に助かります」
自身も魔力の使い過ぎで疲弊しているのか、老医師は重そうな息と共に感謝の言葉を述べ伝えてきた。他の医師や魔法士たちの邪魔にならなければ自由にして構わないということだったが、治療に移る前にバリエラは一つだけ質問をした。
「すみません、負傷した方たちを見ていて気になったのですが、あの痣は治療痕ではないですよね?」
治癒を終え、横たわった患者たちに刻み付けられた灰色の痣。ここでの治療を目の当たりにして抱いた違和感だった。先ほどの重傷患者にも治癒魔法がかかった箇所に同じ痣がある。
医師とは治癒専門の魔法士で、軽い怪我ならば数秒で完治させる実力者しかなれない。外科手術なども併用できる者がほとんどで、名医ともなれば患者の命が続いているならどんな怪我でも治す者もいるらしい。そんな者たちがわざわざ痣を残すものかと疑問だった。
「大結界を防衛しようとしていた部隊が全身を硬化させられ、全滅したという話はご存知でしょうか?」
逆に質問で返されたことを訝しがりつつも首を縦に振ると、医師は眠っている先ほどの患者の脇腹の痣を手で軽く叩く。まるで石板を小突いたような音が返ってきた。
「あの魔物たちの爪や牙には、触れたものを硬化させる呪いに似たものが込められているようです。症状自体は普通の石化の呪いと似ていますが」
医師の両掌が発光する。唱えられた呪文は石化を解くためのものとすぐに分かったが、痣に変化は見られない。かけている魔法を解いて医師は首を横に振る。
「他にも解毒、解呪、浄化などさまざまな手法を試してみましたが、結果は見てのとおりです。治癒魔法に反応して石化するだけでも本来は厄介すぎるほどなのですが」
「ただ群がっている魔物ではなく、一体一体が厄介な力を所持しているというわけですか……」
嬉しくない新情報にバリエラは勘弁してほしいと思う。下手すればせっかく会議で立てた作戦そのものが瓦解しかねない。ある意味、今が作戦前で良かった。
「すみません、私も試してみてもいいでしょうか? 前の氷の魔人とこの石化の性質が同じであれば手が打てるので」
提案すると医師が驚いたように目を見開く。バリエラはただ一言、結び石を生み出す呪文を口にした。城の地下にあったものと同質でありながら極小の紫水晶が手に出現する。ちなみにこのサイズで結界を張っても、この広場を覆えるかどうかすらも怪しい。
しかし今からする行為のためならば十分だった。
「以前の魔人に凍らされた者に対して、様々な実験が行われました。今から見せるのはあの溶けない氷を融解させることができた唯一の成功例です」
結び石で展開させる結界に、浄化の奇跡を併用したうえで、効果範囲を拡大させる。患者一人に対してここまでする必要はないのだが。まとめてやってしまったほうがいいと判断した。結界を張り終えた後でバリエラは普通の石化解除の呪文を唱えた。
「……やはり一緒でしたね」
患者の灰色の痣が肌色に戻っていくのを視認して成功を確信する。一方で医師は驚くのも束の間、すぐに他の医師や魔法士たちに石化解除の魔法を行うように指示を飛ばし始める。結界内であればバリエラの魔法で無くても、石化を正しく解除されていく。
氷の魔人の凍結にも呪いのようなものが同時に作用していたらしく、それが氷を溶かすのを妨げていたらしい。しかも単純な解呪は通用せず、バリエラの治癒の奇跡の亜種である、浄化の奇跡しか解けない代物だった。
実のところ成功しなかったらと内心では不安だったバリエラは、誰にも見せないようにホッと息を吐いた。……後ろから見ていた人物にはばれていたようだが。
「一瞬で解決、おめでとうございますバリエラ様。賢者様の面目躍如ですね」
「サユイカは茶化すな」
いつの間にか戻ってきていたサユイカが面白そうにしていて、バリエラは渋面する。心の底から喜んでいますよと言われたが信用できない。というかやっぱり半分はからかわれているのだろう。もう半分は本心だろうと思いたいが。
