第3話裏 水の勇者は魔物しか倒さない

 昔の戦の傷痕が残り続ける古城の一角、天井と壁が崩れて、空と天高くそびえる北の山脈がぎりぎり見える吹きさらしの廊下で、紺碧こんぺきの瞳の少女が感傷的な面持ちで景色を眺めている。


 吹き荒んだ風が、後ろで束ねた水色の髪を揺らす。その外見と水を扱った奇跡を行使することから、彼女は水の勇者と呼ばれていた。


 ぼんやりと立ち尽くしているだけのようにも見える勇者の元へさらに一人、同年代に見える白銀の髪の少女が駆け寄ってくる。横髪の片方だけ三つ編みにしている少女は、紫檀の瞳で見据えながら、少し呆れたように勇者に声を掛けた。


「また悩んでいるの? レイラ」


 先に勇者の少女はちょっと困ったように返答した。


「ニート扱いされました、私」


「ごめんなさい、ちょっと訳が分からないわ」


 まだまだ修復作業が進む城の中で、水の勇者は仲間に首を傾げられた。



 ◇ ◇ ◇



 かつて小国アシュワノットの首都であったシャフレの街、戦争によって一度滅ぼされた地を勇者たちが拠点とし、国を築くと決めてからそろそろ一年が経過する。アシュワノットの元王族であり、今は仲間であるヨリミエラ、――レイラはミエラと呼んでいる――、の後ろ盾のおかげで、国は順調に成長していた。


 とはいえ一度は壊れた街並み。人は少し増えても建物の復興はまだまだだった。そのうえ政治や経済にも長けているわけではない勇者の少女が、内政において戦力外になるのはもうどうしようもない。


「出没する魔物を退治するレイラが穀潰しだなんて私は思っていないのだけど……」


 先の発言を受けて、ミエラがフォローするかのように勇者に言った。


「いえ、完全にこっちの話なのでミエラには分からないと思います」


 こっちとは何の話なのだろうかとミエラは内心で思う。勇者である彼女が直接、創造主によって生み出された存在などとは知らないので、なおさらミエラの疑問は深まった。


 ちなみにレイラ自身も、自分と創造主の関係性についてはうまく説明できる気がしないのでこれまで一切やってこなかった。


「それなら、なぜ私に話したのかしら……?」


「魔王討伐をやりたがらない勇者って確かにニートと変わらないなって……」


「ああ、心にぐっさり刺さったのね。誰に言われたかは知らないけど気にし過ぎよ」


「ごめんなさい」


 別に謝らなくてもとミエラは思う。出会ったばかりの頃は可愛げもあり、快活で純粋な少女だった。また見た目より逞しいことも勇ましいことも、ミエラは共にした旅の中で知っている。


 ただ今の彼女は儚い。ふとした拍子にいなくなってしまいそうな危うさがある。それもこれも今の彼女が魔王を討伐しようと言わなくなった理由のせいだが、ミエラとしても彼女の抱えるわだかまりを端から切り捨てる気にはなれないのだった。


 人々を統治する側としてはきっと失格なのだろうが。


「あ、久々に魔物の気配がします」


「レイラ、ここ四階よ!?」


 急にスイッチが入ったがごとく唐突に、壊れた壁から城外へ飛び降りた勇者にミエラは肝を冷やす。無事に地面に着地し、何事もなく魔物が現れたらしい方向へ走り去っていく後姿を見て息をついた。



 ◇ ◇ ◇



 シャフレの外れに発生したのは、三つ頭の蛇と呼ぶべき魔物だった。レイラは特に手こずることもなく、水の弾丸で胴を貫き、剣で全ての首を刎ねて魔物が倒れるのを確認する。


 魔物はおおむね二種類いる。自然発生するものと、北の山脈を越えて人の土地へ攻め込んでくるもの。後者もある意味では前者と同じだが、厳しい環境を潜り抜けていることもあって、強さが数段跳ねあがる。


 一年ほど前まで、このシャフレもそうした魔物たちによって占有されてしまっていた。その魔物たちを討伐したのは水の勇者を含む四人組。その内一人はミエラだ。


 残りの二人について、片方は故郷の店を手伝っており、交易で稀にレイラ達にも顔を見せてくれることもあるクラダイゴという剣士だ。レイラに剣技を叩きこんだのも彼である。


 そして最後の一人も、旅の中でレイラを勇者として鍛え上げてくれた恩人だった。


「……」


 もはや消滅しかけている三つ頭の蛇を剣でつつきながら、完全に息絶えているのを確認してレイラはやっと息をつく。昔、死を偽装してくる魔物と戦った頃から名残だった。


 今回は自然発生しただけの、ただの魔物だった。北の山脈を越えてくる魔物はだいぶ前から途絶えていた。それもひょっとしたら彼のおかげじゃないのかとレイラは思わずにはいられない。


「エルジャー、どうしてあなたは……」


 北に天高くそびえる山々を眺めながら、レイラは魔王を名乗っている炎の勇者の名前を口にした。

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