「それでも良かったんじゃないでしょうか。ずっと張りつめていた顔が少し和らいでますよ? バリエラ様」
「……そうなの?」
意外と見ていてくれたんだと内心で驚く。氷の魔人に凍結させられた兵たちやテムルエストクの住民たちは全滅だった。もう少し早く氷を溶かせていれば間に合ったかもしれないという悔いがあっただけに、今回の硬化を解けて思うところは確かにあった。
「それとバリエラ様、城塞の外での出来事を見た兵士がいました」
急にサユイカが真面目な口調で報告をしてくる。案内するように伝えると、テントの端へと向かっていくように誘導してきたのでそれに続く。
案内されたのは、頭に包帯が巻かれたとある兵士の元だった。大結界を守るための障壁を張っていた魔法士部隊の一人のようだが、城壁の上からの見張りも兼ねていたらしい。
それまで石化を恐れて治癒魔法がかけられていなかったようだが、もはやその心配はなくなっているのでバリエラが処置をしておく。そして襲撃のときの話を聞くと、ある一体の魔物が、守備を固めていた兵士団を一瞬で全滅させたことが分かった。
二本角を生やした人型の魔物。どことなく女性のような体格で、顔には頭蓋骨を模した仮面のようなものを付けている。その手が放出した黒い風を浴びた兵たちが、ことごとく硬化させられてしまったそうだった。
話を聞き終えてバリエラたちは、そっとテントから離れることにした。
「作戦、どうにか成功させないとね。成功させた上で援軍も揃って、ようやく対峙できるようになるのが魔人。こう考えてみると厳しい戦いね、これは」
負傷者の前ではあまり後ろ向きなことは言えない。城へと戻りながらバリエラはそっと素直に不安を吐露していた。
「いざという時の判断力、行動力に優れたバリエラ様なら問題ないと思われますが」
「それは流石に買い被りすぎよ。今だってレイラ様がいてくれればいいのにとか思ってるし」
姿をくらませた水の勇者のことを考える。今、彼女がいれば事態はどう変わっただろうか。少なくとも自分よりはうまく対応できたんじゃないかとバリエラは思う。
「大丈夫です。ルーイッド様が言っていました。バリエラ様は大胆かつ勇気ある行動を取れる人だと、時々抱え込んでいる不安さえ取り除けば、大体間違ったことはしないと」
「どれだけ私を高く評価しているのよ、あいつは。恥ずかしいんだけど」
「ちなみにピンチになったバリエラ様が絶対に奮い立つ言葉も、ルーイッド様から預かっていますよ。聞きたいですか?」
「なにそれ、励ましの言葉?」
「バリエラ様お気に入りの抱き枕の人形、最近汚れてきているから出張中に洗っておくね、とのことです」
「…………え?」
耳から入ってきた言葉を理解するのを頭が一瞬拒んだ。真っ白になった頭でバリエラは混乱する。部屋で眠るときになんとなく胸に抱いている人形のことをルーイッドが何故知っている。
「ちなみにその人形の色なども聞かされておりまして……」
「――言わなくていいっ!!」
即座にサユイカの言葉を遮る。部下になんてことを吹き込みやがった、衆人環境で人の私生活を暴露させるな、などと様々な思いや感情が交じり合って爆発しそうになる。
「不安は拭いされましたでしょうか?」
「ええ、そうね。拭えたと思う。絶対に王都まで戻ってやると思えたから」
不安は間違いなく消し飛んでいた。もしくは別に沸きあがってきた感情によって燃やされたというべきか。
「もしルーイッドと通信することあったら伝えといて。戻ったら二人で話したいことがあるって」
「はい。よろこんで」
絶対に作戦を成功させてやるとバリエラは決意する。そして帰ったらルーイッドを一発ぶん殴ることも固く決意した。
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